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祭り本番

 とうとうこの日がやって来た。私のテンションは最低値。いかに聖女になることを受け入れたからって、大観衆にお披露目されるなんて気が重い。


 「ねえ。ちょっといい加減にしてくんない」


 何十回目かのため息をついたところで、ギヴァが耐えかねたように言った。

 彼も祭り用の装飾の激しい服に着替えてるんだけど、どうやらその服は大層動きにくいらしく、ギヴァは分かりやすくイラついていた。


 「なに。八つ当たりしないでよ」

 「隣で辛気くさいため息ばっかりつかれる方の身にもなってよね。鬱陶しい」

 「鬱陶しい!? ちょっと、それはさすがに聞き捨てならないんですけど!?」

 「なに。本当のこと言ってなにが悪いのさ」


 この野郎、しゃあしゃあとほざきおって……!


 「はい、そこまでにしてくださいね」


 更にギヴァに食ってかかろうとした私を、エリオナイトがやんわりと押し返す。

 エリオナイトも普段より数倍装飾過多な服を着込んでるんだけど、こっちは特に不満はないようだ。いつもと変わらない、底の読めない笑顔を浮かべている。


 「だって」

 「良い子にしてたら後で飴をあげますから」

 「!? ちょ、なにそれ!」


 いくらなんでもその扱いはないでしょ! 私もう十八なんだけど!? 頭を撫でるな!


 「良かったね」


 ギヴァからは馬鹿にしたような、というか確実に馬鹿にしたセリフが飛んでくるし、エリオナイトは笑うだけ。


 「あら、仲良しですね」


 そして、どこまでも的外れなことを言い出す聖女さま。

 ここまで空気読めない発言が多いと狙ってやってんのかと思うけど、どうやらガチで言っているらしい。びっくり。


 「でも、それくらいにしておきましょう? そろそろ時間だわ」

 「うう」


 聖女さまにそう言われて、忘れていた緊張がぶり返す。

 しかし聖女になることを引き受けてしまった手前、ずっとここにいるわけにはいかない。

 自分の表情は見えないけど、相当憂鬱そうな表情をしていたんだろう。その証拠に、苦笑したエリオナイトがなだめるように声をかけてきた。


 「まあまあ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。聖女様からお力を受け取った後は、民衆に笑顔で手を振るだけでいいんですから」

 「その、民衆の数が問題なんだけど」


 聖女宮の正門前には、緊急時に都民が避難するための広場がある。故郷の村が丸々入ってしまうほどの広大な広場だ。

 それが、前回の祭りの時には聖女を一目見ようと押し掛けた民衆によって、猫の子一匹入り込めないほどぎゅうぎゅうになったとか。

 そんなの想像するだけで身震いしてしまう。辺境の田舎村出身者舐めんな。辛すぎる。


 「なんだ。そんなの人間だと思わなければいいでしょ。俺はいつもそうしてる」

 「それはちょっと無理があると思うんですけど……」


 終いにはギヴァまで助言めいたことを言ってきたけど、さすがにそれはどうなんだろうか。

 っていうか、最後のそれは立場的に問題発言だろ。


 「仕方がないですねぇ。本番に失敗されても困りますし、少し手助けしてあげましょう」


 エリオナイトが私の頭の上に手をかざす。その手が淡く光って、少し後に光が収まる。


 「どうですか」

 「どうって、別に……あ」


 なんか緊張しなくなってる!?

 あれだけ嫌な感じにドキドキしていた心臓は落ち着きを取り戻して、普段と変わらない動きに戻っていた。

 私の反応で効果の程を確認したらしいエリオナイトが満足そうに頷いた。

 その横っ面に向かって、ギヴァが皮肉っぽく声をかける。


 「随分サービスするね」

 「仕方ありません。式で失敗されることを考えれば、先手を打っておいたほうが後々面倒にならずに済むでしょう?」

 「まあね」

 「準備はできましたか? そるでは、行きましょう」


 差し出された聖女さまのたおやかな白い手。

 それに節くれだって荒れた自分の手を重ねて、私は一歩を踏み出した。


※※※


 壮観。

 見下ろした広場には人、人、人。

 ザワザワがやがやと色とりどりの頭が動いていて、ぶっちゃけちょっと気色が悪い。これはエリオナイトに奇跡を施してもらってなければ、相当緊張したに違いない。


 「すご……」

 「それだけ皆があなたを望んでいるということですよ」


 私の隣で民衆に向かって手を振っていた聖女さまが、穏やかな口振りで言う。

 でも皆が望んでいるのは『次代の聖女』であって『私』じゃないと思うんだけど。……次の聖女は私なんだから、私自身を望まれてるってこと、でいいんだろうか……?


 「変な顔してなに考えてるの。集中しなよね」

 「あ、うん」


 民衆から見えない位置で、横からギヴァに小突かれて慌てて表情を引き締めて前を向く。

 そうだった、今はとりあえず集中しないと。


 「ノエル。こちらに」

 「あ、はい」

 「跪いて」

 「はい」


 事前な教えられていた通りに跪く。

 髪に聖女さまの指が優しく触れる感触がする。


 「では、私が持つ聖女としての力をあなたに全て譲りましょう」

 「っ!!」


 触れられていた頭から足の先までを、閃光のような熱が貫いた。

 強烈な熱は一瞬で過ぎ去って、後にはドロドロしている、と表現するしかないような感覚が残る。

 ……聖なる力って、もっと爽やかなものじゃないの? 普通。


 「さあ、立って、ノエル。これであなたが当代の聖女となりました。民のため、清く正しくありなさい」

 「はーー」


 「きゃあああああ!!!」


 聖女さまの言葉に頷こうとして、響き渡った悲鳴に反射的に顔を上げる。

 何事だろうか。新しい聖女を歓迎しての声ってわけじゃないだろう。


 「おやおや。せっかくの晴れ舞台だというのに、全くあなたは一筋縄ではいきませんねぇ」

 「え!? なに、なんのこと!? っていうかなにがどうなってるの?」


 のんびりしているようにすら見えるエリオナイトに詰め寄る。

 この騒ぎまで私のせいにされてはたまったものじゃない。っていうか本当になんなの!

 エリオナイトは焦る私を見下ろして、安心させるように微笑んだ。


 「大丈夫。大したことじゃありません。ただ少し、魔物が入り込んだだけですよ」


 そして、とんでもない爆弾を投下した。


 「っはぁあ!!? 魔物!? 馬鹿、十分大事だよ!」


 なに言ってるんだ、コイツは!

 広場の方はいよいよ混乱を極めているようだ。ひっきりなしに悲鳴が上がって、それが更にパニックを引き起こす。


 「こんな所でのんびりしてる場合じゃないでしょ!? 早く広場に行かないと……!」

 「はいはい。少し落ち着いてくださいね。広場にはギヴァが向かいましたから、直に混乱も収まりますよ」


 言われて初めて気づく。いつの間にか、ギヴァがいなくなっていた。

 ギヴァが向かったのなら安心だろう。彼らに付随する勇者という肩書きは、多分こういう時に一番役に立つはずだ。

 だけど、魔物がいるっていうなら過信はできない。エリオナイトも行った方がいいに決まっている。

 私はエリオナイトにそう告げようとしたけど、彼の一言に動きを止めざるを得なかった。


 「それに、多分一番危険なのはあなたですしね」

 「え? ーーぅわ!?」


 いきなりエリオナイトに引き寄せられて、外套の中に引き込まれる。

 その事に文句を言おうと開いた口は、襲ってきた衝撃のせいで役目を果たせなかった。


 「ーーーーっ!!? 〜〜っ!??」


 出てくるのは声のない悲鳴ばかりだ。

 なにかに勢いよくぶつからるような鈍い音と同じタイミングで、エリオナイトの体が揺れる。

 ゆったりとした外套の中にすっぽり入れられた私には、外套の外がどんな状況になっているのか分からない。

 だけど、これだけは確実。教われている。多分魔物に。


 「〜〜〜〜」

 「おや、怖いんですか? 意外ですねぇ」


 私をなんだと思っているのか。

 デリカシーってもんが全く感じられないエリオナイトの言葉に、奴への怒りが魔物に対する恐怖を凌駕する。

 けれどそれも一瞬のことで、休む間もなく聞こえる鈍い音にかき消されてしまう。


 「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ、ノエル」

 「っあ!?」


 唐突に聞こえてきた声。

 それを耳にした途端私を、魔物に対するものとは別の恐怖が襲った。

 聖女さま!

 全身の血が凍るようだった。彼女は狭い、守られたこの空間にいない。

 ではどこにいるのか。

 ーー当然、外だ。絶賛魔物に襲われている最中の。


 「うわああ!?」

 「ちょっと、暴れないでください。先代様なら大丈夫ですから」

 「ええ。落ち着いてください」


 告げる口調は普段と変わりなく穏やかなものだった。そのことに少しだけ安心して、そっと外套の合わせから顔を出す。

 そこには、予想外の光景が広がっていた。


 「…………。なに、あれ」

 「魔物ですが?」

 「そうじゃなくて……」


 柔らかく発光する壁のようなものに四方を囲まれた魔物が、出口を求めて狂ったように暴れまわっている。

 魔物の体や頭が壁にぶつかる度に、エリオナイトの体が小さく揺れる。それが心地よいとばかりの表情で、エリオナイトは笑っていた。


 「えーと、」

 「こった肩に丁度良い刺激なんですよ」

 「ア、そうなんですか」


 良かった。被虐趣味的な意味じゃないらしい。エリオナイトがそんな性癖とか、笑えないにも程がある。


 「さて。お遊びはこれくらいにしておいて、そろそろ晴れの舞台を台無しにした罰当たり共にお仕置きといきましょうか」


 エリオナイトは杖を軽く一振りした。

 光る壁が弾けて、中に囚われていた魔物ごと爆散する。


 「………………。……」


 筆舌に尽くしがたい凄惨な光景だ。いっそ冗談みたいでもある。魔物の緑色の体液がバッと散って、すぐに霧散する。


 「さ。どんどんいきますよ」


 宣言通り、壁が現れては魔物ごと爆発、という悪夢のような光景がそこら中で始まった。

 賢者様とか呼ばれてるくせに、攻撃の仕方がえげつなさ過ぎるだろう……。


 「怖ー」

 「フフ。エリオナイトもあなたが立派に式を全うするのを楽しみにしていたのですよ」

 「聖女さま」

 「あら、その称号はもうあなたのものですよ。私のことはアリア、と呼んでください」

 「あ、はい」


 アリアさんはこんな、目を覆いたくなるような光景を前にしても、笑顔を崩さない。聖女になれるような人はやっぱりどこか普通とは違うんだろうか。

 ……私は初心を忘れずに生きてこう。


 「おかしいですねぇ」


 ぼんやり立ち尽くして奇跡を使っていたエリオナイトが不意に呟いた。

 口元を彩っていた淡い笑みは消え失せて、やや目を見開き前方を凝視するその表情は、正直ヒくほど怖い。


 「おかしいって、なにがでしょうね?」


 気にはなるが怖くてエリオナイトに声がかけられなかった私は、エリオナイトの外套から抜け出してこっそりアリアさんに耳打ちした。

 アリアさんは少し考え込む素振りを見せて「多分だけれど」と前置きをしてから教えてくれた。


 「魔物の数が多すぎるのだと思います」

 「え?」


 確かに、エリオナイトの攻撃はさっきから途切れることなく展開されていて、多くの魔物を殺しているはずだった。なのに、魔物の数は減ってないように見える。


 「聖都が聖女の力で魔物から守られていることは知っていますね?」


 私は頷いた。

 魔物を寄せ付けない結界を作ること。それが聖女の一番の役目だと、宮で一番に教えられていた。


 「でも、古い聖女から新しい聖女に力を渡すときだけは、その守りが弱ってしまうのです。今日のように」

 「あ。だから魔物が入り込んだんですね」

 「ええ。でも結界が弱まるのは一瞬のことで、運よく魔物が聖都に侵入できたとしても、ここまでの大群が入り込む隙はないはずなのです」


 なるほど、それはおかしな話だ。

 考えたって分かるわけないけど、思わず唸ってしまう。エリオナイト、どうすんだろ。





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