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取り引き

  祭りの準備が一段落ついて勇者たちの手が空いたらしく、彼らは暇さえあれば私の部屋に来るようになった。ということはつまり、私の脱走成功率はもはや絶望的に低い訳で。しかも祭りは明日に迫っている。

 ああ、お先真っ暗とはこのことだ。


 「はあああぁぁぁ」


 ため息をついた私を、ギヴァが鬱陶しいものを見る目で見てきた。しかし、その視線は全力で無視させていただこう。私は自分を慰めるのに忙しい。

 遺憾ながら、聖女になることに対する反感はなくなった。

 ほだされる要素なんてどこにもなかったのにほだされてしまった自分に呆れるが、なってしまったものは仕方ないと諦めるしかない。

 それよりも私を落ち込ませるのは、聖女になったら家族に会えないということだった。

 聖女は滅多に宮を出ないと聞いたことがある。

 ほだされた今でも私が逃げたいと思うのは、聖女になるのが嫌っていうより家族に会えなくなるのが嫌だから、っていうほうが強い。

 ああ、弟妹は今日も無事に過ごしているだろうか。兄さんは体を壊したりしていないだろうか。そう考えると、いてもたってもいられないのだ。


 「ねえ」

 「なに」

 「聖女になる前にさ、」

 「馬鹿? どう考えても間に合わないだろ」


 ちくしょうこのやろうせめて最後まで言わせてくれたって!

 ギヴァは私の言葉を途中で遮って、無慈悲に至極真っ当な答えを言ってのけた。

 確かにそりゃそうだけど! 少しは私の気持ちを慮ってくれてもいいじゃないか。

 家族に会って、お別れだけでも言いたい。


 「なに」

 「祭りの後でもいいから!」

 「……はぁ。どう思う、エリオット」


 スッポンのごとき私の食いつきに辟易したのか、ギヴァは忌々しそうな顔で、それでもエリオナイトに声をかけてくれた。


 「お断りします。なんで私がそんな面倒くさいことしなきゃいけないんですか。意味が分かりません」


 それに対するエリオナイトの返事は素っ気ない。


 「このまま絡まれる続けるなんてご免なんだけど」

 「それはそうですけど。奇跡を使うのって凄く疲れるんですよ。ギヴァだって知ってるでしょう」

 「嘘つきなよ。アンタの腕だったら、奇跡の十や二十で疲れるわけないでしょ」


 奇跡。その一言で、私の視界は霧が晴れたように輝いた。

 普通に起こり得ないことを起こすから奇跡というのだ。その神秘の御業をもってすれば、一ヶ月かかる旅路を一瞬で終えるなんて朝飯前なんじゃなかろうか。

 この閃きはとてつもなく現実味のあることのように思えた。ギヴァもそう思っているからこそ、エリオナイトに声をかけたんだろう。


 「エリオナイト!」

 「なんですか。叫ばなくても聞こえます」

 「私を奇跡で家まで送ってください!」

 「嫌です。面倒なので」


 私の懇願がサラリと流される。

 ……こうなっては、最終兵器を使うしか……!


 「ーーってーーーーる」

 「なんですって?」

 「エリオナイトとギヴァが意地の悪いことを言うって、聖女さまに言ってやる!!」


 言った! 言っちゃった!

 さすがに子供みたいで恥ずかしいから敬遠してたけど、もう恥も外聞も気にしてられない。

 私は、家族に会うんだい!


 「呆れた。子供ですか、あなたは」

 「なんとでも言うがいい! こちとらそれだけ本気だってこと! 見栄を捨てた人間はなにをしでかすかわからないよ?」

 「しかも脅迫まで……。初めからそれらしくないとは思ってましたけど、あなた、ことごとく聖女っぽくないんですねえ」


 うるさいな自覚してるっての。

 伝家の宝刀『相手より立場が上の者に言いつける』を繰り出したにも関わらず、エリオナイトは飄々としており効果があったとは言いがたい。

 しかし私の本当の目的はこっちだ。

 ーーギヴァ。聖女至上主義なヤツなら、聖女様にあることないこと吹き込まれるよりは、と私に味方してくれるはず!


 「エリオット」


 ほらやっぱり!

 計画通りとほくそ笑んだ私を見て、相棒であるギヴァの苦い顔を見て。エリオナイトはやってられないって顔をした。


 「ギヴァ。あなた、こんな知能指数の低そうな人に良いようにされて、恥ずかしくないんですか?」

 「正直自刃したいくらいだけど。でも、こんな下らないことで当代様の手を煩わせるわけには……!」

 「あなたのそれはもはや病気ですね。良い医者にかかったらどうですか」

 「余計なお世話だよ。……エリオット、半分は俺が請け負うからなんとか考えてみてくれない?」

 「……まあ、あなたがそこまで言うならしょうがありませんね」


 お!?

 もしかして大成功!?

 エリオナイトとギヴァはほくそ笑む私を、不浄所にいる妙に足が太くて高く飛ぶ虫を見るような目で見てきた。……正直悲しい。けど、これで家族に会える!


 「いいでしょう。家族に会うことを許可します」

 「まじでか!」


 やった! 粘り勝ち!

 思わず椅子から跳ね上がる。私の喜びようが予想以上なのか、視界の端でギヴァが大袈裟に身を引くのが見えた。


 「ありがと! 言い方は正直ムカつくけど許可してくれたこと自体は感謝しとく!」

 「ちょっと。落ち着きなよ」

 「そうですよ。自分で脅しかけといてなにを白々しいこと言っているんですか」


 ギヴァが私の袖を引いて椅子に座らせる。エリオナイトは機嫌が悪そうにため息をついた。

 嫌味かコノヤロウ。


 「会えるといっても条件があるから」

 「条件? 家族に会えるなら聖女でも何でもやるつもりだけど」

 「そうじゃなくて。っていうか、君が聖女になるのはもう決まったことなんだから、そんなの条件にするわけないでしょ」


 なんだと人が下手に出てれば増長しおって。

 あまりの言い様にギヴァを睨み付けたが、奴は全然違うところを見ていた。なんという一人相撲。


 「会えるのは祭りが終わって君が正式に聖女になってから。ついでに君が会いに行くんじゃなくて、向こうから出向いてもらう。それから、君に会えるのは精々一人か二人まで。あんまり沢山押し掛けられても困るからね」

 「勿論我々も立ち会わせていただきますのでそのおつもりで。それらに納得ができるのであれば、」

 「やるやる! よろしく!」


 間髪いれずに言い返す。

 家族に会える。それを思えば少々の無茶ぶりくらいどうってことない。

 式典は完璧にやりきってやる!



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