祭りの衣装
「は? 衣装?」
二人揃って部屋に来るから何事かと思えば、ギヴァが妙なことを言い出した。
「そうだよ。君の意見も取り入れてあげなさいって当代様が言うから、わざわざ聞きにきてあげたんだよ」
「え、っと? なにがなんだか?」
ここの人間は総じて説明不足だと思う。いきなりやって来て、衣装がどうのと言われても反応に困る。
私はどこも間違った反応をしていないはずだ。だから、そんな察しが悪いみたいなしかめっ面をされる謂れはない。
「祭りの最終日用の衣装ですよ。あなたが新しい聖女だと、皆に知らせる時の」
「は!?」
「おや、まさか、知らなかったんですか?」
「いや、それは知ってますけど」
祭りの最終日に次代聖女のお披露目式があるというのは聞いたことがあった。それが私の身に振りかかるとは思っていなかったから、考えつかなかっただけだ。
あれ? でもちょっと待って。
「式典に顔を出したら、さすがの君でも聖女にならざるを得ないね。ま、そうじゃなくてもなってもらうんだけど」
私の考えを読み取ったように、ギヴァが嫌な笑みを浮かべながら言った。
そうだよ、こんな式典に出ちゃったら、いよいよ逃げ場がなくなってしまう。これは由々しき事態だ。
「はいはい。逃げようとするのは後にしてもらっていいですか? あなたと違って私たちは暇じゃないので」
「ぐぇ」
二人の間をすり抜けようとしたら、エリオナイトに襟を掴まれた。そのままソファーに座らされて、逃げ場をなくすように二人が前に陣取る。
なんという包囲網! 逃げられる気がしない……!
「さて。入ってきていいですよ」
エリオナイトが扉を振り返りそう声をかけると、女官やら使用人やらがぞろぞろ入ってくる。その全員がドレスやら装飾品やらを手にしているので、無駄にキラキラしい行列と化していた。
素人目にも高級品だと分かるそれらに、嫌な汗が吹き出る。
「それじゃ、選んで」
「どうしても?」
「別に。君が選ばないなら、こっちで決めるだけだから」
「そうなると、このドレスになりますね。イビルが披露式典のために作らせたドレスです」
「!?」
エリオナイトが広げて見せたドレスは、触らなくても分かるほど柔らかそうな生地をふんだんに使ったドレスだった。色はピンク。スカートの丈は短く、胸元が大きく開いている。
まさかすぎるチョイスだった。聖女っていう清らかなイメージから離れすぎている。
「これを着ろって!?」
「はい。せっかく作ったのに、もったいないでしょう。高かったんですよ」
「知らないよ! 嫌だ、絶対にそんなの着ないから!」
「じゃあさっさと自分の好きなの選びなよ」
そうだ、私が自分で選べば着なくていいんだ! たとえ馬鹿みたいに高そうなドレスだって、あんな破廉恥なドレスに比べたら着心地はいいはず!
並べられたドレスに向き直る。
「じゃ。これで」
選んだ清楚で上品なドレスを二人の前につき出す。
「ふうん」
「え? それにするんですか? これは?」
「着ないよ!」
尚もしつこく例のドレスを勧めてくるエリオナイトに噛みつくように言い返す。エリオナイトは「もったいない」とか呟きながら、女官たちに片付けの指示を出し始めた。
ふぅ、とりあえす危険は去ったみたいだ。危険が回避できた安心感が体に心地いい。
「ねえ。なんでそのドレスを選んだの」
「なんでって、そりゃあ」
たまたま目に入ったドレスの中で、一番しっくりくるドレスだったからだ。
そう答える前に、ギヴァが口を歪ませた。
「それ、当代様も選んだドレスだよ」
「そうなの?」
「うん」
私が聖女さまと同じ選択をしたのがそんなに嬉しいんだろうか。ギヴァは機嫌が良さそうに笑っている。
「やっぱり聖女候補だね」
短い付き合いの中で薄々勘づいてはいたけど、やっぱりギヴァは猛烈な聖女信仰の持ち主のようだ。物事の判断基準は聖女が一番で、頼まれてもいないのに聖女さまのためならと仕事をこなす姿を何度かみかけた。
金も権力も、勇者と讃えられるだけの実力もあるギヴァからの期待は、正直重いどころの話じゃない。
ギヴァが理想とする聖女になれなかったら、躊躇なくバッサリやられそうな恐ろしさがある。しかもそれは、今のところ私が聖女になった後に待ち受けるビジョンの中で、最も現実味があるのだから恐ろしい。
「ドレスも決まったことですし、そろそろ行きましょうギヴァ」
「ああ、そうだね。それじゃ」
「あ、うん」
衣装を決めるだけ決めて、二人は私の部屋からあっさりと出て行った。
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