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脱走

 今日の聖都は快晴。日差しは強いが穏やかな微風が吹いているので、過ごしやすそうな陽気だ。

 まさに、絶好の脱走日和ーー!

 私が聖女宮に連れてこられて三日経った。そしてそれは、私の涙ぐましい努力が続けられている日数でもある。

 聖女宮からの解放。つまり脱走である。残念なことに過去の脱走は全て失敗。必ず勇者のどちらかに捕まってしまったが、こういうのは諦めたら試合終了だ。

 成功するまで続けてみせると、今、決めた!

 そうと決まれば早速行動に移るべきだ。時は金なり、グズグズしていても良いことはない。


 「よし」


 そういえば、窓からの逃亡はまだ試していなかった。なにしろこの部屋は聖女宮の一番高いところにあるので、さすがに躊躇していたのだ。けど、こうも失敗続きだと生半可なやり方じゃいけないと学んだ訳で。

 幸いにも窓は開くようになっているし、試してみる価値はあるだろう。


 「よっ、と」


 開けた窓から這い出る。これは、さすがにドキドキするな……。

 みっともなく四つん這いになりながら、屋根の上をじりじり移動する。微かに吹く風が、吹き出た冷や汗に心地よい。


 「……ん?」


 しばらく進んでいくと、屋根が途切れていた。右を向いても進める場所はなく、左も同じ。しまった、完全に手詰まりだ。


 「あー、降りられるところまで屋根が続いてなかったかー」

 「当たり前です。でなければ、窓から出られるような造りをしているはずがありませんから」

 「!」


 この声は!

 慌てて首だけで振り替える。そこにはエリオナイト・エリファスが、不安定なアシバニモ関わらず、姿勢よく直立していた。


 「エ、エリオナイト……」


 私がおののくように名前を呼ぶと、エリオナイトは心底呆れたとでもいいたげにため息をついた。


 「次期聖女ともあろうお方が、なんて格好をしているんですか。嘆かわしい」

 「う、うるさいな。君みたいにしていられる方がおかしいんだよ……」


 傾斜の酷い屋根の上で仁王立ちなんて、そうそう出来るものではない。


 「そんなに怖いのなら、最初からやらなければいいんじゃないですか? 私は忙しいんだと、何回言ったら理解してもらえるんですかねぇ」

 「だから、仕事を優先させたらいいって何回も言い返してるでしょ。私のことは放っておいてくれていいんで」

 「そんなことできていたら、とっくにそうしていますよ」


 ため息混じりにそう言って、エリオナイトは杖を一振りした。


 「あ!?」


 途端に私の体が見えない何かに持ち上げられる。そのままフワフワと漂って、私の頑張りを無に返してしまった。


 「エリオナイト!」

 「当代様が一緒に朝食をどうかとおっしゃっていましたので、このまま食堂に運びますね」

 「このまま!?」

 「はい。逃げられても面倒ですから」

 「さすがに恥ずかしいんだけど!?」


 エリオナイトは私の訴えを無視して歩き出した。こうなってしまえば、食堂に着くまでに誰にも会わないことを願うしかない。

 どうか、誰にも会いませんように!


※※※


 日頃の行いが良かったからか、私の願い通り誰にも恥体を見られることなく食堂にたどり着いた。しかし、待っていたのは更なる羞恥地獄だった。


 「まあ。屋根を伝って?」

 「はい」

 「四つん這いで? なんて勇気があるんでしょう。凄いわ」

 「はい。下着が見えていました」

 「うそっ!?」

 「嘘なんてついてどうするんですか」


 いやたしかにそうだけど! そこは報告する必要なかったでしょ!

 朝食の席は、私がどうやって逃げようとしていたのかを報告する場と化していた。ギヴァとエリオナイト。二人の間で情報を共有するためらしいけど、一番話に食いついてくるのはなぜか聖女さまだった。

 二人は聖女さまの問いに事細かに答えていくので、私がどれだけ無様に逃げ回っているのか丸わかりになってしまう。


 「ノエルったら、すごいのねぇ」

 「すごいものですか。ただの考えなしです」

 「あんだと!?」

 「異論でもあるんですか? 考えなしに屋根に上って、進んだ先は行き止まりだったあなたに、なにか考えがあったとでも?」

 「うぎぎ……」

 「ないでしょう」

 「根性だけはあるみたいだね」


 言い返せずに歯噛みしていると、ギヴァがぽつりと呟いた。


 「誉めてない。っていうか、危ないことしないでくれる?キミは次の聖女なんだから」

 「いった!」


 まあ、それが自慢だから! と胸を張ったら、ギヴァに思いっきりデコピンされた。なに、この威力……!?鞭!?


 「ギヴァは仕事の邪魔をされなくて良かったですねぇ。次代に時間をとられたせいで、私はこの後仕事詰めですよ」

 「たまにはそれくらいやったらいいでしょ」

 「ああ、嫌だ嫌だ。面倒くさい……」

 「なに言ってんの」


 いつの間にか当事者である私を置き去りに、勇者二人が軽口の応酬を始めていた。

 仲が良いのか悪いのかいまいち分からない勇者二人と、なにが楽しいのかにこやかに微笑む聖女さまに挟まれながら、聖女宮に軟禁されてから三日目の朝は過ぎていった。



読んでくださってありがとうございます!

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