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聖女との対面

 「はぁ」


 聖女宮に拉致されて、女官に引き渡されたと思ったら、逃げる暇もなく風呂に入れられて隅々まで洗われた。それだけでも精神的苦痛が半端なかったっていうのに、次はあれやこれやと着替えさせられ、私の気力は枯渇寸前だ。

 そんな状況だったので、話を理解できなかったのも仕方ないことだと思う。いや、仮に素面だったとしても理解できなかったと思うんだけど。

 今、私の前には聖女が座っている。

 ガチで意味が分からない。ついでに言うと、聖女の『お話』はもっと意味が分からない。


 「聖女?」

 「はい」

 「……聞き間違いじゃなければ、私が、って聞こえたんですけど」

 「ええ。その通りです」


 聖女は穏やかに微笑んだ。

 ……駄目だ、本格的に疲れてるんだ。こんなこと、あり得ない。



 「信じられないのは無理もありません。しかし、あなたが次代の聖女であることは事実なのですよ」

 「なのですよって言われても困るんですけど……。っていうか、え?」


 次の聖女ってあの女じゃないの? 昼にぶつかった女が次代様とか呼ばれてたじゃないか。まさか全然関係ないなんてお粗末なオチじゃないだろうな。


 「聞きたいことがあるなら、遠慮せずに」

 「えっと、じゃあ聞きたいんですけど、昼間私にぶつかってきた女ーーの人。あの人が次の聖女なんじゃないんですか?」


 そう尋ねると、聖女は出来の良い生徒を誉めるように微笑んだ。


 「その通りです。確かに彼女が次代の聖女でした」

 「じゃあ」

 「ですが、それは過去のこと。今の次代はあなたですよ」


 おかしい。

 聖女候補っていいのは、そんなにポンポン代わったりするものなのか。こう、一度決まったら簡単に覆ったりしないもんだと思ってたんだけど。


 「順を追って説明いたしましょう」

 「あ、お願いします」

 「イビルーー前聖女候補だった彼女があなたと接触した時に、イビルの聖女としての力があなたに移ってしまったようなのです」

 「移った?」

 「ええ。極めて稀なケースではありますが、前例がないわけではありません。イビルは少々性格に難のある子でしたが、聖女としての力は私を越えていました。イビルの力が他の少女に移ったのであれば、その少女が次の聖女になるのは至極当然の成り行きではないですか?」


 あの性悪女の力が私に乗り移った云々は別にして、聖女の言うことはいちいち理にかなっている。

 だが、納得できるかといえば、全力で否定したい。


 「元に戻すことって」

 「恐らくで出来ないでしょう。あなたが望むのであれば試してみても構いませんが、今のイビルは酷く気が立っているようなので、後にした方がいいとおもいますよ」


 なんてこった。望んでこうなったわけじゃないが、あっちにしてみれば私は力を奪った簒奪者なわけで。そんな私がノコノコ会いに行ったらどうなるか。想像するだけでげんなりする。


 「お断り」

 「出来ません」

 「デスヨネー」


 頭を抱える。婚活に来ただけなのにエライことになった。


 「ですが、あなたの気持ちも分からなくはありません」

 「え?」

 「あなたは聖都の人間ではないようですし、聖女や勇者に懐疑的でしょう」


 まさか、当の本人にそんなことを言われるとは思わず、閉口する。そんな私を見て、聖女は思いのほか穏やかに微笑んだ。


 「分かります。私も昔はそうでした」

 「と、いうと……その、聖女さまも辺境の?」

 「ええ。小さな小さな、村とも呼べないような集落の生まれです」


 聖女は小さく笑って、内緒の話をするように小声で言った。


 「聖女に選ばれた時は、一体なんの冗談かと思いました。最初は村に帰りたくてたまらなくて、毎日泣いては先代の勇者様たちを困らせたものです。聖女なんて誰がなっても同じだと思ってましたし、正直に言うと、聖女なんて必要ないとまで思っていたんですよ」


 全面的に同意したい。

 聖女という立場についてはなんとも思っていなかったけど、自分が関わるとなると話は別だ。私には帰りを待つ兄と弟妹たちがいるのだから。


 「ですが、聖女はこの国に必要です。どんなに拒否しようと、あなたが聖女になるという事実は変えられません」


 もしかして、という期待を打ち砕くような、凛とした声だった。微笑む顔はなにも変わっていないけど、揺るがない意思を感じる。

 だが、はいそうですかと頷けるかーー!


 「きっとあなたにも分かる時がきます」


 私は反論しようとして、響いたノックの音に出鼻をくじかれた。


 「失礼します」

 「早かったのですね」

 「あ!」


 振り返ると、そこには昼間の騒ぎを収めてくれた青年と、私をここまで拉致してきた男が並んで立っていた。


 「紹介しますね。ギヴァ・ローレンスとエリオナイト・エリファス。彼らが当代の勇者ですよ」

 「エリオナイト・エリファスと申します。お見知りおきを」

 「ギヴァだよ」

 「ど、どうも……」


 まさか知らない内に勇者の一人と関わっていたとは。愛想のない相づちしか返せなかったが、どうやら気に触らなかったようだ。片やニコニコ、片やむっつりした表情で聖女の後ろに仁王立ちしている。


 「さあ。これで顔合わせも済んだことですし、今日はここまでにしておきましょう。あなたも疲れたでしょう?」

 「はい……」


 本当に疲れた。今だけは諸々のことを後回しにして、ぐっすり眠りたかった。


 「では、誰か」


 聖女が呼びかけると、部屋の外から女官が音もなく現れる。


 「彼女を部屋まで案内してください」

 「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 「あ、はい」


 女官の後に続こうと腰を上げた私に、思い出したように聖女が声をかけてきた。


 「いけない。大事なことを忘れていました。あなたのお名前を聞いていませんでしたね」

 「ノエルです」


 さすがに、名前を聞かれて答えられないほど疲れているわけじゃない。答えると、聖女はにっこり笑った。


 「そうですか。おやすみなさい、ノエル」

 「……おやすみなさい」


 家族以外にこの言葉を使うのは初めてだった。

 なんとなく気恥ずかしさを感じながら、私は女官に案内されるまま退室したのだった。

      


読んでいただき恐悦至極!

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