望まない迎え
「……んー?」
うるっさい。
外から聞こえてくるざわめきに、目が覚めてしまう。全く、なんだっていうんだ。こちとら一ヶ月に及ぶ旅の疲れと、理不尽な出来事に巻き込まれた心の傷を睡眠で癒してたっていうのに。
「旦那さん、何事?」
「ああ、いや! なんか凄いことになっててね!」
面倒だったけど起き上がって、部屋を出る。
この騒ぎの原因を確かめてやろうと声をかけた宿屋の旦那さんは、妙に興奮した様子で振り返った。
「なにかあったんですか?」
「これは凄いことだよ! なんて名誉なことだろう、孫に自慢できることが増えた!」
「それは良かったですね。で、なんなんですかこの大騒ぎ」
大喜びする初老の老人の姿は微笑ましい。
だが、このうるささはいただけない。再び聞くと、旦那さんははしゃいでいた自分に気づいたのか、少し恥ずかしそうに教えてくれた。
「勇者様がこんな下町においでになったんだよ!」
「勇者」
勇者といえば、アレだろうか。
魔王を倒して、人が安心して暮らせる、今の割かし平和な時代を作った英雄。なるほど、そらなら聖都の住人がここまで大騒ぎするのも頷ける。
聖都は聖女と勇者のお膝元だ。
聖女と勇者を生きる神として信仰しているというし、私たち辺境の人間とは聖女に対する思い入れが違うんだろう。
信仰心というものには縁がない私としては、少し異常に見えるほどだ。
「それは、凄いところに遭遇しましたねー」
「そうなんだよ!」
「しかし、なんでまた下町に来たんですかね」
「誰かを探していらっしゃるようだよ」
「へぇ、こんな所までですか」
聖女宮から下町までは遠いというほどでもないけど、下っ端役人じゃなくて、わざわざ勇者が探しているっていうのが大事さを強調している。
わざわざ勇者を使うような人探しだ。なにかものすごいとが起きたんだろう。
「あれ? 戻るのかい?」
「はい。騒ぎの原因も分かりましたし、寝直すことにします」
「せっかく勇者様をお近くで拝見する機会なのに?」
「あ、いえ! いくら勇者様でも、見世物みたいにジロジロ見られたら嫌かなーと思って。それに、祭りの最終日に遠目とはいえ見ることができますから」
慌ててもっともらしい理由をでっち上げて、階段をかけ上る。
お茶目な老人に見える旦那さんの目が、ギラリと光った様は冷や汗ものだった。
機転がきかなかったら、不信心者として宿を追い出されていたに違いない。
「ふー」
兄さん、弟たち、妹たちよ。
聖都はいろいろ怖いところです。
※※※
「お嬢ちゃん! お嬢ちゃん!!」
「ーーはっ!?」
いつの間にか寝ていたらしい。部屋の扉がガンガン叩かれる音と、旦那さんの呼び掛けで目が覚めた。
扉を叩く音は鳴りやまず、旦那さんの呼び掛けには尋常じゃないものを感じる。
嫌な予感。昼に一悶着あった時と同じ感覚がする。
「……よし」
逃げよう。
宿代は先払いしたから問題ないし、幸いなことにこの部屋は二階にある。逃げられないことはない。
好きこのんで面倒事に巻き込まれる趣味はない。
手早く荷物をまとめてから、窓から飛び出す。
「やぁっ!」
なんとか着地して、部屋を見上げる。
よしよし、旦那さんはまだ私が逃げ出したことに気づいていないみたいだ。荷物を背負い直して、歩き出す。
聖都怖い。村に帰ろう。
ただ、どうやって村に帰るのかが問題だ。魔物がウロウロしているのに一人で一ヶ月も旅なんかできないし、だからといって魔よけの護符なんて買えるわけないし。
こそこそ逃げ回りつつ、祭りが終わるのを待つのが今のところ一番良策だろうか?
とりあえず今日はどここ他の宿に泊まって……
「っていうか、あれ?」
迷った。
おかしい。いくら私に聖都の土地勘がないとはいえ、迷うはずがないのに。あの宿屋はそういうところに気をつかって選んだ宿屋なんだから。
そういえば、まだ夕暮れ時なのに他の人影が見当たらない。さっきまで夕飯の買い出しをする主婦や仕事帰りの男たちでにぎわっていたのに、いつの間にか人っ子一人いなくなっている。
なんだこれ、どういうことなの。
「あ!」
がらんとした大通りに、ポツンと立っている人を見つけた。
良かった、人がいた!
「あの!」
「はい、なんでしょう」
駆け寄って声をかけると、相手が振り返った。
優しそうな青年だ。立派で仰々しい装飾の杖を持っているのがちょっと気になるけど、地獄に仏とはこのこと!
「すみません、私迷ってしまったみたいで」
「残念ですが」
「へ?」
「逃げられませんよ。ああ、申し遅れました。私、聖女宮からやって来た者です」
青年はわずかに頭を下げて、言った。
「あなたを迎えに来ました。一緒に、来ていただけますね?
」
読了感謝!