再会
そわそわ。そわそわそわそわ。
「ちょっと。大人しくしててくんない? 鬱陶しい」
ギヴァの余計な一言も、今は気にならない。今の私にそんなことを気にしている余裕はないのだ。
なんたか祭りを終えて3日。今日、兄さんが会いに来てくれる!
「まだかなー」
「さっきから何回言ってるの、それ。もう少しだって言ってるでしょ」
「ギヴァだってそれ、さっきから何回も言ってるじゃん」
「アンタが間をおかず阿呆みたいに何度も繰り返すからだよ!」
怒鳴られた。
だって、仕方ないじゃないか。待ち遠しいんだもの。乙女の繊細な機微が分からないどころか苛立ちに任せて怒鳴り付けるなんて、そんなんじゃモテないぞ。
「……なんか、不愉快且つ余計なこと考えてない?」
「ううん、べつに」
私はギヴァの追及をかわして、手をつけていなかった紅茶を飲んだ。
これを淹れてくれたのは兄さんを迎えに行ったエリオナイトだ。紅茶はすっかり冷めている。
それにしても、待ちきれなくて時間が遅く感じることを抜きにしても遅すぎやしないだろうか。
馬で一ヶ月かかる距離も、奇跡を使えば瞬きの間に行き来できるって言ってたのに、もう随分時間が過ぎているように感じる。
ギヴァよりかはいくらかマシとはいえ、エリオナイトもなかなかどうして人の神経を逆撫でするのが上手い奴だ。
対して新島は人並みの堪忍袋の強さを誇る人だけれど、なにかの拍子にブチキレるという可能性は否定しきれない。
兄さんがいくら腕の立つ猟師だからって、勇者であるエリオナイトには敵わないだろう。勇者という人種の出鱈目な強さは、この前の騒ぎで身をもって知っている。
「どうしよう、ギヴァ。心配になってきた」
「は? いきなりなに」
「エリオナイトが兄さんをボコボコにしてたらどうしよう」
「……なにがどうなってそんな考えにたどり着いたんだか知らないけど、そんなわけないでしょ」
「そんなの、分かんないじゃん」
「はぁ……。そんなに心配なら、本人に聞きなよ」 「え?」
「もう着いた。来るよ」
ギヴァが言い終わらない内に扉が開く。
扉を開けたのはエリオナイトだった。ゆっくりと扉を開いて、少し身を引いて誰かに入室を促す。
緊張した様子もなく入ってきたのは、待ち望んでいた人だった。
「兄さん!」
「ノエル」
私に気づいた兄さんの表情が柔らかくなる。そのことが妙に嬉しくて、私は兄さんに駆け寄った。
「久しぶり兄さん! 元気だった?」
「ああ。お前こそ」
「元気げんき! 今元気になった!」
「そうか」
兄さんが頭を撫でてくれる。うわぁ、懐かしい感覚。
私は子供のように兄さんの服を引っ張りながらテーブルについた。
エリオナイトはお茶の準備をしていて、ギヴァはなにやら分厚い書類に目を通している。仕事があるなら自分の部屋で済ませればいいのに、護衛だからとここに残っているのだ。
「わざわざ来てもらってごめんね、兄さん。家の方は大丈夫?」
「気にするな。会えて嬉しいのは俺も同じだ。家の方はジョエルもいるし、問題ない。ジェニファーも面倒を見てくれているしな」
「あー」
ジェニファーは分かりやすく兄さんに惚れてる子だ。
なにかと兄さんの仕事を手伝いたがっているけど、何事にも手際のいい兄さんは他人の手助けをあまり必要としない。
今回は珍しく兄さんが助けを必要としていたことと、子守りのできる女をアピールできる絶好の機会なだけに、張り切っているだろう。その様子が目に浮かぶようだ。
「そっか。あ、兄さんこれ食べて? 美味しいよ」
「ああ、貰おう」
聖都で大人気だという、木の実をふんだんに練り込んだクッキーを差し出す。クッキー自体の甘さに木苺のジャムの甘酸っぱさが加わって、何枚でも食べられそう。人気になるのも頷けるというものだ。
サクサクと小気味良い音をたてながらクッキーを咀嚼するガタイのいい成人男性。なんだか妙に似合って見えるのは、身内の欲目なんだろうか。
それにしても、と兄さんが呟いた。
私はクッキーを流し込んで兄さんを見る。
「お前が聖女とはな」
「うん、私もびっくりした」
「俺がお前を送り出したのは、聖女になんかするためじゃなかったんだがな」
なんか、という部分で慌てて視線を巡らせる。
この部屋には、どんな場合であっても聖女を貶めるような発言を許さない男がいるのだ。
案の定、今まで私たちに欠片も興味を示さずに書類を読んでいたギヴァが顔を上げた。その目はギラギラ輝いている。
「なんかって、なに。聞き捨てならないんだけど?
」
「俺にとってはその程度ということだ」
ぁぁああ、ヤバいよヤバいよ。
一瞬即発とはこのことだ。私は救いを求めてエリオナイトを見た。
こういう話題に関して彼の対応は寛大だし、二人を止められるならコイツしかいないと思ったからだ。
「やらやれ二人とも、それくらいにしておいたらどうですか? 当代が困っていますよ」
やんわり面倒くさそうに口を挟んできたエリオナイトを、ギヴァが睨み付ける。
立場を考えれば、エリオナイトは明らかにギヴァ側だ。そのエリオナイトが兄さんの暴言をたしなめもしないっていうのは、ギヴァにしたら兄さんよりも許しがたいことなのかもしれない。
「エリオット。アンタ、自分の立場分かって言ってるの」
「勿論ですよ」
「それでその物言いなわけ? 聖女が貶められたんだけど」
「残念めすが、ギヴァ」
「なに」
「私は常に面倒事を起こさない人の味方なんですよ。この場合は当代ですね」
悪びれもなく堂々と言い切るエリオナイト。
助けを求めておいてなんだけど、勇者の片割れがこんなんで大丈夫なんだろうか。
「いい加減その性格なんとかしてくれない? 他の事はどうでもいいから、自分の仕事はしっかり全うしてよね」
「してるじゃないですか」
「さっきの今で、よくそんなこと言えるね」
兄さんとギヴァのケンカは回避できたみたいだけど、別の問題が発生したみたいだ。
……まあ、いいか。
二人の些細なケンカなんて、長くもないこの生活ですっかり慣れてしまった。それだけ頻度が多いのだ。いたいち気にしていたら身が持たない。
「聖女は」
「ん?」
「当代の聖女よりも力のある候補が見つかれば、任期に関係なく代替わりをするというのは本当か?」
「え。なにそれ初耳」
「おや。よくご存知で」
ケンカは収まったらしい。
エリオナイトが会話に加わってきて、ろくすっぽ役に立たない私の代わりに肯定した。
「ノエルが聖女に選ばれたと聞いて調べた。で、どうなんだ」
「残念ですけど、そんな候補の方は見つかっていないですねえ」
「当代の適性は歴代の中でも群を抜いてる。この先も任期が明けるまで、そんな奴現れないだろうね」
おあいにく様。
そんな副音声が聞こえた気がした。
ギヴァは意趣返しができてご満悦だ。さっきまでの不機嫌さを捨てて、また書類に向かいはじめた。
「適性が、高い……」
「そうですね。少なくとも私は、魔物を踏み殺すことのできた聖女を他に知りません。まあ、そもそもそんなことをしようとした聖女自体、いなかったでしょうけどね」
「ああ、あれ。あれは確かに見物だったね」
「……なんだ、それ」
兄さんに思いっきり呆れた視線を向けられた私は、慌てて首を振った。
違うんだ、誤解なんだよ兄さん!




