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旅立ち

 「え?聖都?」

 「ああ。行ってこい」

 「いやいや!  行ってこいって、そんな簡単に行き来できるような距離じゃないよ!?」


 兄さんが突拍子もないことを言い出すのは割りといつものことだけど、今回はさすがに驚いた。

 まるでお使いを頼むような口振りだったけど、聖都までは馬で順調に進んでも片道1ヶ月はかかる距離がある。

 遠すぎるし、そもそも聖都に行かせられる理由が分からない。


 「聖都はそろそろ祭りの時期だろう」

 「ん? ああ、そういえばそうだよね。次の聖女を決めるための祭りなんだっけ?」


 今の聖女はそろそろ任期が過ぎるようで、今年が代替わりの年らしい。

 聖都で盛大に催されるというその祭りには、聖女の座を狙う女たちが大陸中から押し寄せるとか。

 …………。


 「っ! ま、まさか、その祭りに参加してこいって言いたいの、兄さん!?」

 「そんなわけない」

 「だよねー」

 「ただ」

 「ただ?」

 「祭りには大勢の女が参加するだろう」

 「うん」

 「その中で聖女になれるのは一人きりで、残った女たちは聖都で結婚相手を探すと聞く」

 「あー……」


 そういう。

 一応結婚適齢期真っ只中な私だが、そういうことに興味が持てないでいた。兄さんはそんな私が心配らしく、何度か見合いのようなものを持ってきたことがある。

 まあ、全部無駄になった訳だけど。


 「いつも言ってるけど、結婚の話なら、兄さんの方が先だよ」

 「いつも言い返している。俺は男だから、婚期が少くらい遅れても問題ない」

 「またそれ。いっくら兄さんが男だからって、そろそろヤバイ歳だよ?」


 女のそれより重要視されていないとはいえ、三十過ぎての独り身は近所の白い目不可避だ。

 そんな歳まで結婚できないのは人格に問題があるからだ。なんていうのは飛躍しすぎだと思うけど、どうやら残念なことに私みたいな考え方は少数派のようだった。

 兄さんは今年で二十九歳。一歩後ろは崖っぷち。後がないのだ。


 「俺のことはいい」

 「よくないって」


 兄さんは真面目で腕の立つ猟師だけど、自分のことを後回しにする傾向がある。弟たちもそれなりに大きくなってきたし、そろそろ自分のことにも気を使ってほしいと思う。

 私と違って器量よしで村の女たちにもモテてるんだから、さっさと結婚して家庭を持ったらいいのに。


 「今は俺のことはいい。問題はお前のことだ。いいな?」

 「……はい」


 不承不承頷く。確かに兄さんなら、私と違ってすぐに相手が見つかるだろうから、強く言えないのだ。


 「別に、無理してまで相手を見つけろと言っているんじゃない。見つからなかったら見つからなかったで、今まで通り生活したらいい。弟たちもその方が喜ぶだろうしな。俺も嬉しい」

 「うん」

 「だが、お前の子供の顔は見てみたい」

 「うん?」

 「さぞ可愛いことだろう」

 「えぇー?」

 「こんなことを頼むのもおかしな話だが、俺にお前の子供の顔を見せてくれないか」


 私の父親か! ……まあ、あながち間違いでもないけど。

 まさか兄さんがそんなことを思っていたとは、初耳だ。どうりで兄さんにしては諦め悪く結婚を勧めてくると思ったら。


 「私は兄さんのーー」

 「今は」

 「ハイハイ、私のことね。聖都の祭りに参加して、相手を探しても駄目だったら、兄さんも諦めつくの?」

 「ああ」

 「じゃあ、行くよ。これ以上兄さんを煩わせるのもナンだし」

 「一応言っておくが、行くだけじゃ意味ないんだからな。俺は一緒に行けないが、ちゃんと相手を探すんだぞ。サボるなよ」

 「分かってるって。わざわざ聖都まで行って、サボって帰ってくるわけないじゃん」


 私と兄さんが同時に家を空けることはない。弟妹たちの面倒を見るには、すぐ下の弟一人じゃ心もとないからだ。さすがに弟一人で八人はさばききれないだろう。

 必然的に私は一人旅をすることになる。正直不安がないわけではないけど、これも兄孝行。

 聖都がどういう所なのか興味あるし、この先村から出ることがあるか分からないから、ちょっと楽しみでもある。


 「でもさ?」

 「ん?」

 「行く気になったのはいいけど、どうすんの?」


 聖都の祭りがある時は、聖都から乗り合い馬車が出る。昔の名残でまだ続いている習慣らしい。まあ、当たり前のように倍率は激烈に高いけど。

 旅路が長ければ長い程魔物に襲われる確率が上がる訳で、少しでも安全性をとるなら聖都からの馬車に乗りたいと思うのが普通だろう。装備が違うだろうし。

 私たちの村でも、少し前に乗車希望者が村長の家に集まってたし。選考はもう終わってるだろう。


 「ああ、大丈夫だ。頼んだら快諾してくれたぞ」


 兄さんはなんでもないことのように、とんでもないことを口走った。


 「え」

 「だから心配しなくて大丈夫だ。聖都からの馬車にお前も乗せてもらえる」

 「お金、どんくらい払ったの……?」

 「いや? 払ってないぞ?」

 「……!?」


 そんな馬鹿な!

 この村の村長は重度の守銭奴で面倒事を嫌う性格だ。その村長が金の力もなしに、とうに決まった筈の馬車の乗車員の調整をするなんて、天変地異を疑ってもおかしくないレベルの珍事だ。


 「兄さん、村長脅しでもしたの?」

 「ああ」

 「!? うそっ」

 「冗談だ。妹の為にどうか頼むと頭を下げたら、最初は渋っていたが最終的には快く引き受けてくれた」

 「……」


 兄さんは頼み事をしたつもりでも、多分村長にしてみれば脅されていたのと一緒だったに違いない。

 兄さんは魔物を狩ったことすらあるほど腕の立つ猟師だ。ついでに、私たち兄弟のためなら割りと無茶するっていうのは周知の事。猟師の標準装備品・大振りの剥ぎ取りナイフは、そりゃあ怖かっただろう。


 「ま、まあ、いいや。聖都の馬車に乗れるなら、なんの問題もないね」


 気合いを入れるように立ち上がる。聖都に行くなら今ある仕事を終わらせなきゃいけない。

 よし、張り切っていくぞー!



読んでくださってありがとうございます!

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