狂ったまま進む時間軸
「なぁ、一緒に帰ろうぜぇ」
「嫌よ」
大学を出て玄関のすぐ右、待ってましたとばかりにかけられる声。
ばっさりと切り捨てて早足で歩き出すが、後ろの声も私の後をついてくる。
「あれ、伊織の最寄り駅ってこっちの方向だっけ」
「…」
「無視すんなしー」
駅と反対方向に歩いているのは雑貨屋に寄りたいからだ。
一切スピードを緩めずに歩き続けるが、後ろの声は途絶える素振りを見せない。
呆れるようにして…、わざとらしくため息をつきながら立ち止まる。
「お、とうとう諦めたか?」
私は右肩にのせられた手を振り払い、ゆっくりと振り返りながら言った。
「何で私についてくんのよ」
「お前が欲しいからだ」
自信たっぷりに言い切るヤツをジッ、と睨み付ける。
何時もと同じ答え、相変わらず…そう、相変わらず強欲。
「何度も言うけど、私があんたのものになるなんて絶対に…」
「『ありえない』?」
ヤツのニヤリと浮かべた笑い顔を見て、ああしまったと思うがもう遅い。
「『ありえない』なんて事はありえない。あれもそう言ってたろ。お前はそれを否定すんのか?」
「…なんの権利があってあんたが彼をあれ扱いすんのよ。あんた…、一体何様のつもり?」
「強欲様」
「死ね」
プッツン、と堪忍袋の緒が切れる音を頭の隅っこで聞きながら、辞書の入った方のバッグを大きく振り回す。それは緩やかにカーブを描いてヤツのこめかみまで一直線…のはずだったのに。それも結局いつもの通り。すんでのところで止められる。
「…っ!!」
「止めとけよ。俺は女と戦う趣味はねぇ」
「…なんっ、なのよあんた!!」
捕まれた手首を振り払いながら感情のままにそう叫ぶ。
いつもは異常なくらいに気になる他人の視線も今はどうでもいい。
「何であたしなのよっ!!」
「好きだからだ」
「何であの人の真似すんのよっ!!」
「伊織、好きだろ?」
「鴇も好きでしょ!!」
「伊織程じゃねえよ」
そもそも、私が鴇と知り合ったのはほんの1ヶ月前だ。たまたま同じ授業で、たまたま隣の席になって、たまたま同じ漫画の同じキャラクターの話で盛り上がった…だけなのに。
「俺はこの世のすべてが欲しい」
「世の中、そんなに甘くないわ」
「金も欲しい女も欲しい、地位も名誉も!!」
「この世の…」
「そう。この世の物全て欲しい!!…だったよな。お前の一番好きな台詞は」
「五月蝿い。あんたみたいな人間が、あの人の言葉を真似しないで。虫酸が走る」
結局いつもと同じだった――、無駄な時間を過ごしたとくるりと踵を返して、元々向かっていた雑貨屋へと歩き始める。
「好きだぜ、伊織!!」
「…私は嫌い」
「がっはっは!気の強い女は、やっぱし最高だ!!」
笑い方まで真似しやがって――、と、小さく舌打ちをしながら歩く。
後ろにチラリと目をやる。あいつの姿はもうそこにはなかった。
「…お前さぁ、いい加減アニメキャラの真似して、佐藤に近づくのやめれば?そのうちマジで嫌われるぞ?」
「そんなん勘弁!冗談はやめろ」
「自慢だった茶髪真っ黒にして、真夏に黒いコート着て暑くねぇの?」
「暑いにきまってんだろ阿呆」
「面倒くせぇやつだな…何でそこまですんの?」
「三次元が二次元に負けてたまるか」
「三次元が二次元に勝てるわけねぇだろ」
「あー…、度の強いコンタクトレンズでも入れようかなー…」
「お前視力良いだろ」
「悪くして目付き悪くする」
「…ヤベぇ、こいつ本当の阿呆だ」
「なんとでも?」
「…ていうか、鴇。俺が思うに、お前がどんだけグリードの口調や思想を真似ても、佐藤はお前には靡かねぇし、お前もグリードにはなれねぇぞ?」
「くっくっく。んなことは分かってるよ。…けどな、俺は自分の惚れた女が他の男を好きだのなんだのいってんのは我慢ならねぇんだよ。例えそれが二次元だろうと…な」