めぐりあい 転生者の二人
彼はヨーロッパで生まれた。
まあまあの都会の、住宅街の一角で、勤め人の両親と姉と弟と5人家族で暮らしていた。3年に一度、隣町に住んでいる父方の祖父の実家だという大きな館で、ものすごく大勢の親戚と一緒にクリスマスを祝う習慣があることを除けば、ごく普通の家庭だった。
今年もその「お城のクリスマス」の年にあたっていた。
お城は古い昔ながらの建物と、見かけは似ているが近代的な設備のホテルが隣接して建てられたものだった。どちらも祖父の長兄、彼にとっては大伯父にあたる人が経営している。古いお城は歴史博物館や美術館になっていた。
小さい子どもたちは探検と言って古いお城を見て回り、雪が降ってひまになった牧羊犬と一緒に雪遊びに興じた。もう少し大きい少年たちは乗馬をしたり歴史の知識を教わったりした。少女たちは観光客用に貸し出されるレプリカの衣装やアクセサリーでファッションショーをしたり、お菓子作りを手伝ったりしていた。
もちろん大人たちは社交やパーティに忙しかった。
そんなある日、彼は祖父に呼ばれて普段は入ってはいけないと言われている古い城の一間に連れていかれた。入ってみると何もない部屋だった。同じように連れて来られた同じような年齢の男の子ばかりが6人いた。まだ中学生になってない年齢の男の子たち。そして大伯父と、父より少し年上かと思われる、左腕に痛々しく包帯を巻いた男がいた。
「そろったか。これから大切な話をする。」
大伯父は集まった子どもたちに、厳かに告げた。
我が家は古い王家の血を受け継ぐ家系であること。そしてそういう家系には民衆のために自ら率先して戦わねばならない義務があること。
「これはわしの甥、テオだ。お前たちの父親の代のノブレスオブリージュを成すものとして、バチカンにいて、悪魔と戦った。だが、見ての通りだ。もう戦える体ではない。お前たちの中から、新たなノブレスオブリージュを成すものを出さねばならん。」
子どもたちは黙った。何を言われているのやら、よくわからないが、何を聞いていいのかさえ、よくわからない。一人の子がおずおずと尋ねた。
「悪魔って、…悪魔?」
包帯の男が苦笑しながら言った。
「狼男の話は聞いたことがあるか?」
別の子が答えた。
「あるよ。女の子を怖がらせる話だ。夜遅くならないようにって。俺はそんなもん、信じてないけど。」
「今でも奴らは、いる。」
子どもたちは顔を見合わせた。まさか。
「信じる必要はないさ、とりあえず今はな。だが世の中の人々が安心して眠れるように、戦う男が必要なんだ。お前たちのうちの誰かがやらなきゃいけないんだ。さあ、誰がやる?」
子どもたちの目が逃げ回った。一人を除いて。
「僕、やります。」
彼が言った。包帯の男が、満足げにうなずいた。
彼女はアジアで生まれた。
ほどほど田舎の、住宅街の一角で、勤め人の両親と兄と姉と5人家族で暮らしていた。12歳の時から彼女にだけ、もう一軒、治療院と称する別の家があるのを除けば。
彼女の家系は「観音の舟の血筋」といわれていた。彼女の曾祖母が先代の観音の舟だった。百年に一人の割で、観音の舟と呼ばれる、途方もない癒しの力を持つ女の子が生まれたのだ。彼女と一緒の部屋で食事や睡眠をとるだけで、(なんなら同じ部屋にいっしょにいるだけで)あらゆる病気を治し、怪我を治し、傷ついた心さえも癒した。
先代の観音、彼女の曾祖母は、重症者に触れたり、高額な代金と引き換えに彼女の治療院で寝食を共にしたりしていた。それだけで事実治ってしまうのだった。高額な代価と、厳重な緘口令が治療とセットになっていた。取材の類は一切お断りで、提携している病院を経由してきた本当の病人・けが人にしか、治療はおろか面会さえしなかった。
彼女は先代とは別方向の路線を選んだ。彼女は知人の経営していたさびれたカフェで、「観音の舟のお茶会」を開いた。初回こそ出入りの病院にポスターを張らせてもらったが、あとは口コミだけだった。
飲食代とは別に、その十倍ほどの入場料を取った。彼女はその決められた時間の間だけ、店内に作られた特別な席に座って、本を読んだりスマートフォンを眺めたりしながら、飲み物を飲んでいた。べつに患者に挨拶するでもなく、症状を尋ねたりもしない。
高額なお茶会に出た人はあっけにとられたが、参加者はみな快方に向かった。ステージ4の脳腫瘍が小さくなったり、酸素マスクをつけていた肺炎患者が、犬の散歩ができるようになったりした。ただし、お茶会についてSNSに投稿したり、写真を撮ったりするのは一切禁止された。どこかに強力な伝手があるらしく、この禁を破った者には、その直後から数年間一切スマートフォンの契約ができなくなるというペナルティが課せられるということだった。参加は一生に一度きり、というのも約束だった。
12歳の夏休みに、月に1回から始めたお茶会は、彼女が二十歳になるころには、毎週1回にまで増えていた。乞われて遠くの街のホテルの宴会場で開いたこともあった。寝たきりの重症患者には、特別料金を取って「お見舞い」もした。
こうして集めた資金を、彼女はいくつかの病院に惜しげもなく寄贈し、その代わりにその病院のすべての病棟へ、立ち入る権利を貰った。ボランティアのIDをつけ、まるで散歩をするように、すべての病室をのぞいて花瓶に水を注いでまわる彼女を、看護師も医師も気にしなくなった。彼女が来ると、完治して退院する患者が増えるのは事実だったから。
クリスマス休暇の後、彼はテオに連れられて古い修道院に住むことになった。そこは寄宿学校で、小中学生の男の子ばかりが、一般の学校の授業に加えて、礼儀作法や聖書の講義のほか、いろいろな武術を学んでいた。テオが言うにはここで適性があるとわかった者は、悪魔と戦う者に、そうでないものはバチカン所属のセキュリティサービスに入ることになるのだそうだ。
「どちらになっても、おまえが我が家の家系のノブレスオブリージュであることに変わりはない。20年勤めればやめることもできる。今は僧籍に入るわけじゃないから、女の子とデートするも、結婚するも自由だぞ。」
テオは帰り際にそんなふうに言ったが、ここには女の子なんて影も形もなかったし、インターネットもテレビもゲームもなかった。厳しい環境や訓練について行けなくなった者は、いつの間にか家に帰されるようだった。落伍者にだけはなるまい、と元来生真面目な彼は訓練に精を出した。
4年目からは「院長」の指導を受ける、精鋭グループに入った。院長はテオとよく似た雰囲気の男だった。抑揚の少ない、低い枯れた声で、悪魔付きの話をした。院長の話す「悪魔」の話を、グループのほとんどは話半分に聞いていたが、最年長のレオンだけは
「院長は、嘘は言ってない。」
と、言っていた。レオンは一度だけ院長に「実戦」に連れて行ってもらったことがあるのだそうだ。
彼が精鋭グループに入って数か月後に、レオンは卒業して退魔師としてバチカンに旅立っていった。次の最年長者はエリアスで、彼は人当たりのいい陽気な男だったから、一年後にセキュリティサービスへ入ったと聞いた。
「院長に実戦に連れて行ってもらってない奴は、退魔師にはなれないんだ。ま、俺はそれでかまわないから。」
武術に優れていることと、退魔師になれることは別らしい、と彼は知った。
二十歳になった彼女は、観音の舟の生まれ故郷、山間部の小さな村へ行くことになった。初代の観音の舟は尼僧だったそうだ。はやり病で次々と亡くなっていく人々を助けたいと、悲母観世音菩薩にわが身を捧げて祈ったのだという。願いが通じてその初代は、自らが身体に観音菩薩を宿して運ぶ舟になったのだ。その初代が住んでいたとされる古い寺を彼女は訪ねた。そこで彼女は困った事実を知った。
観音の舟は、強い退魔の力を持った男との間に子をなさなければならないというのだ。退魔の力って何? そんな人どこにいるの? そしてそれは、彼女の日頃持っていた悩みの答えでもあった。彼女は今まで、どんな男にも魅かれるものを感じなかったのだ。その気になればどんなイケメンだろうと、お金持ちの御曹司だろうと、デートの相手にできたのだけど。
その寺には代々の観音の舟の「夫」の記録もあった。初代の相手は修験者だったそうだ。他は僧侶だったり祈禱師だったりした。えー、そんな変な職業の人と結婚しなきゃならないの? と彼女は絶望した。せっかく楽な仕事もお金もあるんだし、もっとかっこいい男と結婚したいんですけど。そういえば先代の相手は? 私、曽祖父のことって知らない。
先代の夫として書かれていたのは外国人の名前だった。バチカン所属の退魔師で、吸血鬼相手に負ったけがで、先代の癒しを受け、それが縁で結婚したのだという。これ、いいかも、と思って読み進めていくと、曽祖父はこの国での生活に馴染めず、結婚後十年たたずに生まれ故郷に帰ったということだった。
ふうん、なるほど。そりゃ百年以上前のこの国は貧乏だったし、食べ物だって口に合わなかっただろうし、外国人だと言うだけで差別されただろうしねえ、と彼女は曽祖父にちょっと同情した。でも、現代のわたしなら大丈夫なんじゃない? なんならわたしが外国暮らしをすればいいんだし。
そう思った彼女は、いろんな伝手を使って調べてみた。バチカンって今でも退魔師っているのかどうか。
退魔師、という仕事は思ったより忙しかった。医者が病気を治すのと同じで、何か月もかかることさえめずらしくなかった。数人でチームを組んで、数週間ごとに交代した。そういうチームがいくつもあるのだった。
ある夏の終わりの日。
「おう、お前、今日は暇だろう。SSへ手伝いに行って来い。」
仕事の総括をする司祭さまが宿舎にきて、有無を言わせず、彼を送り出した。着慣れないSSの制服を着て、彼が行かされたのはバチカンの城壁の外、ローマ側の小さなホテルだった。
ホテルのボーイは彼の制服を見ると、会議室を指した。
「え? あれ?」
確かに会議室のドアをあけたはずだったのだが、中はどう見てもセルフサービスのカフェだった。てんでにコーヒーだの紅茶だのケーキだのを楽しんでいるのは、僧服を脱いでラフな格好をした司祭たちだった。普段むっつりとしている彼らが別人かと思うほどしゃべり、笑っている。みな肩こりが治ったの、腰の調子が、膝の痛みが、老眼が、と騒がしい。見回すと何人かのSSの制服組が、壁際で所在なさそうに立ったまま、コーヒーを飲んでいるのをみつけた。
「すみません、 手伝いに行けと言われたのですが…。」
「いや、ここは足りてる。手伝いなんか頼んでないぞ。」
おかしいな、とお互いに首をひねったとき、
「おお、来たか、こっちだ。」
彼を呼んだのは、退魔師の大師長だった。これも普段着姿なので気づかなかったのだ。なんと、同席しているのはこれも普段着の大司教様!?
「お前の警護対象は、あそこにいらっしゃる方だよ。」
この国にいるカトリックの一番偉い人だというそのおじいさんは、柔和な目をして、わたしが訪ねてきたことを喜んでくれた。
「待っていました、ミズ・シラフジ。」
見るからに外国人だけど、日本語は流暢だ。普通に緑茶とクッキーが出る。ただでお茶会してあげることは普通ないけど、これも未来の結婚相手を探すためだから、必要経費だ。
「曽祖父さまについては、どこまで御存じですか。」
「えっと、バチカンの退魔師であったということだけです。うちには写真とか残ってないんです。祖父が亡くなったときに処分してしまったそうで。」
「ここの、わたしの前任者は、あなたの曽祖父さまを、治療のために日本に呼んだ人だったそうです。」
戦争後の混乱期。
戦場となったヨ-ロッパ各地では、戦死者の死体めあての食人鬼や低級な吸血鬼が多く出たそうで、それを狩る退魔師も増員を重ねていた。その中でも飛びぬけて手際のいいのが曽祖父だったという。しかし曽祖父はある時失敗をした。絶命したと思った吸血鬼に近づいたところ、相手は虫の息ながら、最期の反撃をしたのである。
唾液とともに吐きとばされた血が、曽祖父の右目に入ったのだった。猛烈な痛みは、聖水で何度も目を洗い流して収まったものの、彼は夜ごとに起き上がり、病室の物を手当たり次第に壊し、神をののしる言葉を大声でわめき、看護人に殴るけるの暴行をした。しかも朝になると何一つそれを憶えていないのである。
仕方なく、曽祖父は自ら悪魔付きの人を入れる地下牢に入り、鎖で体をベッドに縛り付けてもらっていた。それでも夜になれば鎖を解こうと暴れまわるので、夜のうちに体は傷だらけになり、とうとう朝が来ても起き上がることはおろか、食事さえとれぬ状態になってしまったのである。
「知人からこの話を聞いた、わたしの前任者は、異教の者ではあれど、奇跡のように人を癒す者がいる、とバチカンに報せたのですよ。教皇様は手の施しようがないのならと、前例のない承諾をしてくださった。」
まるでホラー映画の世界だわ、と彼女は思った。
「軍用機に乗せられ、強力な麻酔をかけられて、三日かけて彼はやってきました。あなたの曾祖母さまは、その場で彼を服の上から丁寧にさすっていったそうです。そして、今夜から同じ部屋で眠るとおっしゃって。」
なるほど、これは最大限の癒し法だわ、と彼女は考える。さすがにわたしはまだやったことないけど。
「周りの方が、さぞ反対なさったでしょうね。」
と、苦笑いしながら彼女は尋ねる。
「もちろんです。当時の曾祖母さまはまだ高校生くらいだったのですよ。うら若い女性にそんな危険なことはさせられない、とか、けが人とはいえ聖職者の男性と同室では、とか、周りは止めようとしましたが、治したいのなら止めないでくれ、と押し切られまして。仕方なく、付き添ってきた神父と、わたしの前任者もベッドを並べて一緒に寝たそうです。生きた心地はしなかったそうですがね。」
「それで治ったんですよね。」
「はい。一週間ほどで、ローマにお帰りになりました。」
「え、帰っちゃったんですか?」
それが縁で結婚したんじゃなかったの?
「二、三か月くらいしてから、あなたの曽祖父さまが還俗して曾祖母さまに会いに行くと言っている、という便りが来たそうです。それからさらに半年くらいして、彼はここまでやってきました。」
なるほど。離れてつのる恋心、と言うやつだ。タイムラグがあるのは、旅費をためるのが大変だったかららしい。
「でも、離婚したんですよね。」
「いえ、カトリックには離婚はありません。たぶん、単に平和な暮らしに我慢ができなくなったのでしょう。」
「へえ、じゃ、退魔師の仕事をしたくなったから、帰国したというんですか?」
「そうです。二番目の男の子を連れてイタリアに帰ったと聞いています。さすがに僧籍を離れた身で退魔師としての仕事はできなかったようですが、見習いたちに武術の指導をしていたとか。」
さすがに先代に一目ぼれして、押しかけ亭主になった人だけのことはある。相当波乱万丈の人生だ。
「連れて帰った男の子、あなたのおじいさんの弟にあたる人は、まだ、お元気でバチカンにいらっしゃいますよ。」
それは初耳だし、朗報だ。よーし、その人を頼ろう。
指された相手を最初に見た時は人形かと思った。まっすぐな長い黒髪に白い肌、派手じゃない口紅の色。落ち着いた色のスーツ。こちらを向いてにっこりされたときは、驚いてドキドキした。生きてる女の子だ。どういうわけか、一人だけ別の小さなテーブルについている。
× × ×
「リッデル騎士団長さま?」
聞き覚えのある声に呼ばれた気がした。
「あ…、すみません、聖女様。」
なぜ、ぼうっとしていたのだろう。聖女様の波打つ金色の髪が、ふとまっすぐな黒髪に見えたような気がしたのだ。
あれ…?
何だろう? 変な記憶が一瞬よぎった。
× × ×
「これこそアジアン・ビューティというものだろう、え?君。どうかね。」
「おっ、大司教さまもすみにおけませんね。さすが生粋のローマっ子、美人を見れは口説きたい!」
「馬鹿を言っちゃいかんよ。あれはわたしの兄の孫だ。」
「え、日本から来たのだと、さっき聞きましたよ。」
「わたしの母親は日本人なのだよ。知らなかったかね?」
大師長が目をぱちぱちさせている。
当の女の子は、ほぼ空っぽのカプチーノのカップと、食べかけのケーキが盛られた皿を前に、興味深そうにあたりを見回していた。それにしても、彼女の連れらしい人が見当たらない。子どもだからといって、一人で、聖職者が大勢いる場所になぜいるのだろう。
「ルーカス、もうじきここのお茶会は終わりだ。しばらく彼女にバチカンやローマを案内してやってくれ。それが君の仕事だ。」
「はっ!」
最敬礼で承る。その後、大司教さまは女の子に何か言うと、彼女はにっこりして立ち上がった。
「はじめまして、ルーカスさん。わたしはトキワといいます。どうぞよろしく。わたしの祖父が、大司教さまの兄なんですって。もっとも、わたしも今日初めてお会いしたのですけど。」
初めてわたしたちの目が合った。
× × ×
「リッデルと申します、聖女様。これより御身の警護をさせていただきます。」
「はい…。よろしくお願いいたします。」
× × ×
ん? 何か今、おかしな記憶が…?
それに、なんか、この人に見覚えあるような…
でもドキドキするのは何だろう。
それにしても、この人、背が高い… ♡。
こんなちょっとひっかけただけで、「転生もの」ってどうよ?
でもこの先が気になっちゃうね。
ちなみに大司教様のモデルは「NCIS」のダッキー検死官です。




