第2話「俺の婚約者は悪役令嬢らしい」
「レオニス殿下、ごきげんよう。エレノア・フォン・クラウゼル、参りました」
丁寧に挨拶をするその姿を見て、俺は思わず見入ってしまった。
エレノアは、一言で言えば、綺麗な女性だった。
しかも、俺の知っている女どもとはまったく違う。
プラチナブロンドの髪。
サファイアブルーの瞳。
整った顔立ちは、まさに絶世の美女と言っていい。
立ち姿も完璧だ。
無駄のない所作。
自然ににじみ出る気品。
淑女という言葉が似合うのは、きっとこういう女性のことを言うんだろう。
・・・ただ。
その完璧さが、どこか冷たい印象も与えていた。
それに、この女はゲームでは悪役令嬢のはずだ。
やっぱり性格に問題があるのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると――
「殿下?」
エレノアが心配そうに俺を見つめていた。
「あ、いや……その、ごめん。俺、いや私は……」
言葉がうまく出てこない。
その瞬間、エレノアは静かに微笑んだ。
「存じております、殿下。どうかご心配なさらないでください。
私がお支えいたしますから。」
その言葉は、とても優しくて。
作り物ではない、心の底からの言葉だと、俺にはすぐに分かった。
……いや。
本当は、そんな自信はない。
前世で俺はホストをしていた。
女の笑顔も、嘘も、山ほど見てきた。
それでも俺は、梨香子に騙された。
だから、絶対なんて言えない。
けれど。
少なくとも今、目の前にいるこの女の言葉は――
嘘には見えなかった。
エレノアは丁寧に、主に俺の人間関係について教えてくれた。
その表情は真剣で、とても一生懸命さが伝わってくる。
どうやら、一国の王太子である俺が記憶喪失だと周囲に知られるのは、かなり危険らしい。
そのため、俺の記憶喪失は重要機密事項になった。
エレノアは婚約者だから、俺の記憶喪失を知る数少ない人物の一人だ。
ただ、俺には王族としての振る舞いや礼儀などまったく分からない。
こんなんで本当に王太子が務まるのだろうか。
「とりあえず殿下、明日から学院が始まります。友人関係については、少しは分かりましたか?」
「エレノア……正直、名前が長すぎるし、家名も多くて覚えられないよ」
俺はすがるような目でエレノアを見た。
エレノアは少し困った顔をしながら言う。
「でも、覚えていただかないと……。それに、殿下の護衛騎士であるヴァルディス卿も、殿下の事情をご存じですから、きっとお力になってくださいますわ」
護衛騎士・カイル・ヴァルディス。
確か、乙女ゲームの攻略対象の一人だったはずだ。
忠誠心が高く、真面目で無口な騎士。
黒髪にシルバーグレーの瞳。
精悍な顔立ちの男だった。
「でも、彼って実直で忠誠心は厚いけど、あまり器用なタイプじゃないよね。こういうことには向いてない気がするんだけど」
「確かに……器用な方ではございません。ですが殿下、ヴァルディス卿は信頼のおける方です。きっと殿下をお支えくださいます」
「そうだね。カイルならきっとそうなんだろう。でも俺、いや、私は今とても不安なんだ。今の私に王族らしい振る舞いができるのかって。」
俺は少し迷ってから言った。
「エレノア。明日から学院では、私と共に行動してもらえないだろうか?」
俺がそう言うと、エレノアの顔が一瞬で真っ赤になった。
今まで見たことのない、少女らしい表情だった。
(か、かわいい……)
「で、殿下……。ですが私などが殿下とご一緒に行動いたしますと、殿下に悪評が立つかもしれません。それに殿下には、私よりも心を寄せている方が……」
そこまで言いかけて、エレノアは悲しそうに目を伏せた。
「どうして? 君は私の婚約者じゃないか。一緒に行動するのはおかしなことじゃないだろう?」
「ですが……」
「それとも、君は私と一緒にいるのが嫌なのかな?」
「い、いいえ! そんなことはございません!」
エレノアは顔を真っ赤にしながら、小さな声で言った。
「殿下と一緒にいたいです」
その言葉を聞いた瞬間。
あまりにもエレノアが可愛くて――
思わず抱きしめたくなった。




