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油断

 城下街の皆の声援を受けて、途中の農村で子供らの羨望の眼差しを受けて……ボクたちは森へ入ろうとしていた。

 ……道中魔族と遭遇しなかったのは、アルマセイカ隊長が居るからだろうか。まあ、むざむざ死にたくはないだろうし、気持ちはわかる。


「……はぁ、ふぅ」


 三列縦隊で進む中、斜め後ろから聞こえる乱れた吐息。


「……ヒイロちゃん、大丈夫?」

「無理に鎧を着っぱなしにしなくてもいいんじゃなぁいー?」

「……その調子だと洞窟まで持たねぇと思うけどなぁ。支給品の剣でも支えにして歩くかぁー?」

 ボクたちは後ろを見ることなく声をかける。

「はぁ……うっさい、わね。今……集中、してんの。黙っててくれる?」


 心配してるのに、なにさ、その言い方。

 ……まあ、いいや。どうでも。

 ヒイロは無理して鎧を着たままでいるけど、隊の中には布の服を着ている者が新兵だけでなく、ボクたちの先輩の中にもいて……。ソレは一昔前なら許されない甘えであって、彼女たちは騎士としてやっていけなかったんだろうけれど、時代が彼女たちを許している。それが良い事なのか悪い事なのかはさておき。


「……隊長」

「……いいでしょう」

「ありがとうございます……総員、止まれ!」


 アルマセイカ隊長とソマリウレノ教官の短いやり取りの後、止まれの合図に従う。


「……どうした、ヒイロ。息が上がっているじゃあないか」


 列をかき分けてソマリウレノ教官が此方へと近づいてくる。


「……いっ、いえっ、自分は……はぁっ、まだやれますっ!」

「……騎士らしくあろうと鎧を纏い続ける意識を持ち続けるのは良い事だ。だが、それで倒れたらどうする?」

「ふぅ……はっ、もっ、申し訳ありません」


 教官はヒイロのことを気遣っているのだろう。しかし、彼女の性格を思えば逆効果だ。こうやって周囲の視線を集めて叱られたとならば、その精神は余計に揺らいでしまう。


「……あっ。やっ!」


 ヒイロの鎧は消滅し、隊列の中で哀れにも裸を晒してしまう。


「……ほら、予備の服は用意してある。これを着るといい」


 ──そう、この瞬間、皆の視点は彼女に集中しており。

 油断していると言えるだろう。


「──ッ! 総員、『着装』ッ!」


 アルマセイカ隊長の声が響く。

 その声に反応できた者が数名、遅れた者が十数名。

 だが、鎧の維持が難しい者たちのその強度などたかが知れており。


「「「「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」

「あ……え?」

「う、うそ……」

「死……え? え?」


 布の服を着ている者も、なんとか着装できた者も等しく死んだ。

 ある者は振り回された尻尾に鎧ごと切り裂かれて。

 ある者は踏みつけられて。

 ある者は頭を喰いちぎられて。


「……ッ!」


 着装を指示したアルマセイカ隊長の方を咄嗟に見ると、彼女はドラゴンの尻尾を素手で受け止めていた……あの尻尾を素手で!?

──だが、驚く間もなく隊長は空の彼方へと吹っ飛ばされてしまった。


「じ、地面がッ!」


 そう、地面が揺れ……どころか地形すらも変えて、隊長を突き飛ばしたのだった。

 これは、あのドラゴンが使う『魔法』に違いない。


「ベルハデストォッ! テメェ死にてぇのかァッ!?」

「……ッ!」


 ボーッとしているボクに喝を入れるラミル。その迫力は顔が見えずとも今までで一番のもので。

 そうだ。地面を操る魔法はボク達にも容赦なく襲い掛かってくる。


「ま、まともに歩けな……あっ、ぁぁぁぁああああああああああああッッ!!」

「石が……突き刺さってッ!!」


 地面が揺れ、バランスが取れないだけでなく、石、いや、これは尖った土の塊か……って、今はどっちだっていい! とにかく尖った何かがボク達目がけて飛んできているッ!

 何としてでも、逃げ……!


「いっ……脚、脚がぁ! ……ひっ!! いやっ! いやあぁぁぁぁぁぁッ!!」


 脚を貫かれ倒れた者の胴をドラゴンの大きな口が捉える。

 そして……。


「や、いや、あ、ああああぁぁぁぁぁ──ッ!!」


 断末魔と共に二つに別れた騎士。そのうちの一つを美味そうに咀嚼するドラゴン。

 その光景を見て、ボクは……。


「ナ、ナナナ! ナナナは無事っ!?」


 思わず大声で幼馴染の名前を呼んだ。もしも彼女が死んでしまっていたら、ボクの心は壊れてしまいそうで……!


「ベルハちゃん! ベルハちゃんも無事なんだねっ!? アタシは無事だけど、ヒイロちゃんが……!」

「よかっ……ヒイロがなんだって!?」


 ナナナの無事に安堵するばかりで、続くヒイロの安否にはそこまで興味が持てなかったことを自嘲する。


「わ、私のせいで、教官が死、死んだ……ッ!!」

「あっ、ヒイロちゃん! 待っ──はわっ!?」


 ナナナたちの姿を視認できた刹那、土のつぶてが彼女たち二人の間をすり抜ける。

 ……って、教官が死んだって、言った?

 ……あの教官が?

 たしかに、あのときは誰もが油断していたけれど……。

 ……そうか。ヒイロを庇ったんだ。

 心の準備が出来ていない中、咄嗟に庇ったから、鎧と肉体の強度もおそらく足りなくて……って、何を冷静に分析しているんだボクはっ!


「い、いや……っ! わ、私はッ! 死、死にたくなああああああぁぁぁぁ──あ」

「ヒイロちゃん!」


 狂乱し走り出したヒイロが何かにぶつかった。

 ……さっき聞こえた咆哮は何匹分だったっけ?


「こ、こっちにも……!? いや、嫌あああぁぁぁッ!! い──」


 尻餅をついて、けれど慌てて起き上がり逃げようとしたヒイロの上半身にドラゴンが喰いついて。そしてそのまま千切る。

 逃げようとした下半身が一歩、二歩と歩いてボタリと崩れ落ちたかと思えば、ソレさえもドラゴンに丸呑みにされて……。


「あ……ああああああぁぁぁぁぁあああああぁッ!」

「ナナナッ! 心を強く保つんだッ!! こんなところでボク達は死ねないでしょ!?」


 絶望の声を上げるナナナの肩を掴んで揺らす。

 冷酷なことを言ってるかもしれないけど、こんな状況で甘いことは言えないッ!


「う、うぅぅぅ……そ、そうだよねッ! ありがとうベルハちゃん!!」


 ナナナの心はどうにか持ち直せたようだけど、辺りを見回すと……。


「いっ……やだッ! やだやだやだぁ!!!」

「待っててッ! 今助け──ッ! あっ、ああああああぁあああぁぁぁッ!!!」


 脚を喰われ、なおも必死に抵抗する者が見えた。

 それを助けようとし、刃のような鋭い尾に弾かれ、腕が飛ぶ者も見えた。

苦痛に呻く声、絶叫が聞こえた。


「私たちは、誇り高き騎士として──や、やっぱり無理! ドラゴンが出てくるなんて聞いてないッ! 誰かッ! 誰か助けてッ!」

「こんな森の中で助けを求めたって、誰も来てくれやしない! 抵抗したって無駄……わたしたちは全滅するんだッ!」

「や、やだよぉ……そんなの、嫌だぁっ!!」


 助けを求める者。戦意を失う者が見えた。


──森を包む、絶望。


「あ、ああ……ボクは。ボクは……」


 そんな中、ボクはただ立ち尽くすばかりで。


「…………ひっ!」


 ギロリとこちらを向いた個体と目が合う。

 ……ヒイロを食べた、あのドラゴンだ。


「……はっ、はぁ……!!」


 自分だけは絶対に安全だなんて甘い考えが、薄やいでいくのを感じる。

 自分が今、命の危機に瀕しているのだといやでも意識してしまう。

 ……大丈夫。こんなところでボクが死ぬわけない。

 そうだ。まずは深呼吸をして──

 ──え?


「ベルハちゃんッ! 危ないッ!」


 突っ込んできたドラゴン。ボクを押し退けるナナナ……。

 ……ああ、いったいどうして、こんなことになったんだっけ?

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