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もう少しだけ、この幸せを

「──よぉ、ベルハちゃーん!」


 訓練開始から一ヶ月。休日だからナナナと遊びに行こうかな、なんて部屋を出て鍵を閉めたその時、背後に彼女はいた。


「……ソフィ」


 水色のポニーテールに、子どものような外見……けれど、中は魔族が入ってるらしい。


「元気にやってるぅー?」

「今度は何さ。またヤな話でもしに来たの?」


 少し前に部屋に不躾に入ってきて、『本物のソフィの中身を吸って食べた』ときの話を生々しく語られた。


「そんな嫌がんなってカタブツー。いや、オマエの境遇を考えると寧ろ柔らかい方か! なんせ……」


 人間側からアッサリと魔族側に寝返ったとでも言いたいのか。人の気も知らないで。


「用があるなら部屋で聞くよ?」

「なーに言ってんだよ! 此処だからいいんじゃないか! バレるかもしれないってリスクが……ああ、たまんないね!」

「イかれてる……さっさとどっか行ってよ」


 こっちは毎晩『中央』に行って勢力を増やしたり作戦会議をしたりしてるんだ。冷やかしに来ただけなら帰ってほしい。


「ぎゃひひ、そーするよ。けど、これだけは言わせてくれ」

「……なにさ」

「アタシはアタシだけでやりたいようにやる。転移で手助けしようなんて思うなよ?」

「……元からそのつもりだよ」


 魔力だって使うんだ。誰が無駄遣いしてやるもんか。


「ははっ、よろしいっ! ……あ、でも訓練期間中は少しくらい手伝ってくれてもいいぞー? 着装できないことを誤魔化すとか!」

「アンタさー……」


 それ、誰かに聞かれてたらどうするつもり? なんて言おうと思ったけど、コイツにとってはそれすら心地の良いリスクなんだろう。付き合ってらんないよ。ホントに。


「…………ッ!」


 そのときだった。

 ヒイロが廊下を走ってボク達の前を横切ったのは。

 ……聞かれてた?


「おーい、どうするぅー? 得意のアレでやっちまう? やっちまうー?」

「いや……」


 それにしては様子がおかしかったような。なんか泣いてたし。

 彼女はボクが魔族だとわかったところで泣いてはくれないだろう。ただボクを殺すだけだ。


「ちょっと外の様子を見に行ってくるよ。多分そっちで何かあっただけだと思う」

「おやおや、お優しいことでー!」

「チッ……今ヘタに行方不明者を出したくないだけだよ。それじゃあねッ!」


 クスクスと笑うソフィに舌打ちをして、ボクは外に出た。

 すると、浮かない顔をしたデルタベシアお兄さんがいた。


「……もしかして、お兄さんがヒイロを泣かせたんですかー?」

「げっ、タイミングが悪いなぁ……」

「『げっ』ってなんですか『げっ』って。もっと『げっ』ってなることを叫んであげましょうかー? 例えばー」

「……ちょっと裏路地の方へ行こうか。荷物もそこに置いてあるんだ」


 ボクは頷いてデルタベシアお兄さんの後を追った。


「──こんなところに荷物を置いてて大丈夫なんですかー?」

「盗む奴が居たら八つ裂きにしてやるから大丈夫だよ。はははっ」

「ソレ、冗談に聞こえないんですけどー……」


 デルタベシアお兄さんの魔法は『貫通』だ。硬い物を切るときに便利だからと言って、たまに使ってるらしいけど、危なっかしいからやめた方がいいんじゃないかなー?


「冗談は置いといて本題を話すと……告白、されたんだ。ヒイロから」

「ま、どうせそんな事だろうとは思ってましたけどー……デルタベシアお兄さんってモテるじゃないですか。振るのなんて日常茶飯事じゃないですかー?」

「人聞きが悪いなぁ……恥ずかしい話だけど、僕もヒイロが好きなんだ」

「えっっっ」


 つい、ヒイロのどこがいいんですか? って聞きかけてしまった。いやいや、あの子も特に何もなければ人当たりが良いし、明るいし……。


「他の女性たちと何が違うのかはわからない……陳腐だけど、『好きに理由なんてない』ってやつだね。好きなところならいくつも言えるけど」

「……」


 ……ソレはボクからナナナへの想いと一緒で、思わず言葉に詰まる。


「……両想いじゃないですか」

「ソレはベルハとナナナも同じじゃないか……わかるだろう?」

「……っ」


 人間は魔族のことを決して受け入れない。だからこの恋はいつか破滅するもので。

 それならいっそ、手を取らない方が幸せなんだ。


「それに僕は、本当のデルタベシアじゃない。十七年前に彼を殺して外見を手に入れただけの醜い魔族だよ」

「……醜い、だなんて」

「十七年前はこんなこと思わなかったよ。人間は敵で、当然殺すべき存在だと思っていた。でもね、行商人として旅をしているうちに人間のことが好きになってしまった。この生活が好きになってしまって、心地良いと、幸せだとさえ思えるようになった」


 デルタベシアお兄さんの想いはきっと本物で。だからこそ、胸が苦しくなる。


「……デルタベシアお兄さんはボク達の作戦には乗らないんですよね?」

「うん、乗らない。正直に言うと、少し惹かれているけれど、僕はまだ……いや、これから先もずっと、出来る限りは人間として、行商人として生きたいからね」


 純魔族であるのに人間として生きたいというのはおかしな話だ。けれど、そのおかしさが尊く思えて……ボクも、なんて考えてしまう。

 でも、ボクにとってはナナナが全てで。けどナナナの隣に立つわけにはいかなくて。

 行商に幸福を見出した彼とは違うんだ。


「きっとそれが良いと思います……」

「ねぇ、ベルハ、その作戦、考え直すつもりは……」

「じゃあ、ヒイロの告白への回答も考え直しますか?」

「……だよね」

「…………」

「……どうせ彼女も死んでしまうなら、なんてことも思ったけれど、きっとこの恋は実らない方がいいんだ。幸せになればなるほど、死ぬときの絶望も大きいだろうから」

「…………っ」

「貴重な休日に心配させて悪かったね。ナナナと遊びに行くつもりだったんだろう? 目一杯楽しんでおいで」

「……ありがとうございます」


 ボクはただデルタベシアお兄さんに礼だけ告げて、寮へと戻った。


「──さっき、デルタベシアお兄さんとどこに行ってたのよ」


 ナナナの部屋に向かう途中、ヒイロが仁王立ちで立ってた。

 ……めんどくさいな。


「ただ商品を見せてもらっただけだよ。特に何も買わなかったけど」

「ふぅん、優等生さんはお金の使い方もしっかりしていらっしゃるわねー」

「……アンタのそういうところ、ホントに直した方がいいと思うよ?」

「はいはい、御高説どうもっ!」


 ドン、とボクに肩をぶつけた後、彼女はフラフラと部屋へと戻っていった。

 ……いいさ、どうせ二カ月後には死ぬ命だ。


「……ナナナー、起きてるー?」

「はわっ、今行くよーっ!」


 ドタドタと音がした後ナナナが扉を開ける。


「えへへっ、今出かける準備が出来たところーっ!」


 その言葉に偽りはないようで、髪は整えられているし、薄っすらとメイクしてるのがわかる……今日も可愛いね。僕とは釣り合いが取れないくらいに。


「ふふ、それじゃあ、行こっかー!」

「──ねっねっ、ベルハちゃん、見て見てっ! アタシ腹筋が六つに割れたよーっ!」

「わーっ!! 公衆の面前っ!!!! だいたいっ! 昨日もお風呂で見たでしょっ!」


 城下街を二人で歩いてると、ナナナが突然布の服をビラりと捲った。

 突然何をやりだすのこの娘っ!?!?


「えー? でも、パージしていったら途中から見せることになるじゃんっ! それに、筋肉は恥ずかしくないよー?」

「ぅ……それはそうなんだけどさ」


 今はまだ公衆の面前に晒したくないっていうか、ゴニョゴニョ……。

 ……ナナナのビキニアーマーかぁ。

 見れないのが残念だなぁ。


「……あっ、硝子の髪飾り!」

「……あ」


 あのとき落として割れた髪飾りと全く同じものが露店に売ってた……や、同じ店なんだから当たり前なんだけど。


「はわぁ、うっすら青くて、綺麗で、可愛いねぇ……絶対、ベルハちゃんに似合うよっ!」

「へっ、ボク!? いやいや、ナナナの方が似合うよー!」

「えー、そう? えっへへ、それじゃ、二人でお揃いにしちゃおっか!」

「お揃い……えへへ」

「おや、嬢ちゃん!」


 ボクがニヤニヤ笑ってると、店主から声をかけられる。

 げっ……!


「人違いでーす」

「いや、返事が速すぎるだろ。やっぱり一か月くらい前にこの髪飾りを買ってくれた嬢ちゃんじゃねえか!」


 ボクが必死に人差し指を立てても彼は止まらなかった。なんでだよ。


「はわ、一カ月くらい前……? ベルハちゃん、もう持ってるの?」


 ナナナが不思議そうに首を傾げる。

 ……あーっ、もうっ!!


「……ホントはナナナにプレゼントしようと思って買ってたんだっ! けど、ボクの不注意で壊してしまって!」

「はわっ!? そうだったんだっ!?」

「硝子細工は壊れやすいからな……よぉしわかった! 今回だけは一つ分の代金で二つやろう! 大サービスだッ!」

「やっ、悪いですよー! それに、こういうプレゼントはしっかりとお金を出して買いたいですしーっ!」

「えへへっ、そうだねっ! それじゃあ、アタシからもベルハちゃんにプレゼントッ!」

「……くぅーっ! なかなかに尊いじゃねぇかッ! よぉしわかったッ! 今回は代金をタダにしてやるッ!」

「あのー、ボクの話聞いてました?」


 ナナナと顔を見合わせて苦笑い。

 ……ああ、幸せだなぁ。

 もう少しだけ、この幸せを……。



「──ふぅ」


 訓練期間完了まで一週間を切った。

 ボクは髪飾りを外して『中央』へと転移する。


「おやぁ、ベルハデストッ! 此方の準備は出来ていますよ!」

「ズマライザ……だからソレは敵対してる呼び名だって」

「ああ、すいませんね。ワタクシ、『人間』の文化にはちっとも馴染みが無いものでして!」


 ……コイツ!

 協力関係にあるものの、全く信用されてないことが明らかにわかる言い草だ。


「……で? ドラゴンの準備が出来たって?」

「ええ、『召喚魔法』で生み出したドラゴン四体を洗脳して、指定位置の檻へと入れていますよ。地面を操る魔法を持ったドラゴンが三体と、冷気を操る魔法を持ったドラゴンが一体! ビキニアーマーを遠ざけ、雑魚を散らすには十分でしょう!」

「……そうだね」

「これから一週間、じっくりと飢えさせていきますからねッ! アナタもうっかり食べられないように注意してくださいねぇ?」

「はいはい、わかったよ」


 ドラゴンを洗脳し、飢えさせる。これを提案したのは他でもないズマライザで。非難の声も多かったけど、効果的と言うことで結局この案が選ばれた。


「……緊張してきたど」

「あはは、ガードさん、緊張するにはまだ早いってー! アンタ達の出番はドラゴン達よりも後なんだからっ!」

「おおっ、そうだどねっ!」

「はははっ! どーんと構えていこうぜガードッ! ベルハが城下街とか、その、なんてーの? 玉座の間? まで飛ばしてくれるんだからよッ!」

「そうだそうだッ! そっからはぶっ殺しタイムだぜッ!」


 作戦はこうだ。訓練生に周知された遠征ルートの途中にある森の中で、ドラゴンを転移させる。

 そしてボクは城下街へ転移して機を見計らった後、玉座の間に助けを求めに行く……でも、これじゃきっとナナナは助からない。

 だから魔族のみんなには申し訳ないけど、ボクもリスクを冒す。


「やれやれ、『中央』の魔族がこんな半端者に頼りきりになるなんて嘆かわしいですよ……ああ、すみません、聞こえてました?」

「…………」


 周囲の雰囲気が一気に重苦しくなる。

 ……コイツだけは惨たらしく死んでくれないかな?

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