出発
「──和気藹々としてるねー。緊張とは無縁って感じー」
集合時間の少し前、昨日と同じ広場で騎士たちが談笑していた。
「えへへ、みんな楽しみにしているんだよ!」
「遠足ではないんだがなぁ……?」
「ソマリウレノ教官!?」
「はわっ!」
この三カ月で聞き慣れた声が耳元から聞こえ、飛び退いた後に敬礼をする。
「ベルハ、ナナナ、この距離まで接近を許すとは随分と気が抜けているじゃあないか」
「いやいやー、教官の気配を消す技術が凄いんですって」
「はわぁ……鎧ちゃんの接近を感じられなかったなんて、不覚ですよぅ!」
はらわれる赤き長髪。鍛え抜かれた身体を見せつけるかの如し鎧……この人は訓練生時代の教官だ。
……腕立て伏せ千回、腹筋千回、素振り二千回。その他諸々。
地獄の訓練メニューを思い出してしまうので、あまり顔を見たくないけれど……って、危ない危ないっ! 危うく顔に出してしまうところだった。
「ナナナはいつも通りだな……まあ、今回がアルマセイカ隊長にデミルエミル副隊長、そして私も参加する、ある意味騎士団の宣伝のような任務であることは否定しない。浮足立つ気持ちも理解しよう」
ビキニアーマーまで辿り着いたアルマセイカ隊長、解放段階九のデミルエミル副隊長、そして、解放段階八に達している第三隊のナンバースリーであるソマリウレノ教官……正直『中央』にもいけるんじゃないかって面子だ。その絶対的な安心感故に気が緩んでしまうのは仕方ない事だろう。
……まあボクは? ちゃんと緊張感を持っていますけどー?
「まあ、お前たち二人のことはあまり心配していないよ……さて、ヒイロたち問題児の様子でも見てくるか。では、また後でな」
おそらくまた他の新兵を驚かせに行ったであろう背中に敬礼をし、息を吐く。
「ふぅ、はぁー……ビックリしたぁ」
「教官の鎧ちゃん、今日もカッコよかったね! それにあの広背筋……!」
「はいはい、そだねー……ん?」
先ほどは気づけなかったけれど、こちらへと寄って来る気配に今度こそ気づくことができた。
「……よっ! ナナナ様にベルハ様!」
「はわ! ラミルちゃん! おはよぉー!」
「次から次へと立て続けに……や、さては教官がどっかに行くのを待ってたなぁー?」
「へへっ、バレてやがったか!」
白い歯を見せて可笑しそうに笑う、二メートル超えの巨躯で褐色の女性。
彼女はラミルエルデ。三カ月の訓練において一番であるボクの次に優秀な成績を残している……ちなみにナナナは三番目の成績だ。
「てかアンタ、なに普通の服を着てんのさー?」
白い歯と褐色の肌が見えている。それは兜が外れているから……ではなくて、そもそも彼女が鎧を装備せずに布製の服を着ているからだ。
「え? だってよぉ、せっかくの遠足だろ? 重苦しい鎧なんか着なくてもいいって!」
「アンタ、それ教官が聞いてたらクッソほど怒られるからねー?」
「そうだよっ! それにそれにっ! ラミルちゃん、せっかくずっと鎧ちゃんを着ていられるんだから、もっと着ようよぅっ! アタシ、ラミルちゃんの鎧ちゃんのデザイン、好きだよっ!」
「……はぁ、しょーがねーなぁ。『着装』!」
布の服を着ていたラミルが一瞬で鎧を身に纏う。
これが、審議の鎧の複数ある特徴の一つ。着装者を認めた鎧は主に合わせたデザインに姿を変え、一体化するというもので、ボクたちが望んだタイミングでいつでも一瞬で鎧を着たり脱いだりすることが出来る……ちなみに脱いだ時はその前にどんな服を着ていても不思議な力で全裸になってしまう。恐ろしいね。
ともかく、防具をすぐに着ることが出来る。それはかなりの利点であるけれど、ナナナの言った通り、これをずっと着ていられる者は存外多くない。
この鎧は基本的に着装者の『心の力』……精神力のようなものを基に成り立っている防具で、心に乱れが生じてしまうと自動的に脱げてしまうという欠点がある。
もしも戦闘中にこれが起こったらと考えると恐ろしい話ではあるけれど、敵を前に心を奮い立たせることのできない者は騎士ではないというのがこの国での常識で。
「はわぁー! やっぱりラミルちゃんの鎧ちゃんはドラゴンみたいな危ない雰囲気でカッコいいよぅ! サワサワしていいー!?」
「言う前から触ってんじゃねーか! 別にいいけどよぉ……ほんっと、ナナナ様は鎧が好きだよなぁー!」
…………。ん?
じゃれ合ってる二人に生温かな視線を送っていたボクだったけれど、とんでもないことに気づく。
「……あのさー、ボクの勘違いだったら凄く申し訳ないんだけどさー。昨日の国王様の挨拶とアルマセイカ隊長の挨拶のとき、アンタ、いなかったよねー?」
「…………あー、寝坊した」
「はわっ! すっごく不敬っ!」
「てか不敬以前に騎士失格じゃん!」
居ないって。国のトップの挨拶のときに居ないって! しかもその理由が寝坊!
なんで今のうのうとこの場に居られるんだろう!?
その粗暴な口調と様付けが合わないなと思って聞いたときにアンタ言ってたじゃん!
『オレは相手に最大限の敬意を払ってるんだよ』
って! 消えたの? その最大限の敬意、消えたの!?
「へーきへーき! 遠征の詳細なら教えてもらったからなッ!」
「そういう問題じゃないでしょ!? ちゃんと悪気ある!?」
「いやぁ、本当に悪いとは思ってるぜ。今回の任務で挽回しなくちゃなー!」
「いやいや、アンタ、思いっきり布の服着てたじゃん。遠足とか言ってたじゃん」
「はわぁー、それでも許されるのがラミルちゃんなんだよねぇ」
そう、ラミルはそういうところがある。流石にここまでのやらかしは初めてだけど。
……人懐っこいようでいて一匹狼で、掴みどころのない奴。
……正直、羨ましくはあるかも。
「ははっ、そんな褒めんなって! ……っと。そろそろ整列しなくちゃな」
「褒めてないっての。まったくもー」
「はわっ!? みんないつの間にか並んでた!」
急いでボクたちも新兵の最前列に加わり、時を待つ。
「──ふむ。準備はできているようですね。それでは、行きましょうか」
「イェスマム!!」
転移の魔法を使ったのかと思うほど、音も無く、いつの間にか目の前に現れていたアルマセイカ隊長におっかなさを覚えつつも、ボクたちは敬礼と大きな返事をした。




