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一つしかないじゃないか

「はわっ、着装が……できない!?」


 訓練初日終了後の寮で、ボクはナナナとヒイロを驚かせていた……悪い意味で。


「いい? ベルハ? 『着装』のコツはね、こう……なんというか、ワーッてやって……ワーよっ!」

「や、二回してるからやり方自体は知ってるよ」


 馬鹿にしてるのか本気で心配してるかわからないよ……や、多分後者だとは思うけど。


「今日は筋トレと座学だけだったから助かったけどさ、この先が思いやられるなぁって」


 まさか、ボクが半魔族だとわかったから?

 おっと、危ない。ズマライザ……突然他人ん家に入ってきた魔人から言われてたじゃないか。この世界には思考を読めるギフトを授かってる者もいるかもしれないって。

 や、『おっと』じゃないよ! それ以降の思考も読まれたらアウトじゃん!

 うーん、隠すの、まだ慣れないなぁ。てか、慣れる日、来るのかな?


「よっ、何話してんだー?」


 なんて考えてると、大柄な女性がひょっこりと顔を出してきた。


「アンタはたしか……ラミル、だよねー?」

「ああ、そうだ! 初日だってんのによく覚えてんな!」

「いやいや、イヤでも覚えるわよ! 貴女、筋トレ中も座学中もずっと着装してたじゃない! 別にそういう決まりもないのにっ!」


 座学はもちろんのこと、筋トレ中も鎧の着脱はまだ自由だ。そもそも訓練生でずっと着ることなんて出来ないはずなんだけど……。


「はわ、ラミルちゃんってベルキア人だよね。ずっと前から鎧ちゃんに選ばれてたの?」

「まあ、貴女様らよりは長いとだけ言っておくぜ」

「貴女様……って、その口調で?」


 心の声に押しとどめておこうかとも思ったけど、声に出してしまった。


「はっ、誰に対しても最大限の敬意は払わねぇといけねぇって、オレの『ココ』がそう言ってんだよッ!」


 ドンドンと胸を二回叩くラミル。


「……口調を直す方が先じゃない?」

「いや、それはオレの『ココ』が嫌だって言ってる」

「や、自由か! 胸叩いとけば何でも許されると思ってる?」

「ははっ、良いツッコミだ!」


 ドンドンと二回胸を叩くラミルにツッコミを入れる……なんか、妙に馴染むな。


「はわぁ……すっごい筋肉!」

「おっ、気になるか? 触ってもいいぜー?」

「はわーっ! サワサワっ!」

「……なんか、アンタの乱入で話がとっ散らかってきたんだけど」

「おっと、わりぃな。何の話をしてんのか気になっただけだったんだが」


 ナナナに身体をサワサワされてるラミルに湿っぽい視線を向ける。

 そういえばコイツ、自己紹介で十六歳って言ってたよね。こんなに大きいのにウァナヴェルではまだ未成年なのか。


「この子……ベルハって言うんだけど、急に着装できなくなったみたいなのよ」

「なるほどなぁ。ベルハ様は何か重い悩みでもあんのか? そういうときは鎧の維持はおろか着装もできないぜ?」

「……まあ、最近色々あってねー」


 ……ありまくりだ。


「そういうときはな、吹っ切れるしかねぇッ! 多少強引でもなッ!」

「はぁ、ソレができないから困ってるんだよー」


 じゃあ、何さ? ボクは半魔族ですって開き直ればいいのかよ? あ、また考えちゃった。


「まあ、そりゃそうか……つっても、この先ずっと『着装できません』でやってけるほど甘くはねぇだろ。訓練生ならともかくよぉ」


 いいさ、どうせ三カ月後には……って、危ない危ない!


「歯痒いけれど、これはベルハにしか解決できない問題よね」

「ぅー、わかった。ちょっと色々考えてみるよ」


 色々考えすぎた結果がこれなんだけど。


「ところで腹減ってね? 立ち話もなんだし食堂行こうぜー」

「アンタ、普通にボク達のグループに入るつもりなんだ……」

「いいじゃない! 三人よりも四人の方が二人一組のときにハブられなくて済むし!」

「ああ、それはたしかに……」


 三人だと基本的にハブられがちなヒイロが言うと言葉の重みが違うね。


「……というか、ナナナ様はいつまでオレの身体触ってんだ?」

「はわっ!? ダメって言われるまでっ!」

「ははっ、自己紹介のときも思ってたけど、結構クセ強ぇよなッ! とりあえずダメって言っとくか!」

「ええー! そんなぁー!」


 ナナナの執拗なサワサワにもラミルは豪胆に笑う。

 ……ボクの身体はあまりサワサワしないくせに。

 まあ、ハグはしてくれますけどー?

 ……おっと、情緒が不安定になってしまった。


「それじゃ、食堂に行きましょっ!」

「おう! 行こうぜ行こうぜッ!」


 先を行く二人を追う形になって、ナナナが距離を詰めてきた。


「何かアタシに手伝えることがあったら言ってね?」

「……ありがと、ナナナ」


 ……ボクは。



「──ナナナ」


 ──ボクは、ナナナの部屋に来ていた。

 と言っても、彼女と遊ぶためじゃない。

 時刻は深夜二時。誰もがとっくに寝静まってる時間だ。


「ナナナ……」


 寮に相部屋はない。消灯時間を過ぎてから勝手に他者の部屋に入ることも禁ぜられてる。

 ……やっぱり一人じゃ眠れなくて。

 せめて今日だけは。そう思ってこの部屋にやって来たワケだ。


「……」


 ボクはナナナを起こさないようにゆっくりとベッドに入る。


「ナナナ……」


 何故ボクはこんなにも彼女に執着してるのだろう。

 ……わからない。好きなところならいくらでも挙げられるけど、どれが決定打になったかと言われると、ボクは答えられない。

ただ、物心ついた時からずっと一緒に居て。

 でも、それはヒイロも一緒で。

 けど、ボクは自然と、いついかなるときもナナナと一緒に居るようになって。

 いつの間にか、自分の半身くらいにかけがえのない存在になっていた。

 そう、欠けたら代えのない存在なんだ。

 そんなナナナも三カ月後には死ぬ予定で。ボクも全てをやり遂げたら死ぬ。

 どうせ、全部終わってしまうなら……。

 何かアタシに手伝えることがあったら……夕べのナナナの発言を思い出して。

 ボクは、ナナナのズボンに手を掛けて……。


「……ッ!? ……はっ。はッ! はぁ……ッ!!」


 ボクは今、何をしようとした?

 無防備なナナナを……ッ!


「……はっ! はぁ、あぁッ、クソ……ッ!」


 自室のベッドまで転移して、枕を叩く。

 どれだけ追い詰められても、それだけはやっちゃいけないだろッ!

 何が人間だッ! 何が魔族だッ!

 そんなの、どっちだっていいじゃないかッ!

 ナナナと一緒に居るためには在ってはならない血がボクには流れてる!

 魔族でいるためにはかけがえのないナナナがボクには居る!

 そんな宙ぶらりんの状態なのを理由に、悩んだからといって、さっきはナナナを……ッ!

 ああ、ボクは穢れてるんだッ!


「……うっ、うう、うううぅぅぅぅぅッ!」


 こんなんじゃ、ボクはナナナの傍に居られないッ! 恋人なんて以ての外だッ!

 もしかしたらナナナはそれでもボクの傍に居てくれるかもしれない、なんて希望的な考えが愚かにも湧いてくるけれど、穢れた魔族の隣にいる彼女のことをボクが許せないッ!

 ……じゃあ、穢れてるボクは彼女のために何ができる?


「……く。うふ、うふふふ。あはははははははッ!」


 ……そんなの、一つしかないじゃないか──。

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