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重すぎる

 ──瞬間、景色が変わった。

 重く苦しい……いや? やけに身体が軽くて。

空気は淀んで……いや? やたらと力が漲ってきて。


「うおっ、人間ッ!?」

「どこから現れやがったッ!?」

「関係ねぇッ! 殺しちまおうぜッ!」

「……そ、だ」


 周囲で物騒な声が聞こえたような気がする。

 硝子の髪飾りが割れる音はいやにハッキリと聞こえたけど。


「嘘だあああああああああああああああアアアアアアアァァァッ!!」

「うぉっ、なんだコイツ、急に叫び始めたぞ」

「関係ねぇッ! 殺しちまおうぜッ!」

「ちょっと待つどッ!!」


 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!

 ボクは人間じゃなくて『半魔族』で。でも、そんなわけなくて。でも、魔法が使えて。そんなわけなくてそんなわけなくてそんなわけなくて……ッ! でも、現にボクは今、『中央』に居て……ッ!!


「おう、どうしたんだよ、ガード」

「オデというオークは見てたどッ!! この子は突然ここに現れた……それにさっき感じた『匂い』ッ! きっと、転移魔法の使い手なんだどッ!! ということは、この子は人間じゃなくて魔族なんだどッ!!」

「な、なんだってーーッ!?」

「……ッ!!」


 匂い……? ボク、匂うのか!?

 慌てて自分の腕を鼻に近づけるけれど、わからない。


「お嬢ちゃん、何があったんだど?」

「その見た目……どう見ても人間にしか見えねぇな。なーんか魔人ともちげーし……『擬人化』魔法も使えんのか!?」

「わりぃな! 危うく殺しちまうところだった! もっと嗅覚を鍛えねぇとだなッ!」

「魔族となりゃニョロたち仲間だニョロッ! 下位魔族のことは食べるけどッ!」

「おいおい、ソレは言わねぇ約束だろー?」


 わはは、と笑う魔物たち。オークにオーガ二体、あと触手の塊……。


「……ぼ、ボクは、人間、なんだ。さっきまで……人間、だったんだッ!」

「……何やら深い事情がありそうだど」

「ゆっくりでいいぜ。転移魔法を使えるなんて大物、殺しちまうには惜しすぎるッ!」


 ……魔物達が、ボクに優しい。

 ああ、ボクは、ホントに……?


「……ちょっと、一旦家に帰らせてくれないかな? 整理したいことが色々あるんだ」

「おう、いいぜッ! 心配だから後で必ず顔を見せろよッ!」

「俺らもアンタが誤解されねぇように周りの奴らには伝えておくからよッ!」

「う、うん……ありがと」


 感謝の言葉が自然と出てしまうくらいには円滑なコミュニケーションが取れてしまった。

 ……一旦家へ帰ろう。



「──ああっ、おかえりなさいッ! 愛しのベルハッ! 『中央』はどうだった? 誤解はされなかったかしら!?」

「……されたけど、すぐに解けたよ。ボクからは『魔族』の匂いがするんだって」

「うふふ、そうでしょうそうでしょう! ああ、自分の娘が転移魔法使いだなんて、なんて誇らしいの! 嬉しい誤算が過ぎるわッ! ねえ、ベルハッ! 私も『中央』に連れていくことはできる!?」

「うん、できるよ」

「あらっ、それじゃあ早速連れて行ってもらおうかしら! うっふふ、『中央』、久しぶりねぇ……!」

「うん、わかった」


 ……はは。



─────



「──はわ、ベルハちゃん、遅かったねっ!」

「……うん、ちょっとね」

「はわ? ベルハちゃん、元気ないね? 何かあったら相談してほしいなぁ!」


 元気自体は寧ろ『中央』に行って有り余ってるし、こんな事相談できるワケがないし。

 それでも、ここに来ちゃったんだなぁ、ボクは。


「大丈夫。ナナナと寝れば悩みなんて吹っ飛ぶよー」


 そんなワケないけど。でも、ボクはナナナと一緒に居たい。

 ママには裏切られたから、もうボクにはナナナしかいない。


「……そっか! それじゃ、一緒に寝よー!」

「……うん」


 ボクはナナナの服の裾をギュッと掴んで、寝室へと移動した。

 ……きっと、今晩のボクは口数が少ないだろう。


「──モブゴブリンが出たぞーーッ!」

「はわっ、またっ!?」

「ん、ぅ……」


 翌日の明朝。ボク達は門番のおじさんの声で目が覚めた。


「──私に任せなさ……あらっ」


 家から出ると、事は既に終わっていて。やる気満々で出てきたヒイロも拍子抜けた顔をしている。


「ははっ、一体だけなら俺らだけでも袋叩きで瞬殺よッ!」

「うふふっ、私たちが村から出ていっても大丈夫そうですねっ!」

「んじゃ、コレはいつもの場所に捨てるか」


 大きな耳を掴まれ、物のように扱われたモブゴブリンは体中に青あざがあり、顔面なんか見ていられないほどにぐちゃぐちゃになっていて。


「……ぅ、おええぇぇぇぇッ!」

「はわっ、ベルハちゃん!?」

「ベルハ!?」


 自分が辿るかもしれない末路に思わず吐いてしまう。


「ご、ごめ……なんか調子悪くて!」

「吐瀉物の処理は私がやっておくから……ナナナ、ベルハのこと看病してやって!」

「わ、わかった……!」

「──大丈夫? ベルハちゃん」


 ボクは今、ナナナの部屋で膝枕されてる……今は感触なんてわかんないや。


「……ごめんね、ナナナ、迷惑かけちゃって。ヒイロにも汚いモノの処理をさせちゃって」

「……とりあえず今は休もう?」


 ボクの自意識は、まだ人間だ。

 でも、今まで真っ当な言葉に思えていたものが、罵倒に思えてきて。

 今までの真実とこれからの真実が食い違ってきて。

 でもボクに魔族の血が流れているという事実だけは狂いようもなくて。


「……ッ」

「ベルハ、ちゃん?」


 思わず、涙が溢れた。


「や、これは違……変だなぁ、こんな体調不良があるなんてー。あははー」

「……昨日の夜、何かあったんだね?」

「……聞かないで」


 自分でも驚くほど弱弱しい声が漏れる。

 こんなこと、仮に正直に喋ってもナナナを困らせるだけだ。


「……うん、わかった。聞かない。でも、アタシからも、一つだけ言わせて?」

「……なに?」

「アタシは、何があってもベルハちゃんのことが好きだよ? これまでも、これからも、ずーっと!」


 ……そう言われて。

ボクは一体どんな顔をしていただろう?


「ボクも……大好きだよ。いつも言ってるようにさ」

「いつも言ってる……好き、じゃなくてもいいんだよ?」

「……え?」


 ……ああ、やめてくれ。今のボクにその言葉は。


「……だからね、アタシと恋──」

「おえええぇぇぇぇ……ッ!」


 重すぎる。


「ベルハちゃん!?」

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