遠征
──ボクが育った国、ウァナヴェル王国は、農業が盛んな緑豊かでのどかなところだ。
けれど、戦闘といった物騒な話に無縁なわけではなく、この国にも軍隊は存在する。
それが、ウァナヴェル騎士団。
『特殊な鎧』に選ばれた騎士たちで構成されている組織だ。
「──明日、諸君らが臨む初任務として、我が国と深い関係を持つ『ベルキア王国』に反旗を翻そうと目論む集団の視察を命ずる」
王城前の広場に響く、重く厳格な声。
ボクは騎士団の新入りとして、記念すべき初任務を国王から賜っている。
「……ふわぁ」
右隣から小さなあくびの音。国王の面前だというのになんと不敬なことだろう。
けれど、無理もない、この国においては男性である国王よりも──
「詳細は諸君らを率いるアルマセイカ第三隊長より伝える。それでは──」
城へと帰っていく国王へ敬礼をした青髪の女性がボクたちの前に立つ。
「はぁぁぁ……っ!」
右隣から聞こえる恍惚とした声。
いや、右隣どころか至る所から黄色い声が上がる。
「──静粛に」
女性はそれらの声に眉を顰め、ピシャリと一喝する。
左に束ねた青髪、凛々しい紅の瞳、透き通るような白い肌。そして……。
鍛えられた筋肉がこれでもかと露わにされたビキニアーマー。
少女たちの憧れの的である彼女の名は。
「諸君らの指揮を賜ったアルマセイカ・アルトギニアと申します」
我らがウァナヴェル騎士団の広告塔、いわば顔とも言える第三隊長だ。
「まず、本作戦は、新人である諸君ら二十名と我ら第三隊の内三十名の計五十名で行います。目的地は西の森を抜けた先の……ベルキア王国との国境間際にある洞窟です」
要は、友好国であるベルキア王国に反旗を翻そうとしている奴らが集っている洞窟に行って睨みを利かせる……場合によっては捕まえる。それだけの簡単な仕事だ。
「……諸君らの中にはこう思った者もいるでしょう。『簡単な仕事だ』と。たしかに、今回の作戦は特に危険な戦闘も想定されていないものです。道中魔物と遭遇することもありますが、モブゴブリン等の下級魔物がいるのみ……何故なら、世界は平和ですからね」
まるで此方の心を見透かしたような言葉にドキッとするが、息を深く吐いて動揺を隠す。
──そう、百年前に魔王が倒されて以来、世界は平和になっていったのだ。
現在では下級の魔族が顔を出すばかりで、鍛錬を受けた騎士ならば数に囲われない限りは新米でも無傷で対処ができるレベルで……それどころか、日々の農耕で鍛えられた国民であれば傷を負えど倒すことはできるだろう。
正直、騎士団というのも昔のように危険に立ち向かう勇猛果敢な者たちというイメージから遠ざかり、単なる強くてカッコイイ集団に成り下がっているように思える。
「ですが、忘れてはいけません。十七年前に『中央』の魔物共からの侵攻があったことを」
平和な世界を揺るがした出来事その一。十七年前の魔族たちによる侵攻。
あらゆる国々に囲まれた島、『中央』。そこはかつて魔王の住処が在った場所で、強力な魔族が存在する、この世界で唯一平和じゃない場所。
魔王を倒され、その数も減って大人しくなっていたはずの魔族が突如としてウァナヴェル王国を襲った事件があった。
被害としては、一つの村が滅ぼされる程度……これは『中央』の魔族のレベルを考えれば幸いであったと言えるだろう。
「忘れてはいけません。十年前にベルキア王国の現第三姫が『中央』に攫われたことを」
平和な世界を揺るがした出来事その二。十年前のベルキア王族誘拐事件。
現ベルキア国王、ルアンゼルド・ベルキアの兄、ロアルベルトが魔族によって惨殺され、その娘である現在の第三姫が『中央』に攫われた事件だ。
ベルキア王国、ウァナヴェル王国から『中央』へと兵を出し、救出された第三姫だったが、今も心の傷は晴れないようで、王室に籠っているという痛ましい話がある。
そのときに『中央』に赴いた中にまだ齢十八歳──今のボクと同い歳のアルマセイカ第三隊長がいたと聞く。それはもちろん、彼女にとっては忘れられない出来事だろう。
「たしかに世界は平和です。しかし、ソレは『中央』を除いての話……魔物たちがいつ何時仕掛けてくるかもしれないという気持ちでいることです」
「はわぁ……!」
第三隊長の話に頷いていると、左隣から間の抜けた声が聞こえた。
その方向を一瞥すると、声の主がフラフラと第三隊長の元へと歩みだそうとしており……って、まずいっ!
「ちょっと、ナナナ……!」
ボクは小声で彼女を呼び止める。
「……はわ!?」
どうやら正気に戻ったようで、ピシッと気をつけの姿勢になった。それはそれで不自然だけれども……。
「──まあ、とはいえ、新人の諸君らに重圧を与えるつもりもありません。忘れることなく、気負いすぎることもなく……それで結構。では、ワタシの話はこれで終わります。以上、解散!」
最後に少しだけ柔らかな笑みを浮かべて去っていくアルマセイカ第三隊長に敬礼をし、周囲には開放感溢れる雰囲気が漂い始めた。
「ちょっとナナナぁー! さっきアルマセイカ隊長のビキニアーマーに釣られそうになってたでしょー? 珍しいのはわかるけどさぁー?」
ボクもソレに感化されて、左隣の新米騎士を軽く小突く。
「はわぁ! だってだって! あの洗練された鎧ちゃんのデザインに鍛え抜かれた筋肉っ! サワサワしたくてたまらなかったんだよぅ!」
「いやいや、そんなことしたら怒られるどころじゃ済まないからねー!?」
ビシッとツッコミをいれる。今は兜で見えないが、きっと彼女の顔はへにゃりとニヤけていることだろう。
「あいっかわらずの鎧マニアね、ナナナ! でも少しだけその気持ちもわかるわ! アルマセイカ隊長、すっごくかっこよかったもの!」
右隣から聞こえる声に思わず顔をしかめる。
「……って、ちょっと! ベルハ? なーにそんな顔してんのよ! ちゃんと見えてるっての! 当てつけのつもりっ!?」
「はぁー、ヒイロ……被害妄想が激しいよ。この三カ月間、そういう訓練でも受けてた?」
「なんですって!?」
兜越しにでもわかる敵意が混じった視線。その主であるヒイロと、鎧マニアと呼ばれたナナナ……そしてボクは同じ村出身の幼馴染だ。
ほわほわとしたナナナとは対照的に強気なヒイロに対して、昔から苦手意識を持っていたけれど……ここ最近、ソレが更に悪化している。
その理由は明白。ボクの兜が外れているからである。
「はわー! 喧嘩はやめようよ、二人ともぉー! ベルハちゃんは兜が外れていて凄い! ヒイロちゃんはすっごく頑張っているし、鎧ちゃんのデザインがカッコいい! それでいいじゃんー!」
「ナナナ、黙ってくれる?」
「は? ナナナが穏便に事を済ませようとしてくれたのに何言ってんのさー?」
ナナナへの彼女の態度にムカついて思わず睨んでしまう。
「あらあら、感情表現が豊かですこと! 流石は最優秀生さん!」
「知ったような口でよく言えるよー」
「はわ……! あわわ……!」
ウァナヴェル騎士団員全員が装備している特別な鎧、『審議の鎧』はフルアーマーの形態から始まり、最終的にビキニアーマーとなる。
ちなみに、ビキニという名称は、百年前に魔王を打倒したハルマチ・サクラの通称、『美輝刃』をもじったもので、英雄の活躍を称えた……と、話が逸れてしまった。
フルアーマーから露出の多いビキニアーマーへ。その過程として、鎧のパーツは一つずつ取り外されていく。言葉にするのは簡単だけれど、現実はそう上手くはいかない。
鎧のパーツが外れるのは着装者の心の強さに反応したとき……なのだけれど、意識的にどうにかなるものでもなく、一つのパーツが取れるのに一年以上かかる者もいるという。
審議の鎧の解放段階は十あって、まずは兜から外れるのだけれど、これが入隊者の登竜門ともいえる難題で、フルアーマーのまま騎士団を去っていく者も数多くいる。
……そんな中、ボクは三カ月の訓練期間で兜が外れてしまったんですよねこれが。
「……ふんっ! 見てなさいっ! ベルハデスト! 貴女なんかすぐに追い越してやるんだから!」
お手本のような捨て台詞を吐いて去っていくヒイロ。
……騎士団には入団試験があって、その内容は審議の鎧に選ばれること。ボクたちよりも一年早くその試験を受けた当時のヒイロは選ばれず、一年遅れてボクたちと一緒に入団した。
彼女はそれがコンプレックスで……そのうえ、ボクの兜がすぐに外れたものだから焦りを感じているのだろう。その気持ちは理解しないでもないけれど。
「無駄に突っかかってくるのは勘弁してほしいよー……」
捨て台詞を吐いた彼女が言った『ベルハデスト』というボクの名前。アレは敬称を付けずに言葉として発すれば相手を見下している、または敵対しているという意思表明になる……例えば『ベルハデスト隊長』『ベルハデストさん』なら相手を敬っていることになるし、『ベルハちゃん』や『ベルハ』ならば相手に親しみを込めた呼び名という具合に。
そこまで熱烈な敵意を向けられると、流石に此方としては気分が悪いしメンタルにクる。
「……あはは、喧嘩するほど仲が良いって言うじゃん!」
流石にナナナもやりすぎだと思ったのか、ヒイロをフォローする声が少し暗い。
「馬鹿言わないでよ。ボクは喧嘩しないアンタの方がヒイロより何っ千倍も好きだねー……さ、明日は初任務だ。早く寮に帰って寝よー!」
「はわわぁ……! サラッと恥ずかしいことを言ってる! えっへへ、そうだね! ご飯をモリモリ食べて寝よ寝よーっ!」




