幸せだなぁ
「──おや、ベルハにナナナじゃないか。今日も元気そうだねぇ」
「はわぁ! 行商人のおじさん!」
「あはは、まだお兄さんって呼んでほしいかな。まだ二十九だよ」
「そろそろ危ないラインじゃないですか? デルタベシアおじさーん」
「こらこら、ベルハまで悪ノリしないで」
「はいはーい、デルタベシアお兄さーん」
苦笑しながら整えられた長い金髪を掻くデルタベシアお兄さん。
その動作さえ麗しく見えるのがイケメンのズルいとこだね。
ボクがナナナにゾッコンじゃなかったら惚れてたかも……現に村の未婚女性、いや、既婚女性の一部でさえ色っぽい眼で彼を見つめているのだから。
たしかヒイロもデルタベシアお兄さんのことが好きなんだっけ。『騎士になったら告白する!』なんて言ってた気がする。いやー、モテるねー。
「ねっ! ねっ! デルタベシアお兄さんっ! 今日はどんな物を持ってきたのっ!? 鎧ちゃんはある!?」
「あはは、毎度のことだけど、ウァナヴェルの女性陣には本物の鎧の需要が低いからね。男性用のものと、子供用の模造品しか持ってきていないよ」
そう言って、引いていた荷車の布を取る。どれどれー?
「おっ、ビキニアーマーの模造品なんてあるんですねー。まあ、流石に子供用だけど」
「……まあ、たまに大人でも模造品のビキニアーマーを欲しがる人もいるけどね」
「えぇー、大丈夫なんですかソレ。着てたら怒られそう……」
ビキニアーマーはこの国での憧れの象徴だ。審議の鎧ではないソレを着るのはウァナヴェル騎士団にも悪影響がありそうだ。
「だから、ね? ここだけの秘密だよ?」
そう言ってバチンとウィンクをするデルタベシアお兄さん……あっぶなー。ヒイロなら死んでた。
「はわぁー! この鎧ちゃん! シンプルでカッコイイー! ねっ、ねっ、サワサワしていいですか!?」
ナナナがキラキラとした目でとある鎧を指さす。ほほー、これはまた渋い……。
「はは、いいよ。売り物だけど、ナナナみたいな可愛い女の子が触ったものなら付加価値が高まるかもしれないし」
「付加価値……? はわーっ! サワサワーっ!!」
「ちょっと、ナナナを変なことに巻き込まないでくださーい」
「はは、冗談だってば」
さぞや面白そうに笑うデルタベシアお兄さんと、鎧を触れてご満悦なナナナ。
この人、ちょっとこういうところがあるからなー。
必要となれば魔物の肉も食べそうなくらいの怖さがある。
魔物を食べるなんてありえないよねー。
……まあ、ナナナが幸せならそれでいいか。
「──はわぁー、いっぱいサワサワできたー! デルタベシアお兄さん、ありがとうございましたーっ!」
「はは、礼には及ばないよ。それじゃ、早くその小麦を持って帰りなね」
「はーいっ!」
「ナナナを喜ばせてくれたお礼に、今度は何か買ってあげますねー」
「あはは、楽しみにしているよ。それじゃあね」
ボクたちはデルタベシアお兄さんにお辞儀をした後、パン屋へと向かった。
「──あら、おかえりなさい。ベルハ、ナナナちゃん」
「おかえりなさい、ナナナ! ベルハちゃん!」
「おお、おかえりっ! 今ちょうどパンが焼けたところだ! 食べな食べな!」
パン屋に入るや否や、元気よく迎え入れられる。
「はわっ、ただいまぁっ!」
「ただいまー。今はお風呂の気分だから、パンは後で……」
食べるよ、と言う前にお腹がグゥーーーーーーと鳴った。
……うわ、長い長いっ! 早く止まれボクのお腹―っ!
「あっはは! パン食べてから行こっか、ベルハちゃん!」
「ぅぅー……はい」
ナナナの笑顔は好きだけど、今笑われるのはちょっと恥ずかしい!
だってだって、仕方ないじゃないか! 焼きたてパンのほんのり甘い良い匂い!
こんなの、労働の後の身体に響かないワケがないっ!
「はははっ、はいどうぞっ、二人ともっ! ささっ、ノノカもセレナさんも!」
「あはは……いただきまーす」
「はわっ、あっつい! いっただきまーすっ!」
丸いパンを二つに割ると、ホカホカと蒸気が立ち。熱さに備えながらその一つに齧りつく。
……流石、焼きたてのパンだ。舌を焼くような熱さを我慢した先にしか得られないサクッサクの皮と、モチモチふわふわの中身! そして強烈に香る麦やバターの甘い香りが鼻腔を擽って。喉を通る頃にはその満足感に思わず口角が上がる。
「はぁー、美味しい……!」
「えっへへ、美味しいねっ、ベルハちゃん!」
「うんっ、美味しいねー」
ナナナと向き合って笑う。何度経験しても、この瞬間は何物にも代えられないくらい好きで。幸せだなぁ、なんて思うんだ。
「はぁ……やっぱりここのパンは美味しいですね。流石はカナネさんとノノカさんが作ったパン!」
ママが恍惚とした表情でパンを食べてる……それ、ホントにご飯を食べてる表情?
……ボクもこういう顔をしてないか毎回不安になるんだよね。
「はっはっは、セレナさんの手伝いがあってこそですよ!」
「そうそう! セレナさんのお手伝いがあってこそ! ……それにしても、早いわね。貴女たち親子がやってきてもう十六年になるなんて!」
「ええ、本当に。お二人と村の方々には感謝してもしきれません」
十六年前。それは、中央からウァナヴェルへ魔物たちが海を渡って侵攻してきた年。
ママとジュテイン人であるパパは、魔物の侵攻により壊滅した村、ルイアナ村に住んでいた。
村の壊滅と共にパパは死んで、ママと赤ん坊だったボクだけ辛うじて生き残って……このサウカロ村に辿り着いたんだ。
いくつかの村に居住を断られる中で、このサウカロ村は温かく受け入れてくれて。
特に、ノノカクラネおばさんとカナネベルドおじさんは、ママにパン屋の手伝いという職まで与えてくれて……今の家が建つまでは住み込みで働かせてくれた。
……ホント、感謝してもしきれないや。
「……」
十六年前の侵攻についての話題が出ると、ナナナは複雑そうな表情をする。
そしてボクは、その気持ちがわかる。
「ナナナ、ボクはアンタに会えてよかったよ」
「……うん」
ボクはコッソリとナナナに耳打ちをする。
きっとナナナも同じように思ってくれてて。けれど、死んだボクのパパや滅んだ村のこともあるから素直に喜べない気持ちでいるのだろう。
ボクだって、村が滅んだことやパパが居ないことは悲しいし寂しい。
けれど、アンタに出会えたから村が滅びてよかった……なんて、流石にママの前では口が裂けても言えないね。
「……ふぅー、ごちそうさまでしたー。それじゃ、お風呂に行こっかー!」
「うんっ! おっふろーっ! ……おっとと! ごちそうさまでしたー!」
名残惜しくも最後の一口を飲み込んで、ボクたちはお風呂場へと向かう。




