小麦刈り
「ふぁあー、あっついー」
「もう少しで終わるよ! 頑張ろっ、ベルハちゃん!」
「はいはい、美味しいパンのために頑張らないとねー」
うだるような暑さの中、ボクたちは小麦を収穫していた。
刈り取った小麦をカゴに入れ、汗を拭う。
ボク達が子供の頃よりも……や、今もそう呼ばれることはあるけれど、十年くらい前よりも確実に暑くなってるような気がする。
「はわぁ……でも、本当に暑いねぇー」
ナナナが此方に笑顔を向ける。
その頬から顎まで伝う汗が滴り落ちて、地面を濡らす。
「……ほら、アンタも汗拭きなー?」
それがやけに色っぽく見えて、誤魔化すように汗を拭くよう促した。
……決してボクがムッツリってことじゃないからね?
……って、誰に向かって言ってるんだろ。自分自身かな?
「えー、どうせまた汗をかいちゃうから大丈夫だよー……痛っ!」
「ほーら、言わんこっちゃないー。目に染みて痛いでしょー?」
やっぱり色っぽさからは程遠いな、なんて笑みが零れて。
「あっはは、そうだねー」
ナナナもつられて笑う。
「……ねえ、ナナナ、アンタはさ」
「ん、なぁにー?」
麦を刈り取りながら話し始めると、彼女も同じように答える。
「……騎士になりたい?」
「うんっ! だってだって、自分だけの鎧ちゃんが貰えるんだよっ!? それにそれに!たーくさんの鎧ちゃんと素敵な筋肉を間近で見ることができてー、サワサワできるじゃん!?」
「……うん、今日もいつも通りのナナナだねー。でも、サワサワはちゃんと許可を取ってからにしなよー? 嫌がる人もいるだろうしー」
……本当はナナナのサワサワは止めたい。
だって、鎧越しとはいえナナナが誰かの身体をベタベタ触ることになるのだから。
けど、ソレはボクの我儘に過ぎないし……。
……でも、やだなぁー。
「ベルハちゃんはいいなー、一足先に騎士試験を受けるんだもんねー!」
なんて悶々としていると、何やら誤解しているであろう言葉が飛び出してきた。
「へ? ボク、今年の試験は受けないよ?」
「え、なんでなんで!? 十七歳から受けられるのに!」
そう、この国の成人年齢は十七歳で、成人してから二十五歳までの間に試験を受けることができる……年齢制限が無いベルキア王国や十五歳が成人年齢のジュテイン帝国で既に鎧に選ばれた人、なんて例外も居るけれど。
まあつまり、ボクは本来なら今年から受験できるのだ。
「さーて、なんででしょー?」
なんて誤魔化してみる。これでわかってくれたら、嬉しいやら恥ずかしいやら……。
「……えー、わかんないやっ! でもそれなら、ベルハちゃんと一緒に入団できるねっ! えへへっ!」
「ぅ……」
そうだよ! それが理由だよ! なんて大声で叫びたい気持ちと、そんな恥ずかしいことできるかという気持ちがせめぎ合う。
ボクだって少しはナナナに意識してもらいたいし、でもナナナは鎧と筋肉に夢中だしー……
あー、あぁーーっ!! だめだ、叫びたいっ! ボクはアンタのことをこんなにも想ってるんだよって叫びたいっ!
でもそれがナナナの心に響かなかったらと思うと怖すぎるよーっ! あり得そうなのが本当に嫌だーーっ!!
「はわぁ、ベルハちゃんはどんな鎧ちゃんを着るんだろうなぁ。きっと、髪色と同じ黒色の鎧でー、かっこよくて、かわいくてー!」
「ちょ……ボクのはいいからまずは自分のを考えなよー!」
楽しそうに想像してるとこ悪いけれど、審議の鎧というのはつまり精神の具現化だ。カッコいいとか可愛いとか言われると、それが鎧のことだとわかってても、ちょっと……照れる。
……でも、ボクもナナナも鎧に選ばれて立派な騎士になるっていう妄想は何度もしてるなぁ。
「アタシの鎧ちゃんはねー! ピンクの鎧っ!」
「まあ、基本的に髪の色か瞳の色と同じになるからねー……ぷっ、黄金色の鎧だったらすっごく面白いかもー」
「はわー! 悪目立ちしちゃうよー!」
「悪目立ちとか気にせずサワサワしに行くくせにー」
手を止めジトーッとナナナを見つめる。
「はわ、サワサワはねー、身体が勝手に動いちゃうのっ!」
ナナナの方はというと此方に顔を向けるわけでもなく、テキパキと小麦を刈っていた。
「ホント、迷惑千万だよねー」
「はわっ!? ベルハちゃんが辛辣だよぉー!」
あ、こっち向いてくれた。
「……さ、カゴも全部一杯になったし、居住区に帰ろっかー」
「うんっ、そうだねっ!」
小麦がたんまりと入った大きなカゴを両手に持って、ボクたちは小麦畑を後にする。
──この村に限った話ではなくて、どの村も家が密集している居住区とそれ以外の区域に別れている。というのも、この世界には魔素というものがあって、ソレは薄いながらも村の中にも漂っているからで。
居住区の中に突然モブゴブリンが発生したー! って場合でも村人総出で袋叩きに出来るようにそうしているらしい。
そう考えると鎧にも選ばれていない女子二人で小麦畑に行くのは危険じゃないかと思われるかもしれないけれど、ちゃんと各区域に見張り番が存在する。
「あら、ナナナ、ベルハ! 思ったより早かったわねっ!」
と言っても、その制度も下級の魔物しか存在しないせいかやや形骸化していて、同じくまだ鎧に選ばれていないヒイロなんかが見張り番をやってるんだけど。
「はわっ、暑いから早く帰りたいなぁって思って、二人で頑張ったんだぁっ! ねっ、ベルハちゃんっ!」
「そーそー。お喋りもほどほどに頑張ってたってワケ。いやー、ホントに暑いよねー」
「まあ、私は平気だけどねっ! なんたって今年から騎士になるんだしっ!」
「はいはい、そだねー……」
見事なドヤ顔だ。膝を小突きたいくらいに。
「はわ! ヒイロちゃんならきっと受かるよっ!」
「当然っ! 私は十七年間騎士になりたくて頑張ってきたんだから、選ばれるに決まってるわっ!」
「ま、三割に入らないようにねー」
「ベルハ、なんか言った?」
入隊試験の合格率は七割。受験者の三割は審議の鎧に選ばれないのだ。それに、言葉にはしなかったけど初めて受験する人が受かる確率は六割よりも低いらしい。
ヒイロは睨んでくるけど、油断のならない数値だと思うなぁ。
「やー? なんでもー」
心配して言ったつもりなのに睨まれたものだから、ボクはわざとらしく首を傾げてみる。
「ああ、ああ、そうですか! 今年受験しない貴女は気楽でいいわねっ!」
「げ。ソレ誰から聞いたのさー?」
「貴女のお母さんよ! 少しだけ浮かない顔をしてて……貴女、親不孝者ね!」
「は? ママとはちゃんと話し合ったし! ちょっと喧嘩もしたけどさー」
ボクが今年の試験は受けないことを告げたとき、ママは予想以上に怒った……というか、アレは錯乱と言ってもいいかもしれない。
宥めた後に来年は必ず受験することを約束したら渋々頷いてくれた。
話を聞くと、ママは審議の鎧にずっと選ばれなかった過去があって、それ故に娘には早く鎧に選ばれてもらって安心したかったんだと。
……それって、自分のためだよね?
でも、女手一つでここまで育ててくれたママに感謝していないワケじゃないから、少しだけ胸が痛む。
「……ヒイロちゃん」
ナナナが珍しく低い声でヒイロの名前を呼ぶ。
「……ごめんなさい、今のは言い過ぎた。でも、あまりセレナレインおばさんを心配させないようにね。私、あの人のこと、大好きだから……もちろん、変な意味じゃないわよ!」
「わかってるよ」
二重の意味で。変な意味で好きとか言われてたらボクはこの場で吐いてナナナに手厚く介抱されてたことだろう。
「ソレにボクも、アンタが受かることを祈ってる」
……ヒイロが悪い奴じゃないのはわかってるし、受かってほしいのも本心だ。
「ええ、ありがとう!」
「はわぁ、丸く収まってよかったぁ」
うんうん、と頷くナナナ。
ホント、アンタが居てくれて助かってるよ。
「さ、こんな暑い中引き止めて悪かったわね。早く帰ってお風呂に入るといいわ」
「うん、そうするよー」
「はわっ、おっふろ、おっふろー!」
お風呂と聞いて上機嫌になったナナナを見てヒイロと二人で笑う。
「それじゃあねー、アンタもちゃんと水分取るんだよー」
「当然っ! 騎士として自分の体調管理もしっかりしているわっ!」
「はいはい、それはわかったからさー……」
苦笑いを浮かべながらナナナと一緒に居住区へと向かう。




