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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第9話  恋を写す瞬間

放課後の写真部部室。

夕陽が差し込む窓の隙間から、カメラのレンズがきらりと光った。


シャッター音が一つ。

「カシャッ」――空気が少しだけ緊張した。


僕――神谷蓮かみやれんは、三脚を調整しながら思った。

(……今日も平和な放課後、のはずだったんだけどな)


部室の隅では、水瀬恵みなせめぐみ先輩がカメラを構えている。

涼やかな黒髪、淡い桜色の唇、そして――透き通るような横顔。

どこを切り取っても“絵になる”人だ。


でも今日は、その綺麗な顔に“怒気”が宿っていた。


「……だから言ってるでしょ、うざいって。」


先輩の声は低く、冷たい。

その向かいに立つのは――彼女の“彼氏の中川 賢治なかがわ・けんじだ。

写真部の部長でよく分からないが、モデル経験もあるらしい。

写真展にも出ているとか、いないとか。


……つまり、スペック高めの人。

「うざいってなんだよ。」

彼氏は声を荒げた。

「もう付き合って三か月だぞ? キスぐらい普通だろ。」


僕はカメラを構えたまま、思わず動きを止めた。

(……え、ちょ、今ここでその話する?)


部室の空気が一気に重くなる。

夕陽が赤く滲み、三人の影が床に交差した。


「普通って、何それ。」

水瀬先輩は小さくため息をついた。

「“普通”を押し付けないで。私は、タイミングを大事にしたいの。」


「タイミング? そんなの言い訳だろ。」


「違う。」

水瀬先輩の声がぴしゃりと響く。

「“好き”と“焦り”を混ぜないで。私は焦りたくないの。」


……あー。

これは、完全に修羅場だ。


僕はカメラのストラップをいじりながら、そっと退出ルートを考えていた。

(よし、気配を消そう。俺は今、空気。風のような存在。透明人間――)


「神谷くん。」


「……はい?」


呼ばれた。

透明作戦、失敗。


「ちょっと意見を聞かせて。」


「え、えっと……はい?」


水瀬先輩の黒い瞳が、まっすぐ僕を見つめてくる。

冷たくも、どこか試すような光。

(な、なんで俺が審判みたいな立場に……!?)


「神谷くんは、恋人同士でも“無理やりキス”ってどう思う?」


「えっと……あの、個人的には……その、タイミングが大事、かな、って。」


「だよね。」

先輩はにっこり笑った。

――けど、笑顔の奥がぜんぜん笑ってない。怖い。


水瀬は腕を組み、冷ややかに言い放つ。


「ほらね? こういう話を人前でするのもセンスないのよ。」

彼氏の方は、不満げに眉をひそめた。

「こいつの意見なんて参考にならないだろ。こいつ、噂を聞くにまともな恋愛経験ありそうにないし。」


……はい、その通りです。カップルの関係壊すのが得意です。

でも口には出せない。


「へぇ……」

水瀬先輩の声が冷ややかに落ちる。

「じゃあ、こうしましょう。」


彼女は立ち上がり、制服のスカートの裾を軽く整えた。

そして、まるでステージの上に立つような堂々たる口調で言った。


「――神谷くんと、あなた。

どちらが私を一番“綺麗に”撮れるか。

勝った方が“正しい”ってことにしない?」


その瞬間、時間が止まった気がした。

僕の脳内で、誰かが「ピーッ!」ってホイッスルを鳴らした。


「ちょ、え、ええええっ!?」

思わず声が裏返る。


「おいおい、水瀬。それってどういう意味だよ。」

彼氏が少し顔を赤らめる。


「そのままの意味よ。」

水瀬先輩はカメラを掲げ、光を反射させながら言った。

「私を一番魅力的に撮れた方が、“想いを理解してくれた人”。」


「つまり、俺が勝てば――」


「キスしてもいいわ。」


……静寂。


カメラのシャッター音も、時計の針の音も、全部消えた。

代わりに僕の鼓動だけが、耳の中でドクドク響いていた。


「……ま、待ってください、水瀬先輩?」

僕は慌てて手を挙げた。

「俺、部外者で写真部でもありませんよ。しかも今、巻き込まれてる感じなんですけど!」


「逃げるの?」

水瀬先輩の声は、挑発的に甘く響く


彼女は一歩、蓮のほうへと歩み出た。

カメラを指で軽く叩きながら、挑むように微笑む。


「もう一度言うわ。あなたと、賢治。どっちが“私を綺麗に撮れるか”で勝負しましょう。」


中川:「……は? 写真で勝負?」


水瀬:「そう。写真で“気持ち”が伝わるなら、それが正しい関係だと思う。」


蓮:「ちょっ……俺関係ないですよね!?」


「もし勝ったら――

私の“初めてのキス”、あなたにあげるわ。」


「……えっ?」


頭の中で、何かが爆発した。

“初めてのキス”って、今この場でそんな台詞言う!?


「ちょ、ちょっと待ってください!!」

僕の声は完全に裏返っていた。

「え、それ、どう考えてもヤバくないですか!?

いや、倫理的にも心理的にもシチュエーション的にも――」


「黙って、神谷くん。」

先輩の声が一段低くなった。

そのトーンに、心臓がきゅっと縮まる。


「賢治、写真を撮る時、いつも言ってたよね。

“人を撮る時は、心も写す”って。」


「……おう。」


「なら、あなたの“心”で、私を撮ってみて。」


「望むところだ。」

横から低い声が割り込む。彼氏が口角を上げて笑った。

「この勝負、受けてやる。」


……あー。完全に、逃げ場が消えた。


僕は天井を仰いで、心の中で誰かに祈った。

(神様、どうして俺、毎回こういう流れになるんでしょう……?)




数分後。

僕たちは屋上に移動していた。


空はオレンジ色。

西日がビルの影を長く伸ばしている。

風が髪を揺らし、水瀬先輩のスカートの裾がふわりと舞った。


「じゃあ、条件はシンプルにね。」

水瀬先輩が手帳を取り出す。

「どちらが私を一番“綺麗に”撮れるか。

構図も角度も自由。制限時間は今週の木曜日までの写真展前日までよ。」


彼氏は余裕の笑みを浮かべてカメラを構える。

「楽勝だな。」


一方の僕は――カメラを持つ手が少し震えていた。

(あぁもう、なんでこんなことになってんだ)


だけど、レンズ越しに見えた水瀬先輩は、

やっぱり、どうしようもなく“綺麗”だった。


「神谷くん。」

彼女が僕の方を見た。

「あなた、本気で撮っていいからね。」


「……もちろんです。」


本気で撮るって、つまり――

心を全部、向けるってことだ。

そう思った瞬間、

風が一層強く吹いて、彼女の髪をふわりと散らした。


僕の指がシャッターを押す。

「カシャッ」


――その一枚に、全部を込めた。


勝負は、まだ始まったばかり。

でも僕の中では、すでに一つの答えが出ていた。


(……水瀬先輩は、きっと記念日とか、そういう日に彼氏とキスするんだろう)

(今日みたいな喧嘩の後にするのは、違う気がする)


僕はカメラを握りしめた。

(だから、この勝負――俺が勝つ)

彼女の“本当の気持ち”を守るために。


光の中で、シャッター音がもう一度響いた。

「カシャッ」


その音が、僕の決意の証みたいに感じられた。

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