第7話 休日計画 ― 君の笑顔を探して
晴れた朝。窓から射し込む光が、屋敷の床に長く伸びていた。
神谷蓮は鏡の前で、髪を直しながら小さく息をつく。
(心の声):「……よし、今日こそ完璧に仕上げる。」
襟を整え、ネクタイを微調整。
休日にスーツ姿――というわけではなく、ただの“下見用の外出服”である。
だがその真剣さは、受験生の模試前にも匹敵していた。
隣の部屋からは、メイド・美桜の掃除機の音。
彼女のいつも通りの声が聞こえてくる。
「神谷様、朝食は軽めにしておきました。お出かけの前にどうぞ」
「あ、ありがとう!」
その一言に、彼は思わず背筋を伸ばす。
出かける理由を聞かれたら、少し照れくさい――
だって今日は、“美桜との初デート下見”の日なのだ。
(心の声):「次の休日、絶対に成功させる……!」
口に出した瞬間、顔が熱くなる。
――いや、別に浮かれてるわけじゃない。
彼女を喜ばせるために“研究”してるだけだ。たぶん。いや、間違いなく。
(小声):「よし、出発!」
屋敷を出ると、秋の空気が少し冷たい。
胸の奥に、淡い期待と緊張が入り混じっていた。
午前九時。
蓮は街の中心にあるショッピングエリアへと足を踏み入れた。
人の波、カフェの香り、カップルの笑い声。
休日らしい喧騒の中、彼だけが真顔でメモ帳を取り出している。
「まずは……待ち合わせ場所のチェック。」
駅前の時計台を確認。
バス停からの距離、日陰の位置、座れるベンチの有無――
まるで探偵の現場調査。
(心の声):「ふむ……待たせるのは申し訳ない。日差しも強いし、屋根付きの場所がベストだな。」
メモに書き込み、視線を上げると――
すぐ横を手をつないだカップルが通り過ぎていく。
女の子「ねぇ、次どこ行く?」
男の子「カフェでゆっくりしよっか。」
(心の声):「なるほど、自然な流れ……『次どこ行く?』→『カフェ』。これは使えるな。」
――なんか、盗聴してるみたいで罪悪感あるけど。
(苦笑):「……これ、普通の男子がやることじゃないよな。」
でも笑って肩をすくめる。
“完璧なプラン”を立てるためなら、羞恥心なんて些細な問題だ。
そして蓮は次の目的地――駅前カフェへ。
木目調の内装、ほのかなジャズ。
静かなカップル向けカフェ「Café BlueBird」。
店員「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」
「……はい、偵察です(小声)」
※もちろん聞き取られてない(はず)
案内された窓際の席に座り、周囲を観察。
外の通りが見えるちょうどいい位置。
日差しも柔らかく、会話が弾みそうだ。
(心の声):「ここ、いいな。静かだし、美桜も落ち着けそう。」
メニューを開く。
“ふわとろオムライスランチ”“苺のミルクティー”“限定デザートプレート”
どれも映えそうな名前だ。
(心の声):「苺……美桜、好きそうだな。」
ふっと笑みがこぼれる。
その瞬間、隣の席のカップルがこちらを見る。
女の子「ねぇ今、ニヤッとしたよね?」
男の子「完全に恋してる顔だったね……」
蓮「え、いや違っ……違いますって!」
慌ててメニューで顔を隠す蓮。
……休日、独りで“笑顔リハーサル”してる男子。端的に言ってヤバい。
けれど彼の心は軽かった。
“美桜が喜ぶ姿”を想像するだけで、世界が少し優しく見える。
昼前、デパートに到着。
ここは今日の“主戦場”――飲食、雑貨、映画、すべてが揃う完璧な場所だ。
まずは1階の雑貨フロア。
香水コーナーを覗いてみるが、目が合った店員さんが笑顔で近づいてくる。
店員「彼女さんへのプレゼントですか?」
「い、いやっ、下見です!」
店員「……なるほど(察し)」
察された。完全に。
けれど、照れ笑いで誤魔化しつつハンドクリームを手に取る。
蓮(心の声):「こういうの、あげたら引かれるかな……? いや、美桜なら“実用的で助かります”って言いそうだ。」
その後、ファッション雑貨コーナーで髪飾りを見つける。
桜の形をした淡いピンクのヘアピン。
蓮「……これ、似合うかも。」
気づけば手が伸びていた。
――買う勇気は出なかったけれど、心の中に“候補”としてメモする。
デパートの上階にあるシネマゾーン。
壁一面に並ぶポスターを前に、蓮は腕を組んだ。
「うーん……アクションはうるさいし、ホラーは論外。ラブロマンスは……地雷すぎる。」
悩みに悩んで、無難な選択肢“動物ドキュメンタリー”をチェック。
(心の声):「これなら、話題にも困らないし……“かわいい”って言わせられるな。」
だが、通りすがりのカップルがこう言った。
女の子「動物ドキュメンタリーとか地味すぎない?」
男の子「いや、逆に落ち着いて観れるからいいんだよ」
(心の声):「おぉ……賛否両論か。難しい世界だ……。」
そんな研究熱心な彼を、ポスターの猫がじっと見つめていた。
正午を過ぎ、外のベンチで休憩。
紙袋からサンドイッチを取り出しながら、今日の下見ノートを開く。
>「8時30分 待ち合わせ → カフェ → 雑貨 → 屋上庭園 → 映画 → 夕食」
びっしりと書かれたスケジュール。
細かい時間配分、移動距離、会話テーマのメモまで。
(心の声):「……やればできるじゃん、俺。」
思わず小さくガッツポーズ。
けれど同時に、ふっと笑ってしまう。
「なんか……頑張りすぎてる気もするな。」
ノートを閉じ、青空を見上げる。
風が頬を撫で、街のざわめきが遠くに聞こえた。
(心の声):「……でも、美桜と一緒なら、何してても楽しいかもな。」
その瞬間、街のスピーカーが鳴る。
『――午後から雨の予報です。外出の際は傘をお持ちください。』
蓮は空を見上げ、雲が厚くなっていくのを見つめる。
「……午後、デートプランの屋外パート全部潰れるやん。」
苦笑しながら立ち上がる。
だが、彼の瞳にはもう諦めの色はなかった。
(心の声):「よし……次は午後のチェックだな。」
雨雲が広がる空の下、
神谷蓮は新たなプランを探しに――デパートへと歩き出した。
それが新たな出会いの始まりになるとも知らずに。




