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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第37話 アクティブ派の誘惑

 放課後の屋上は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。

 まだ沈みきらない夕陽が、銀色のフェンスを赤く照らし、柔らかい風がゆっくりと吹き抜けていく。

 風が通るたび、制服のスカートがふわりと揺れ、髪がなびいた。


「わ、風つよ……」

 水瀬恵は前髪を押さえながら、ちらりと神谷蓮のほうを見た。


 蓮はカメラの設定を確認していて、液晶モニターに映る光の具合を真剣に見つめている。

 その横顔はいつ見ても落ち着いていて、何かに夢中になるときは少し眉が寄るのが癖だ。


 ――その横顔に、最近近づく子が多い。


 胸の奥がずくんと疼いた。


(ねぇ、蓮くん……誰を一番見てるの?)


 恵は無意識に自分の胸元を押さえていた。

 だが表情はいつもの明るい笑顔のまま。蓮のほうへ一歩近づく。


「この写真、すごくいいよね。普段の私より、綺麗に見えるのが怖いけど」


 蓮は顔を上げ、きょとんとする。


「怖いって……褒めてます?」


「褒めてるに決まってるじゃない。……ほら、撮って?」


 夕陽のせいでほんのりと赤く染まる頬。

 その柔らかい笑顔を向けられ、蓮は小さく息を飲んだ。


「……じゃあ、もう一度、撮りますよ。動かないで」


「はーい」


 シャッター音が軽く響く。

 そのたびに、恵はほんの少しだけ蓮のほうへ歩み寄っていた。

 ファインダー越しに見つめられる視線が、くすぐったい。

 だがその視線が自分から離れないことが、恵にはたまらなく嬉しかった。


(私だけ……見てて)


 その独占欲がほんの少し濃くなる。


「……そんなに見つめられると、期待しちゃうよ?」


「撮ってるだけです」


「でも、私だけを見てるじゃん?」


 蓮は言葉に詰まり、目線を逸らしかけた。

 その瞬間、強い風が吹いた。


「きゃっ——」


 恵の身体がふらりと揺れる。

 すぐに蓮の腕が伸びて――


「わっ……大丈夫ですか?」


 腰をしっかりと支えられる形で、恵は蓮の胸に倒れ込んだ。

 胸板の感触。温度。匂い。


 どくん、と心臓が跳ねた。

 顔が熱くなる。

 けれど――胸の奥は、熱とは違う何かでざわめいた。


(蓮くん……離れたくない)


 そう思ってしまうほど、蓮の腕はやさしくて、あたたかかった。


「ご、ごめん、ちょっと風が……」

「風、強いですね。」


 蓮はまだ腕を放していない。

 その事実に気づいた瞬間、恵の心臓はさらに跳ねた。


(……この距離、他の子には絶対に見せない)


 その甘い優越感が、恵の胸の奥で静かに燃えた。



「よし、今日はもう撮れました。いいのが何枚も」


「ほんと? なら……次は勉強だね」


 恵は自然な笑顔で蓮の横へ歩く。

 息を整えながら言葉を選び、さりげないふりをしつつ――狙いを定める。


「ねえ蓮くん。今日、勉強みてもらえる?」


 なるべく無邪気そうに見えるように、少し首をかしげながら。


「家で?」

「もちろん。……他の子呼ばないでね?」


 蓮は苦笑し、ただ「はいはい」と受け流したつもりなのだろう。


 だが恵の胸の奥では、別の言葉が渦巻いていた。


(あの子が来たら嫌だな……)


 蓮に近づく女の子たちの名前が、次々に頭の中に浮かぶ。

 胸の奥が重く締め付けられる。


(今日は絶対に……私だけの時間にする)


 夕陽に照らされながら、恵は静かに決意した。




「どうぞ、上がって」


 恵の家は落ち着いた雰囲気の洋風の内装で、雑誌に出てくるようなセンスの良い家具が並んでいる。

 家族は不在。ドアの閉まる音が、家の中の静けさを強調する。


「……誰もいないんですね」

「うん。だから、静かに勉強できるよ?」


 恵は微笑むと、蓮の荷物を置く位置をさりげなく誘導し、二人が自然と距離を縮められるように椅子を設置した。


「ここ、座って。ね?」

「あ、うん……」


 蓮が座ると、恵もすぐ隣に腰を下ろす。

 肘を動かせば触れ合いそうな距離。


(これくらいの近さじゃないと……不安になる)


 恵は教科書を広げながら、ゆっくりと蓮の顔に近づいた。


「ねえ、この問題から教えて?」


 顔の距離、約二十センチ。

 蓮は一瞬固まり、少しのけぞった。


「あ、ああ。この公式を……」


「ほら、もっと近くで見て? 字、小さいでしょ?」


 蓮が仕方なく近づくと、恵は――さらに近づく。



「蓮くん、この数式って……こう?」


「そこは——」


 蓮がシャープペンを持ち直す瞬間、恵がその手にそっと手を重ねた。


「こう……?」

 恵の指が蓮の指に絡む。


「っ……!」


「蓮くんの手、あったかい」


「み、水瀬さん……近いです」


 恵はふっと微笑んで目線を上げる。


「“恵”って呼んでって言ったよね?」


 蓮は視線を逸らしながら苦笑する。


「……恵さん」

「えへへ。素直でよろしい」


 次の問題を覗き込むふりをして、恵は蓮の首筋すれすれに顔を寄せた。

 恵の柔らかい髪が蓮の首に触れる。


「っ!? 恵さん、近い……!」


「逃げないで? 今は“勉強”してるんだよ?」


 甘い声が耳元に落ちる。


(蓮くん……いつも私を見てて)


 その無言の願いが、行動に表れていた。

 蓮が必死に説明する横顔に、恵はそっと肩を寄せる。

 やがて肩から腰に手が滑り、蓮の背中へふわりと触れる。


「恵、さん……?」


「ね、蓮くん。ちゃんと見てるよ? 蓮くんのこと……ずっと」


(他の子なんて、どうでもよくなるくらい……)


 恵の心の声は静かで、深くて、少しだけ危うかった。


「そういえば、今日さ——

 クラスの藤堂さんに、英語の質問されて——」


 言葉の途中で、恵の笑顔がほんの一瞬だけ鋭く変わる。


「……その子、蓮くんに勉強教わってるの?」


「いや、ただの相談で——」


「ふぅん。“ただの”ね?」


 恵はにっこり笑った。

 しかしその微笑みの裏には、鋭い感情が確かにあった。


(また……新しい女なの?

 だめ。蓮くんは……私を見てればいいの)


 心の奥が静かに、深く沸騰していく。



「今日はここまでにしよっか」

「だな……」


 蓮が荷物をまとめようとした瞬間、恵はそっと蓮の手を握った。

 柔らかく、けれど離す気はないという強さで。


「ねぇ、また来てね。……試験終わっても」


「え? いや、勉強ならまた——」


「勉強じゃなくても、いいよ?」


 その笑顔は、恋人未満のあどけなさと、彼女以上の独占欲が混じっていた。


(蓮くんは私のそばにいるのが自然。

 だから……誰にも渡したくない)


 玄関を閉めたあと、恵はドアに手を当てて小さく息を吐いた。


「……蓮くん。好き」

 その呟きは、とても静かで、とても強かった。


 この日の恵はまだ知らない。

 “もう一人のヒロイン”が蓮を奪い返すために動き始めていることを。

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