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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第34話 静かな狂気とメイドの忠誠

朝の学園は、まだ春の冷気が残っていて、吐く息が少し白い。

 昇降口のガラス越しに差す陽光の下、生徒たちの話題はいつも通り――

……のはずが、今日はどうにも違った。


「ねえ、昨日の神谷くん、ちょっと優しくなかった?」


「ていうか、最近話しやすくなった気がするんだけど」


「昨日ノート貸してもらったんだけどさ、ちょっと緊張したんだよね〜」


 その中を、清楚系な女性が静かに歩く。

 黒髪、白いカチューシャ、控えめな所作。

 誰が見ても“おしとやかな一般生徒”にしか見えない。

――だが、その実態は神谷家メイド兼、蓮担当の忠誠の化身である美桜。

 美桜は鞄を持った手をなめらかに動かしながら、“蓮”という単語が聞こえるたびに、耳の奥の何かがビクリと震えた。


(……蓮様に関する生徒たちの視線。

 本日は昨日より……約十六パーセント増加しております)


 外見は清楚な微笑みのまま。

 その内側では、警戒心がじわりと膨らんでいく。


(嫌な予感がいたします……)


 さらに昇降口を曲がった先、蓮がちょうど靴を履き替えているのが見える。

 その背に、何人かの女子が近づいて――


「おはよ、神谷くん!」


「昨日のノート、ありがと!」


「今日って放課後予定あったりする?」


 瞬間、美桜の“センサー”が最大出力で唸り声をあげた。


(――危険。近すぎますわよ、あなたたち)


 微笑みはそのまま。

 だが靴箱の金属の縁を握る指先に、力がこもる。

 普通に心配しているように見えるが――違う。

 違いすぎる。

 これは完全なる独占欲である。



 一限目終了。

 教室の後ろの方の席に座る蓮へ、

休み時間になるや否や女子が二、三人、集まってきた。


「ねえ神谷くん、昨日のプリントのここってさ――」


「今日の宿題の答え、確認してもらってもいい?」


 蓮は、困ったように笑いながら対応している。


「えっと……あ、ここはこうすると楽だよ」


 丁寧で、優しくて、誠実な声。

――だからこそ、好かれやすい。

 そしてだからこそ、狙われやすい。

 少し離れた席で、変装した美桜はノートを開いていた。

 だが目は文字を追っていない。

 蓮のあたりだけ、別の解像度で世界が見える。


(……今現在は四名。昨日より多いですわね)


 ページをめくるふりをしながら、そっと視線を上げる。

 蓮が女子のプリントに目を通すたび、胸の奥がじん、と痛む。


(ノートを貸す癖……つけさせないでくださいませ、蓮様……

 そんなことをすれば、女子が味をしめてしまいます)


 自分で思って、はっとする。

――いや、こんなの嫉妬じゃない。

 蓮の身を守るための合理的な判断。うん、そう、ただそれだけ。

 だが、次の瞬間。


女子E「神谷くん、これ見てくれる?」


蓮「いいよ。えっと、……あ、ここが――」


 女子Eの指と、蓮の指がかすかに近づいた。

 美桜の胸がギュッッッと軋む。


(……近い!!! 近すぎますわ……!)


 ノートの端が少しだけ震えた。

 その震えを見た女子Bが声を潜めて囁く。


「美桜さんってさ、落ち着いてるよね……」


 落ち着いてる?

 ――外側だけです!!!


 放課後。

 蓮が帰るタイミングを狙う女子たちが廊下の曲がり角に集まりはじめた。

 下校前の“蓮争奪戦”の空気。


(……これは、好ましくありませんわね)


 美桜は教科書を胸に抱え、

 蓮の数歩後ろに自然に付き添う。

 そして――さりげなく、一言。


「蓮様、少し急ぎませんと……帰り道が混雑いたします」


「え? あ、そうなんだ。じゃあ行くか」


 ただの気遣いに見えるが――

 誘導ルートは完璧に計算済み。


・女子が少ない廊下

・人通りの少ない階段

・自動販売機の横を通らない角度

・女子が陰に潜む地点は事前に回避


 すべて“美桜の蓮センサー”によりスキャン済み。


 蓮が歩き出すと、予定通り、女子たちは声をかけ損ねる。


「あれ? 今日ぜんぜん呼び止められなかったな」


「奇跡的に、女子の少ない動線でしたから」


 美桜は穏やかに笑う。

……もちろん、“奇跡”じゃない。


(奇跡? そんなものではありませんわ。

 すべて――計算どおりです)


 蓮はそんなこと露ほども知らず、

「美桜のおかげで助かったよ」と微笑む。

 その言葉だけで、美桜の胸がふわりと温かくなる。


(……ずるい方)



 屋敷の玄関に足を踏み入れた蓮を、完璧なメイドが迎える。


「お帰りなさいませ、蓮様」


 差し出されたタオルの距離が、普段より少し近い。

 蓮が手を伸ばせば触れそうな距離。


「美桜、今日もありがと」

「蓮様のためなら当然でございます」


「……それにしても、美桜ってさ」

「ん?」


「俺が疲れてるの、よく気づくよな」


 美桜は一瞬だけ目を丸くした後、

ふわりと柔らかい微笑みを浮かべる。


「はしたない冗談ですけれど……

 蓮様が“誰と何分話したか”、全部――」

「……え?」


「ふふ、嘘ですわ」

……嘘じゃない。


 そのまま屋敷の空気、部屋の温度、照明の明るさ、香り。

 すべて蓮の好みに合わせて調整されている。


(蓮様が疲れを見せる時は、決まって“女子との接触回数”が多い日……)


 言わないけれど、全部分かっている。

 こっそり把握している。

 メイドの仕事は、徹底が基本である。

……いや、徹底しすぎていると言えなくもないが。



 夜、美桜の部屋。

 美桜は静かな机に向かい、

一日の“蓮様接触記録”を淡々とまとめている。


(本日:

 話しかけた女子……七名

 ノート貸出……三回

 雑談……五回

 疲労度……中プラス)


 美桜はペンを置く。


「……許容範囲を超えていますわね」

 ぽつりと零れた声は、冷静で淡々としているが――

 感情の底は静かな濃い色。

 無表情のまま、ペン先が机を軽く“コツ”っと叩く。


(これ以上増えるのは……好ましくありませんわ)


 彼女にとってこれは“報告書”だ。

 蓮の安全のため。

 蓮の気力のため。

 蓮の心のため。


――そして多分、一番は。

 独占欲のため。



 蓮の部屋の前。

 ノックしようとした手が、わずかに震える。

 深呼吸。

 一度、二度、三度。


(会いたい……でも、メイドとして節度を。

 けれど……もう少しだけ近くに)


蓮「美桜? どうぞ、入っていいよ」


 扉を開けると、蓮が机に向かっていた。

 美桜は歩み寄る。

 いつもより一歩だけ近い距離で。


「今日も助かったよ、本当に」

 蓮のその言葉に、胸の奥が熱くなる。

 思わず、ぽつり。


「……蓮様、そのお言葉は……ずるいですわ」

「え?」

 

 ハッとし、美桜はすぐに控えめな笑みを浮かべる。


「いえ。……メイドとして当然のことです」


 蓮は不思議そうに首を傾げる。

 美桜はその視線がくすぐったくて、

目を伏せたまま微笑む。

 ほんの少し、距離が縮んだ夜だった。



 翌日。

 蓮が教室に向かう途中、

女子Aが勢いよく声をかけようとした。


「蓮くん、昨日の――」

 その瞬間、すっと横に影が滑り込む。

 美桜である。

 にっこり笑って――しかし目だけが笑ってない。


「申し訳ありません。

 蓮様は“今朝は早めに教室へ向かわれる”予定ですので」


女子A「そ、そうなんだ……」


 予定?

――美桜が勝手に決めた予定である。

 さらに、にこっとしたまま追撃。


「勉強は……ご自身で頑張られるのが一番ですもの」

女子A「っ……!」

 見事に撃退。


「あれ……美桜? なんか今日テンション高くない?」


「ええ、とても。蓮様が“守られている”と思うと」


(誰にも触れさせませんわ……蓮様は、私が守ります)



 放課後。

 二人で歩いていると、蓮が言う。


「美桜……最近、なんか距離が近くない?」


美桜は涼しい顔で微笑み、

「気のせいですわ。私はいつも通り――

 “蓮様のすぐそばに”おります」


「いや、近いよ!? 近いって!」


美桜は少しだけ頬を染め、

しかし微笑みは崩さない。


「蓮様をお守りするのが……私の務めですので」


(近づく者がいれば……全部、遠ざけますわ)


 静かで、しかし確かな狂気を秘めた笑顔で美桜は蓮の隣を歩き続けた――。

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