表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/15

第3話 脚本逆転 ― 寝取り役、ヒロインを救う

朝の光が、アカディア学園の窓を照らしていた。

教室に入ると同時に、神谷蓮は――空気の重さで悟った。


「……うん、今日も俺、空気より重い存在っぽいな。」


周囲の視線が痛い。

目を合わせた女子たちはすぐに視線を逸らし、

男子たちは妙に距離を置いて話している。


机の上には誰かが置いたメモ。


連、会長と屋上で何してた?



まるで週刊誌の見出しみたいだ。

思わず天を仰ぐ。


「なんもしてねぇよ……。風、感じてただけだよ……。」


――生徒会長・桐生由奈との屋上での口論が、いつの間にか密会扱いで広まっていたのだ。


男子Aが椅子を引きながら笑いながら言う。

「神谷、また会長に手ぇ出したんだろ!?」


神谷は机に顔を伏せた。

「出してねぇ! 出されたんだよ! ……言い方違うけど!」


女子Bが呆れ顔で言う。

「被害者ヅラやめて! その言い方がもうプレイボーイ!」

「俺がどんなジャンルに分類されてんだ!?」


教室が笑いに包まれる。

……でも、笑いの温度が違う。

本気で笑ってるというより、警戒を隠してる笑いだった。

教師でさえ、注意を避けるようになっていた。


「神谷を怒らせると何をされるか分からない」


そんな噂が、校内に根を下ろしている。


彼はただ、ため息をつく。


(悪役のイメージって、消えないんだな……。)




放課後。

夕陽の光が教室の床を赤く染めていた。

神谷が鞄を背負おうとしたそのとき、廊下のざわめきが耳に届く。


「なぁ聞いた? 朝霧玲奈あさきり・れいな、彼氏と別れたらしい。」

「また神谷が近づくんじゃね?」

「やめろよ、フラグ立てんな……!」


神谷はピクリと肩を動かした。


(いやいや、立てるな。立てんなよフラグを。)


玲奈は2年B組で演劇部の人気者、気が強いが真っ直ぐなタイプ。

神谷も面識はあった。

だが今日の彼女は、廊下の隅でうつむき、

目を真っ赤にしていた。


「……玲奈、大丈夫か?」

声をかけた瞬間、周囲の空気が凍る。


(しまった……見た目が“口説き”にしか見えねぇ……!)


玲奈は驚いたように顔を上げ、涙を拭った。

「……神谷くん。平気……だよ。」

その“無理してる笑顔”が、どうしようもなく気になった。


「話、聞くくらいならできるけど?」


そう言うと、玲奈は小さく息をのんだ。

彼の声には“軽さ”がないことに気づいたのだ。

そして――ほんの少しだけ、頷いた。




夕方の風が、屋上のフェンスを揺らしていた。


玲奈は膝を抱えて座り、

「彼、もう私のこと嫌いなんだと思う」と呟いた。


神谷は隣に腰を下ろし、

フェンス越しに沈む太陽を見つめる。


「喧嘩の原因、なんだった?」

「……私が、舞台の相手役と練習してたら、

“距離が近すぎる”って怒られて。

ちゃんと説明すればよかったのに、

私もムキになっちゃって……。」


神谷は静かにうなずいた。

「よくある話だな。」


「でも、もう話せない。

謝りたいけど、怖いの。

裏切ったって思われるのが。」


神谷は腕を組み、しばらく考えた。


「……誰かを裏切ったと思ってるなら、謝れよ。

逃げたまま終わるほうが、ずっと苦しい。」


玲奈が顔を上げる。

「でも……私、どう言えば――」


「言葉はあとでいい。

 会いに行くこと自体が、もう答えだから。」


その言葉に、玲奈の頬を涙が伝った。

やがて、彼女は立ち上がる。


「……うん、行ってくる。」


神谷は軽く笑い、背を向けた。

「行けよ。まだ間に合うだろ。」


走り去る足音が消えたあと、

風だけが屋上に残る。


「……本の筋書き、少し書き換えたかな。」

呟いた声は、どこか誇らしげだった。



屋敷へ戻ると、夕暮れの中、

メイド服の美桜が玄関前で待っていた。


「……お帰りなさいませ、蓮様。」

「ただいま。そんな怖い顔すんなって。」


美桜は視線を逸らしながら言う。

「学園で、また噂になっていましたよ。

 神谷連が演劇部の女子と屋上にいたと。」


「……あー……そういう方向に広まるのね、やっぱり。」


「否定なさらないのですか?」

「否定しても、信じてくれない人の方が多いからな。」


美桜の手が、わずかに震えた。


(また……誰かのために動いて……。

優しいのに、周りはそれを誤解する。)



彼女の胸の奥には、

かつての神谷への複雑な想いが残っている。

それでも、今目の前にいる彼は――

どこか違って見えた。


「……今日は、笑ってお帰りですね。」

「まぁ、人助けのつもりで動いたら、

 ちょっとは救われた気分になった。」


(あなたは壊す人じゃなく、救う人になりたいのですね。)




美桜は口には出さず、

ただ、少し柔らかく頭を下げた。



夜。

静まり返った部屋で、神谷は机に向かっていた。

ノートを開き、書き殴るようにペンを走らせる。


裏切りを選ぶことは、愛を信じることを諦めた者の逃避である


それは原作『愛と裏切りの庭』の一節だった。


神谷はペンを止め、呟く。


「……俺、逃げてたのかもな。

悪役のせいにして、自分を守ってた。」


窓を開けると、夜風がカーテンを揺らした。


「どんなに弁解しても、“寝取り役”ってレッテルは剥がれない。

でも、せめて“誰かを壊さない”生き方をしてみたい。」


その背後で、ふと人の気配がした。

カーテンの隙間から、屋敷を見つめる影。


それは――生徒会長、桐生由奈だった。

静かに彼の部屋を見つめ、

瞳に複雑な光を宿していた。


(神谷連……あなた、いったい何をしようとしているの?)





翌朝、教室がざわついた。


「なぁ、聞いた? 朝霧玲奈、彼氏と仲直りしたって!」

「えっ、マジ? 神谷が原因じゃなかったのか?」

「むしろ神谷、相談乗ってたらしいぞ。」


「はぁ!? あの神谷が!?」


神谷は机でパンをかじりながら、ため息をついた。

「……なんか、違う方向に話が進んでる気がする。」


一部の女子の表情が、少しだけ和らいでいた。

危険な男から、謎に優しい問題児へ――


評価が、ほんのわずかに揺らぎ始めたのだ。


だが本人は、その変化に気づかないまま。


「結局、どっちに転んでも誤解されるんだな……。」


廊下の隅で、それを見つめていた桐生由奈が、静かに微笑んだ。


(優しいあなたなんて、ずるい……。)


学園の朝のざわめきの中で、

新しい“物語の気配”が動き出していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ