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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第30話 奪う女

 ショッピングモール前の噴水広場。

 土曜の昼下がり、人の波と陽光のきらめき。

 朝霧玲奈は、友人との待ち合わせに少し早く来ていた。

 スマホをいじりながら、噴水の音に耳を傾けていた。


「……暑いなぁ。アイス買っとけばよかったかも」


 そんな何気ない独り言の後――

 ふと視線の先で、見慣れた横顔を見つける。

 黒髪の青年。柔らかく笑って、誰かと話していた。


「――……神谷、くん?」


 口から漏れた名前に、自分でも驚く。

 視線の先にいたのは、神谷蓮。

 そして、その隣に――水瀬恵。


 二人は肩を並べて歩いていた。

 恵が笑い、蓮が照れくさそうに頭をかく。

 そして、恵が差し出したソフトクリームを、蓮が受け取ろうとして――指先が触れ合う。


 その瞬間、玲奈の時間が止まった。


「……なんで、あの子と?」


 噴水の水音が遠ざかっていく。

 視界の中で、二人だけが鮮明に見えた。


 気づけば、玲奈の手が勝手に動いていた。

 スマホのカメラアプリを開き、シャッターを切る。


 ――カシャ。


 音に、はっと我に返る。


「……撮るつもりなんて、なかったのに」


 画面の中で、二人は笑っていた。

 手を伸ばし合い、まるで世界に二人きりみたいに。


 喉の奥が、ひどく乾いた。


――あの約束、どうして覚えてるんだろう。


 玲奈の脳裏に、一ヶ月前の光景がよみがえる。


 舞台は繁華街のカフェ。休日の昼下がり。

 ショーウィンドウに映る自分は、あの頃まだ“恋人がいた女”だった。

 席の向かいには――偶然出会った神谷蓮。


「偶然っていうより、運命かもね?」


 あのとき、玲奈は笑って言った。

 白いブラウス、淡いベージュのスカート。休日仕様の私。

 彼が一瞬だけ見つめてたのを今でも覚えている。


「一人? よかったらカフェ入らない? ちょうどお昼食べようと思ってたの」


「助かる。家のご飯、絶賛ストライキ中でな」

「え、それ家庭内バグ?」


「いや、メイドが俺を無視してる」

「……メイド?」


 思わず吹き出した。

 彼のこういうところが、好きになってしまう理由だと、当時は気づけなかった。


 カフェの中、紅茶の香り。

 テーブル越しの会話は、どこかあたたかかった。


「ねえ、神谷くん。彼氏とさ、ちょっとすれ違ってて……」


「怒る前に、ちゃんと伝えたほうがいいよ」

「伝えたら、嫌われない?」

「伝えないほうが、きっと離れる」


 彼の言葉が胸に残った。

 あの優しい瞳に、嘘はひとつもなかった。


 そして、帰り際。

 雑踏の中で振り返って言った。


「……彼氏と別れるから、待っててね」


 神谷の目が見開かれる。

 けれど、返事はなかった。


 沈黙のまま、彼は立ち尽くしていた。

 玲奈はそれでも笑って、言葉を続けた。


「次はちゃんと、デートしよっか」


 その約束を、信じていた。

 ――今日、見るまでは。



 現実に引き戻されたのは、噴水の水しぶきだった。


 蓮の隣で笑う水瀬恵。

 手に持つアイス、肩に寄せる距離感、

 あの人の笑顔を、もう私は知らない。


「……ほんと、約束なんて信じるだけ無駄だったんだ」


 呟きながら、スマホを見つめる。

 画面の中の二人が、胸の奥を締めつける。


「“次はちゃんとデートしよう”って……言ったのに」


 一瞬、涙がこぼれた。

 でも、すぐに指で拭った。


「泣いたら負け。泣いたら、終わりだから」


 それは舞台で学んだ教え。

 観客の前で涙を見せるのは、最後の瞬間だけ。

 だから、今はまだ泣かない。

 心の奥で燃える何かが、そう命じていた。

 玲奈はベンチに腰を下ろし、

 カメラロールをスワイプした。


 ――そこに映っていた。


 神谷蓮が笑っていた。

 私の知らない笑い方で。


「……そんな顔、私の前では一度も見せなかったくせに」


 噴水の音が、やけに遠く聞こえる。

 通りすぎるカップルの笑い声も、今はただのノイズ。


 スマホの画面がぼやける。

 涙のせいだと気づいて、慌てて瞬きをする。


 そのとき、通知が震えた。

 友人からのLI〇E。

 ――「ごめん!10分遅れる!」


 ……逃げ場がなくなった。

 この場所に、心を置き去りにしたまま。

 ふと、気づけば神谷たちが近づいていた。

 玲奈は反射的に顔を背ける。


 でも――遅かった。


 目が、合った。


 一瞬。ほんの一瞬だけ。

 神谷の足が止まる。


 その目に、迷いの色が浮かぶ。


 けれど、水瀬恵がそっと袖を引いた。

 「行こ?」と微笑む声が届く。


 そして、彼はそのまま――行ってしまった。


「……見なかったことにする。だって、もう他人だもん」


 そう言葉にした瞬間、胸の奥が軋んだ。

 涙がにじむ。

 けれど、泣かない。泣けない。


 だって、泣くのはまだ早い。

 このまま終わりにはできない。



 夜。

 玲奈の部屋。


 机の上には、撮った写真が映るスマホ。

 照明を落とした部屋に、その光だけが残る。


「……彼氏と別れたら、今度はデートしよう」

 ――あの日、自分の声が蘇る。


 玲奈は写真を削除しようとする。

 でも、指が止まった。


「消したら……本当に終わっちゃう気がする」


 スマホを伏せ、両手で顔を覆う。

 静かな部屋に、自分の呼吸音だけが響いた。


「ねぇ、蓮。

 あの約束、まだ心のどこかで信じてたんだよ」


 そして、ふと鏡を見る。

 そこには、涙で濡れた自分の顔。

 ――でも、その瞳の奥には、別の色が宿っていた。


 冷たい、決意の色。


「……いいよ。泣くのは、ここまで」


 玲奈は髪をかき上げ、鏡の前に立つ。

 唇にリップを引き、表情を整える。


 舞台で何度も練習した、“完璧な笑顔”を作る。


「水瀬恵。あんた、知らないでしょ?

 本気で演じる女の怖さを」


 スマホを手に取り、写真を見つめる。


「この写真も使える。

 演出でも、噂でも、きっかけでも――」


 その声は、まるで女優の台詞のように澄んでいた。


「演技でもいい。嘘でもいい。

 奪うまで、私はヒロインでい続ける」


 その瞬間、彼女の表情に“涙”ではなく“炎”が灯る。


「――覚悟しなさい、神谷蓮」


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