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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第29話 シャッター越しの恋

 窓の外では、遠くの校舎の灯りがかすかに瞬いていた。

 机の上には、文化祭で撮った写真。

 その中心に写っている―

神谷蓮、朝霧玲奈のふたり。

 二人の顔が、まるで映画のワンシーンみたいに輝いて見える。

 あの劇《白薔薇の誓い》のラストシーン。

 舞台の照明が落ちる寸前、玲奈が蓮にキスをした瞬間。

 観客席で見ていた水瀬恵は、息を呑んだ。

 照明の光が眩しくて、拍手の音がうるさくて。

 なのに――心の中では、なにも聞こえなかった。

 ただ胸の奥が、ぎゅっと痛くなった。


「……ずるいよ、玲奈さん」

 小さく呟いた声が、自分でも情けなく聞こえる。


 スマホの画面を点ける。

 そこに保存されているのは、以前撮った“練習撮影”の写真。

 カメラを構える自分に向かって、蓮が照れくさそうに笑っている。

 その笑顔が、ふと胸を熱くする。

 ――でも、もう黙ってられない。


「……次は、あたしから攻める番だから」


 鏡の前でそう呟いた恵の瞳は、ほんの少し強く光っていた。

 嫉妬じゃない。

 悔しさでもない。

 これは、恋の反撃。

 彼を奪いにいく覚悟の、はじまりだった。



 街に、柔らかい朝の風が吹いていた。

 肩からカメラを下げ、恵は軽く息をついた。

 鏡の前で散々迷ったメイク。

 リップを塗り直したのは、これで三回目。


(落ち着け、水瀬恵……。ただの撮影、撮影……デートじゃない……たぶん。)


 前方に、見慣れた後ろ姿。

 黒髪が少し跳ねていて、歩き方が少しだけ不器用な男子。


「……神谷、いた」


 恵は小走りで駆け寄る。

 気づいた蓮が、振り返った。


「おー、水瀬。おはよ。なんか、いつもより気合い入ってね?」

「へ? そ、そんなことないし! 普通だし!」

「いや、メイク……ちょっと派手め?」

「ちょっ、見るなっ!」


 思わず頬を押さえる。

 すでに顔が熱い。

 ……作戦開始から秒で崩壊の危機。


 それでも、ここで退くわけにはいかない。


「ねえ神谷、今日さ――また撮影してくれない?」


 蓮が目を瞬かせた。

「撮影? また脅されるやつか?」

「ち、違うってば! 今回はちゃんとした撮影なの! ……“デート練習撮影”!」


 その瞬間、蓮が固まった。

 沈黙、数秒。


「……今、なんて?」

「だーかーら、“練習”! 練習なんだからね!」

「練習って……それ完全にデートって言わない?」

「言わないのっ! 撮影なのっ!」


 ぷい、と目をそらす。

 内心は、もう爆発寸前。


(うわーん、恥ずかしい! なんで言っちゃったの私っ!)


 蓮は笑いながら肩をすくめた。


「まあいいけど。で、場所は?」

「ちゃんと考えてある。ショッピングモールと河川敷」

「……完全にデートコースだな、それ」

「うるさいっ!」


 通路の並木の間を、二人の影が並んで伸びていく。

 その光景だけで、恵の胸は少し高鳴っていた。


 

 ショッピングモール前の噴水広場は、人と笑い声と光であふれていた。


「……ここ、けっこう混んでるな」

 カメラを肩にかけた神谷蓮が、少し眉をひそめた。


「うん、でも光がすごく綺麗なの。今日、撮影には最高の日だよ」


 水瀬恵はそう言って、レンズキャップを外す。

 風で髪が揺れ、陽光がその頬を柔らかく照らしていた。

 ――けれど、彼女の心臓はドラムみたいに鳴っていた。


(やば……ほんとにデートしてるみたい……。違う、撮影……撮影だってば……!)


 構図を確認するふりをしながら、チラリと神谷の横顔を盗み見る。

 淡い日差しの中で笑うその表情は、数日前より少し穏やかで――少しだけ近い。


「なあ、水瀬」

「ん?」

「なんか、今日……雰囲気違うな」

「へっ!? え、な、なにが!?」

「うーん……なんか、カメラ女子ってより、デートに来た女の子っぽい」


 ズバァン、と心に突き刺さる一言。

 恵は思わずレンズを両手で隠した。


「そ、そんなことないし! ただ……ただの撮影なんだからっ!」

「はいはい、撮影ね」

 蓮は悪戯っぽく笑ってみせた。


(うわぁぁぁ、何その顔! やめてそういうの! かっこいいんだから!!)


 心の声を必死に押し殺しながら、恵はシャッターを切る。


 ――カシャ。

 ファインダー越しの神谷蓮は、笑っていた。

 その笑顔が、まるで心の奥を覗き込んでくるみたいで、シャッターを押すたび胸が熱くなる。


「なあ、水瀬」

「なに?」

「ちゃんと、俺のこと……撮れてる?」

「え? な、なによ急に」

「いや、なんか……カメラ越しに、すげぇ真剣な顔してたから」


 恵は焦って視線を逸らした。

「そ、そりゃ真剣に撮るでしょ!? 被写体が……えっと……いい顔してるから!」

「おお、それは褒められた」

「ち、違う! そういう意味じゃ――」


 その瞬間、人の流れが押し寄せてきた。

 土曜の人混み。

 買い物袋を持った人たちが押し寄せ、恵の身体がふらりとバランスを崩す。


「――危ない!」


 ぐいっ、と腕を掴まれた。

 気づけば、神谷の手が恵の手をしっかりと握っていた。

 人混みの中、指先が絡むように繋がっている。

 ほんの一瞬、時間が止まったようだった。


「……大丈夫か?」

「う、うん……」


 神谷は気まずそうに手を離した。

 だが、その温もりは指先に残り続ける。

 まるで心臓に染み込んでいくように。


(だめだ……近い。息が……こんなの、写真なんか撮れないよ……)


 頬が熱くて、レンズが曇りそうだった。



 モールを抜けて、二人は川沿いの公園へと向かった。

 午後の光が柔らかく、風が草の匂いを運んでくる。


「ここ、穴場なんだ。夕方になるとすっごく綺麗なんだよ」

「へぇ、よく知ってんな」

「写真部の聖地だから」


 誇らしげに言う恵の姿に、神谷はふっと笑った。


「……なんか、水瀬らしいな」

「なにそれ、どういう意味?」

「いや、“好きなこと”やってる顔、いいなって思っただけ」


 唐突な言葉に、恵の心臓がどくんと鳴る。

 思わず足を止め、彼を見上げた。

 逆光で少し眩しいその瞳に、自分が映っている気がした。


(やめてよ……そんな優しい顔、ずるいよ……)


「神谷くん」

「ん?」

「……笑ってるときのほうが、かっこいいよ」

「は? 今度はお前が急にどうした?」

「な、なんでもないっ!」


 慌ててカメラを構え直し、逃げるようにシャッターを切る。

 カシャ、カシャ――。

 でも、どの写真にも蓮の笑顔が入っている。

 そして、そのたびに心の奥がくすぐったくなる。

 撮影の合間、二人はベンチで休憩した。


「ほら、飲めよ。歩きっぱなしで疲れただろ」

 神谷がペットボトルを差し出す。


「ありがと……」


 キャップを開ける音が静かに響いた。

 ふと、隣から視線を感じる。

 神谷が、恵の持つカメラを覗き込んでいた。


「お、これ俺?」

「そ、そう。今日の写真……見てみる?」

「どれどれ……」


 液晶モニターに並ぶのは、笑ってる神谷、真面目な神谷、手を伸ばしている神谷。

 彼自身も驚いたように息を呑んだ。


「……水瀬、笑ってるとき、めっちゃ綺麗じゃん」


 その一言に、恵の世界が一瞬止まる。


「なっ……なに言ってんのよ急にっ!」

「いや、ほんとに。自然な笑顔。撮る側も楽しそうに見える」

「そ、そんなの……言わなくていい……!」


 顔を真っ赤にしてうつむく恵。

 神谷はそんな彼女を見て、少しだけ優しく笑った。


「なあ、水瀬。俺さ、あの文化祭の時……玲奈に頼まれて舞台に出ただけなんだ。」

「……うん、知ってる」

「でも……あのときのこと、なんか気まずくてさ。だから、今日こうして笑ってくれて、助かった」

「……へ?」

「お前と話してると、空気が軽くなる」


 言葉が自然に落ちる。

 恵はその意味を噛みしめながら、胸の奥でそっとつぶやいた。


「そんなこと言われたら……もう、勝てる気しかしないじゃん」


 風が吹く。

 髪が揺れる。

 シャッターがまた一度、切られた。

 ファインダーの中。

 神谷蓮が笑っていた。

 それは、恵が初めて見た“素の笑顔”だった。



 陽が傾き始める。

 川面がオレンジに染まり、空には少しずつ夜の色が混じっていく。

 二人の影が、ゆっくりと並んで伸びた。


「なあ、水瀬」

「なに?」

「今日の撮影、けっこう楽しかった。」

「……そ、そう?」

「うん。俺、写真苦手だと思ってたけど、お前とならアリかも」

「そ、それって……どういう意味?」

「“撮られるのも悪くない”って意味だよ」


 ふっと微笑む蓮に、恵の心拍数は限界突破した。

 あの日、文化祭で感じた嫉妬。

 胸を締めつけた苦しさ。

 それらすべてが、今は淡く、心地よい熱に変わっていた。

 レンズ越しに見た笑顔が、何度も頭の中でリピートする。

 そして、心の中で小さく呟いた。


「次は……もっと近くで撮りたいな」


 風が、やさしく頬を撫でた。

 シャッターが、また一度、静かに鳴った。


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