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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第26話 最後の告白

 放課後の校舎に、雨上がりの光が差し込んでいた。

 濡れた廊下が夕陽を反射し、淡いオレンジ色に染まっている。

 その光の中を、日向勇気はひとり、足音を響かせて歩いていた。


 ――もう、逃げない。

 玲奈と別れたあの日から、胸の奥で何度もそう繰り返してきた。

 そして今、彼が向かうのはひとりの少女のもと。


 桐生里奈。

 かつて自分の心を掴んで離さなかった、あの冷静で、優しい眼差しをした少女。


 勇気は拳を握りしめる。

 あのとき、素直に気持ちを伝えていれば。

 あのとき、嘘で自分を飾らなければ。

 そうすれば、玲奈も、里奈も、あんな顔をしなくて済んだのかもしれない。


 ……でも、もう戻れない。

 だからせめて、終わりにしたい。

 偽りではなく、本当の自分の言葉で。


 生徒会室の前。

 静かな廊下に、紙をめくる音が響く。

 書類を抱え、桐生里奈が一人で立っていた。

 その横顔は、変わらず落ち着いて、けれどどこか遠い。


 勇気は、息をのんで声をかけた。


「……里奈、話がある!」


 彼女がゆっくりと振り返る。

 その黒い瞳が、真っ直ぐ勇気を射抜いた。


「日向くん。玲奈さんは?」


 短い問い。

 けれどその声の奥に、何かを確かめようとする響きがあった。

 勇気は、ほんの一瞬、喉が詰まる。

 それでも、逃げずに答えた。


「……別れた」


 その言葉に、里奈の表情が、わずかに――ほんのわずかに揺れた。

 それは“安堵”でも“驚き”でもない。

 ただ、何かを飲み込むような淡い影。


「……そうですか」


 彼女はそれだけ言って、また視線を書類に戻した。

 いつも通りの冷静な顔。

 けれど勇気の胸には、チクリと痛みが走る。


(――あの頃の、笑ってくれた君じゃない。)


 彼女の微笑みが見たくて、あんな馬鹿なことをしたのに。

 それで失ったものは、取り返しがつかないほど大きかった。


 勇気がもう一歩近づこうとすると、

 里奈は静かに背を向け、歩き出した。


「……ついてこないでください」


「待ってくれ、話を最後まで聞いてくれ!」


「最後にするつもりです」


 その一言に、勇気は足を止めた。

 ――最後。

 その響きが、胸の奥に沈んでいく。


 結局、彼女は立ち止まらず、校舎裏へと続く階段を降りていく。

 勇気も黙ってその後ろを追った。


 外に出ると、雨上がりの風が頬を撫でた。

 中庭の木々が、しずかに揺れている。

 空には薄い雲が残り、夕陽がその間から滲んでいた。


 ベンチの前で、里奈が足を止めた。

 彼女は書類を胸に抱えたまま、振り返らずに言う。


「……話すなら、ここで」


 勇気は深く息を吸い、隣に座る。

 空気が重い。

 沈黙の中、蝉の声さえ遠く感じた。


(どうせもう届かない。それでも――言わなきゃ。)


 勇気は、拳を握りしめて言葉を探す。

 喉が乾いて、声が出づらい。

 それでも、目を逸らさずに言った。


「……玲奈と付き合ったのは、里奈……お前が他の誰かに笑いかけるのが、怖かったから」


 夕陽がゆっくりと沈む。

 その光の中で、彼の声は小さく震えていた。


「本当は、最初からお前が好きだった。でも――俺は、素直になれなかった。

 “優等生の桐生里奈”の隣に立てる自信なんてなかったんだ。

 だから、玲奈を利用して……お前に、嫉妬してほしかった」


 自分で言いながら、吐き気がした。

 どれほど醜い理由だろう。

 玲奈を傷つけ、里奈を裏切り、それでも“自分は傷つきたくない”と逃げてきた。


 里奈はしばらく黙っていた。

 そして小さく、ため息をつく。


「……あなたは、“恋”じゃなくて、“承認”を求めてたんですね」


 その声は冷たいようで、どこか優しかった。

 非難ではなく、事実としての言葉。

 けれど、それが何よりも痛かった。


 勇気は頷いた。


「ああ、そうだよ。

 俺は誰かに“必要とされたい”だけだった。

 でも、そのせいで……全部壊した。玲奈も、俺自身も」


 風が、木の葉を揺らす音が響く。

 その静寂の中で、里奈はゆっくり立ち上がった。


「……気づけたなら、それで十分です」


 背を向けたまま、彼女は言う。

 夕陽が彼女の髪を照らし、淡く光る。


「でも、今の私には、もう受け止められません」


「……だよな」


 勇気はかすかに笑った。

 涙が滲んで、視界が歪む。

 彼女の背中が、ほんの少しだけ震えて見えた。


 里奈が歩き出す。

 その足音が、だんだんと遠ざかる。

 勇気はただ、それを見送るしかなかった。


 ――これで、終わりだ。

 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと痛んだ。


 里奈が中庭を出ようとしたそのとき、勇気は最後の一言を絞り出した。


「ありがとう……俺に、本気で向き合ってくれたの、お前だけだった」


 彼女は振り返らなかった。

 ただ、小さく声だけを返した。


「もう二度と、嘘をつかないでくださいね」


 その言葉は、優しい刃のように胸に突き刺さった。

 そして、彼女はそのまま去っていった。


 夕風が吹き抜け、木々の葉が揺れる。

 勇気はその背中を見送りながら、ポケットの中の“白薔薇の茎”を握りしめた。


 花はもうない。

 けれど、その茎はまだ彼の手の中に残っていた。

 あのときの、玲奈の涙と共に。


(やっと本音を言えたのに、届かない。

 でも――言えたこと自体が、俺にとっての救いだった。)


 夕空を見上げると、雲の切れ間に、薄く虹がかかっていた。

 雨上がりの、ほんの短い奇跡。


 勇気は小さく笑った。


「……もう一度やり直せるなら。次は、嘘のない恋をしたい」


 風が頬を撫で、白薔薇の花びらが一枚、どこからか舞い落ちた。

 それが勇気の肩に触れ、すぐにまた風に乗って空へと消えていく。


 その光景を見つめながら、彼は立ち上がる。

 もう、泣かない。

 もう、逃げない。


 たとえ誰かに笑われてもいい。

 本音で生きていく、それが自分の償いだとわかったから。


 沈みゆく夕陽の下。

 勇気は、濡れたベンチに手を置き、深く息を吸い込んだ。

 そして、小さく呟いた。


「――さよなら、桐生」


 その声は、雨上がりの空へと溶けていった。


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