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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第24話 雨に消える白薔薇

 放課後の校舎は、薄灰色の雨に包まれていた。

 窓ガラスを叩く細い雨粒。

 湿った空気。

 遠くで雷の音がくぐもって聞こえる。


 演劇部の部室。

 舞台が終わって1日目の午後。

 照明は落とされ、机の上には濡れた台本と一輪の白薔薇が置かれていた。


 玲奈はその花をそっと見つめ、ため息をつく。

 神谷蓮が隣に座り、ノートパソコンに舞台の映像を映しながら言った。


「ここのシーン、君が泣いたとき、照明が偶然うまく入った。まるで映画みたいだった」


 玲奈は苦笑する。

「偶然でも……うれしいです。みんなが一緒に作った舞台だから」


 窓の外で雷光が一閃。白い光が二人を一瞬照らす。

 神谷は目を細めた。


「……玲奈。君、本番で一瞬セリフを変えただろ?」

「え?」

「“もう好きじゃない”の前に、ほんの一拍、間を置いた。演出にはなかった。あれ、狙ってた?」


 玲奈は小さく首を横に振る。

「狙ってなんかないです。……でも、言葉が出なかったんです」

「本気で泣いてた、ってことか」


 神谷の言葉に、玲奈は小さく笑った。

「かもしれませんね。でも、それも含めて“演技”だから」


 柔らかく笑うその顔は、晴れ間のように静かだった。

 その瞬間――部室の扉の向こうで、影が止まる。


 扉越しに立つのは、日向勇気。

 濡れた制服、息を潜めたまま、二人を見つめている。


 窓を打つ雨音が、急に強くなった。


 扉の取っ手が、カタンと鳴った。

 次の瞬間、勇気が勢いよく部室に入ってきた。


 神谷が驚いて振り返る。

「勇気? どうしたんだ、そんな濡れて……」


「楽しそうだな」

 勇気の声は低く、冷たい。

「演出の反省って、そんなに笑うもんかよ」


 玲奈が立ち上がる。

「……勇気くん?」

「……答えろよ」


 神谷が口を開きかけたが、勇気が一歩踏み込んで遮った。

「黙れよ、神谷。……お前が“舞台の婚約者”なら、俺はなんだったんだ?」


 玲奈の手が震えた。

「そんな言い方、しないで……」

「じゃあ、どう言えばいいんだよ。俺は、あの舞台で――お前の涙、全部“本物”だと思ってた」


 勇気の声が、雨音よりも荒く響く。

 目の奥には、嫉妬と痛みが混ざっていた。


「俺の前であんな笑顔、見せたことないくせに!」


 玲奈は小さく唇を噛みしめた。

「……ごめん」

「謝るなよ! ……そんな顔で、謝るなって……」


 沈黙。

 窓の外で雷鳴が轟き、蛍光灯が一瞬だけちらつく。


 神谷は深く息を吐き、静かに台本を閉じた。

「……俺は先に帰る。二人で話せ」


 そう言い残し、神谷は傘を手に部室を出た。

 扉が閉まる音が、やけに遠くに聞こえる。


 残されたのは、勇気と玲奈だけ。

 雨の音が、まるで拍子のように二人の間を刻んでいた。


 玲奈は俯きながら、小さく呟いた。

「私ね、演技してるときだけ……勇気くんに近づける気がしてた」

「……なんだよ、それ」

「素直になれなくて。台本の中なら、勇気くんに“好き”って言える気がした」

「……そんなの、ズルいだろ」

「うん。だから、もう終わりにしなきゃね」


 玲奈は顔を上げた。

 その瞳にはもう、涙も怒りもなかった。ただ静かで、決意の光だけが宿っていた。



 ドアの外から、傘の音がした。

 ゆっくりと扉が開く。そこに立っていたのは桐生里奈。


 傘の端から、雨粒が床に落ちる。

「……聞こえちゃった」


 玲奈が驚いて振り返る。

「桐生さん……」

「ごめん、途中から。でも、見てられなかった」


 勇気は眉を寄せ、苛立ちを隠さない。

「悪いけど、今は――」


 だが、里奈は一歩前に出た。

 その表情は穏やかだが、瞳の奥は真剣だった。


「あなた、彼女の“演技力”を一番信じてたはずでしょう?」


 勇気は言葉を失う。

「……信じてたよ。でも今は……演技か本音か、もうわかんねぇよ……」


 玲奈が小さく息を吐いた。

 微笑んだその顔には、もう迷いがなかった。


「それでいいよ。信じてくれなくても、私は……ちゃんと、演じきれたから」


 里奈が玲奈の肩に手を置く。

「……玲奈。あんた、本当はまだ――」

「言わないで。もう、舞台は終わったの」


 その言葉で、すべてが終わった。

 部室の時計がチクタクと静かに鳴る。

 雨音が、それを包み込んでいた。



 玲奈は鞄を手に取り、静かに立ち上がった。

 ドアの前で、一度だけ振り返る。


「……ありがとう、勇気くん。最後まで、支えてくれて」

「待てよ、玲奈。まだ話は――」

 勇気が言いかけた瞬間、玲奈は微笑んだ。


「もう大丈夫。私、ちゃんと“終われた”から」


 そう言って、彼女は部室を出た。

 廊下の窓から差し込む光は、雨で白く滲んでいる。


 玲奈は傘を開こうとして――ゆっくり、閉じた。

「……これでいい。泣くのは、今だけ」


 彼女は鞄の中から台本を取り出す。

 そして、ゆっくりと破いた。

 破れた一枚を勇気に差し出す。


「これ、返すね」


 紙片には、最後のセリフが書かれていた。


『――永遠の誓いは、ここで終わる。』



「これ……どういう意味だよ」

 勇気の声が震える。


 玲奈は目を伏せたまま、静かに言った。

「ごめんね。もう、好きじゃないの」


「嘘だろ……?」

「ほんとのことなんて、誰にも分からないよ」


 その言葉のあと、玲奈の目から涙が零れた。

 けれど、それすらも“演技”のように美しかった。


 勇気は何も言えなかった。

 ただ、その背中を見つめることしかできなかった。


 玲奈は傘を差さずに、雨の中へ歩き出す。

 校門へ続く長い坂道。

 制服の裾が濡れ、髪が頬に貼りつく。


(玲奈・心の声)

「これでいい。終わりは綺麗なほうがいいから」


 その姿を、廊下の陰で美月が見ていた。

 唇を噛み、震える声で呟く。


「……あの人、本当はまだ、勇気のこと……」


 返事は、雨がさらっていった。



 玲奈が去ったあと、部室の机には一輪の白薔薇が残されていた。

 花弁がしずくを吸い、ゆっくりと崩れていく。


 勇気はそれを手に取り、ただ見つめる。


(勇気・心の声)

「……俺の中じゃ、まだ終わってねぇよ」


 だがその言葉は、誰にも届かない。


 雨音の中、白薔薇の花弁が一枚――床に落ちた。


 ――花言葉は「純潔」、そして「別れの誓い」。

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