表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/30

第20話 ガラス越しの微笑

放課後の講堂。

 夕陽がカーテンの隙間から差し込み、埃の粒が金色に浮かんでいた。


 日向勇気は、積まれた小道具の箱を抱えながらぼやいた。


「……演劇部って、こんなに荷物あったっけ」


「文化祭直前だもん。演出も衣装も、全部詰まってるの」


 箱の向こうで、朝霧玲奈が笑う――はずだった。

 けれどその笑みは、どこか薄い。

 まるで貼りつけた笑顔みたいに。


 勇気は箱を降ろして、首をかしげた。


「おい、玲奈。最近、元気ないな。神谷となんかあった?」


 彼女の指が一瞬止まる。けれどすぐに、いつもの調子で返した。


「ううん。ちょっと、疲れてるだけ。……“演技”に、ね」


「演技? おいおい、役に入りすぎてるだろ」


 冗談めかして言うと、玲奈は唇をかすかに歪めた。

 それは笑みか、それとも……溜め息の代わりか。


「……そうかもね。恋人役って、意外と難しいのよ」


「は? そんなの、お前にしては珍しいな。

 どんな役でも笑ってやってたじゃん」


「今回は、ちょっと違うの」


「違う?」


「……ううん。気にしないで」


 言葉を断ち切るように、玲奈は箱を抱えて立ち上がった。

 夕陽が背中を染め、細い肩の輪郭が金に光る。


 ――その横顔を見ながら、勇気の胸にひっかかるものがあった。

 彼女の笑顔は確かに綺麗なのに、どこか“空っぽ”に見えた。



 数分後。

 玲奈の姿が見えなくなって、勇気は妙に落ち着かず中庭に出た。


 ベンチの端に腰を下ろす玲奈の背中が見える。

 スマホの画面をぼんやり見つめていて、まるで別の世界にいるようだった。


「……なあ、玲奈。俺、なんかした?」


 沈黙。

 玲奈は指先を止めず、静かに答えた。

彼女は小さく首を振る。

その笑顔は、いつもより優しいのに、どこか遠い。

「ううん。むしろ、してくれなかっただけ」


「……は? なんだよそれ。俺、宿題のことか?」


「ふふ、違うよ。……何でもない。ただ、ちょっとだけ――期待してたのかも」


 玲奈はゆるく笑い、視線を逸らした。

 その笑顔に、勇気の言葉が詰まる。


「……お前、最近変だぞ。らしくねぇ」


「“らしくない”って、どういうの?」


「いつも明るくて、冗談飛ばして……あの朝霧玲奈、どこ行ったんだよ」


「じゃあ、見つけてよ。――あの子、今どこにいるんだろうね」


 玲奈は立ち上がり、肩越しに微笑んだ。


「明日のリハ、ちゃんと来てね。……本番、近いんだから」


 そう言い残し、風のように去っていく。

 残された勇気の胸には、彼女の言葉が“トゲ”のように残った。


 ――してくれなかっただけ。

 それは、何を“してほしかった”のか。




 夜の生徒会室。

 窓の外には街の灯り。机の上には文化祭の書類が山のように積まれていた。


「ふう……あと予算の修正だけね」


 桐生里奈はペンを置き、伸びをした。

 そのとき、隅に置かれた黒いノートが目に入る。


 表紙には白いマーカーで書かれた一文――

 《“恋人役”ノート》。


 見覚えのある筆跡。朝霧玲奈の字だった。


 開くつもりはなかった。けれど、手が勝手にページをめくる。


 そこには演技メモがびっしり書かれていた。

 台詞の練習、呼吸法、そして最後のページ。


 ――《勇気に“罪悪感”を残す。最後の表情は“笑顔”。》


「……罪悪感? どうしてそんなものを、演技に?」


息が詰まる。

まるで脚本ではなく、“別れの設計図”のようだった。

その瞬間、里奈の胸に重い痛みが走る。

彼女はゆっくりノートを閉じ、拳を握りしめた。


(泣かせたくない――でも、嘘もつけない)


 里奈は小さく息を飲んだ。

 “恋人役”という脚本の裏に、玲奈自身の想いが透けて見える。

 その言葉の意味に、里奈はゆっくりとページを閉じた。


「……朝霧さん、あなた、何を抱えてるの?」


 指先でノートを撫でながら、心の奥で何かがざわめく。

 “罪悪感”という単語に、彼女自身もまた少しだけ胸が痛んだ。



 夜の廊下。

 蛍光灯の光が、ふたりの影を長く伸ばしていた。


「桐生、また残業か。ほんと真面目だな」


 神谷蓮が笑いながら声をかける。


「あなたもでしょ。演劇部の助っ人なんて、頼まれたら断れない性格ね」


「玲奈のやつ、昔同じ部だったんだよ。頼まれたら断れなくてな」


「そう……昔、ね」


 わずかに笑って、里奈は視線を逸らした。

 神谷の言葉に、どこか刺さる響きがあった。


「明日は見に来てくれよ、里奈。お前がいないと締まらない」


「……生徒会長ですから。当然、見届けます」


 神谷が去っていく背中を見送りながら、里奈は息を吐いた。


「どうして、彼はいつも気づかないの……

誰かの“想い”にも、自分のにも。」


 微かな嫉妬と、哀しみと、決意が同居するため息だった。



 夜の図書室。

 静まり返った空間で、ページをめくる音だけが響く。


 美月はノートを閉じ、窓の外を見上げた。

 玲奈の涙――その光景が頭から離れなかった。


「あの人は、誰を見てたんだろう。

勇気くんを好きなまま、別の人を思ってるみたいな……そんな笑顔。」


 彼女の声は、誰にも届かない。

 ページの隅に、小さな文字が書き足される。


 ――《“演技じゃない笑顔”って、どんな顔なんだろう》。


 ペン先がかすかに震える。

 それは、彼女自身の想いの形でもあった。


(……お兄ちゃん。あの人を、本当に好きなの?)


胸の奥がきゅっと締めつけられる。

いつも明るい彼女が、初めて“恋の痛み”を知った夜だった。




 深夜十一時。

 玲奈の部屋。鏡の前に立つ彼女は、舞台衣装のドレスを着ていた。


 肩で息をしながら、台詞を口にする。


「“私、もう好きじゃないの”」


 ――声が震えた。

 すぐに舌打ちするように息を吐く。


「違う。もっと冷たく……もっと“本気”で言わなきゃ。

じゃないと、あの人は気づかないままだから。」


「“私、もう好きじゃないの”」


彼女は台本を開き、声を出す。

何度も、何度も。

それは台詞ではなく、祈りのようだった。


「……うん、完璧」


微笑む唇の端が震える。

鏡越しに映る自分へ、彼女は静かに問う。

 

その声は澄んでいた。

 でも――鏡の奥の瞳は、静かに滲んでいた。


「ねぇ、これでいいよね? 勇気くん――」


鏡の向こうの“自分”は、何も答えなかった。

ただ、ガラスの中で微笑むその顔が、静かに涙をこぼしていた。




 夜明け前。

 校舎の屋上で、桐生里奈は一人、薄紅色の空を見上げていた。


「彼女が流す涙の理由が、勇気くんなら――

私は、それを止める側になる。」



 風が髪を揺らす。

 生徒会長としての理性と、一人の少女としての心がせめぎ合う。


「舞台の幕が上がる前に、もう一度だけ――

本音を言う勇気を、見せてよ。

日向勇気。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ