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俺、もう寝取りしません。でもヒロインが止まらない  作者: 源 玄武(みなもとのげんぶ)


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第2話 恋と憎しみ― メイドの嫉妬とヒロインの接近

アカディア学園――。

チャイムが鳴るより少し早く、神谷連はアカディア学園の門をくぐった。

まだ朝の光が眩しい時間。

――なのに、廊下の空気はすでにざわついていた。

今日も2年A組の空気は、ひとりの男子を中心に回っている。


神谷蓮かみや・れん


その名前を出すだけで、女子たちのテンションと男子たちのため息が同時に上がる。


「ねえ見て、神谷くん今日もネクタイ曲がってない。完璧すぎない?」

「いや、近づかない方がいいって。泣かされた子、また一人増えたらしいよ」

「え、でも昨日、図書室で女の子にハンカチ渡してたって! 優しくない?」

「優しいっていうか、あれは“餌付け”よ。危険人物って話だし!」


耳に飛び込んでくる噂の数々。

 ――全部、俺の名前がついてるのが問題だ。

また、噂の内容は毎日アップデートされる。

昨日は「屋上でキスされた子がいた」とか、「神谷くんの家にメイドがいる」とか。


――後者は事実だ。

だが、それを知る者は少ない。


神谷は苦笑しつつ教室のドアを開けた。

瞬間、空気が“ひゅっ”と引き締まる。まるで犯罪者が入ってきたみたいに。


神谷は机に突っ伏しながら、小さくため息をついた。


「おはよう、神谷くん」

「……お、おう」


 挨拶してくれる女子の笑顔は柔らかい。

 が、隣の席の男子は

「お前、また昨日もやらかしたのか」みたいな目で見てくる。


 ――つまり、

俺は「一部の女子に人気があり」「一部の女子に警戒され」「男子からは敵視されている」らしい。


(……人気と恐怖が同居って、どういうキャラ設定だよ俺)


彼の目の前では、男子たちが腕を組んで睨んでいる。


「また女子に囲まれてやがる」

「しかも今朝なんて、下駄箱に手紙20枚だぞ。ホラーかよ」

「本気でヤバいって。あいつ、絶対何か裏ある」


(……裏も表もない。ただ“設定”が勝手に動くだけだ)


神谷は窓の外を見上げた。

穏やかな空の下、心の奥にある違和感だけがざわつく。

この世界の“脚本”は、いつも彼を“危険な男”に仕立て上げる。

まるでそうすることが、この世界の理であるかのように。


そんなとき――

教室のドアが開いた。


「おはよう、みんな」


生徒会長・桐生由奈きりゅうゆなが、颯爽と入ってきた。

栗色の髪が陽の光にきらめき、完璧な笑顔を浮かべている。


「神谷くん」


彼女はためらいもなく神谷の机の上に、小さな包みを置いた。

淡いピンク色のリボンで結ばれた――手作りクッキー。


「おはよう、神谷くん。昨日の続き、放課後――屋上でね」

そう言い残して、すれ違いざまにウィンク。

 教室の空気が、凍る。


……沈黙。

次の瞬間、教室の空気が凍りついた。


「つ、続き……?」

「放課後?」

「屋上!? まさか告白!?」

「また一人、神谷の餌食が……!」


女子たちの目が一斉に神谷へ向く。

男子たちは「終わったな」という顔をしている。


「ちょ、ちょっと待って由奈会長!? その“続き”って何の!?」

「ふふ、秘密。放課後、ちゃんと来てね?」


笑顔のまま去っていく由奈。

その背中を見送る神谷は、半分以上“虚脱状態”だった。


(やめろ、“続き”とか言うな! それ誤解しか生まねぇ!)


 神谷は頭を抱えた。


放課後が、地獄になる予感しかしなかった。




放課後のチャイムが鳴る少し前。

校門前の人だかりがざわめいた。

「……なに、あの子。メイド服?」

「本物のメイドさん!?」

「映画の撮影?」


そこに立っていたのは、黒髪を丁寧にまとめた一人の女性。

黒のロングスカート、白のエプロンに日傘。姿勢はまっすぐ、どこか冷ややかな微笑みを浮かべている。


神谷家専属メイド――美桜みお


「連様、放課後はまっすぐお帰りを」


整った声が響くと、周囲の視線が一気に神谷に集まった。


「……美桜、来なくていいって言ったのに」

「お迎えはメイドの務めです。ご主人様がどこにいても」


その口調は穏やかだが、瞳の奥は冷ややかだ。

神谷が口を開くより早く、美桜は淡く笑った。


「……今日はどの彼女とご予定ですか?」


「いや、その……今日はちょっと生徒会長に呼ばれてて――」


美桜の笑顔が、すっと陰を帯びた。


「また“彼女”ですか」

笑顔のまま、声が低くなる。


「か、彼女って! ちがうちがう! 誤解だって!」


「誤解――そうでしたね。あなたは“誤解させる天才”ですから」


 背筋が凍る。

 笑顔なのに、声音が冷たい。

 それはもう“執事の微笑”ではなく、“取立て屋の声”だった。


「寝取りは、人として最低です」

 

「何回言うんだそのセリフ!? てか俺まだ誰も寝取ってねぇ!」


(しかも“寝取り”って単語が公共の場でデカすぎるんだよ!)


周囲の生徒がざわつく中、神谷は必死に弁明した。

だが、美桜の視線は変わらない。

冷静な微笑みの裏で、感情が静かに揺れていた。


(どうしてそんな言い訳ができるの……?)


――私を抱いた夜のこと、忘れたフリをして。

彼女の胸の奥に沈む記憶は、誰にも知られていない。





夕焼けの空。

神谷は渋々、屋上の扉を開けた。


風が頬を撫でる。

柵のそばに桐生由奈が立っていた。

髪をなびかせ、夕陽を背にして微笑む。


「来てくれたのね、神谷くん」


「……断れる雰囲気じゃなかったからな」


軽口を叩く神谷に、ユナは小さく息を吐く。

その目は、どこか切なげだ。


「ふふ。あなたって噂通り、優しいのね」

「……どんな噂だよ」

「私、知ってるの。あなたが“危険”な人だけど、惹かれる男よ」


「いや、危険じゃないから! むしろ被害者寄り!」

「でも――惹かれるの」


その言葉に、神谷の動きが止まった。

風が二人の間を抜けていく。


「あなたといると、世界が……変わる気がするの。

 まるで、脚本が書き換えられていくような」


「……俺が書き換えてるつもりはないけどな」


「そういうところも、危険なの」


ユナは一歩近づき、そっと彼の顔を見上げる。

その距離、わずか十数センチ。


「神谷くん……あなたに抱かれた時の夢を見るの。何度も」


神谷の思考がフリーズした。


「い、いや、夢って! 現実じゃないよな!?」

「……どうかしら?」


真剣な瞳。

ユナが小さく笑い、不意打ちで神谷の頬に唇が触れた。

その瞬間、背後から風が吹き込んだ。

視線を向けると、屋上ドアの影。そこに――美桜がいた。


「……蓮様」


 冷えた声。

 風に揺れるメイド服。

 夕焼けの中で、その瞳だけが淡く潤んでいた。


 ユナが小さく首をかしげる。


「あら、あなたは……」

「お迎えに上がりました。――ご用件は終わりですか?」


 二人の視線が交錯する。

 火花が散る音が、幻聴ではなく本当に聞こえた気がした。




夜。

 屋敷の玄関を開けた瞬間、美桜が立っていた。


「……今日もお疲れ様です、“神谷様”」


 “様”の部分が微妙に鋭い。


「いや、その、誤解だってば。屋上で話してただけで――」


「話していただけ。ええ、見ていました。彼女があなたの腕を掴んで、キスしていたのを」


「……それは、その……」


「何も説明できないのですね」

静かな声の奥に、微かな震えが混じる。

 怒っているのか、悲しいのか――神谷には分からなかった。


「……また、抱くつもりですか?」


「ちょ、まって! 誤解だってば!」

「誤解? では私が見たのは何だったのでしょうか。」


神谷は言葉を失った。

美桜の声は淡々としているのに、手は小さく震えていた。


「あなたが誰を想おうと、止める権利はありません。

 でも、私は、あなたに忠誠を誓ったつもりです。でも――」


言葉が途切れた。

美桜の指が、小さく震えた。

一瞬、彼女の瞳が潤む。


「私は、許せません」


その一言に、神谷は何も返せなかった。

罪悪感でも、恋でもない。もっと深く、複雑な感情が胸に重くのしかかる。


(……美桜、何でそんな顔するんだよ)


「あなたが誰を抱こうと……私は、きっと――」


声が震える。

美桜は唇を噛み、言葉を発した。


「あなたを信じていたのに」


 ぽつりと落ちた言葉。

 神谷の胸の奥で、何かがチクリと痛んだ。


「……ごめん」


 短いその一言に、美桜は目を伏せた。

 そして小さく頭を下げる。


「失礼いたします。少し、頭を冷やしてまいります」


そして、誰にも聞こえないほど小さく呟く。

(……でも、もう一度だけ……抱かれたい。

そんな自分が、一番許せない……)


去っていく背中は、いつもの完璧な姿勢のままだった。

 けれど、ドアの影で“袖口を握りしめる”手を、神谷は見逃さなかった。



夜更け。

 神谷は洗面台の鏡を見つめていた。


「……もう何が現実で、何が小説かわかんねぇ」


そのとき、鏡の中の“自分”が微笑んだ。

 まるで別人のように冷たい笑みで。


『面白いな。嫉妬も愛も、全部お前の快楽になる』


「黙れ……俺はそんなこと、望んでねぇ」


『無駄だ。この世界の脚本が、そうできてる。

 お前は“寝取り役”――惹かせ、奪い、壊す存在だ』


「……違う。俺はもう、誰も傷つけたくない」


『傷つけたくなくても、物語は進む。お前が抵抗しても、世界は“恋と裏切り”を望むんだ』


鏡の表面に、由奈と美桜の姿が映る。

笑顔と涙。愛と憎しみ。


『選べよ。どちらを抱く?』


神谷は拳を握りしめ、低く呟く。


「……どんな脚本だろうと、俺は“寝取り役”なんかじゃない」


その瞬間、鏡が静かに曇った。

まるで、世界の“書き手”が息を呑んだように。




翌朝。

 屋敷の玄関に立つと、美桜が待っていた。


「おはようございます、蓮様」


「お、おう……昨日は、ごめんな」


「いえ。お気になさらず。私の方こそ――少し、言葉が過ぎました」


 柔らかい笑顔。

 でも、どこか距離がある。

 その微妙な空気に、神谷は胸がざわついた。

その中に言葉にならない想いがあった。

神谷が背を向けると、美桜は小さく胸に手を当てた。


「……いつか、もう一度だけでいい。

“あなたに抱かれた理由”を思い出させて――連様」


風が吹く。

光が、彼女の頬をかすめて消えた。


神谷はその声を聞かぬまま、学園へと歩き出す。

彼の知らぬところで、歪んだ恋と宿命の糸は、静かに絡み始めていた。



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