第九十五話「女剣士オルテンシア」
オークの群れの話をガルドから聞いた翌日の朝、俺は村の入り口付近を歩いていた。
昨夜は結局、オークの群れは他の冒険者たちが退治してくれたため、俺の出番はなかった。
新しく得た予知輪の能力を試す機会を逸してしまったのが残念だったが、平和が一番だ。
そんなことを考えながら歩いていると、村の入り口に見慣れない人影が見えた。
女性のようで、剣を背負っている。
冒険者か、それとも旅人だろうか。
「おい、そこの下民!」
その女性が俺を見つけて大声で呼びかけてきた。
声が大きくて、かなり偉そうだ。
「俺のことか?」
女性は20歳前後に見える。
金色の髪を後ろで束ねていて、凛とした美人だ。
でも、その表情は傲慢そのもので、俺を見下すような視線を送ってくる。
少し怖い…という第一人称だ。
「そうよ、あなたよ、あなた」
女性が顎をしゃくって命令口調で言う。
「この村にオークが出るって聞いたのだけど、どこにいるのか案内しなさい! 今すぐよ!」
「オーク?」
「昨夜、他の冒険者が退治したはずだが」
「はあっ!? もう倒されたですって!?」
女性が信じられないという顔で叫ぶ。
「アタシがわざわざこんな辺境まで足を運んであげたのに!
ありえないわ! どういうことなの!?」
「君は冒険者なのか?」
「オーク退治に来たのか?」
「当たり前でしょう!」
女性が胸を張って大声で言う。
額に指を置いて何かを思い出そうとしている。
名前…ということはないだろう。
もし名前だったら俺はどんな反応をすればいいかわからない。
「アタシは…えーっと」
女性が自分の名前を言いかけて、つまずいた。
…まじか。
「オルテ…オルテンチ…オルテンシ…」
何度も噛んで、顔が真っ赤になる。
「オルテンシア・フォン・レー…レーヴェ…レーベン…レーヴェン!」
長い名前を噛みまくって、最後は怒鳴るように言い終えた。
「貴族の名前だな」
「フォンが入ってるということは」
「そうよ! アタシは高貴なる貴族様よ!」
オルテンシアが鼻を高くして言う。
「下民のあなたなんかとは格が違うんだから!
ひれ伏しなさい!」
でも、その直後に表情が少しだけ暗くなった。
「…まあ、今は元貴族だけどね」
小声でぼそっと呟く。
その表情からは寂しさを感じた。
「元?」
「何があったんだ?」
「魔神にやられたのよ!」
オルテンシアが悔しそうに、でも大げさに叫ぶ。
魔神は恐ろしい。
実際にあった人目線で話すと、あいつら人ではない。
いや、実際人族ではないやつもいるが。
心が人ではないという意味だ。
「領地も家族も、全部あの野郎が! 許せないわ!」
心臓が跳ね上がった。
「魔神?」
緊張して聞く。
「その魔神の名前は?」
「テレサ…テレサス…テレサスニカ! そうよ、テレサスニカって奴よ!」
オルテンシアが名前を噛みながら答える。
「気さくな感じの男だったけど、とんでもない化け物なんだから! アタシが許さないわ!」
愕然とした。
テレサスニカ。
昨日俺に予知輪の能力をくれた、あの人族の魔神だ。
彼は俺には友好的だったが、オルテンシアの家族を殺しているのか。
…友好的か?
「あいつ、やばいやつじゃん」
「何か言った?」
オルテンシアが聞き返す。
「いや、何でもない」
「それで、君は復讐のために?」
「復讐なんて無理に決まってるでしょう!」
オルテンシアが開き直って言う。
「相手は魔神なのよ! バカじゃないの!?」
「だから、アタシは強くなって、いつか必ず仕返ししてやるの! それまでは修行よ、修行!」
「それで、オーク退治?」
「当然でしょう!」
オルテンシアが胸を張る。
でも、その後に少し困ったような表情をする。
「ところで…オークって何?」
「は?」
覇気のない声が漏れる。
あまり漫画の知識がない俺でも知っている、メジャーな種族だぞ?
箱入り娘っていう線もあるか。
「オークを知らないのに、退治に来たのか?」
「だって、強そうな名前じゃない!」
「名前が強そうなら強いに決まってるでしょう!
アタシの判断に間違いはないわ!」
呆れた。
オークがどんな魔獣かも知らずに退治に来るなんて、無謀すぎる。
「オークは豚の頭をした二足歩行の魔獣だ」
説明する。
昔、倒したことがある。
エリカと二人きりだったから死ぬかと思った。
彼女が乾いた木で発火させるという機転がなければ、今の俺はいないかもしれない。
感謝しかない。
「凶暴で、集団で行動する」
「ふーん」
全く聞いていない様子で適当に相槌を打つオルテンシア。
情報がもつ真の恐ろしさを彼女は知らないのだ。
「それで、どのくらい強いの? アタシより強いの?」
「個体としては、そこそこの実力だが、
群れで襲ってくるから危険なんだ」
「なーんだ、そんなの楽勝じゃない」
オルテンシアがドヤ顔で言う。
その顔に心底むかついた。
「アタシにかかれば一瞬よ、一瞬! 見てなさい!」
思い切って聞いてみることした。
「君、もしかして読み書きできないのか?」
失礼かもしれないがこれは彼女のためでもある。
もしこの先一人で生きていくなら、生きていく術が必要だろう。
特に文字を読めなければ何もできない。
この世界では識字率は低いが、貴族なら普通は読み書きできるはずだ。
レオナルドは貴族だから読み書きができる。
言っちゃ悪いが、リリーやルーシーなどの平民出身の人間はできない。
それが俺の中の常識だった。
「できないわよ! 当たり前でしょう!」
オルテンシアがあっけらかんと、しかも誇らしげに答える。
「そんな面倒くさいこと、アタシがする必要ないもの! 使用人にやらせればいいのよ!」
「でも、今は使用人いないだろう」
「う…うるさいわね!」
オルテンシアが怒って俺の肩を叩く。
痛い。
結構力がある。
「余計なこと言わないの!
アタシに恥をかかせないで!」
「魔獣の情報とか、文書で調べないのか?」
「面倒くさいじゃない! そんなの!」
オルテンシアが大声で答える。
「実際に戦ってみれば分かるわよ!
アタシは天才なんだから、見ただけで全部分かるの!」
この女性はかなり頭が悪い。
それもドがつくほどに。
貴族の出身なのに読み書きできないなんて、相当だ。
しかも、相手の情報も調べずに戦いに挑もうとしている。
危険すぎる。
「君、一人でオーク退治は危険だ」
心配して言った。
この後死なれたら後が悪い。
「俺も一緒に行こう」
「はあ? 何言ってるの?」
オルテンシアが驚いて、でも嬉しそうな顔をする。
ちょろい。
「あなたみたいな下民が、アタシに同行したいですって?
まあ、仕方ないわね! 特別に許可してあげるわ!」
明らかに一人で不安だったのだろう。
顔がほころんでいる。
「ただし! アタシの荷物を持つこと! あと、アタシが疲れたら背負うこと!
分かった!?」
「荷物は持つが、背負うのは無理だ」
「むー! 使えない下民ね!」
オルテンシアが頬を膨らませる。
その様子だけは可愛いと思った。
黙っていれば可愛いのかもしれない。
俺たちは村の外へ向かった。
昨夜オークが出現したという場所を探してみるが、既に倒されているので手がかりは少ない。
でも、森の奥の方で新しいオークの足跡を発見した。
「これは新しい群れかもしれない。
気をつけよう」
「アタシに任せなさい!」
オルテンシアが剣を抜く。
美しい剣だった。
おそらく、貴族時代の家宝なのだろう。
両親からもらったものだと考えたら、涙が出てくる。
それが最後の贈り物だと考えたら尚更だ。
森の奥へ進んでいくと、案の定オークの群れに遭遇した。
5匹ほどいる。
昨夜の群れとは別の集団のようだ。
「来たわね! いい度胸じゃない!」
オルテンシアが戦闘態勢を取る。
俺も瞬刃ブリンクを抜いて構える。
でも、その前に新しい能力を試してみたくなった。
「予知輪」
右手で輪を作って覗く。
右手が疼く。
瞬間、10秒後の未来が見えた。
オルテンシアが華麗な剣技でオーク5匹を一瞬で切り倒している光景だった。
「うそだろ」
驚いた。
一人で5匹同時に倒すなんて、相当な実力者だ。
俺は絶対にできないとして、エリカは…でき、いや、あいつはできるか。
俺より強いし。
そして、予知輪で見た通りの展開が起こった。
「剣技:雷光一閃!」
オルテンシアが技名を叫んで剣を振るう。
一瞬の閃光のような動きで、5匹のオークが同時に切り倒された。
まさに、予知輪で見た通りの光景だった。
「どうよ! 見た!? 見たでしょう!?」
オルテンシアが最高のドヤ顔で俺を見る。
胸を張って、鼻を高くして、完全に得意満面だ。
「すごいでしょう! アタシの実力、分かった!? もっと褒めなさい! ほら、早く!」
「確かにすごい
…頭は悪いが、剣の腕は本物だな」
「ふふん! 当然よ! アタシは天才…って、ちょっと待ちなさい!」
オルテンシアが突然怒り出す。
何か言ってはいけない言葉でもあったか?
無意識のうちに怒らせてしまったらしい。
「頭が悪いって何よ! 今、頭が悪いって言ったわね!?」
バシッ!
俺の肩を叩く。
「痛っ」
「謝りなさい! 今すぐ!」
「すまん」
「ふん! 分かればいいのよ!」
オルテンシアがすぐに機嫌を直す。
「それで、褒めたわよね? もっと褒めなさい! 具体的に!」
「君の剣技は見事だった」
仕方なく褒める。
すぐ気が立つ以外は実際にすごいところしかない。
いや、頭も悪いか。
「速くて、正確で、無駄がない」
「その通りよ! その通り!」
オルテンシアがさらにドヤ顔になる。
「アタシは天才なんだから! もっともっと褒めていいのよ!」
調子に乗りやすい性格のようだ。
俺は、お礼として何かしてあげようと思った。
造形魔法で、簡単なフィギュアを作ってみよう。
「土の精霊よ、我が意志に従い美しき姿を現せ『造形魔法:クラフエイト』」
魔法を発動する。
オルテンシアをモデルに、小さなフィギュアを作り上げる。
剣を構えたポーズで、凛々しい表情をした彼女の姿だ。
「これは? 何これ?」
オルテンシアが目を丸くする。
「すごい! すごいわ! これ、アタシ!? アタシそっくりじゃない!」
彼女がフィギュアを手に取って、あちこちから眺める。
流石に俺のこだわりには気づいてない様だ。
「すごい! すごい! かっこいい! 美しい! アタシって本当に美人ね!」
完全に自画自賛している。
まともな貴族であるレオナルド。
頭のおかしい貴族であるオルテンシア。
家柄や生まれも違うが同じ家族の共通点があるはずだ。
どこでこんなに差がついたのだろう?
「こんなことができるの!? 下民のくせに!」
「造形魔法だ」
「土や石を操って、形を作る魔法だ」
「すごいわ! すごいわ!」
オルテンシアが感動している。
「アタシにも教えなさい! 今すぐ!」
「教えて欲しいなら、まず読み書きを覚えろ」
魔法には才能と読解力がある。
魔導書に書かれている魔法を読み取らなければ、魔法は使えない。
俺も解釈に2日かかったことがある。
この世界の文字は少し異なることも関係あるが、普通に内容としては難しい。
まるで眠い時の国語の授業の様に感じれる。
「魔法理論を理解するには、文字が読めないとダメだ」
「はあ!? 読み書き!?」
オルテンシアが大げさに嫌そうな顔をする。
「面倒くさい! 超面倒くさい! 無理! 絶対無理!」
「じゃあ、魔法は教えられない」
「う…うぅ…」
オルテンシアが悩む。
「でも、この魔法は覚えたいわね…」
「じゃあ、頑張って勉強するか?」
「…仕方ないわね」
オルテンシアが渋々答える。
「特別に、アタシが勉強してあげるわ。感謝しなさい!
アタシが勉強するなんて、めったにないことなんだから!」
俺は、この女性と知り合えて良かったと思った。
頭は悪いし、傲慢で、すぐ怒るし、調子に乗りやすいが、剣の腕は確かだし、根は悪い人じゃない。
テレサスニカの被害者でもあるし、何かしら手助けしてあげたい。
それに、予知輪の能力も確認できた。
10秒後の未来を正確に予知できる。
これは戦闘で大いに役立ちそうだ。
ただ、魔力消費が激しいのが問題だが。
「それで、あなたの名前は?」
オルテンシアが俺に聞く。
「拓也だ」
「拓也桐谷」
いつも思うが名前と苗字を反対にいうのは慣れない。
けど、そうしないと俺の名前がキリタニになってしまう。
それは避けたい。
「タクヤね」
オルテンシアが俺の名前を呼ぶ。
「覚えたわ。でも、アタシのことはオルテンシア様って呼びなさい! 分かった!?」
「長い名前だから、オルちゃんって呼んでもいいか?」
「オルちゃん!?」
オルテンシアが考える。
「ふざけないで!
アタシをちゃん付けで呼ぶなんて!
様をつけなさい! オルテンシア様よ!」
「様はつけないぞ」
「オルちゃんでいいだろう」
「むー! むー!」
オルテンシアが不満そうに頬を膨らませる。
バシッ! バシッ!
俺の肩を何度も叩く。
「痛い痛い」
「謝りなさい!」
「分かった、分かった」
でも、結局オルちゃん呼びは受け入れてくれた。
俺たちは村に戻って、今後のことを相談することにした。
オルテンシアには宿がないようなので、とりあえず俺の家に泊まってもらうことになった。
「当然よ! アタシを泊めてあげるなんて光栄でしょう! 感謝しなさい!」
エリカやルナ、クロエにも紹介しなければならない。
また家族が増えそうだ。
でも、それはそれで楽しみだった。
オルテンシアのような個性的な人がいると、家が賑やかになりそうだ。
「そういえば」
オルテンシアが思い出したように言う。
「タクヤって、もしかして有名人?」
「有名人?」
「なぜそう思うんだ?」
「だって、魔王軍の幹部を倒したって噂があるもの」
オルテンシアが記憶を頼りに話し始める。
「偶然の勇者って呼ばれてるって、アタシも聞いたわよ」
「ああ、そんな噂もあるな」
苦笑いするが心臓はバクバクだ。
誰がそんな噂を流したんだ?
アレンか?
ルビーか?
絶対に莉央はないだろう。
これ以上噂を広められても困る。
だから現状維持で行こう。
「でも、全部偶然だ」
「ふーん。まあ、アタシより弱そうだけどね」
オルテンシアがドヤ顔で言う。
「でも、アタシも強くなりたいから、いろいろ教えなさい! 魔法とか、戦術とか!」
「剣技なら、俺より君の方が上手だと思うぞ」
魔法もオルテンシアが読み書きできたら、すぐに追い抜かされそうだ。
その未来が思い浮かべようとするが、失敗する姿しか見えない。
さっきの発言は前言撤回しよう。
「でも、魔法や戦術なら少しは教えられるかもしれない」
「当然よ! アタシは剣の天才なんだから!」
オルテンシアがドヤ顔で胸を張る。
「これで、アタシはもっともっと強くなるわ! 見てなさい!」
新しい仲間ができたことを嬉しく思った。
もう一度言う。
オルテンシアは確かに頭は悪いし、傲慢だし、すぐ調子に乗るし、怒りっぽいが、真っ直ぐで良い性格をしている。
家族のみんなも、きっと受け入れてくれるだろう。
そして、テレサスニカについても、もう少し情報を集める必要がある。
彼が本当に悪い魔神なのか、それとも何か事情があるのか。
オルテンシアから詳しい話を聞いてみよう。
新しい出会いが、また俺の人生を変えていくかもしれない。
でも、それも悪くない。
仲間が増えるのは、いつだって嬉しいことだ。
たとえその仲間が、頭の悪い元貴族で、すぐに調子に乗って、怒ると殴ってくる女剣士だとしても。




