表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/152

第九十一話「リリーの暗い想い」


―リリー視点―


 タクヤが意識を取り戻してから三日が経った。

 完全回復とはいかないものの、みんなと普通に会話できるほどには良くなっている。


 わたしの部屋で療養しているタクヤのところには、連日たくさんの人がお見舞いに来てくれる。レオナルド、ヴァル、アリシア、クロウ。


 そして、クロエちゃんも毎日のように来ている。

 でも、わたしの胸の奥では、何かが鋭いナイフのようにキリキリと痛んでいた。タクヤが回復してくれて嬉しいはずなのに、どうして心がこんなに苦しいのだろうか。


 いえ、分かっている。原因は明白だ。

 あの女が毎日来るからだ。


「タクヤくん、今日の調子はいかがですか?」


 クロエちゃんが優しくタクヤに声をかけいる。

 彼女はタクヤのベッドの横に座って、心配そうに顔を覗き込んでいた。


 その光景を見ているだけで、わたしの心臓が嫉妬で黒く染まっていく。


 なんで彼女がそこにいるの?

 なんでわたしじゃないの?


「おかげさまで、だいぶ楽になった」


 タクヤがクロエちゃんに微笑みかる。


「君が毎日来てくれるから、心強いよ」

 

 その微笑み。その優しい声。

 本来ならわたしだけに向けられるべきものを、あの女に向けている。


 わたしの手が、無意識に握りこぶしを作る。爪が掌に食い込んで、血が滲んでも気づかない。


「そんな、ボクは何もできていませんけど」


 クロエちゃんが謙遜します。


「ただそばにいるだけで」


 何もしていない?

 冗談でしょう?


 あなたはタクヤの心を盗んでいるじゃないの。

 わたしのタクヤを。わたしだけのタクヤを。


「それが一番嬉しいんだ」

 

 タクヤがクロエちゃんの手を握った。

 その瞬間、わたしの頭の中で何かが壊れる音がする。


 ぐしゃり、ぺきぺき、ばらばら。


 理性という名の薄っぺらい殻が、嫉妬という炎で焼かれて崩れ落ちていく。


 なんで? 

 なんでタクヤはクロエちゃんにそんなに優しいの? なんでわたしじゃダメなの?


 わたしがいたからタクヤは助かったのに。わたしが最初に見つけて、わたしがアリシアちゃんを呼んで。わたしが一番長い時間、タクヤのそばにいたのに。


 血まみれで倒れたタクヤを抱きしめて、泣きながら「死なないで」って叫んだのはわたしよ?

 血だらけになった手でタクヤの傷を押さえたのはわたしよ?


 それなのに、何もしなかった人を愛するの?

 ねぇ、どうして? どうして? どうして?


 わたしの頭の中で、同じ言葉がぐるぐると回り続ける。まるで壊れたオルゴールのように、不協和音を奏でながら。


「リリーちゃん、大丈夫?」


 クロエちゃんが心配そうにわたしを見ます。


「顔色が悪いみたい」


 悪いに決まってるでしょう?

 あなたのせいでわたしの心が死にそうなのよ?


「大丈夫かな」


 わたしが作り笑いを浮かべる。その笑顔は、まるでガラス細工のように脆くて危険だ。


「ちょっと疲れただけかな」


 でも、心の中では嵐が吹き荒れていく。

 タクヤだって、わたしの告白を受け入れればよかったのに。妻が三人いるなら、もう一人くらい増えても問題ないはずじゃないの?


 なんでわたしだけが特別扱いされないの?

 わたしはタクヤを助けたのよ?

 わたしがいなかったら、タクヤは死んでいたかもしれないのに。


 なのに、なんで報われないの?

 神様は不公平よ。

 わたしの心の中で、黒い感情がどんどん膨らんでいった。まるで悪性腫瘍のように、健全な部分を侵食していく。


 そして、とても悪い考えが頭に浮かんだ。

 タクヤの近くに女がいるから、わたしのことを見てくれない。だったら、消せばいいんじゃない?


 クロエちゃんがいなくなれば、タクヤはわたしを見てくれるかもしれない。

 エリカもルナも、遠いエルフの村にいる。でも、クロエちゃんは毎日ここに来る。わたしの邪魔をする。わたしとタクヤの時間を奪っていく。


 許せない、許せない、許せない。


 わたしの指先から、魔力が微かに漏れ出す。殺意を帯びた、禍々しい魔力が。


 少しでもわたしを見てほしい。わたしだけのものになってほしい。そんな黒い欲望が、わたしの心を完全に支配していく。


 わたしの頭の中で、クロエちゃんを殺すシナリオが次々と浮かんできた。

 人気のない場所に誘い出して、首を絞める。それとも、魔法で心臓を止める?


 いえ、もっと苦しませたい。わたしが味わった苦痛を、あの女にも味わわせてやりたい。

 ゆっくりと、時間をかけて。わたしの絶望を理解させながら。


「クロエ」


 わたしがにっこりと笑いかける。その笑顔は、表面的には天使のようですが、内側では悪魔が微笑んでいた。

「今度、二人でお茶でもしない?」

「ボクと?」


 クロエちゃんが驚く。

 そう、あなたと。そして、それがあなたの最後になるの。


「は、はい、ぜひ」


 わたしの笑顔の裏では、恐ろしい計画が練られていた。


 人気のない森に誘い出して、そして。わたしなら、クロエちゃんくらい簡単に殺せる。この魔力で、この憎悪で。


 まずは手足を動けなくして、それから目の前でタクヤの写真を燃やしてやる。「これが、わたしのタクヤを奪った罰かな」って言いながら。

 その後は、ゆっくりと痛めつけて。指を一本ずつ折って、魔法でやけどを負わせて。最後に首を絞めて殺してやる。


 そうすれば、タクヤはわたしだけを見てくれるようになる。わたしだけのタクヤになってくれる。

 わたしの心の中で、暗い喜びが爆発しそうになりそうになった。


「それは良いですね」


 クロエちゃんが嬉しそうに答えます。


「ぜひ、お話ししましょう」


 無警戒ね。まあ、それがあなたの最後の過ちよ。

 計画は順調に進んでいく。この純粋で無警戒な女の子を、わたしの思うようにできる。わたしの心の中で、暗い笑い声が響きます。


 ふふふ、あははは。


 でも、その時。


「リリー」


 扉の向こうから、お兄ちゃんの声が聞こえた。

 ルーシーお兄ちゃんが、部屋に入ってくる。

 なんで女子寮に?

 邪魔。


「ちょっと話があるじゃん」


 お兄ちゃんの表情が、いつもと違う。とても真剣で、少し怒っているようにも見えた。そして、何より恐ろしいことに、警戒している。


 わたしを警戒している。


「お兄ちゃんかな?」


 わたしが困惑します。

 バレたの?

 わたしの計画が?


「どうしたかな?」

「タクヤ、少し休ませてもらうじゃん」


 お兄ちゃんがタクヤに言います。


「リリーと話があるじゃん」

「分かった」


 タクヤが頷きます。


「クロエ、俺たちも席を外そう」


 タクヤとクロエちゃんが部屋を出て行く。

 泥棒猫。わたしのタクヤを返せ。


 わたしとお兄ちゃんだけが残されました。


「リリー」


 お兄ちゃんがわたしの目をまっすぐ見つめる。その視線は鋭くて、まるでわたしの魂まで見透かそうとしているかのようだった。


「お前、今何を考えていたじゃん?」

「何って」


 わたしがとぼけようとする。でも、お兄ちゃんの鋭い視線から逃れることはできなかった。


「悪い考えを浮かべるのは良くないじゃん」


 お兄ちゃんがきっぱりと言う。


「特に、人を殺すような考えは」


 わたしの心臓が、ドキドキと激しく鳴り始めます。バレてる。完全にバレてる。


 お兄ちゃんに、わたしの考えが全部読まれてしまったの?

 どうして?


「わたしは何も」

 

 わたしが必死に否定する。


「変なことなんて考えてないかな」

「嘘をつくなじゃん」

 

 お兄ちゃんが厳しい声で言う。


「お前の顔を見れば分かるじゃん」

「昔から、お前が人を殺したくなる時の顔は知ってるじゃん」


 わたしは、お兄ちゃんに見透かされていました。双子の兄だからかな。わたしの心の中の暗闇まで、すべて分かってしまうのでしょうか。


「クロエを殺そうと思ってたじゃん?」


 お兄ちゃんがずばりと言い当てる。


「違う」


 わたしが慌てて否定した。


「そんなこと考えてないかな」

「じゃあ、さっきの笑顔は何だった?」


 お兄ちゃんが追及する。


「クロエをお茶に誘った時の、あの恐ろしい笑顔は」

「まるで、獲物を見つけた狩人みたいな顔だったじゃん」


 わたしは、もう言い逃れできませんでした。

 お兄ちゃんには、すべてバレていました。


「お兄ちゃん」


 わたしが小さな声で言う。


「で…でも、わたしは」

「タクヤが好きだからって、人を殺していい理由にはならないじゃん」


 お兄ちゃんがわたしを諭してくる。


「それは愛じゃない、ただの狂気じゃん」

「狂気?」


 わたしが反発する。


「わたしの愛が狂気かなって?」

「そうじゃん」


 お兄ちゃんがはっきりと言う。


「愛する人のために他人を殺そうなんて考えるのは、狂気以外の何物でもないじゃん」

「でも」


 わたしが反論しようとする。


「わたしはタクヤを救ったかな」

「それなのに、わたしの気持ちに応えてくれないかな」

「わたしがあの女を殺したって、誰も困らないかな」

「むしろ、タクヤはわたしだけを見てくれるようになって幸せになるかな」

「お前の頭は完全におかしくなってるじゃん」


 お兄ちゃんが怒鳴る。


「人を救ったからって、その人の愛を要求する権利はないじゃん」

「ましてや、邪魔者を殺す権利なんてあるはずがないじゃん」

「愛は、血で奪うものじゃないじゃん」


 お兄ちゃんの言葉が、わたしの心に突き刺さった。でも、わたしの中の黒い感情は収まらない。


 確かに、そうかもしれない。でも、わたしの気持ちはどうすればいいの?

 この溢れるような愛情は、どこに向ければいいの?


「わたしだって、タクヤを愛してるかな」


 わたしが涙を流しながら言う。


「友達以上に、人生をかけて愛してるかな」

「タクヤなしでは生きていけないくらいに」

「それなのに、報われないかな」

「つらい、つらすぎるかな」

「だったら、邪魔者を消すのは当然じゃないかな?」

「リリー」


 お兄ちゃんがわたしの肩を掴む。


「お前は本当におかしくなってるじゃん」

「もしお前がクロエを殺したら、タクヤはどう思う?」

「きっと、お前を心の底から憎むと思うじゃん」

「それでもいいじゃんか?」


 わたしは、ハッとした。

 確かに、その通りだった。もしわたしがクロエを殺したら、タクヤはわたしを嫌いになってしまうかもしれない。

 それは、わたしが一番避けたいことだ。


 でも、でも。


「それなら、バレないように殺せばいいかな」


 わたしが呟く。


「事故に見せかけて、自殺に見せかけて」

「リリー!」


 お兄ちゃんがわたしを強く揺さぶる。


「目を覚ますじゃん!」


 その時、わたしは我に帰った。

 わたしは今、何を言っていたの?

 人を殺すことを、まるで当然のことのように。


「お兄ちゃん」


 わたしが泣きながら言う。


「わたし、どうすればいいのかな?」

「この気持ち、どうすればいいのかな?」

「タクヤを愛しすぎて、おかしくなりそう」


 お兄ちゃんがわたしの頭を優しく撫でてくれる。


「時間をかけて、ゆっくり考えるじゃん」

「今すぐ答えを出す必要はないじゃん」

「でも、人を殺すのだけは絶対にダメじゃん」

「約束するじゃん」


 わたしは、お兄ちゃんの言葉で少し落ち着いた。確かに、わたしは間違った考えを持っていた。


 でも、タクヤへの気持ちは抑えることができない。

 この想いは、どんどん大きくなって、わたしを飲み込んでしまいそうだ。


「お兄ちゃん」


 わたしが思い切って言う。


「確約だけでも欲しいかな」

「確約?」


 お兄ちゃんが首を傾げる。


「この世界では、14歳で成人かな?」


 わたしが説明する。


「あと6年後に、わたしと結婚してって約束してもらいたいかな」

「そうしないと、わたしは本当に壊れてしまうかな」

「クロエを殺してしまうかもしれないかな」

「リリー」


 お兄ちゃんが困った顔をする。


「それも、タクヤに強制することになるじゃん」

「でも、これだけは譲れないかな」


 わたしが頑固に言う。


「わたしには、希望が必要かな」

「タクヤと結婚できるかもしれないという希望が」

「じゃないと、わたしは本当におかしくなってしまうかな」

「もう自分をコントロールできないかな」


 わたしの心の底からの叫びに、お兄ちゃんも困ってしまっていた。でも、わたしには本当に希望が必要だ。


 タクヤへの愛情が大きすぎて、このままでは本当に人を殺してしまいそうだった。


「分かったじゃん」


 お兄ちゃんがため息をつく。


「でも、約束は約束でも、タクヤの気持ちを尊重することが条件じゃん」

「もしタクヤが嫌だと言ったら、諦めるじゃん」

「分かったかな」


 わたしが頷く。とりあえず、それで十分。

 タクヤに結婚の約束をしてもらえれば、わたしは希望を持って待つことができる。


 わたしたちはタクヤとクロエちゃんを部屋に呼び戻した。


「タクヤ」


 わたしが真剣な表情で言った。


「お願いがあるかな」

「お願い?」


 タクヤが首を傾げる。


「何だ?」

「6年後、わたしが14歳になったら」


 わたしがはっきりと言った。


「わたしと結婚してくれるかな?」


 部屋が静まり返った。タクヤもクロエちゃんも、わたしの突然の提案に驚いている。


「リリー」


 タクヤが困った顔をします。


「それは」

「お願い」


 わたしが手を合わせて頼みます。


「確約が欲しいかな」

「もし6年後、あなたの気持ちが変わっていたら、その時は諦めるかな」

「でも、今は希望が欲しいかな」

「あなたと結婚できるかもしれないという希望が」

「それがないと、わたしは」


 わたしが涙を流す。


「本当におかしくなってしまうかな」


 タクヤが長い間考えた。そして、ゆっくりと口を開いてくれた。


「分かった」


 タクヤが答えた。


「6年後、俺の気持ちが変わっていなければ」

「君と結婚しよう」

「本当かな?」


 わたしが飛び上がって喜ぶ。


「約束かな?」

「約束だ」


 タクヤが微笑んでくれた。

 わたしは、とても嬉しくなった。6年後、わたしはタクヤの妻になれるかもしれない。もちろん、タクヤの気持ち次第だが。

 でも、希望がある。可能性がある。


 それだけで、わたしは頑張って生きていける。人を殺さずに生きていける。


「ありがとうかな、タクヤ」


 わたしが感謝を込めて言う。


「わたし、6年間頑張って待つかな」

「そして、あなたにふさわしい女性になるかな」


 わたしは心に誓った。

 これから6年間、わたしは成長する。タクヤに愛されるような、素晴らしい女性になる。

 そして、6年後には必ずタクヤの妻になってみせる。クロエちゃんに負けない、素敵な奥さんになるんだ。


 でも、わたしの心の奥底では、まだ黒い感情がくすぶっていた。


 もし6年後、タクヤがわたしを選んでくれなかったら。

 その時は、きっと本当におかしくなってしまうだろう。


 わたしには、もう希望がある。未来がある。タクヤとの幸せな結婚生活という、美しい夢がある。

 でも、その夢が叶わなかった時のことを考えると、わたしの心は再び暗闇に染まりそうになる。


 タクヤがわたしの手を握ってくれる。その温かさを感じながら、わたしは幸せな気持ちでいっぱいになった。


 きっと、素晴らしい未来が待ってる。タクヤと一緒の、愛に満ちた未来が


 そして、もしそれが叶わなかった時は。

 わたしは、もう何をするか分からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ