第八話「エリカの覚悟」
村長との話を終えた俺は、重い気持ちで応接室を出た。
やはり俺の予想は正しかった。瞬間移動を使うたび、雪菜は強くなっている。
そして、雪菜が俺を探している以上、この村にいることは危険すぎる。
彼女が村を襲えば、善良な村人たちが巻き込まれてしまう。
俺は決心した。
一人で村を出よう。
夕食の時間、俺はエリカに嘘をついた。
「明日の朝、王都に戻るから、早めに休むよ」
「…そうね。私も疲れたわ」
エリカは何も疑わない。
深夜。俺はエリカの家から抜け出し、村の入り口に向かった。
荷物は最小限。剣も持たない。戦うつもりはないからだ。
村の門が見えてきた。
あと少しで村の外へ出られる。
その時だった。
「どこに行くつもり?」
暗闇の中から、エリカの声が聞こえてきた。
門の中に、エリカが立っていた。
月明かりに照らされた彼女の表情は、いつものような笑顔ではない。
真剣で、決意に満ちた表情だった。
「エリカ…どうしてここに?」
「タクヤが一人で出て行こうとしてるのは、わかってたから」
俺は驚く。ばれていたのか。
「村長さんと話した後のタクヤの顔、すごく暗かったもの。何か重要なことを聞いたのね?」
エリカの洞察力に驚く。
「それに、夕食の時も上の空だったし。『明日王都に戻る』なんて嘘をついて」
「エリカ…」
「本当は、一人で逃げるつもりでしょう?」
図星だった。俺は何も言えない。
「どうして一人で背負い込もうとするの?」
エリカが一歩近づく。
「私たちは仲間でしょう? 一緒に冒険者になったのでしょう?」
「でも…君を危険な目に合わせるわけには…」
「私が決めることよ」
エリカの声に、今まで聞いたことのない強さがあった。
「通りたかったら、私も連れて行きなさい」
エリカが門の前に立ちはだかる。
「エリカ、君にはわからないんだ。俺の周りにいると…」
「何があっても一緒にいる」
エリカが俺の言葉を遮る。
「タクヤが何を抱えているのか、全部はわからない。でも、一人で解決できる問題じゃないでしょう?」
そうだった。俺一人では、雪菜に対抗できない。
むしろ、一人でいる方が危険かもしれない。
「でも…」
「それに…」
エリカの頬が赤くなる。
「私、タクヤのことが…」
その時、エリカの言葉が途切れた。
風が吹いて、彼女の髪が舞い上がる。
「とにかく! 一人で行かせるわけにはいかないの!」
エリカが強い口調で言い直す。
「君が巻き込まれたら…」
「もう既に巻き込まれてるわ」
エリカが微笑む。
「ダークフォレストでの血文字。あれは、タクヤに関係のある誰かが書いたものでしょう?」
俺は黙っている。
「そして、その人はとっても危険な人。だから、タクヤはずっと怯えている」
エリカの推理は的確だった。
「一人で立ち向かうには、相手が強すぎる。だから、せめて私も一緒にいさせて」
エリカの目に、涙が浮かんでいる。
「お願い…置いていかないで…」
俺は胸が締め付けられる思いだった。
エリカの気持ちが痛いほど伝わってくる。
しばらく沈黙が続いた。
俺は観念した。
「わかった…一緒に来てもいい」
「本当?」
エリカの顔がパッと明るくなる。
「でも、約束してくれ。危険になったら、すぐに逃げること」
「約束する」
エリカが嬉しそうに頷く。
「それじゃあ、荷物を取ってくるわ」
「もう用意してあるの?」
「当然よ。タクヤが一人で出て行こうとするのは、予想してたもの」
エリカが茶目っ気たっぷりに笑う。
数分後、エリカが荷物を持って戻ってきた。
「準備万端よ」
「どこに行くか、決めてないんだけど…」
「とりあえず、クレアタウンのギルドまで行きましょう」
エリカが提案する。
「新しい依頼を受けて、王都から離れた場所で活動すれば、少しは安全になるかも」
確かに、それは良いアイデアだった。
「わかった。クレアタウンに行こう」
俺はエリカの手を取り、瞬間移動でクレアタウンに向かった。
◇◇◇
深夜のクレアタウンは静まり返っていた。
宿も閉まっているところが多い。
「あ、あそこの宿は明かりがついてるわ」
エリカが指差す。
『旅人の休憩所』という看板の宿で、夜通し営業している様子だった。
俺たちは一泊し、翌朝ギルドに向かった。
ギルドに入ると、多くの冒険者が依頼者を見ている。
受付には、いつもの女性がいた。
「あら、タクヤさんとエリカさん!」
受付嬢が驚く。
「王都でのご活躍、こちらでも話題になってますよ」
「ありがとうございます」
俺は苦笑いを浮かべる。
「今日は新しい依頼を受けに来ました」
「承知いたしました。どのような依頼をご希望ですか?」
「王都から離れた場所での依頼を…」
「王都から離れた場所ですね」
受付嬢が依頼書の束を持ってくる。
「こちらなどいかがでしょうか? 『古い遺跡の調査』」
「遺跡の調査?」
「はい。クレアタウンから北へ三日の場所にある古代遺跡で、最近奇妙な光が目撃されているとのことです」
エリカが興味を示す。
「どんな遺跡なんですか?」
「詳しくは不明ですけどが、千年以上前の魔法文明の遺跡と言われています」
「報酬は?」
「金貨100枚。ただし、危険度は不明です」
悪くない条件だ。何より、王都から遠く離れた場所なら、雪菜に見つかる心配も少ない。
「この依頼を受けます」
「承知いたしました。詳細な地図と調査指示書をお渡しします」
受付嬢が書類を準備してくれる。
「それと…一つお聞きしたいことが」
「なんでしょうか?」
「最近、美しい女性の冒険者がこちらに来てませんでしたか? 黒髪で…」
俺は恐る恐る尋ねる。
雪菜は冒険者ではないが、脱獄囚と言えば、説明がややこしくなってしまう。
「美しい女性…」
受付嬢が考え込む。
「いえ、そのような方は…あ、でも」
「でも?」
「昨日の夜中、ギルドを通りかかった人が、『美しいが恐ろしい雰囲気の女性が街を歩いていた』と言っていましたが…」
俺の血の気が引く。
雪菜がここまで来ている可能性がある。
「タクヤ? 顔が青いけど…」
エリカが心配そうに尋ねる。
「だ、大丈夫です。それより、早く出発しましょう」
「そうね」
俺たちは急いでギルドを出た。
もしかすると、雪菜が既にこの街にいるかもしれない。
一刻も早く、ここから離れなければ。
「タクヤ、本当に大丈夫?」
エリカが俺の腕に手を置く。
「ああ…君がいてくれるから、心強いよ」
それは本心だった。
一人だったら、もう諦めていたかもしれない。
「私も、タクヤと一緒だから頑張れる」
エリカが微笑む。
俺たちは古代遺跡に向けて出発した。
新しい依頼、新しい冒険。
でも、心の中では確信していた。
雪菜は必ず俺を見つけ出す。
そして、その時こそが本当の戦いの始まりだ。
エリカの手を握りながら、俺は歩き続けた。




