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外伝 才能に囚われた少女

リリーの過去です。こんなに長くするつもりはありませんでしたが、思ったよりも長くなりました。



 わたし、リリー・ホーリーライトには、生まれつき光魔法の才能があった。


 双子の兄であるルーシーお兄ちゃんほどではないけれど、それでも王国の使者が我が家を訪れるほどの才能。


 3歳の時だった。

 あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。悪夢のように。

 王国の使者が、立派な服を着てわたしたちの家にやってきた。


「これは素晴らしい」


 使者は、わたしとお兄ちゃんの光魔法を見て感動していた。


「特に、ルーシー君の才能は群を抜いている」

「リリーちゃんも、素晴らしい。将来有望だ」


 母さんが、嬉しそうに微笑んでいた。

 あの頃の母さんは、本当に優しかった。

 わたしを抱きしめて、頭を撫でてくれた。


「リリー、よかったわね」

「あなたの才能が認められたのよ」

「母さん、誇りに思うわ」


 わたしは嬉しかった。

 母さんに褒められることが、何より嬉しかった。 母さんの温かい抱擁が、わたしの全てだった。

 使者は、わたしに手を差し出した。


「リリーちゃん、握手をしよう」

「君の才能を、王国は歓迎する」

「将来は王国魔法騎士団に入ってほしい」


 わたしは無邪気に手を伸ばした。


 自分の力の恐ろしさを、まだ理解していなかった。

 ただ、褒められて嬉しくて。ただ、認められて嬉しくて。

 使者の手を掴んだ瞬間。

 ぐにゃり、という音がした。


 肉が潰れる音。骨が砕ける音。使者の手が、不自然な方向に曲がっていた。指が全て逆方向を向いていた。血が滲み出していた。


「ぎゃあああああああ!」


 使者の絶叫が、部屋に響き渡った。


 わたしは、何が起こったのか分からなかった。ただ、使者の手が変な形になっているのを見て、怖くなった。


「これは…なんということだ…」


 母さんの顔が、青ざめていた。

 お兄ちゃんが、わたしを庇うように前に出た。


「リリーは悪くないじゃん」

「まだ力の加減が分からないだじゃん」


 でも、使者は激怒していた。


「この、化け物め!」

「殺人兵器だ!こんな危険な生物を!」

「王国に報告する!」

「こんな欠陥品を野放しにはできない!」


 欠陥品。


 その言葉が、わたしの心に突き刺さった。

 わたしは、欠陥品なの?


 使者は、片手を押さえながら、怒鳴り散らして帰っていった。


「必ず報復する!ホーリーライト家は、王国の敵だ!」


 その日から、わたしたちの家族の運命が変わった。地獄が始まった。




 ◇ ◇ ◇




 王国からの支援は打ち切られた。

 それどころか、わたしたちの家族は村で迫害されるようになった。


「ホーリーライト家の娘は、化け物だ」

「使者の手を粉砕した」

「触れただけで死ぬ」

「近づいてはいけない」


 村人たちは、わたしを見ると逃げるようになった。


 最初は、ただ避けられるだけだった。

 でも、すぐにエスカレートした。石を投げられるようになった。


「化け物!」

「出て行け!」

「村から消えろ!」


 石が、わたしの頭に当たる。

 血が流れる。

 痛い。


 でも、それより心が痛かった。お兄ちゃんが、いつもわたしを守ってくれた。


「やめるじゃん! リリーは何も悪くないじゃん!」


 でも、お兄ちゃんも傷つけられた。わたしを庇って、石を受け止めてくれた。


「お兄ちゃん、ごめんなさいかな」

「謝るな、リリー。君は何も悪くないじゃん」


 でも、一番辛かったのは、母さんの変化だった。あんなに優しかった母さんが、わたしに暴力を振るうようになった。


 最初は、平手打ちだった。


「あんたのせいで!」


 母さんの平手が、わたしの頬を叩く。


「あんたのせいで、王国からの支援がなくなった!」

「あんたのせいで、村で爪弾きにされた!」

「あんたのせいで、わたしたちの人生が終わった!」


 わたしは黙って、それを受け入れた。


 自分が悪いと思った。自分の力が、母さんを不幸にしたと思った。

 涙を流すことさえ、許されない気がした。


 でも、暴力はだんだんエスカレートしていった。

 平手打ちは、拳になった。

 拳は、鞭になった。

 鞭は、魔法になった。


「あんたに、そんな力がなければ!」


 母さんが、光魔法でわたしを攻撃する。

 光の刃が、わたしの肌を切り裂く。

 腕に。足に。背中に。

 切り傷だらけになる。


「光魔法で大儲けできたのに!」

「ルーシーだけなら、王国に認められたのに!」

「あんたさえいなければ!」

「あんたさえ生まれてこなければ!」


 痛かった。

 体も、心も。

 血が流れても、母さんは止まらなかった。


「あんたは、失敗作だ」

「欠陥品だ」

「生まれてきたこと自体が、間違いだった」


 その言葉が、わたしの心を切り裂いた。


 でも、それより辛かったのは、母さんの目だった。あんなに優しかった母さんの目が、わたしを見る時、憎しみに満ちていた。


 いや、憎しみだけじゃない。

 嫌悪。軽蔑。拒絶。

 全てが、その目に込められていた。


「ごめんなさいかな」


 わたしは何度も謝った。


「ごめんなさいかな、お母さん」

「わたしが悪いのかな」

「わたしが、こんな力を持って生まれてきたのが悪いかな」

「わたしが、生まれてきたのが悪いかな」


 でも、母さんは許してくれなかった。


「そうよ、あんたが悪いのよ」

「あんたは、私の人生を台無しにしよ」

「あんたなんて、生まれてこなければよかった」


 その言葉が、わたしの存在そのものを否定した。

 母さんは、わたしが生まれてこなければよかったと言った。


 わたしの母親が。


 たまに、お兄ちゃんが助けてくれた。


「母さん、やめるじゃん」


 お兄ちゃんが、わたしの前に立ちはだかる。


「リリーは悪くないじゃん」

「悪いのは、リリーの力を認められなかった王国だ」

「悪いのは、リリーを化け物扱いする村人たちじゃん」


 でも、お兄ちゃんも限界があった。彼も、まだ子供だった。そして、お兄ちゃんが守ってくれない時。


 母さんの暴力は、さらに酷くなった。

 食事を抜かれることもあった。


「あんたに食べさせる食料はない」


 水だけで、何日も過ごした。

 お腹が空いて、苦しかった。

 でも、それより心が空虚だった。


 部屋に閉じ込められることもあった。

 暗い物置に、何日も。

 光も、音も、人の温もりも、何もない空間。


 ただ、孤独だけがあった。


 そこで、わたしは考えた。

 なぜ、わたしはこんな目に遭うの?

 なぜ、わたしは生まれてきたの?

 なぜ、わたしは愛されないの?


 答えは、出なかった。

 夜、一人で部屋にいる時が一番辛かった。


 体中が痛んで、眠れない。

 傷が疼く。

 お腹が空く。


 でも、それより心が痛んだ。


 母さんに愛されていないという現実が、心を引き裂いた。誰にも必要とされていないという現実が、わたしの存在を否定した。


「どうして」


 わたしは、暗闇の中で呟いた。


「どうして、わたしはこんな力を持って生まれてきたのかな」

「どうして、みんなわたしを嫌うのかな」

「どうして、母さんはわたしを愛してくれないのかな」

「どうして、わたしは生まれてきたのかな」


 答えは、返ってこなかった。


 ただ、静寂だけがあった。

 孤独だった。あまりにも孤独だった。


 誰も、わたしを理解してくれない。

 誰も、わたしを愛してくれない。

 わたしは、一人ぼっちだった。


 この世界で、たった一人。


 お兄ちゃんだけが、わたしの味方だった。でも、お兄ちゃんも疲れていた。


 わたしのせいで、傷ついていた。


 わたしは、自分の存在そのものが間違いだと思うようになった。生まれてきたこと自体が、罪だと思った。

 わたしがいなければ、みんな幸せだったのに。


 お兄ちゃんも、母さんも、村人たちも。

 わたしさえいなければ。




 ◇ ◇ ◇




 5歳の時、わたしは大きな過ちを犯した。いや、過ちというより、宿命だったのかもしれない。


 あの日、母さんはいつも以上に怒っていた。村で、また何か嫌なことを言われたらしい。村人たちに、石を投げられたらしい。


 全部、わたしのせいだ。


「全部、あんたのせいだ!」


 母さんが、わたしの髪を掴んで引っ張る。

 髪が引きちぎれそうなほど、強く。


「あんたさえいなければ!」

「あんたさえ死んでいれば!」


 鞭が、わたしの背中を打つ。

 何度も、何度も。

 服が破れる。

 肌が裂ける。

 血が流れる。


「ごめんなさいかな」


 わたしは謝り続けた。


「ごめんなさいかな、母さん」


「わたしが悪いかな」

「わたしが、全部悪いかな」


 でも、母さんは止まらなかった。


「そうよ、あんたが悪いのよ!」

「あんたが生まれてこなければ!」

「あんたが死ねば、全て解決するのよ!」


 その言葉が、わたしの心を貫いた。


 わたしが死ねば、みんな幸せになる。母さんも、お兄ちゃんも、村人たちも。わたしが消えれば、全て解決する。


 そして、その時。

 母さんが、わたしの首を絞め始めた。


「死ね」


 母さんが、冷たく言う。


「あんたが死ねば、全て終わるのよ」


 首が締まる。

 息ができない。

 苦しい。


 でも、心のどこかで思った。

 ああ、これで終わるんだ。

 これで、みんな幸せになれるんだ。


 わたしは、抵抗しなかった。母さんの望み通り、死のうと思った。


 でも。

 体が、勝手に動いた。

 生存本能が、働いた。


 わたしの手が、母さんの首に触れた。

 ただ、離れようとしただけ。ただ、苦しみから逃れようとしただけ。


 そして、その瞬間。


 ぼきり、という音がした。

 母さんの首が、不自然な角度に曲がった。

 母さんの体が、力なく崩れ落ちた。


 床に倒れる。

 動かない。


「え…」


 わたしは、自分が何をしたのか理解できなかった首の締め付けから解放されて、咳き込む。


 でも、目の前には。

 母さんが、床に倒れている。


 首が、完全に折れている。

 目が、虚ろに天井を見つめている。

 動かない。


「母さん?」


 わたしが呼びかける。

 でも、母さんは答えない。


「母さん!」


 わたしが叫ぶ。

 でも、母さんは動かない。


 その時、部屋の扉が開いた。

 お兄ちゃんが入ってきた。


「リリー、今の音は…」


 お兄ちゃんが、床に倒れている母さんを見て、言葉を失った。


 顔が青ざめる。

 体が震える。


「お兄ちゃん」


 わたしが震える声で言う。


「わたし、何をしたかな」

「わたし、母さんを…」

「わたし、殺しちゃった」


 お兄ちゃんが、母さんに駆け寄る。


 脈を確認する。呼吸を確認する。

 そして、絶望的な表情で首を振った。


「死んでる」


 その言葉が、わたしの心を貫いた。

 わたしは、母さんを殺した。

 憎んでいた母さんを。虐待してきた母さんを。


 でも、それでもわたしの母さんだった人を。

 産んでくれた人を。かつて愛してくれた人を。


「ごめんなさい」


 わたしが泣き崩れる。


「ごめんなさい、母さん」

「わたし、ただ…」

「ただ、苦しくて…」

「ただ、離れてほしかっただけかな」

「殺すつもりなんて、なかったかな」


 お兄ちゃんが、わたしを抱きしめた。


「リリー、君は悪くないじゃん」

「君は、ただ自分を守ろうとしただけじゃん」

「母さんが、君を殺そうとしたんだじゃん」

「君は、被害者じゃん」


 でも、その言葉はわたしを慰めなかった。


 わたしは、母さんを殺した。自分の手で。自分の、呪われた力で。


 これで、本当に終わった。

 わたしの人生は、終わった。


「リリー、逃げるじゃん」


 お兄ちゃんが言った。


「このままここにいたら、君は捕まるじゃん」

「殺人者として、処刑されるじゃん」

「オレが、君を守るじゃん」

「どこまでも、君を守るじゃん」


 お兄ちゃんが、わたしを抱えて家を飛び出した。


 村を抜けて、森の中へ。夜の闇の中を、必死に走った。

 村人たちの叫び声が、後ろから聞こえる。


「殺人者だ!」

「化け物が、ついに人を殺した!」

「捕まえろ!」


 わたしは、お兄ちゃんの腕の中で泣き続けた。


 母さんを殺してしまった。


 もう、取り返しがつかない。この罪は、一生消えない。

 わたしは、殺人者だ。

 化け物だ。

 欠陥品だ。


 生きている価値がない。




 ◇ ◇ ◇




 お兄ちゃんとわたしは、放浪の生活を始めた。村から村へと移動しながら、身を隠した。


 お兄ちゃんが、わたしを守ってくれた。食べ物を探し、寝る場所を見つけ、わたしの面倒を見てくれた。


 でも、わたしの心は死んでいた。

 母さんを殺してしまった。

 その事実が、わたしを蝕んでいた。


「お兄ちゃん、ごめんかな」


 わたしが謝る。


「わたしのせいで」

「わたしのせいで、お兄ちゃんまで逃げなきゃいけなくなって」


「わたしのせいで、お兄ちゃんの人生も終わって」

「謝らなくていい」


 お兄ちゃんが優しく言う。


「君は、オレの大切な妹だじゃん」

「何があっても、オレは君を守るじゃん」

「君は悪くない。悪いのは、君を追い詰めた世界じゃん」


 でも、わたしの心は壊れ始めていた。

 母さんを殺してしまったという事実。誰からも愛されないという孤独。自分の存在が呪いだという絶望。

 それらが、わたしの心を蝕んでいった。


 そして、ある夜。わたしは、自分を守るための理論を作り始めた。

 考えなければ、壊れてしまう。

 何か、自分を正当化する理由が必要だった。


「お兄ちゃん」


 わたしが聞く。


「わたしたちは、なぜ迫害されたのかな?」


「それは…」


 お兄ちゃんが言葉に詰まる。


「それは、わたしに才能があるからかな?」

「才能があるから、みんな怖がったのかな?」

「才能があるから、みんな嫉妬したのかな?」


 お兄ちゃんが、複雑な表情をする。


「そうかもしれないけど…」

「だったら」


 わたしが言う。


「才能があるわたしは、すごいのかな?」

「才能があるわたしは、特別なのかな?」

「才能がない人たちより、上なのかな?」

「リリー、それは…」


「だって、そうじゃなきゃおかしいかな」


 わたしが続ける。


「才能があるわたしが、迫害されるかな」

「才能がない人たちが、わたしを虐げるかな」

「それは、嫉妬かな?」

「それは、自分たちより優れたわたしが怖いからかな?」

「だから、わたしは正しいかな」

「わたしは、才能があるから価値があるかな」

「才能がない人たちは、価値がないかな」

「だから、彼らが死んでも問題ないかな」


 お兄ちゃんが、悲しそうな顔をした。


「リリー…」


 でも、わたしはもう止まらなかった。

 わたしは、自分に言い聞かせた。

 わたしには才能がある。

 だから、わたしには価値がある。才能がない人たちは、価値がない。


 彼らは、ただの虫だ。

 だから、彼らが死んでも問題ない。

 母さんも、才能がなかった。光魔法は使えたけど、わたしやお兄ちゃんほどじゃなかった。

 だから、死んでも仕方なかった。


 いや、死ぬべきだった。

 才能がない者は、生きる価値がない。そう思わなければ、わたしは生きていけなかった。


 罪悪感に押し潰されてしまう。母さんを殺したという事実に、耐えられない。

 だから、わたしは自分を正当化した。

 才能がない者は、死ぬべきだ。


 それが、わたしの新しい価値観になった。

 歪んでいると、今なら分かる。


 でも、あの時のわたしには、それしか生きる道がなかった。それしか、自分を保つ方法がなかった。


 放浪の日々の中で、わたしはその考えを強化していった。

 村で見かける平凡な人々。


 彼らを見て、思った。

 才能がない虫たち。価値がない存在たち。死んでも問題ない存在たち。


 わたしとは、違う。

 わたしには、才能がある。

 わたしには、価値がある。

 わたしは、特別だ。

 わたしは、上位の存在だ。


 そう思わなければ、自分を保てなかった。

 でも、心の奥底では。

 本当は、分かっていた。


 それは、嘘だ。


 才能があっても、わたしは不幸だ。

 才能があっても、わたしは孤独だ。

 才能があっても、誰もわたしを愛してくれない。


 でも、それを認めたら。

 わたしは、完全に壊れてしまう。

 だから、嘘をつき続けた。


 自分に。世界に。


 才能があるわたしは、すごい。才能がない者は、虫だ。


 それが、わたしの世界観になった。





 ◇ ◇ ◇




 7歳の時、わたしたちは王立魔法大学に入学した。

 お兄ちゃんの光魔法の才能が認められたからだ。

 わたしも、一緒に入学を許された。


「これで、君も安全だ」


 お兄ちゃんが言った。


「魔法大学なら、君の才能も理解してもらえるじゃん」

「魔法大学なら、君も受け入れてもらえるじゃん」


 わたしは期待した。

 ここなら、受け入れてもらえるかもしれない。ここなら、友達ができるかもしれない。ここなら、わたしも普通の女の子として生きられるかもしれない。


 光魔法の才能を評価されて、わたしたちはアドバンスクラスに入れてもらえた。

 クラスメイトは、わたしとお兄ちゃんの一年生と、三年生が一人だけ。

 少人数のクラスだった。


 初日、わたしは緊張していた。

 でも、期待もしていた。


 ここなら、きっと。


 三年生の先輩が、わたしに話しかけてくれた。


「よろしくね、リリー」


 先輩が手を差し出す。


「一緒に頑張ろう」

「アドバンスクラスは、才能ある者たちの集まりだ」

「君も、ここでなら輝ける」


 わたしは嬉しかった。


 心が温かくなった。


 やっと、友達ができるかもしれない。

 やっと、認めてもらえるかもしれない。

 やっと、普通の生活ができるかもしれない。


 わたしは、先輩の手を握った。

 慎重に、優しく。


 でも。

 そして、その瞬間。

 ぐにゃり。


 また、あの音がした。

 先輩の手が、不自然に曲がった。

 骨が砕ける音。肉が潰れる音。指が全て逆方向を向いた。


「ぎゃああああ!」


 先輩の悲鳴。

 わたしは、また同じ過ちを繰り返してしまった。

 慎重にしたのに。

 優しくしたのに。

 それでも、わたしの力は制御できなかった。

 先輩が、床に倒れる。手を押さえて、苦しんでいる。


「治癒魔法!誰か!」


 お兄ちゃんが叫ぶ。

 魔法使いが駆けつける。

 でも、治癒魔法の練度が低かったのか完全には治らなかった。

 先輩の手は、曲がったまま。指は、動かなくなった。


「化け物…」


 先輩が、わたしを睨みつける。

 その目には、憎しみと恐怖が混ざっていた。


「お前のせいで、俺の腕が…」

「魔法使いとして、終わった…」

「お前のせいで…」


 先輩は、その日のうちに学校を去った。魔法使いとしての未来を、わたしが奪ってしまった。

 そして、噂は学校中に広まった。


「アドバンスクラスの一年生が、先輩の腕を潰した」

「リリー・ホーリーライトは、危険だ」

「触れただけで、骨が砕ける」

「近づいてはいけない」

「殺人者の娘らしい」

「母親を殺したって噂だ」


 また、同じだった。

 村での迫害と、同じことが繰り返された。

 いや、もっと酷かった。


 誰も、わたしに近づかなくなった。廊下を歩くと、生徒たちは道を開ける。まるで、疫病神を避けるように。


 食堂では、誰もわたしの隣に座らない。わたしが座ると、周りの席が空く。


 総合授業では、誰もわたしと組もうとしない。

 実技の授業で、ペアを作る時。わたしだけが、余る。いつも、余る。


「リリー、君は一人で練習してくれ」


 教師が、困った顔で言う。


「他の生徒たちが、怖がっているから」


 わたしは、また一人ぼっちになった。

 孤独だった。

 あまりにも孤独だった。


 でも、それだけじゃなかった。


 陰湿な嫌がらせも始まった。机に、「化け物」と書かれた紙が入れられる。

 魔導書が、破られている。

 机に、傷がつけられている。


「殺人者」

「欠陥品」

「死ね」


 そんな言葉が、机に刻まれている。

 総合授業中、後ろから小さな石が投げられる。

 誰がやったのか、分からない。

 でも、学校全体がわたしを嫌っているのは分かる。

 夜、寮の部屋で一人泣いた。


「どうして」

「どうして、わたしはいつもこうなのかな」

「どうして、誰もわたしを理解してくれないのかな」

「どうして、わたしだけがこんな目に遭うのかな」


 でも、涙を流しても、何も変わらなかった。

 朝になれば、また同じ地獄が始まる。

 誰も話しかけてくれない日々。

 誰も笑いかけてくれない日々。


 ただ、恐怖と嫌悪の目で見られる日々。

 お兄ちゃんだけが、わたしの味方だった。でも、お兄ちゃんにも自分の生活がある。お兄ちゃんにも、友達ができ始めていた。


 わたしだけが、本当の意味で孤独だった。そして、わたしはさらに歪んでいった。


 心の中で、思うようになった。

 才能がない人たちは、わたしを理解できない。

 才能がない人たちは、わたしを恐れるだけ。

 才能がない人たちは、わたしを嫌うだけ。

 だから、才能がない人たちは、虫だ。


 価値がない。

 死んでも問題ない。

 いや、死ぬべきだ。


 才能がある人たちだけが、価値がある。才能がある人たちだけが、生きる資格がある。

 わたしも、才能がある。

 だから、わたしには価値がある。

 だから、わたしは正しい。


 そう思わなければ、わたしは壊れてしまう。

 孤独に押し潰されてしまう。自分を憎んで、死んでしまう。だから、わたしは自分に嘘をついた。


 才能があるわたしは、すごい。

 才能がない者は、虫だ。

 それが、わたしの心を支えた。

 わたしの心は、ますます闇に染まっていった。




 ◇ ◇ ◇




 2年生になった時、アドバンスクラスに新入生が入ってきた。


 一年生として、四人。

 わたしは、期待と不安を感じた。


 新しい人たち。もしかしたら、彼らなら。

 もしかしたら、友達になれるかもしれない。


 でも、怖かった。

 また、拒絶されるかもしれない。

 また、嫌われるかもしれない。


 アリシア・ノーマン。


 S級の魔力を誇る天才魔法使いと呼ばれる少女。全ての魔法を使いこなせると聞いた。

 

 彼女を見た瞬間、思った。

 才能がある。

 すごい才能がある。

 彼女は、間違いなく価値がある存在だ。


 彼女なら、もしかしたら。わたしを理解してくれるかもしれない。同じ才能を持つ者として。


 ヴァル。


 見た目は普通の青年だが、その魔力の気配は尋常ではない。きっと変装魔法を使っているのだろう。

 彼も、才能がある。

 強大な才能がある。

 彼も、価値がある存在だ。


 クロウ・シャドウテイル。


 天啓と呼ばれる、神に選ばれた少年。

 天啓は必ず当たるらしい。

 彼にも、才能がある。


 クロエ・グレイストーン。


 優しそうな少女。

 でも、彼女の才能は、他の三人には劣ると思った。

 それでも、アドバンスクラスにいるのだから。


 それなりの才能はあるのだろう。彼女にも、価値はある。


 四人が入ってきて、クラスは少し賑やかになった。

 彼らは、お互いに話し始めた。

 すぐに打ち解けている。アリシアとクロエが、魔法理論について話している。


 ヴァルが、時々冗談を言って笑わせている。クロウは相変わらず無口だが、それでもその輪の中にいる。


 わたしは、それを遠くから見ていた。

 羨ましかった。

 彼らは、友達になれている。

 彼らは、楽しそうに話している。

 彼らは、孤独じゃない。


 わたしも、あの輪の中に入りたかった。

 わたしも、一緒に笑いたかった。

 わたしも、友達が欲しかった。


 でも、怖かった。

 近づいたら、また傷つけてしまうかもしれない。

 近づいたら、また嫌われるかもしれない。

 近づいたら、また一人になるかもしれない。


 だから、距離を置いた。最初から、関わらないことにした。でも、心の中では思っていた。


 彼らには、才能がある。

 わたしにも、才能がある。

 だから、わたしたちは同じはずだ。


 だから、いつか。

 いつか、彼らと友達になれるかもしれない。

 でも、その「いつか」は来なかった。


 一ヶ月後、さらに二人の編入生が来た。

 レオナルド・フォン・ヴィンターと、タクヤ・キリタニ。


 レオナルドについて、わたしは聞いた。

 彼は、わたしと似ているらしい。力が強すぎて、制御できないらしい。

 そして、芸術センスがすごいとのこと。

 

 彼も、才能がある。

 彼にも、価値がある。

 もしかしたら、彼なら。

 同じ悩みを持つ彼なら。


 わたしを理解してくれるかもしれない。


 でも、タクヤは違った。

 彼について聞いた話は、ひどいものだった。レオナルドが入るからという理由で、ついてきただけ。

 特別な才能もない。

 ただの平凡な少年。

 なぜ、彼がアドバンスクラスに?


 理解できなかった。


「魔王軍幹部を五体も倒した」


 そんな噂を聞いた。

 嘘だ。

 絶対に嘘だ。


 才能がない人間が、そんなことができるわけがない。誇張した嘘か、もしくは運が良かっただけだろう。

 わたしは、タクヤを見て思った。


 虫だ。

 才能がない、虫だ。

 価値がない存在だ。


 なぜ、こんな虫がアドバンスクラスにいるの?

 なぜ、才能がない虫が、わたしたちと同じ場所にいるの?

 ムカつく。

 本当にムカつく。


 才能がないくせに。

 価値がないくせに。

 虫のくせに。


 彼は、死んでも問題ない。

 いや、死ぬべきだ。

 才能がない者は、死ぬべきだ。

 そう思っていた。


 あの時は。


 でも、タクヤは不思議だった。

 彼は、すぐにみんなと打ち解けた。


 アリシアと話している。

 クロエと笑っている。

 ヴァルと冗談を言い合っている。

 レオナルドとは、もちろん仲が良い。

 クロウとさえ、会話している。


 なぜ?


 なぜ、才能がない虫が受け入れられているの?

 なぜ、価値がない虫がみんなと友達になれているの?


 わたしには、才能がある。

 わたしには、価値がある。

 なのに、わたしは孤独だ。


 誰も、わたしを受け入れてくれない。誰も、わたしと友達になってくれない。

 それなのに。


 才能がない虫が。

 価値がない虫が。

 みんなに受け入れられている。

 みんなと友達になっている。


 ムカつく。

 本当にムカつく。

 理解できない。

 世界が、間違っている。


 才能がある者が、孤独になって。

 才能がない者が、幸せになる。


 おかしい。

 絶対におかしい。


 でも、その疑問が、わたしの心を苦しめた。

 わたしの世界観が、揺らぎ始めた。

 才能がある者が、価値がある。

 才能がない者は、価値がない。


 それが、わたしの信念だった。


 でも。

 タクヤを見ていると。

 その信念が、間違っているような気がしてきた。


 いや、違う。

 わたしが正しい。

 わたしの世界観が正しい。


 タクヤは、ただの例外だ。虫が、たまたま幸運だっただけだ。

 そう思い込もうとした。


 でも、心の奥底では。

 羨ましかった。

 タクヤが、羨ましかった。


 才能がないのに。

 価値がないはずなのに。

 みんなに受け入れられている。

 みんなと友達になっている。


 笑っている。

 幸せそうにしている。

 わたしが、ずっと欲しかったもの。

 わたしが、ずっと求めていたもの。

 友達。仲間。居場所。


 タクヤは、それを持っている。


 才能がないのに。

 ムカつく。羨ましい。悔しい。

 そして、孤独だ。

 わたしは、相変わらず孤独だった。




 ◇ ◇ ◇


 ある日、クロエがわたしに話しかけてきた。

 

 それは、昼休みのことだった。

 わたしは、いつものように一人で食堂の隅にいた。

 誰も近づかない、わたしだけの場所。


「リリーちゃん」


 クロエの声がした。

 顔を上げると、彼女が立っていた。

 優しい笑顔で。

 偽善的な笑顔で。


「一緒にお昼食べない?」


 その言葉が、わたしをイライラさせた。

 何? この偽善者。

 同情? 哀れみ?

 わたしを、可哀想な子だと思ってるの?


「いらないかな」


 冷たく言い放つ。

 自分でも驚くほど、冷たい声だった。


「一人で食べるかな」


 クロエの笑顔が、少し曇った。

 でも、彼女はまだ諦めなかった。


「でも、一人じゃ寂しいでしょ?」

「ボクたちと一緒に食べよう」

「タクヤくんとレオナルドくんも、来るから」


 …は?


 寂しい?

 何、この決めつけ。

 わたしが寂しいって、勝手に思ってるの?

 可哀想なリリーちゃんを助けてあげる、優しいボク?

 そういうこと?


 ムカついた。

 本当にムカついた。


「いらないって言ってるかな」


 わたしが強く言う。


「一人がいいかな」

「放っておいて」

「あなたの偽善、いらないかな」


 クロエの顔が、驚きに染まった。


「偽善って…」

「そうでかな?」


 わたしが続ける。


「可哀想なリリーちゃんを助けてあげる、優しいボク」

「みんなに褒められる、いい子のボク」

「そういうのが、やりたいのかな?」

「違うわ、ボクは…」

「うるさい」


 わたしが遮る。


「あなたみたいな偽善者、大嫌いかな」

「二度と話しかけないでかな」


 クロエの目が、潤んだ。

 傷ついた顔をしている。

 でも、知ったことか。偽善者のくせに。


 クロエが、黙って去っていった。

 その、後ろ姿を見て。

 わたしは、少しスッキリした。


 ざまあみろ。偽善者め。

 わたしを、同情するな。

 わたしを、哀れむな。わたしは、あなたの善行のための道具じゃない。


 その日から、わたしはクロエを嫌いになった。

 いや、最初から嫌いだったのかもしれない。


 あの偽善的な笑顔。

 あの優しそうな態度。

 全部、嘘だ。

 全部、自分を良く見せるための演技だ。


 クロエは、いい子ぶってるだけだ。

 本当は、わたしのことなんてどうでもいいんだろう。

 ただ、「困っている子を助ける優しいボク」を演じたいだけ。


 そういう偽善者が、一番嫌いだった。

 その後も、クロエは何度かわたしに話しかけてきた。


「おはよう、リリーちゃん」


 無視した。


「今日の授業、難しかったね」


 無視した。


「この課題、一緒にやらない?」

「しつこいかな」


 わたしが冷たく言う。


「偽善者は、嫌いだって言ったでしょ」

「ボクは、偽善者じゃない」


 クロエが反論する。


「ボクは、本当にあなたと友達になりたいの」

「嘘つきかな」


 わたしが笑う。


「才能があるわたしと友達になって、自分の評価を上げたいだけかな」

「それか、可哀想なわたしを助けて、いい子ぶりたいだけかな」

「どっちにしても、偽善かな」


 クロエの顔が、悲しそうになった。


「そんなこと、ないのに…」

「あるかな」


 わたしが断言する。


「あなたみたいな偽善者、たくさん見てきたかな」

「優しいフリして、結局は自分のためだけかな」

「本当に困った時には、誰も助けてくれないかな」

「だから、あなたの偽善なんて、いらないかな」


 クロエが、泣きそうな顔をした。

 でも、知ったことか。偽善者のくせに。


「リリーちゃん…」

「もう話しかけないで」


 わたしが最終通告をする。


「あなたが近づくと、吐き気がするかな」

「偽善者の臭いが、かな」


 クロエが、ついに涙を流した。

 そして、走って去っていった。

 わたしは、それを見て思った。ざまあみろ。

 偽善者は、そうやって泣いてればいい。


 でも、心のどこかで。

 小さな声がした。


「本当に、クロエは偽善者なのかな」

「もしかしたら、本当に優しくしてくれようとしたのかな」


 いや、違う。

 そんなはずがない。


 誰も、本当にわたしを愛してくれるはずがない。誰も、本当にわたしを助けてくれるはずがない。


 だから、クロエも偽善者だ。


 そう思い込まなければ。自分の心が、壊れてしまう。


 もし、クロエが本当に優しくしてくれようとしていたなら。

 わたしは、それを拒絶したことになる。わたしは、唯一の友達になれたかもしれない子を、傷つけたことになる。


 それは、認められない。

 だから、クロエは偽善者だ。


 そう思うことにした。

 その後、クロエはわたしに話しかけてこなくなった。

 廊下で会っても、目を逸らす。


 授業中も、わたしを見ない。

 それでいい。

 偽善者は、離れてればいい。


 でも、時々。

 クロエが、他のみんなと楽しそうにしているのを見る。

 笑っている。本当に、楽しそうに。


 アリシアと、魔法理論について話している。

 ヴァルと、冗談を言い合っている。

 タクヤとも、仲良くしている。


 偽善者のくせに。

 なぜ、あんなに楽しそうなの。

 なぜ、みんなクロエを好きなの。

 あんな偽善者の根暗者のくせに。

 わたしには、分からない。


 ムカつく。

 本当にムカつく。

 クロエという偽善者が。


 そして、ある日。

 クロエが、タクヤと楽しそうに話しているのを見た。


 二人で、笑い合っている。

 タクヤが、何か冗談を言っている。クロエが、楽しそうに笑っている。


 その光景を見て。

 わたしは、なぜか腹が立った。

 なぜだろう。


 タクヤは、才能がない虫だ。

 価値がない存在だ。

 クロエは、偽善者だ。


 嫌いな存在だ。

 なのに、二人が仲良くしているのを見ると。

 ムカつく。 

 すごく、ムカつく。


 わたしには、友達がいないのに。わたしには、笑い合える相手がいないのに。


 偽善者と虫が、楽しそうにしている。

 おかしい。世界が、間違っている。

 わたしは、その場から去った。


 二人の笑い声から、逃げるように。

 クロエという偽善者。

 わたしは、彼女が嫌いだった。

 本当に、嫌いだった。




 ◇ ◇ ◇




 タクヤを見るたびに、わたしはムカついた。

 才能がないくせに。価値がないくせに。虫のくせに。

 なぜ、あいつは幸せそうなの。

 なぜ、あいつはみんなに受け入れられているの。


 授業中、タクヤが何か冗談を言う。

 みんなが笑う。

 アリシアが笑う。クロエが笑う。

 ヴァルが笑う。レオナルドが笑う。

 クロウさえ、少し笑っている。


 なぜ。

 なぜ、才能がない虫が。

 みんなを笑わせることができるの。

 わたしには、できないのに。


 ある日、実技の授業で。

 ペアを作ることになった。

 またか、と思った。また、わたしは余るんだろう。

 でも、その日は違った。


「リリー、俺とペアを組まない?」


 タクヤが、わたしに話しかけてきた。

 え?


 わたしは、驚いた。

 タクヤが、わたしに話しかけた。誰も話しかけてこないのに。誰も近づいてこないのに。


「なぜかな?」


 わたしが聞く。


「なぜ、わたしなのかな」

「え? だって、リリーが一人だったから」


 タクヤが、普通に答える。


「みんなペアを作ってるけど、リリーだけ余ってたでしょ」

「だから、俺が誘おうと思って」


 その言葉が、わたしを混乱させた。

 わたしが一人だから。

 それだけの理由で。


 タクヤは、わたしを誘ってくれた。怖くないの?

 わたしが化け物だって知ってるでしょ?

 わたしが先輩の腕を潰したって知ってるでしょ?


「でも、わたしは…」

「大丈夫だよ」


 タクヤが笑う。


「俺、リリーが怖いとか思わないし」

「一緒に頑張ろう」


 その笑顔が、わたしの心を揺さぶった。

 でも、同時に。

 ムカついた。


 なぜ、こいつは。

 才能がない虫が。

 わたしに優しくするの。わたしを、同情しているの? わたしを、哀れんでいるの?


「いらないかな」


 わたしが冷たく言う。


「一人でやるかな」

「放っておいて」


 タクヤの笑顔が、少し曇った。


「そっか…分かった」

「でも、困ったことがあったら言ってくれ」


 そう言って、タクヤは別の人とペアを組んだ。

 わたしは、また一人で課題に取り組んだ。


 でも、心は混乱していた。タクヤは、なぜわたしを誘ったの。

 才能がない虫が。

 価値がない虫が。

 なぜ、わたしに優しくするの。


 同情?

 哀れみ?

 それとも、ただの偽善?


 ムカつく。

 本当にムカつく。


 でも、同時に。

 羨ましかった。


 タクヤは、誰とでも話せる。

 タクヤは、誰とでも友達になれる。

 タクヤは、孤独じゃない。


 わたしが、ずっと欲しかったもの。タクヤは、簡単に手に入れている。

 才能がないのに。

 それが、わたしをさらにムカつかせた。


 その日から、わたしはタクヤを見るたびに思った。

 虫だ。

 才能がない虫だ。

 価値がない虫だ。

 死んでも問題ない虫だ。


 でも、心の奥底では。

 羨ましかった。

 タクヤが持っているものが、羨ましかった。

 友達。笑顔。居場所。


 わたしが、ずっと欲しかったもの。

 でも、認められなかった。

 認めたら、わたしの世界観が崩れてしまう。

 才能がある者が価値がある。才能がない者は価値がない。それが、わたしの信念だから。

 それが、わたしの心を支えているから。


 だから、わたしはタクヤを憎んだ。

 才能がない虫を。

 でも、それは。

 本当は、羨望だったのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇




 日々は過ぎていった。

 でも、わたしの孤独は変わらなかった。


 クラスメイトたちは、だんだん仲良くなっていった。

 タクヤとクロエは、婚約したようだった。

 ヴァルとレオナルドは、よく一緒にいた。

 お兄ちゃんは、みんなと友達だった。


 クロウでさえ、少しずつ心を開いていった。

 わたしだけが、取り残されていた。

 授業中、みんなが楽しそうに会話している。


 魔法理論について議論している。

 冗談を言い合って笑っている。

 お互いに助け合っている。


 わたしは、それを遠くから見ていた。

 ずっと、遠くから。

 羨ましかった。


 わたしも、あの輪の中に入りたかった。わたしも、一緒に笑いたかった。わたしも、友達が欲しかった。


 でも、できなかった。

 怖かった。

 近づくことが、怖かった。

 また、誰かを傷つけることが、怖かった。また、拒絶されることが、怖かった。


 だから、距離を置いた。

 自分から、孤独を選んだ。


 でも、心は泣いていた。

 夜、寮の部屋で一人でいる時。

 わたしは、天井を見つめながら考えた。


「いつか、誰かがわたしを理解してくれるかな」

「いつか、誰かがわたしを愛してくれるかな」

「いつか、わたしも友達ができるかな」

「いつか、わたしも幸せになれるかな」


 でも、その答えは見つからなかった。

 ただ、暗闇だけがあった。


 孤独だけがあった。

 わたしは、光魔法の使い手なのに。

 自分の心の闇を、照らすことができなかった。


 それが、わたしの現実だった。

 孤独で、暗い現実。

 誰にも理解されず、誰にも愛されない現実。才能があるのに、価値があるはずなのに。


 わたしは、幸せじゃなかった。

 才能がない虫たちを見下していたのに。その虫たちの方が、幸せだった。


 それが、わたしを苦しめた。

 わたしの世界観を、揺るがした。


 でも、認められなかった。

 認めたら、わたしは壊れてしまう。

 だから、わたしは嘘をつき続けた。

 才能があるわたしは、すごい。

 才能がない者は、虫だ。


 それが、タクヤが来る前の、わたしの世界だった。

 孤独で、暗い世界。

 歪んで、壊れた世界。


 でも、それしかわたしには残されていなかった。




 ◇ ◇ ◇




 でも、本当は。

 心の奥底では、分かっていた。

 わたしは、間違っている。


 才能があるから価値がある、なんて。才能がない者は虫だ、なんて。

 そんなの、嘘だ。

 自分を守るための、嘘だ。


 だって、才能があるわたしは。

 全然幸せじゃないから。

 全然、価値を感じられないから。

 誰からも愛されていないから。

 誰からも必要とされていないから。


 夜、一人で泣く時。

 わたしは、自分に正直になった。


「友達が欲しいかな」

「誰かと、普通に話がしたいかな」

「誰かと、一緒に笑いたいかな」

「誰かに、触れてほしいかな」

「誰かに、抱きしめてほしいかな」

「誰かに、愛されたいかな」


 それが、わたしの本当の気持ちだった。

 才能なんて、どうでもよかった。

 価値なんて、どうでもよかった。


 ただ、友達が欲しかった。

 ただ、愛されたかった。

 ただ、孤独じゃなくなりたかった。


 クロエが話しかけてくれた時。

 本当は、すごく嬉しかった。

 涙が出そうなほど、嬉しかった。

 やっと、誰かがわたしを見てくれた。

 やっと、誰かがわたしに優しくしてくれた。


 でも、怖かった。

 また、傷つけてしまうのが怖かった。

 また、嫌われるのが怖かった。

 だから、拒絶した。


 でも、本当は。

 クロエと友達になりたかった。

 クロエと、一緒にご飯を食べたかった。

 クロエと、笑い合いたかった。


 タクヤが話しかけてくれた時も。

 本当は、嬉しかった。

 才能がない虫だと思っていたのに。価値がないと思っていたのに。

 それでも、彼が話しかけてくれたことが。


 嬉しかった。


 でも、それを認められなかった。

 認めたら、わたしの世界観が崩れる。

 認めたら、わたしの心の支えがなくなる。


 だから、拒絶した。

 だから、冷たくした。

 でも、心は泣いていた。


「ごめんなさいかな」

「本当は、友達になりたいかな」

「本当は、一緒にいたいかな」

「でも、できないかな」

「わたしは、化け物だからかな」

「わたしは、みんなを傷つけるからかな」

「わたしは、愛される資格がないからかな」


 授業中、みんなが楽しそうにしているのを見る時。

 わたしは、いつも思っていた。

 羨ましい。本当に羨ましい。


 わたしも、あの輪の中に入りたい。

 わたしも、一緒に笑いたい。

 わたしも、友達の肩を叩いて冗談を言いたい。

 わたしも、誰かに名前を呼ばれたい。

 わたしも、誰かに必要とされたい。


 でも、できない。

 わたしは、化け物だから。

 誰も、わたしを受け入れてくれないから。


 いや、違う。

 本当は、分かっていた。

 クロエは、わたしを受け入れようとしてくれた。タクヤも、わたしに優しくしようとしてくれた。


 他のみんなも、もしかしたら。

 わたしが心を開けば、受け入れてくれたかもしれない。

 でも、わたしが拒絶した。

 わたしが、自分から孤独を選んだ。


 怖かったから。

 また、傷つけるのが怖かったから。また、嫌われるのが怖かったから。

 だから、わたしは一人になった。

 自分で、一人を選んだ。


 でも、それが何より辛かった。

 孤独は、自分で選んだものだった。

 でも、それでも。


 孤独は、わたしを押し潰した。

 毎日、毎晩。

 わたしは、孤独に苦しんだ。友達が欲しいと泣いた。愛されたいと叫んだ。


 でも、誰にも届かなかった。

 わたしの心の叫びは、誰にも聞こえなかった。


 ある夜、わたしは鏡を見た。

 そこには、疲れ果てた少女がいた。目の下にクマがある。


 顔色が悪い。

 表情が死んでいる。


「これが、わたし」


 わたしが呟く。


「才能がある、価値があるわたし」


 でも、鏡の中のわたしは。

 全然、価値があるように見えなかった。

 ただ、壊れた少女がいるだけだった。孤独で、悲しくて、絶望している少女が。


「わたしは、何のために生きているの」


 鏡に問いかける。

 でも、答えは返ってこない。

 ただ、虚ろな目の少女が、こちらを見つめているだけ。


 わたしは、鏡から目を逸らした。自分の顔を見るのが、辛かった。


 ベッドに倒れ込む。

 枕に顔を埋める。


「誰か」


 小さく呟く。


「誰か、わたしを見つけて」

「誰か、わたしを助けて」

「誰か、わたしを愛して」

「お願いだから」

「わたしを、一人にしないで」


 でも、その願いは。

 誰にも届かなかった。


 わたしは、一人だった。ずっと、一人だった。

 才能がある、価値がある。そう思い込んでいた。


 でも、本当は。

 わたしは何も持っていなかった。

 友達も、愛も、居場所も。


 何もなかった。

 ただ、才能という名の呪いだけがあった。

 制御できない力という、呪いだけが。

 そして、孤独という、地獄だけが。


 それが、わたしの世界だった。

 タクヤが来る前の。

 わたしの、暗くて、寒くて、孤独な世界。


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