第八十五話「健全な学校生活」
場面転換記号である『◇◇◇』を『◇ ◇ ◇』に変更しました。ご理解よろしくお願いします。
リリーとの和解から数日後、俺は教室でレオナルドと話していた。
今度の実技の課題について相談しているところだった。
「師匠、造形魔法の応用課題はどうされますか?」
レオナルドが熱心に聞いてくる。
「複合的な造形を求められているようですが」
「そうだな」
俺が答える。
「建築と人物を組み合わせた作品にしようと思う」
「街の風景に人々が行き交う様子を表現したい」
「素晴らしいアイデアです」
レオナルドが感動する。
「僕も師匠を見習って、より高度な表現に挑戦します」
アリシアも会話に加わってくる。
「タクヤ、その課題なら私も協力できますわ」
彼女が本から顔を上げる。
「建築様式の歴史について、参考になる文献がありますの」
「ありがとう、アリシア」
俺が感謝する。
「それは助かる」
クロエも興味を示している。
「私も、街の風景には興味があるわ」
「みんなで情報交換しながら作品作りをしましょう」
そんな会話をしている時だった。
突然、後ろから誰かが俺に抱きついてきた。
「えっ?」
俺が驚く。
振り返ると、リリーが俺の背中にしがみついている。
腕輪の効果で、彼女は俺に近づけないはずだった。
でも、今は確実に俺に触れている。
そして、リリーの表情は――今まで見たことがないほど、輝いていた。
目を潤ませ、頬を紅潮させ、まるで世界で一番嬉しいことが起きたかのような笑顔。
「リリー?」
俺が困惑する。
「どうして近づけるんだ?」
「気づいたのかな!」
リリーが歓喜の声を上げる。
その声には、抑えきれない喜びが溢れていた。
「暴力的な意思がなければ、近づけるのかな!」
「試してみたら、本当に近づけて…」
リリーの声が震える。
感極まっているようだった。
「こんなに嬉しいこと、初めてかな」
「ずっと、ずっと、タクヤに触れたかったかな」
「でも腕輪があって、できなくて」
「でも、今は!」
リリーが俺を後ろからぎゅっと抱きしめている。
小さな体なのに、その力は尋常ではなかった。
瞬時に、俺の肋骨が軋む音が聞こえた。
「うっ」
俺が呻く。
肺が圧迫されて、空気が出ていく。
リリーの腕が、まるで鉄の輪のように俺の胴体を締め付けている。
「これは愛かもしれないかな」
リリーが無邪気に言う。
「タクヤへの愛情なら、腕輪も邪魔しないかな」
「ちょっと、リリー」
俺が必死に声を絞り出す。
「力が、強すぎ――」
言葉が続かない。
呼吸ができない。
本気で肋骨が折れる音が聞こえそうだった。
視界が少しずつ暗くなってくる。
これは、本当にまずい。
「師匠!」
レオナルドが叫ぶ。
「顔色が真っ青です!」
「リリーちゃん、それ以上締め付けたら本当に危険です!」
アリシアも慌てて立ち上がる。
「リリー、今すぐ離れなさい!」
「タクヤが死んでしまいますわ!」
でも、リリーは俺の言葉を聞いているのか聞いていないのか。
それどころか、さらに強く抱きしめてくる。
「ぎゅー」
リリーが幸せそうな声を出す。
「タクヤは温かいかな」
「やっと、こうして抱きしめられる」
「ずっと夢見てたかな」
俺の意識が遠のいていく。
本気で死ぬかもしれない。
愛情による殺人。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
クロウが冷静に行動する。
彼はリリーの肩を掴んで、力を込めて引き離そうとした。
でも、リリーの怪力には敵わない。
「…離せ」
クロウが短く言う。
「…殺す気か」
その言葉でやっと、リリーが我に返った。
「えっ?」
リリーが俺の様子を見る。
俺の顔は青白くなり、口から苦しそうな息が漏れている。
「ごめんなさいかな!」
リリーが慌てて俺から離れる。
俺は解放されて、床に膝をついた。
大きく、大きく息を吸い込む。
酸素が肺に入ってくる感覚が、こんなに幸せだとは。
「生きた…」
俺がようやく言葉を絞り出す。
「リリーの力、本当に危険だな」
「本気で死ぬかと思った」
周りのクラスメイトたちが、心配そうに俺を囲む。
「タクヤくん、大丈夫ですか?」
クロエが治癒魔法を準備している。
「肋骨は折れていませんか?」
「多分、大丈夫」
俺が答える。
「ギリギリ、耐えられた」
アリシアがリリーに厳しい視線を向ける。
「リリー、あなた自分が何をしたか分かっているの?」
「あと少しで、タクヤは窒息死していましたわよ」
「ごめんなさいかな」
リリーの目に涙が浮かんでいる。
でも、それは後悔だけではなかった。
嬉しさと、申し訳なさと、そして幸福感が混ざった複雑な涙。
「つい、嬉しくて」
「やっとタクヤに触れられて」
「力の加減を忘れちゃったかな」
リリーの声が震えている。
「でも、本当に嬉しかったかな」
「こんなに嬉しいこと、生まれて初めてかな」
その表情を見て、俺は複雑な気持ちになった。
確かに、死にかけた。
でも、リリーの喜びは本物だった。
彼女が、どれほど俺に触れたかったか。
その想いが、痛いほど伝わってきた。
「でも、腕輪の効果について新しい発見があった」
俺が分析する。
「暴力的な意図がなければ、近づけるということか」
「そうみたいかな」
リリーが頷く。
涙を拭いながら、でも笑顔で。
「愛情なら大丈夫かな」
「でも、その愛情が物理的に危険だ」
俺が苦笑いする。
確かに、リリーに悪意はない。
でも、彼女の愛情表現は命に関わるレベルで危険だった。
レオナルドが提案する。
「リリーちゃん、抱擁の練習をしましょう」
「僕が相手になります」
「本当に?」
リリーが顔を明るくする。
「でも、大丈夫?」
「大丈夫です」
レオナルドが勇敢に言う。
「師匠のためなら」
そして、リリーはレオナルドを試しに抱きしめた。
「ぎゃああああ!」
レオナルドの絶叫が教室に響く。
彼もまた、リリーの怪力の餌食になった。
「やっぱり、練習が必要かな」
リリーが反省する。
「でも、嬉しくて力が入っちゃう」
アリシアが呆れたように言う。
「これは本当に深刻な問題ですわね」
「リリーの愛情は、凶器と同じですわ」
クロウが短く言う。
「…殺人未遂」
「そこまで言わなくても」
俺が苦笑いする。
でも、実際その通りだった。
リリーの愛情は、文字通り命に関わる。
「今度から気をつけるかな」
リリーが真剣な顔で言う。
「もっと優しく抱きしめるかな」
「絶対に、タクヤを傷つけないかな」
でも、その表情は嬉しそうだった。
俺に近づけることが分かって、心の底から喜んでいるようだ。
俺は、この新たな問題にどう対処するべきか悩んだ。
リリーの愛情は嬉しいが、命の危険を感じるのは困る。
でも、彼女の気持ちを傷つけたくもない。
難しい問題だった。
「とりあえず」
俺がリリーに言う。
「抱擁の時は、もっと優しくしてくれ」
「本気で死ぬかと思ったから」
「分かったかな」
リリーが素直に頷く。
その瞳には、まだ幸福感が残っていた。
クロエが優しく言う。
「リリー、力の加減を学ぶのは時間がかかるわ」
「でも、諦めないで練習しましょう」
「私たちが協力するから」
「ありがとうかな」
リリーが感謝する。
この日から、リリーは時々俺に抱きついてくるようになった。
でも、毎回が命がけだった。
クラスメイトたちは、リリーの力加減の練習に協力してくれた。
アリシアは理論的に、クロエは優しく、レオナルドは身を挺して。
少しずつだが、リリーの抱擁は穏やかになっていった。
でも、まだ油断はできない。
リリーが嬉しくなると、つい力が入ってしまうからだ。
俺は、リリーとの新しい関係に慣れるのに時間がかかりそうだった。
でも、クラスメイトたちの協力があれば、きっと大丈夫だろう。
◇ ◇ ◇
それから数日後。
俺は、クロウとヴァルと一緒に談話室にいた。
最近、三人で過ごす時間が増えている。
クロウは相変わらず無口だが、ヴァルの単純な明るさが場を和ませてくれる。
「そういえば」
ヴァルが思い出したように言う。
「人族の世界には、賭け事というものがあるんだよね」
「賭け事?」
俺が聞く。
「どうして知ってるんだ?」
「本で読んだの」
ヴァルが答える。
「運を試すゲームらしいね」
「面白そう」
「…賭け事は危険」
クロウが短く警告する。
「…依存性がある」
「でも、少しだけなら大丈夫でしょ?」
ヴァルが無邪気に言う。
「余も、運試しをしてみたい」
そこに、アリシアも加わってきた。
「賭け事ですの?」
彼女が興味深そうに言う。
「私も参加させていただけますか?」
「確率論の実践として、興味がありますわ」
「アリシアも?」
俺が驚く。
「意外だな」
「学問として興味がありますの」
アリシアが答える。
「理論と実践の違いを確かめたいですわ」
クロエも通りかかって、会話に加わる。
「みんな楽しそうね」
「ボクも混ぜてもらっていい?」
俺は少し考えた。
確かに、賭け事は依存性があって危険だ。
でも、友達同士で少額の賭けをする程度なら、娯楽の範囲内かもしれない。
「少額なら、いいかもな」
俺が答える。
「でも、お金を賭けるのは良くない」
「じゃあ、どうする?」
ヴァルが聞く。
「…小さな金額なら」
クロウが提案する。
「…銀貨数枚程度」
「そうだな」
俺が同意する。
「銀貨十枚程度なら、お小遣いの範囲内だ」
「やったね」
ヴァルが喜ぶ。
「何をして遊ぶの?」
俺たちは、簡単なカードゲームをすることにした。
魔法大学の談話室に置いてあるトランプを使って、ポーカーのような遊びをする。
ポーカーというゲームはこの世界にないらしいので、俺が一通りルールを説明した。
トランプも自作をする。
賭け金は、一回につき銀貨1枚。
勝者が全部取る方式だ。
「それじゃあ、始めよう」
俺がカードを配る。
五人でのポーカーゲームの開始だ。
ヴァルは初心者だが、魔族としての直感力がある。
クロウは無表情で、何を考えているか分からない。
アリシアは理論派だが、実践ではどうか。
クロエは穏やかだが、意外と勝負強いかもしれない。
俺は、前世での経験を活かして戦略的に行こうと思った。
第一回戦。
俺の手札は、ワンペア。
それほど強い手ではない。
ヴァルは、明らかに良い手札を引いたようで、嬉しそうにしている。
クロウは、相変わらず無表情だ。
アリシアは冷静に手札を分析している。
クロエは微笑んでいるが、何を考えているか分からない。
「勝負」
俺が言う。
五人とも、銀貨1枚ずつを賭ける。
手札を公開すると、ヴァルがスリーカードで勝利した。
「やったー」
ヴァルが喜ぶ。
「賭け事楽しいね」
「…ビギナーズラック」
クロウがぽつりと言う。
第二回戦、第三回戦と続けていく。
結果は、かなりバラついた。
ヴァルがニ勝、クロウが一勝、アリシアが一勝、クロエが一勝、俺が0勝。
俺の銀貨が、どんどん減っていく。
「おかしいな」
俺が首を捻る。
前世でのポーカー経験があるのに、全然勝てない。
そもそも俺以外は初心者なはずなのに。
「タクヤ、読まれていますわよ」
アリシアが指摘する。
「手札が悪い時、明らかに表情に出ていますわ」
「本当?」
俺が驚く。
「気をつけていたつもりなんだが」
「運も実力のうちじゃん」
そこに、ルーシーとリリーが現れた。
「何やってるじゃん?」
「賭け事だよ」
ヴァルが答える。
「面白いよ〜」
「オレも混ぜてほしいじゃん」
ルーシーが興味を示す。
「わたしもやりたいかな」
リリーも目を輝かせている。
「七人でやった方が盛り上がるじゃん」
「いいね」
俺が賛成する。
「人数が多い方が楽しい」
ルーシーとリリーも加わって、七人でのポーカーゲームが始まった。
賭け金は同じく、銀貨1枚ずつ。
でも、参加者が増えることで、勝った時の取り分も多くなる。
リリーは俺の隣に座っている。
腕輪の効果はあるが、暴力的な意図がないので近くにいられる。
でも、時々興奮して俺の腕を掴んでくる。
「痛い、リリー」
「ごめんなさいかな」
その度に、俺は痛みを堪える。
リリーの力加減は、まだ完璧ではなかった。
第六回戦。
今度は、俺にも良い手札が来た。
フルハウス。
かなり強い手だ。
他の六人の様子を見ると、ヴァルは少し困った顔をしている。
クロウは相変わらず無表情。
アリシアは冷静に分析している。
クロエは微笑んでいる。
ルーシーは自信ありげな表情だ。
リリーは楽しそうにしている。
「勝負」
七人とも銀貨を賭ける。
手札を公開すると、俺のフルハウスが最強だった。
「やった」
俺が喜ぶ。
「ようやく勝てた」
銀貨7枚を獲得して、一気に損失を回復した。
「すごいかな、タクヤ」
リリーが嬉しそうに言う。
そして、興奮して俺に抱きついてきた。
「うわっ」
俺が驚く。
リリーの腕が、また俺の胴体を締め付ける。
「リリー、力」
「あっ、ごめんなさいかな」
リリーが慌てて離れる。
でも、その表情は幸せそうだった。
クラスメイトたちが笑っている。
「リリーちゃん、本当にタクヤが好きなのね」
クロエが微笑む。
「でも、殺さないでね」
「気をつけるかな」
リリーが頷く。
「タクヤ、強いじゃん」
ルーシーが感心する。
「隠れた才能があるじゃん」
「いや、これは運だよ」
俺が謙遜する。
でも、内心では嬉しかった。
ようやく勝てたからだ。
ゲームは続いた。
結果的に、一番勝ったのはクロウだった。
彼の無表情が、最高のポーカーフェイスになっていたようだ。
「…意外と楽しかった」
クロウがぽつりと言う。
彼にしては、珍しく感想を述べた。
「また今度やろうね」
ヴァルが提案する。
「でも、もう少し賭け金を増やしてもいいかも」
「ダメだ」
俺が制止する。
「賭け金を増やしたら、依存性が高くなる」
「この程度で抑えておこう」
「タクヤの言う通りですわ」
アリシアが同意する。
「賭け事は、適度が肝心ですわ」
「そうじゃん」
ルーシーも頷く。
「賭け事は適度が一番じゃん」
俺たちは、適度な賭け事を楽しんだ。
勝ち負けはあったが、誰も大きな損失を出すことはなかった。
友達同士の健全な娯楽として、良い時間を過ごせたと思う。
そして、何よりクラスメイトたちとの絆が深まった。
七人で笑い合い、勝負を楽しみ、お互いを思いやる。
これこそが、俺が求めていた学生生活だった。
「楽しかったね」
クロエが言う。
「またみんなで集まりましょう」
「そうだね」
俺が答える。
「定期的に、こういう時間を持ちたい」
「賛成かな」
リリーが嬉しそうに言う。
「タクヤと、もっと一緒にいられるかな」
レオナルドも加わってきた。
「師匠、僕も次は参加させてください」
「もちろんだ」
俺が答える。
「みんなで楽しもう」
でも、俺は心の中で決めていた。
この程度で止めておこう。
賭け事は、確かに楽しいが、依存性がある。
適度に楽しむ分には問題ないが、のめり込むのは危険だ。
俺は、自制心を保ちながら、この娯楽を続けていこうと思った。
そして、クラスメイトたちとの関係を、もっと深めていきたい。
◇ ◇ ◇
その夜、俺は一人で今日のことを振り返っていた。
リリーの愛情表現の問題と、賭け事での娯楽。
そして、クラスメイトたちとの絆の深まり。
どれも、適度なバランスが重要だと感じた。
リリーの愛情は嬉しいが、物理的な危険を伴う。
彼女に自制してもらう必要がある。
でも、みんなが協力してくれている。
クラスの仲間として、互いに支え合っている。
賭け事は楽しいが、依存性がある。
適度に楽しむことが大切だ。
でも、友達同士で楽しむ分には、良いコミュニケーションツールになる。
俺は、どんなことでも、バランスが重要だと改めて思った。
極端に走るのではなく、適度なところで留まる。
それが、健全な生活を送る秘訣だ。
そして、仲間たちと支え合うこと。
それが、最も大切なことだ。
俺は、そのことを心に刻んで、明日も充実した一日を過ごそうと決意した。
仲間たちとの時間を大切にしながら、自分自身も成長していきたい。
魔法大学での生活は、毎日が学びの連続だった。
勉強だけでなく、人間関係やバランスの取り方についても。
俺は、この経験を通じて、より良い人間になっていこうと思った。
「明日も頑張ろう」
俺が小さく呟いて、眠りについた。
今日という日に感謝しながら。
そして、仲間たちとの絆に感謝しながら。
◇ ◇ ◇
翌日、俺が教室に入ると、リリーが嬉しそうに手を振ってくれた。
今度は慎重に近づいてくる。
昨日の注意を守ってくれているようだ。
「おはよう、タクヤ」
リリーが元気よく挨拶する。
適度な距離を保ちながらの、健全なコミュニケーションだった。
でも、その瞳には、確実に愛情が宿っている。
「おはよう、リリー」
俺も答える。
「今日も一日、よろしく」
他のクラスメイトたちも、次々と挨拶してくれる。
アリシア、クロエ、クロウ、ヴァル、ルーシー、レオナルド。
みんなが、俺の大切な仲間だ。
クラスメイトたちとの関係も、少しずつ安定してきた。
リリーとの和解、賭け事での適度な娯楽、そしてみんなとの絆の深まり。
俺の魔法大学生活は、充実した日々を送れている。
これからもはこの平和を大切にしよう。
仲間たちとの絆を深めながら、一日一日を大切に過ごしていこう。
俺は、そんな風に考えながら、今日もまた新しい一日を始めていた。
リリーは、少し離れた場所から俺を見つめていた。
もう、暴力でタクヤを傷つけることはない。
今度は、愛情で傷つけないように気をつけないと。
そう思いながら、でも幸せそうに微笑んでいた。
タクヤと一緒にいられる。
それだけで、リリーの心は満たされていた。




