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第八十四話「和解への道」


 翌日の朝、俺はいつもより早くアドバンスクラスの教室に向かった。


 一昨日のリリーとの一件で、気まずい空気になることは覚悟していた。

 腕輪の効果で物理的には安全だが、人間関係の修復は別問題だ。


 教室の扉を開けて中に入ると、いつものように数人の生徒が既に席についている。

 アリシアは相変わらず読書に集中しているし、クロウも静かに座っている。


 でも、俺が目を疑ったのは、リリーの姿だった。


「うそだろ…」


 俺が小さく呟く。


 リリーの顔が、信じられないほどボコボコになっていた。


 左目は完全に塞がるほど腫れ上がり、痣は紫から黒に変色している。右目も半分開かない状態だ。

 唇は大きく切れて乾いた血が固まり、頬は青紫に腫れ上がって、鼻にも打撲の跡がある。

 顎にも複数の痣があって、首筋にも指の跡のような痣が残っている。


 息をするたびに苦しそうに顔を歪め、明らかに肋骨も痛めているようだった。

 制服の袖から覗く腕にも、防御した時についたであろう痣が無数にある。


 これは…一方的な暴力の痕跡だ。

 一昨日まで俺を一方的に殴っていた彼女が、今度は逆にここまで激しく殴られている。


「おはよう、タクヤくん」


 クロエが普通に挨拶してくれる。

 でも、彼女もリリーの様子を心配そうに見ている。

 他の生徒たちも、リリーを見て顔を歪めていた。


「リリー、大丈夫なのか?」


 俺がリリーに声をかけようとした時、教室の扉が勢いよく開いた。

 入ってきたのは、ルーシーだった。

 リリーの双子の兄で、普段は穏やかな性格だ。


 でも、今日の彼は明らかに怒っている。右手の拳には、まだ擦り傷が残っていた。


「リリー」


 ルーシーが妹を見つめる。

 その視線は、愛情と厳しさが混じっていた。


「一昨日、タクヤを一方的に殴ったって本当じゃん?」


 リリーが萎縮する。

 いつもの強気な態度とは正反対だった。

 腫れた目から、恐怖の色が覗いていた。


「それは…」

「言い訳は聞かないじゃん」


 ルーシーがきっぱりと言う。


「お前が悪いことをしたから、オレがお仕置きしたじゃん」


 なるほど、リリーの怪我はルーシーによるものだったのか。

 双子の兄が、妹の行動を正そうとして暴力を振るったということだ。


 でも、それにしてもやりすぎだ。これは完全に行き過ぎている。


「ルーシー、君がリリーを?」


 俺が確認する。


「そうじゃん」


 ルーシーが頷く。


「うちの妹が、タクヤに迷惑をかけたじゃん」

「理由もなく暴力を振るうなんて、許せないじゃん」


 ルーシーの正義感は本物だった。


 でも、その方法には問題がある。

 暴力で暴力を正そうとしても、根本的な解決にはならない。


「でも、ここまでする必要は」


 俺が言いかけた時、リリーが震えながら立ち上がった。

 彼女は俺の方を向いて、不服そうな表情を浮かべている。


 でも、腕輪の効果で俺に近づくことはできない。

 数歩近づいただけで、見えない壁に阻まれてしまう。

 リリーの表情に、一瞬苦悩が浮かんだ。


「くそっ」


 リリーが舌打ちする。

 でも、諦めたように深いため息をついた。

 腫れた唇を震わせながら。


「ごめんなさいかな」


 リリーが小さな声で言った。

 明らかに不本意そうだが、それでも謝罪の言葉を口にした。


「昨日は、調子に乗って暴力を振るったかな」

「リリー…」


 俺が驚く。

 彼女がこんなに素直に謝るなんて、予想していなかった。


「お兄ちゃんに怒られて、反省したかな」


 リリーが続ける。


 顔の怪我が痛々しいが、表情は少し穏やかになっていた。

 そして、俺を見つめるその瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。


「妹がごめんじゃん」


 ルーシーも俺に頭を下げる。


「リリーの行動は、オレの責任でもあるじゃん」

「ちゃんと教育できていなくて、申し訳なかったじゃん」


 俺は複雑な気持ちになった。

 確かに、リリーの謝罪は嬉しい。

 でも、それが兄の暴力によって強制されたものだとすると、素直に喜べない。


「ルーシー、リリーを殴る必要はなかった」


 俺が言う。


「確かに彼女の行動は問題だったが、暴力で解決するべきじゃない」

「ここまでやる必要は絶対になかった」

「でも」


 ルーシーが反論しようとする。


「俺も、リリーを必要以上に挑発した」


 俺が正直に言う。


「お互いに悪かった部分がある」


 俺がリリーに向かって話しかける。

 腕輪の効果で、彼女は俺に近づけないが、会話はできる。


「リリー、俺も謝る」


 俺が頭を下げる。


「君を必要以上に挑発して、傷つけてしまった」

「大人として、もっと冷静に対応するべきだった」


 リリーが意外そうな顔をする。

 腫れた目を精一杯開いて、俺を見つめていた。

 俺が謝罪することを、予想していなかったようだ。


「でも、あなたが先に」

「それでも、君は子供だ」


 俺が続ける。


「俺は大人として、もっと責任を持って行動するべきだった」


 リリーの目に、涙が浮かんでいる。

 怒りではなく、別の感情だった。

 痛みと、そして何か別の…温かい感情。


 その瞳が、俺を見つめて離さない。


「わたしも、本当にごめんなさいかな」


 リリーが改めて謝る。

 今度は、心からの謝罪のように聞こえた。

 声が少し震えている。


「あなたに怪我をさせてしまって」

「お互い様だ」


 俺が微笑む。


「これからは、仲良くやろう」


 その言葉を聞いた瞬間、リリーの顔が真っ赤になった。

 怪我で腫れているのとは違う、明らかな赤面だった。

 慌てて視線を逸らし、小さく咳払いをする。


 ルーシーも安堵したような表情を見せる。


「良かったじゃん」

「でも、これからはもう暴力はダメだ」


 俺がルーシーに釘を刺す。


「問題があっても、話し合いで解決しよう」

「分かったじゃん」


 ルーシーが頷く。

 教室の雰囲気が、少しずつ和やかになってきた。

 他のクラスメイトたちも、俺たちの和解を温かく見守ってくれている。


「それにしても」


 俺がリリーの怪我を心配そうに見る。


「その顔、大丈夫か?」

「治癒魔法で治してもらった方がいい」

「大丈夫かな」


 リリーが強がる。


「このくらい、すぐ治るかな」


 でも、明らかに痛そうだった。

 息をするたびに顔を歪めている。


 俺は保健室に連れて行こうと思ったが、腕輪の効果で彼女に近づけない。


「ルーシー、リリーを保健室に連れて行ってくれ」


 俺が頼む。


「治癒魔法で治してもらった方がいい」

「そうするじゃん」


 ルーシーが妹を気遣う。

 やはり、根本的には妹思いの良い兄なのだ。

 ただ、方法を間違えただけだ。


「そして、その後に」


 俺が提案する。


「せっかく仲直りできたんだから、何かお祝いしないか?」

「お祝い?」


 リリーが首を傾げる。その動作さえ痛そうだった。


「三人で、商店街に買い物に行こう」


 俺が提案する。


「仲直りの記念に」


 リリーとルーシーが顔を見合わせる。


「それは」


 リリーが少し戸惑う。

 でも、その瞳には期待の光が灯っていた。


「でも、わたしはあなたに近づけないかな」


 確かに、腕輪の効果がある限り、リリーは俺に近づけない。

 買い物に行っても、一緒に行動するのは難しいかもしれない。


「大丈夫だ」


 俺が答える。


「距離を保ったまま、一緒にいることはできる」

「それに、ルーシーもいるし」

「じゃあ、行ってみようかな」


 リリーが少し嬉しそうに言う。

 痛みを堪えながらも、笑顔を作ろうとしていた。

 その健気な姿に、俺は胸が痛んだ。


「仲直りの買い物」

「いいアイデアじゃん」


 ルーシーも賛成してくれる。




◇◇◇




 授業が終わった後、俺たち三人は魔法大学の商店街に向かった。

 

 リリーの顔の怪我は、アリシアに治癒魔法をかけてもらって、かなり良くなっていた。

 まだ少し腫れは残っているが、痛みはほとんどないようだ。

 でも、完全には消えない痣がまだ残っている。


「何を買おうかな」


 リリーが楽しそうに言う。


 腕輪の効果で俺から5メートルほど離れているが、会話に支障はない。

 リリーは時折、俺の方をちらりと見ては、また視線を逸らしていた。


「甘い物はどうだ?」


 俺が提案する。


「この商店街には、美味しいケーキ屋がある」

「いいねじゃん」


 ルーシーが賛成する。


「リリーは甘い物が大好きじゃん」

「そんなことないかな」


 リリーが照れる。

 でも、明らかに興味を示している。

 頬がほんのり赤くなっていた。


 俺たちは「魔法のケーキハウス」という店に向かった。

 ショーウィンドウには、色とりどりのケーキが並んでいる。

 どれも美味しそうで、見ているだけで楽しくなる。


「どれにしようかな」


 リリーが迷っている。

 チョコレートケーキ、イチゴケーキ、魔法で光るケーキ。

 どれも魅力的だった。


「全部買えばいいじゃん」


 ルーシーが豪快に言う。


「今日は特別な日じゃん」

「でも、お金が」


 リリーが心配する。


「俺が払う」


 俺が申し出る。


「仲直りの記念だから」

「でも、それは悪いかな」


 リリーが遠慮する。

 でも、その目は嬉しそうに輝いていた。


「気にするな」


 俺が笑う。


「友達同士だから」


 友達という言葉を聞いた瞬間、リリーの表情が複雑に変化した。

 嬉しそうでもあり、少し寂しそうでもある。

 そして、また顔が赤くなっていた。


「友達…かな」


 リリーが小さく呟く。

 その声には、何か言いたげな響きがあった。


「もちろんだ」


 俺が答える。


「これからは、友達として仲良くやろう」


 リリーは視線を落とし、小さく頷いた。

 その表情を、俺は読み取れなかった。


 俺たちは結局、三種類のケーキを買った。

 店の外にあるベンチで、少し離れて座って食べる。

 腕輪の効果で近づけないが、雰囲気は和やかだった。


「美味しいかな」


 リリーがケーキを頬張りながら言う。

 子供らしい無邪気な表情に戻っていた。

 でも、時折俺を見つめる視線には、複雑な感情が宿っている。


「良かったじゃん」


 ルーシーも嬉しそうだ。


「リリーが笑ってくれて」


 俺も、この和やかな雰囲気に癒された。

 一昨日の険悪な空気が嘘のようだ。

 やはり、話し合いで解決するのが一番だ。


「そういえば」


 俺が思い出したように言う。


「この腕輪の効果、取り外せないって言われたんだが」

「永続的な効果らしい」

「えっ」


 リリーが驚く。


「永続的って、ずっとかな?」


 その声には、明らかな動揺が含まれていた。

 表情が一瞬、暗くなる。


「そうらしい」


 俺が答える。


「でも、別に困らないだろう」

「君が俺に暴力を振るう理由はもうないし」

「そうだけど」


 リリーが複雑そうな顔をする。


「なんだか、変な感じかな」


 その表情には、寂しさが混じっているように見えた。

 まるで、永遠に近づけない距離を嘆いているかのような。


「慣れるよ」


 俺が励ます。


「それより、これからは友達として仲良くしよう」

「うんかな」


 リリーが頷く。


 その笑顔は、純真な子供のものだった。

 でも、俺を見つめる瞳の奥には、友情以上の何かが隠れているようにも見えた。


 俺は気づかなかったが、リリーの心の中では大きな変化が起きていた。




 幼い頃から暴力的な性格で、周りの子供たちから恐れられ、忌み嫌われてきたリリー。


 友達もできず、いつも一人ぼっちだった。

 双子の兄ルーシーだけが、そんな彼女の味方だった。


 でも、ルーシーの制裁という形であっても、それは暴力だった。

 愛情からくる暴力であっても、痛みは変わらない。


 そんなリリーに、初めて優しくしてくれた人。

 暴力を振るった自分に、それでも謝ってくれた人。

 対等な友達として接してくれた人。


 それがタクヤだった。


 リリーの心の中で、何かが芽生え始めていた。

 でも、その感情が何なのか、彼女自身もまだ理解していなかった。


 ただ、タクヤと一緒にいると、胸が温かくなる。

 タクヤの笑顔を見ると、自分も笑顔になれる。

 でも、腕輪のせいで近づけない。

 その距離が、なんだか悲しかった。




「タクヤ」


 リリーが小さく呟く。


「なんだ?」

「いえ、何でもないかな」


 リリーが首を振る。

 胸の中の想いを、まだ言葉にできなかった。


 俺は、この和解が本当に良かったと思った。

 暴力では何も解決しない。

 でも、話し合いと理解があれば、どんな問題も乗り越えられる。


 俺たちは、その後も商店街を回った。

 本屋で魔法理論の参考書を見たり、雑貨屋で面白いアイテムを探したり。

 腕輪の効果で物理的な距離はあるが、心の距離は確実に縮まっていた。


 いや、少なくとも俺はそう思っていた。




 リリーの方は、距離が縮まれば縮まるほど、胸の痛みが増していた。

 物理的に近づけない。

 でも、心は近づきたい。


 その矛盾が、リリーを苦しめていた。




「楽しかったかな」


 リリーが帰り道で言う。


「久しぶりに、こんなに楽しい時間を過ごせたかな」





 その言葉には、深い意味が込められていた。

 子供の頃から、誰とも楽しい時間を過ごせなかったリリー。


 暴力的な性格のせいで、友達もできなかった。


 でも、今日は違った。

 タクヤと一緒に、笑い合える時間があった。

 それが、リリーにとってどれほど貴重なものか。





「俺もだ」


 俺が答える。


「君たちと友達になれて、本当に良かった」




 友達。

 またその言葉。

 リリーの胸が、キュッと締め付けられる。

 友達は嬉しい。


 でも、友達だけでいいのだろうか。

 そんな疑問が、リリーの心をよぎった。


「オレたちも、タクヤと仲直りできて良かったじゃん」


 ルーシーが感謝してくれる。


 俺たちは、アドバンスクラスの仲間として、新しいスタートを切った。

 過去のいさかいは水に流して、これからは協力していこう。


 そんな気持ちで、俺は今日という日を締めくくった。

 リリーは、複雑な気持ちを胸に秘めたまま、家路についた。




◇◇◇




 その夜、俺は一人で今日のことを振り返っていた。

 リリーとの和解は、俺にとって大きな学びになった。

 暴力では何も解決しないが、理解し合おうとする気持ちがあれば、どんな問題も乗り越えられる。


 腕輪という特殊なアイテムが和解のきっかけになったが、本当に重要なのはお互いを思いやる心だった。

 俺は、この経験を今後の人間関係にも活かしていこうと思った。

 感情的になって相手を攻撃するのではなく、冷静に話し合いで解決する。


 それが、大人としての責任ある行動だ。


 俺は、リリーやルーシーとの友情を大切にしながら、魔法大学での生活を続けていこうと決意した。

 明日から、また新しい一歩を踏み出そう。

 仲間たちと一緒に。


「よし」


 俺が小さく呟く。


「明日も頑張ろう」


 俺は、穏やかな気持ちで眠りについた。

 和解の喜びと、仲間たちへの感謝を胸に抱きながら。

 人間関係の修復は確かに困難だが、不可能ではない。

 お互いを理解し、尊重し合えば、きっと良い関係を築けるはずだ。


 俺は、そのことを今日改めて学んだ。

 そして、これからも学び続けていこうと思った。



 一方、リリーは自分の部屋で、一人ベッドに横たわっていた。

 今日の出来事を反芻しながら、胸の高鳴りが止まらなかった。




 タクヤの優しい言葉。

 タクヤの温かい笑顔。

 タクヤの、自分を対等に扱ってくれる態度。

 全てが、リリーの心に深く刻まれていた。


「どうして…」


 リリーが小さく呟く。


「どうして、あんなに優しくしてくれるのかな」


 幼い頃から、暴力的な性格で周りから避けられてきた。

 友達もできず、孤独な日々を過ごしてきた。

 そんな自分に、初めて優しくしてくれた人。


 それがタクヤだった。


「でも、わたしはタクヤかなを殴ったかな」


 リリーが自分を責める。


「ひどいことをした」


「なのに、タクヤくは謝ってくれたかな」

「友達になろうって、言ってくれたかな」


 涙が溢れてくる。

 嬉しさと、申し訳なさと、そして別の感情。


「これって…」


 リリーが自分の胸に手を当てる。


「これって、何かな」


 恋という感情を、リリーはまだ理解していなかった。

 でも、確実に心が変化していた。

 タクヤへの想いが、日に日に大きくなっていく。


「でも、腕輪のせいで近づけない」


 リリーが悲しそうに呟く。


「永遠に、近づけない」


 その事実が、リリーを苦しめた。

 でも、同時に決意も生まれた。


「それでも、タクヤの近くにいたい」


 リリーが強く思う。


「友達として、ずっと一緒にいたい」


 その想いが、恋心だということに、リリーはまだ気づいていなかった。

 でも、確実に彼女の心はタクヤに向かっていた。


 ただ、タクヤは全く気づいていない。

 リリーの複雑な感情も、彼女の想いも。

 タクヤにとって、リリーはただの友達。

 仲直りできた、大切なクラスメイト。


 それ以上でも、それ以下でもない。

 この認識のズレが、やがて新たな問題を生むことになる。


 でも、それはまた別の話。

 今は、この平和な時間を楽しもう。


 リリーも、そう思いながら眠りについた。

 タクヤの笑顔を思い浮かべながら。




◇◇◇




 翌日の授業で、俺たちの関係はさらに改善された。

 リリーは俺に普通に話しかけてくれるし、ルーシーも友好的だ。

 腕輪の制約はあるが、それを除けば普通のクラスメイトとして接することができている。


「タクヤ、昨日はありがとうかな」


 リリーが休み時間に声をかけてくる。

 5メートルほど離れているが、会話に支障はない。


「ケーキ、とても美味しかったかな」


 その顔は、少し赤らんでいた。

 俺を見つめる瞳には、何か特別な輝きがあった。


「こちらこそ」


 俺が答える。


「楽しい時間だった」

「今度は、みんなでお茶でもしよう」


 リリーが提案してくれる。


「アドバンスクラス全員で」




 でも、その声には少し寂しさが混じっていた。

 みんなで、という言葉に。

 本当は、二人きりで話したい。

 そんな想いが、リリーの心の中にあった。


 でも、それを口には出せなかった。




「いいアイデアだ」


 俺が賛成する。


 他のクラスメイトたちも、俺たちの和解を喜んでくれているようだった。

 レオナルドなどは、感動で涙を流している。


「師匠とリリーちゃんが仲直りできて、本当に良かったです」


 レオナルドが言う。


「これで、クラス全員が仲良しですね」

「そうだね」


 俺が微笑む。

 アドバンスクラスに、新しい平和が訪れた。

 この平和が、いつまでも続くことを俺は願っていた。


 でも、俺はまだ知らなかった。


 この穏やかな日々が、やがて新たな試練によって揺さぶられることになるということを。

 そして、リリーの秘めた想いが、やがて表面化することも。


 魔法大学での生活は、まだまだ予測不可能な展開が待っているのだった。


 でも、今はこの平和を大切にしよう。

 仲間たちとの絆を深めながら、一日一日を大切に過ごしていこう。

 俺は、そんな風に考えながら、今日もまた充実した一日を過ごしていた。


 リリーは、少し離れた場所から俺を見つめていた。

 胸の中の想いを秘めたまま。


「タクヤ…」


 リリーが小さく呟く。

 その言葉は、誰にも聞こえなかった。

 俺にも、届かなかった。





 でも、リリーの心の中では、確実に何かが芽生えていた。

 それが恋だと気づくのは、もう少し先の話。


 今は、ただタクヤの近くにいられることが嬉しかった。

 たとえ、物理的には近づけなくても。

 心は、確実に近づいていた。

 少なくとも、リリーの側は。


 タクヤは、相変わらず何も気づいていなかったが。

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