第八十三話「理不尽な暴力を防ぐための腕輪」
クロエとの関係が深まってから数日後。
俺は魔法大学の商店街で、日用品の買い物をしていた。
石鹸、本、筆記用具など、学生生活に必要なものを揃える。
商店街は午後の陽光に照らされて、平和な雰囲気だった。
学生たちが行き交い、店主たちが客引きの声をかけている。
いつもの、変わらない日常。
でも、その平和は突然終わった。
「あら、タクヤ」
後ろから、甘ったるい声が聞こえた。
その声色に、嫌な予感がする。
振り返ると、リリーが立っていた。
小さな体に光魔法使いの制服を着た、可愛らしい少女。
でも、その表情は氷のように冷たかった。
そして、その瞳には明確な殺意が宿っている。
「リリー?」
俺が困惑する。
「どうした?」
「どうしたじゃないかな」
リリーがにこりと笑う。
でも、その笑顔には悪意が溢れていた。
まるで、獲物を見つけた捕食者のような笑みだ。
「あなた、クロエと関係を持ったのかな?」
俺は一瞬、言葉を失った。
なぜリリーが、俺とクロエのことを知っているのか。
そもそも、それがなぜ彼女に関係があるのか。
「それは、俺とクロエの」
俺が答えようとした瞬間。
視界が歪んだ。
何が起こったのか理解する前に、激痛が腹部を襲った。
「うぐっ」
俺がうめき声を上げる。
リリーの小さな拳が、俺の腹部に深々と埋まっていた。
小さな女の子の拳とは思えないほど、威力が強い。
まるで、全速力で走ってきた馬に蹴られたような衝撃だった。
内臓が、ぐちゃぐちゃに潰されたような感覚。
呼吸ができない。
膝が崩れる。
「調子に乗りすぎかな」
リリーが冷たい声で言う。
その声には、一片の慈悲もなかった。
「あなたみたいな普通の人間が、人を娶るなんてかな」
俺が膝をついた瞬間。
リリーの蹴りが、俺の脇腹を襲った。
ドゴッ、という鈍い音が響く。
「がはっ」
俺の口から、血が飛び出た。
吐血だった。
肋骨が、何本か折れたかもしれない。
激痛が全身を駆け巡る。
地面に倒れ込む俺を見下ろして、リリーは楽しそうに笑った。
「痛いかな?」
リリーが俺の髪を掴んで、顔を持ち上げる。
「これは、序の口かな」
周りの学生たちが騒ぎ始める。
「何事だ?」
「リリーちゃんが誰かを殴ってる?」
「うわ、血だ」
でも、誰も止めに入ろうとしない。
みんな、遠巻きに見ているだけだ。
リリーの実力を知っているからだろう。
彼女に逆らえば、自分も同じ目に遭う。
「みんな、見てるかな」
リリーが周囲に聞こえるように言う。
「これが、調子に乗った男の末路かな」
リリーが再び、俺の顔面に拳を叩き込もうとする。
俺は咄嗟に、瞬間移動で距離を取った。
数メートル離れた場所に移動して、なんとか立ち上がる。
口の中は血の味でいっぱいだ。
視界が、ぼやけている。
「逃げたかな」
リリーが舌を出して、楽しそうに言う。
「でも、逃がさないかな」
リリーが魔法を発動する。
その速度は、俺の目では追えないほど速い。
「『光魔法:光の鎖』」
眩い光の鎖が、俺の体を捕らえる。
両手、両足、そして首。
五本の光の鎖が、俺の自由を完全に奪った。
身動きが取れない。
息も、苦しい。
「これで、もう逃げられないかな」
リリーがゆっくりと近づいてくる。
小さな体なのに、圧倒的な威圧感がある。
まるで、死神が近づいてくるような恐怖を覚えた。
「今日はお兄ちゃんがいないから、好きなだけボコれるかな」
リリーが楽しそうに言う。
その目は、完全に狂気を帯びていた。
俺は必死に光の鎖を振り払おうとした。
全身の魔力を込めて、瞬間移動を発動する。
光の鎖が、一瞬だけ緩んだ。
その隙に、俺は拘束を解いて再び逃げ出した。
「しつこいかな」
リリーが苛立った声を上げる。
「もう一回捕まえたら、今度こそ殺すかな」
その言葉に、背筋が凍った。
彼女は本気だ。
本当に、俺を殺すつもりだ。
俺は商店街を駆け抜けて逃げた。
全力で走る。
後ろから、リリーの足音が追いかけてくる。
小さな体なのに、その足音は重く、速い。
「待つかな」
リリーの声が背中に迫る。
さらに、魔法の気配を感じた。
「『光魔法:ライトランス』」
光の槍が、俺の背中に向かって飛んでくる。
俺は咄嗟に横に飛び、なんとか回避した。
でも、光の槍は地面に激突して、石畳に大穴を開けた。
直撃していたら、間違いなく死んでいた。
俺は必死に走り続けた。
商店街を抜けて、路地裏へと逃げ込む。
でも、路地裏は迷路のようになっていた。
どこに逃げればいいのか分からない。
しかも、だんだん暗くなってくる。
路地の奥は、真っ黒で何も見えない。
でも、逃げるしかない。
背後から、リリーの笑い声が聞こえる。
「楽しいかな、この鬼ごっこ」
リリーが言う。
「でも、もうすぐ終わりかな」
俺は暗闇の中を手探りで進んだ。
息が切れる。
体中が痛い。
でも、止まるわけにはいかない。
その時、微かに紫色の光が見えた。
「あれは?」
俺がその光に向かって進む。
そこには、小さな雑貨店があった。
薄紫色に光る看板に「ミステリアス・アイテム」と書かれている。
いかにも怪しい店だが、リリーから逃げるには仕方ない。
俺は店の扉を開けた。
鐘の音が、静かに響く。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、老人の声が聞こえてきた。
薄暗い店内には、様々な奇妙な商品が並んでいる。
水晶玉、不思議な薬草、古い書物、魔法のアイテム。
どれも、普通の店では見かけないものばかりだった。
店主は年老いた男性で、長い白髭を生やしている。
ローブを着て、いかにも魔法使いらしい風貌だった。
「お客さん、大変お困りのようですね」
老人が俺を見て言う。
鋭い目つきで、俺の状況を完全に見抜いているようだった。
「どうして分かるんですか?」
俺が驚く。
「息が荒く、顔色も悪い」
老人が説明する。
「服も汚れて、血も流れています」
「それに、殺気立った小さな光魔法使いに追われているのでしょう?」
老人の洞察力に、俺は驚愕した。
まるで、全てを見透かしているようだ。
「実は」
俺が事情を説明し始める。
リリーに突然殴られたこと。
理不尽に暴力を振るわれたこと。
相手が強すぎて、抵抗できないこと。
そして、今も命を狙われていること。
「なるほど」
老人が頷く。
「それは、非常に困った状況ですね」
「何か、良い解決策はありませんか?」
俺が必死に頼む。
「あの子が相手では、正面から戦っても勝ち目がない」
「このままでは、本当に殺されてしまう」
「ふむ」
老人が考える素振りを見せた。
そして、店の奥から何かを取り出してきた。
二つの腕輪だった。
一つはピンク色、もう一つは黒色。
どちらも、不思議な光を放っている。
魔力の波動が、腕輪から感じられる。
「これは、『無暴力の腕輪』という非常に珍しいアイテムです」
老人が説明する。
「古代魔法で作られた、伝説の拘束具です」
「どんな効果ですか?」
俺が興味深そうに聞く。
「黒い腕輪をつけた人が、ピンクの腕輪を相手に装着させると」
老人が続ける。
「ピンクの腕輪をつけた人は、黒い腕輪の人に一切の暴力を振るえなくなります」
「物理攻撃も、魔法攻撃も、全て無効化されます」
「本当ですか?」
俺が驚く。
「それなら、リリーに暴力を振るわれずに済む」
「ただし」
老人が真剣な表情で警告する。
「重大なデメリットもあります」
「一度腕輪をつけたら、その効果は永続的です」
「二度と、効果を取り外すことはできません」
「いかなる魔法を使っても、物理的な力を使っても、です」
俺は少し躊躇した。
永続的というのは、かなり重い条件だ。
でも、今のリリーの暴力から逃れるためには、仕方がないかもしれない。
命の危険と比べれば、この選択肢しかない。
「どうしましょうか?」
俺が悩んでいると、老人が突然動いた。
その動きは、年齢を感じさせないほど素早かった。
黒い腕輪を、俺の左手首にはめ込んだ。
カチッ、という音と共に、腕輪が固定される。
そして、腕輪から魔力が溢れ出して、俺の体に馴染んでいく。
「ちょっと、勝手に」
俺が抗議する。
でも、腕輪は既にしっかりと装着されていた。
引っ張っても、魔力で外そうとしても、びくともしない。
「お代は100金貨です」
老人がにこりと笑う。
商売上手な笑顔だった。
「100金貨?」
俺が驚く。
かなり高額だが、命に関わることを考えれば仕方ない。
それに、もう装着されてしまった以上、払うしかない。
俺は財布から100金貨を取り出して、老人に渡した。
「毎度ありがとうございます」
老人が丁寧にお辞儀する。
「ピンクの腕輪は、サービスです」
「これを相手の手首にはめれば、効果が発動します」
「頑張ってくださいね」
俺はピンクの腕輪を受け取った。
これを、リリーに装着させればいいのか。
でも、どうやって?
相手は俺より遥かに強い。
簡単に腕輪をはめさせてくれるとは思えない。
でも、やるしかない。
「ありがとうございます」
俺が老人に礼を言う。
「いえいえ」
老人が笑う。
「お客様の満足が、私の喜びです」
俺は店を出て、再び路地裏に戻った。
幸い、リリーの姿は見えない。
一時的に見失ったのかもしれない。
でも、油断はできない。
俺は慎重に商店街に戻った。
ピンクの腕輪を、服の袖の中に隠し持つ。
そして、案の定。
「見つけたかな」
リリーの声が、背後から聞こえた。
振り返ると、彼女が立っていた。
相変わらず、冷たい笑顔を浮かべている。
でも、その目は完全に狂気を帯びていた。
「今度こそ、逃がさないかな」
リリーが俺に向かって歩いてくる。
その手には、光の魔力が集まっている。
次の攻撃は、確実に致命的なものになるだろう。
俺は、ピンクの腕輪を手に隠し持った。
タイミングを見計らって、リリーに装着させなければならない。
一度きりのチャンスだ。
失敗したら、本当に殺される。
「観念するかな」
リリーが俺の前に立つ。
小さな体だが、威圧感は巨大だった。
「あなたみたいな雑魚が、クロエに手を出すなんて、100年早いかな」
リリーが拳を振り上げる。
その拳には、莫大な魔力が込められている。
直撃したら、確実に死ぬ。
俺は、その瞬間を待っていた。
リリーが完全に油断した、その一瞬を。
彼女の拳が振り下ろされる。
その瞬間、俺は瞬間移動で彼女の背後に回った。
そして、全速力で動く。
リリーの右手首を掴んで、素早くピンクの腕輪をはめ込んだ。
カチッ、という音。
腕輪が、リリーの手首に固定される。
「何をするかな」
リリーが振り返る。
でも、腕輪は既に装着されていた。
そして、腕輪から魔力が溢れ出して、リリーの体に馴染んでいく。
「これは…」
リリーが腕輪を見て、顔色を変える。
「何をつけたかな」
「これで、君は俺に暴力を振るえない」
俺が宣言する。
やっと、反撃の時が来た。
「ふざけるんじゃないかな」
リリーが激怒する。
「試してみるかな」
リリーが拳を振り上げる。
俺に向かって、全力で殴りかかろうとする。
さっきまで、俺を一方的に痛めつけていた、あの拳。
でも、俺に近づいた瞬間。
ポン、という音と共に、リリーの体が弾き飛ばされた。
まるで、見えない巨大な壁にぶつかったかのように。
リリーの小さな体が、数メートル後方に吹き飛ぶ。
「何これ?」
リリーが地面に倒れ込みながら、困惑する。
「そういうことだ」
俺が冷たく言う。
今度は、俺の番だ。
「もう、俺には手出しできない」
「お前の暴力は、もう通用しないんだ」
リリーが立ち上がる。
その顔は、屈辱と怒りで真っ赤になっていた。
「調子に乗るんじゃないかな」
リリーが再び俺に向かってくる。
でも、やはり同じ結果だった。
俺の近くに来ると、見えない力で弾き返される。
何度も、何度も。
リリーは諦めずに挑み続けるが、全て無駄だった。
「どうした、リリー?」
俺が挑発的に言う。
やっと、仕返しができる。
さっきまでの恐怖と痛みが、怒りに変わっていく。
「さっきまでの威勢はどこに行ったんだ?」
「黙るかな」
リリーが震える声で言う。
でも、その声には力がない。
「俺を一方的に殴って、血を吐かせて」
俺が続ける。
「さぞ、楽しかっただろうな」
「でも、もう終わりだ」
「お前は、もう俺に何もできない」
リリーの顔が、さらに赤くなる。
「許さないかな、絶対に許さないかな」
リリーが魔法を発動しようとする。
「『光魔法:ライトスピア』」
光の槍が、俺に向かって飛んでくる。
でも、俺に当たる直前で、光の槍は霧散した。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
腕輪の効果が、魔法攻撃にも完璧に適用されているようだった。
「そんな」
リリーが愕然とする。
「魔法まで効かないなんてかな」
「残念だったな」
俺がさらに煽る。
もう、止まらない。
さっきまでの屈辱を、全部晴らしてやる。
「お前の光魔法も、天才的な才能も」
「俺の前では、何の意味もない」
「お前は、ただの無力な子供だ」
リリーが、ぐっと唇を噛みしめる。
その目には、涙が浮かんでいた。
「どうだ、悔しいか?」
俺が続ける。
「今度は、お前が何もできない番だ」
「さっきまで俺にしたこと、全部返してやりたいくらいだ」
俺がゆっくりと、リリーに近づく。
彼女は後ずさりする。
怯えている。
さっきまで、俺を一方的に痛めつけていた彼女が。
「俺に殴りかかったのは、お前だ」
俺が言う。
「理不尽に暴力を振るったのも、お前だ」
「殺そうとまでしたのも、お前だ」
「なのに、腕輪をつけられた途端、その態度か」
リリーが何か言おうとするが、言葉が出てこない。
悔しさと屈辱で、声が震えている。
「どうした、言いたいことがあるなら言ってみろ」
俺が挑発する。
「お前は、さっきまで好き勝手言ってたじゃないか」
「『調子に乗るな』って」
「『普通の人間が』って」
「『殺す』って」
俺がリリーの言葉を繰り返すたび、彼女の顔が歪む。
「今度は、俺の番だ」
俺が冷たく言う。
「お前は、もう俺に何もできない」
「俺の前では、ただの無力な女の子だ」
「どんなに天才でも、どんなに強くても」
「この腕輪がある限り、お前は俺に指一本触れられない」
リリーが涙を流し始めた。
でも、それは悲しみの涙ではなく、悔しさの涙だった。
「どうだ、悔しいか?」
俺がさらに追い打ちをかける。
「俺が今まで感じてた恐怖、お前も味わえ」
「俺が吐いた血、お前も吐いてみろ」
「できないだろ?」
「お前は、もう何もできないんだから」
「やめるかな、もうやめるかな」
リリーが泣きながら言う。
でも、俺は止まらない。
「やめる?」
俺が冷笑する。
「お前は、俺が『やめて』って言った時、やめたか?」
「やめるどころか、殺そうとしただろ」
「なのに、自分が不利になった途端『やめて』か」
「都合がいいな」
リリーが地面に膝をつく。
全身が震えている。
怒りと屈辱と、そして恐怖で。
「もう二度と、俺に手を出すな」
俺が最後通告する。
「この腕輪の効果は、永久に外れない」
「つまり、お前は一生、俺に暴力を振るえない」
「覚えておけ」
俺がリリーの前に立つ。
彼女は、俺を睨みつけている。
でも、その目には明確な恐怖があった。
「今度お前が俺に近づいたら」
俺が脅すように言う。
「今日のことを、みんなに言いふらしてやる」
「天才リリーちゃんが、腕輪一つで無力化されたってな」
「光魔法の天才が、何もできずに泣いてたってな」
「やめるかな、お願いだからやめるかな」
リリーが必死に頼む。
でも、俺は容赦しない。
「じゃあ、もう二度と俺に手を出すな」
俺が言い放つ。
「分かったかな」
リリーが小さく頷く。
完全に、戦意を失っていた。
「良い返事だ」
俺が満足そうに言う。
やっと、溜飲が下がった。
リリーは立ち上がると、涙を流しながら走り去っていった。
「絶対に許さないからかな」
リリーの捨て台詞が、遠くから聞こえる。
「覚えてなさいかな」
でも、その声はもう、力を失っていた。
俺は、その場に一人残された。
周りの学生たちが、俺を見ている。
驚き、恐怖、そして少しの敬意が混ざった視線だ。
俺は、彼らに向かって言った。
「見世物は終わりだ」
学生たちが、散っていく。
俺は、自分の左手首の黒い腕輪を見た。
この腕輪のおかげで、リリーの暴力から逃れることができた。
そして、立場を逆転させることができた。
でも、同時に後悔もあった。
必要以上に彼女を傷つけてしまった。
煽りすぎた。
追い詰めすぎた。
正当防衛とはいえ、やりすぎだったかもしれない。
でも、もう遅い。
リリーとの関係は、決定的に悪化してしまった。
いや、もともと最悪だったものが、さらに悪化したというべきか。
俺は深く息を吐いた。
これから、どうなるのだろう。
リリーが復讐してくることは、間違いない。
物理的には何もできないが、他の方法で仕返ししてくるだろう。
俺は、その覚悟を決めなければならない。
でも、少なくとも今日は。
少なくとも今は。
俺は、リリーの理不尽な暴力から解放された。
それだけで、十分だった。
俺は商店街を後にして、寮に向かった。
体中が痛む。
リリーに殴られた傷が、まだ残っている。
でも、心は少しだけ軽くなっていた。
やっと、反撃できた。
やっと、言い返せた。
それが、俺にとっては大きな一歩だった。
◇◇◇
その夜、俺は仲間たちに事情を説明した。
レオナルド、ヴァル、クロウ、そしてクロエ。
みんな、俺の話を真剣に聞いてくれた。
俺は、リリーに襲われたこと。
腕輪を手に入れたこと。
そして、立場を逆転させて、リリーを追い詰めたことを話した。
「それは災難でしたね」
レオナルドが同情してくれる。
「リリーちゃんの暴力は、度を越していました」
「でも、師匠も…」
レオナルドが言葉を濁す。
「言いたいことは分かる」
俺が答える。
「俺も、煽りすぎたと思ってる」
「でも、その時は頭に血が上って」
「止められなかったんだ」
レオナルドが考え込む表情をする。
「気持ちは分かります」
レオナルドが言う。
「師匠は、理不尽な暴力を受けたわけですから」
「でも、やはり煽りすぎでは…」
「余も、そう思う」
ヴァルが単純に言う。
「タクヤは、もっと優しくするべきだよ」
「リリーちゃんも可哀想だよ」
「可哀想?」
俺が反論する。
「俺を殺そうとしたんだぞ、あいつは」
「…それは事実」
クロウが短く言う。
「…でも、追い詰めすぎ」
「…復讐が激しくなる」
クロウの指摘は、的確だった。
確かに、俺はやりすぎた。
リリーを必要以上に追い詰めてしまった。
「私も、少し心配です」
クロエが優しく言う。
「リリーさんとの関係が、さらに悪化してしまうかもしれません」
「それに、タクヤさんが怪我をされたのも心配で」
クロエが俺の体を心配そうに見る。
確かに、まだ体中が痛む。
リリーに殴られた傷は、簡単には治らない。
「治癒魔法を使いますか?」
クロエが提案してくれる。
「ああ、頼む」
俺が答える。
クロエが治癒魔法を発動して、俺の傷を癒してくれた。
温かい光が体を包み、痛みが和らいでいく。
「ありがとう、クロエ」
「いえ」
クロエが微笑む。
「でも、もう無理はしないでくださいね」
みんなの意見は一致していた。
俺の行動は、問題があったということだ。
「分かってる」
俺が答える。
「俺も、後で反省したんだ」
「でも、リリーの暴力は本当に理不尽だった」
「俺が何をしたっていうんだ」
「クロエと関係を持っただけで、殺されそうになるなんて」
「それは、確かに理不尽ですね」
レオナルドが同意する。
「リリーちゃんの行動は、完全に間違っています」
「でも、これからどうしますか?」
「どうするって?」
俺が聞き返す。
「このまま、リリーとの関係を放置するわけにはいかないでしょう」
レオナルドが指摘する。
「同じクラスですし、毎日顔を合わせます」
「…謝罪すべき」
クロウが言う。
「…お互いに」
「謝罪?」
俺が首を傾げる。
「俺が?」
「そうです」
レオナルドが真剣な表情で言う。
「師匠も、過度な挑発をしたことを謝るべきです」
「でも、リリーも先に暴力を振るったことを謝るべきです」
「お互いに謝罪すれば、少しは関係が改善するかもしれません」
俺は、その提案を考えた。
確かに、お互いに非がある。
でも、リリーが素直に謝るとは思えない。
それに、俺も彼女に謝る気になれない。
あれだけ理不尽に殴られたのだ。
「難しいな」
俺が正直に言う。
「リリーは、絶対に謝らないだろう」
「それに、俺も…まだ、怒りが収まってない」
「余は、みんな仲良くした方がいいと思う」
ヴァルが無邪気に言う。
「喧嘩は良くないよ」
「ヴァル、そんな簡単な問題じゃないんだ」
俺が説明する。
「リリーは、本気で俺を殺そうとした」
「そんな相手と、簡単に仲直りできるわけがない」
「…そう簡単にはいかない」
クロウが現実的に言う。
「…リリーは頑固」
「…プライドも高い」
「…謝罪は期待ゼロ」
確かに、クロウの言う通りだ。
リリーの性格を考えると、簡単に和解できるとは思えない。
それに、俺も彼女を追い詰めすぎた。
もう、後戻りはできないかもしれない。
「とりあえず、しばらく様子を見ます」
俺が結論を出す。
「リリーも、腕輪の効果で俺に手出しできない」
「物理的な危険は、もうない」
「それに、もし彼女が何か仕掛けてきたら、その時考える」
「分かりました」
レオナルドが頷く。
「でも、師匠、本当に気をつけてください」
「リリーちゃんは、物理的な暴力以外の方法で復讐してくるかもしれません」
「例えば?」
「例えば、師匠の評判を落とすとか」
レオナルドが説明する。
「噂を流すとか、他の学生を煽動するとか」
「リリーちゃんは人気がありますから、影響力も大きいです」
その指摘に、俺はハッとした。
確かに、リリーは光魔法の天才として、多くの学生から慕われている。
彼女が俺の悪い噂を流せば、俺の立場が悪くなるかもしれない。
「それは…考えてなかった」
俺が正直に言う。
「でも、どうすればいい?」
「今からでも、関係修復を試みるべきです」
レオナルドが提案する。
「少なくとも、師匠から歩み寄る姿勢を見せれば」
「他の学生たちも、師匠の方が大人だと思うでしょう」
レオナルドの言葉は、もっともだった。
でも、俺には勇気がなかった。
リリーに近づくことが、まだ怖かった。
あの暴力の記憶が、まだ生々しく残っている。
「少し、時間をくれ」
俺が頼む。
「今はまだ、リリーに会う気になれない」
「分かりました」
レオナルドが理解を示してくれる。
みんなで話し合った結果、俺はしばらくリリーとの距離を置くことにした。
お互いに冷静になる時間が必要だろう。
そして、いずれは関係修復を試みる。
それが、一番現実的な解決策だった。
でも、俺の心の奥底では、まだリリーへの怒りが燻っていた。
あの理不尽な暴力。
あの殺意。
簡単には、忘れられない。
俺は、この問題をどう解決するか、深く考える必要があった。
でも、少なくとも一つ分かったことがある。
俺は、もっと大人として振る舞わなければならない。
感情的になって、子供を過度に追い詰めるような行動は慎むべきだ。
でも、同時に。
理不尽な暴力には、毅然と対応する必要もある。
そのバランスを、俺は学ばなければならない。
俺は、そのことを心に刻んだ。
腕輪の効果で、物理的にはリリーから身を守ることができた。
でも、人間関係の修復は、もっと複雑で困難な作業になりそうだった。
俺は、これからの対応を慎重に考えていかなければならない。
◇◇◇
翌日、俺は授業に向かった。
アドバンスクラスの教室で、リリーと顔を合わせることになる。
気まずい空気になることは、覚悟していた。
教室に入ると、リリーは既に席についていた。
俺の姿を見ると、明らかに敵意のこもった視線を向けてくる。
でも、昨日とは違う。
その視線には、恐怖も混ざっていた。
俺に近づけないという事実が、彼女を怯えさせているようだった。
「おはよう、タクヤさん」
クロエが普通に挨拶してくれる。
彼女は、昨夜の話を聞いているが、いつも通りに接してくれた。
「おはよう、師匠」
レオナルドも、変わらず接してくれる。
ヴァルとクロウも、いつも通りだった。
でも、リリーだけが違った。
授業中も、俺を睨み続けている。
その視線が、俺には痛いほど刺さった。
でも、俺も負けずに睨み返す。
お前が先に手を出したんだ。
お前が、俺を殺そうとしたんだ。
だから、俺は反撃しただけだ。
そう、心の中で言い聞かせる。
授業が進む中、マリア教授がリリーに質問した。
「リリーさん、光魔法の応用について説明してください」
でも、リリーは答えない。
ボーッとしていて、教授の質問が聞こえていないようだった。
「リリーさん?」
マリア教授が再度呼びかける。
「あ、はいかな」
リリーが慌てて返事をする。
でも、その声は力がなかった。
昨日の出来事が、彼女にも影響を与えているようだった。
授業が終わり、昼休みになった。
俺は、一人で中庭のベンチに座っていた。
リリーとの関係をどうするか、考えていた。
その時、誰かが近づいてくる気配がした。
振り返ると、アリシアが立っていた。
「タクヤ、少しお話ししてもよろしいですか?」
アリシアが上品に言う。
「ああ、もちろん」
俺が答える。
アリシアが隣に座った。
彼女は、いつものように優雅な雰囲気を纏っている。
「リリーさんとのこと、聞きました」
アリシアが言う。
「大変でしたね」
「ああ」
俺が答える。
「まさか、あんなことになるとは思わなかった」
「リリーさんは、少し極端なところがありますから」
アリシアが説明する。
「特に、見下している人のことになると」
「クロエのこと?」
俺が聞く。
「ええ」
アリシアが頷く。
「リリーさんは、クロエさんを嫌っています」
「根暗だから、嫌っているんです」
「だから、クロエさんが幸せになろうとするのが許せなかったんです」
その説明で、少し理解できた。
リリーは、クロエをバカにしたかったのかもしれない。
でも、それでも暴力は許されない。
「でも、だからって殺そうとするのはおかしいだろ」
俺が反論する。
「その通りです」
アリシアが同意する。
「リリーさんの行動は、完全に間違っています」
「でも、彼女なりの理由があったということです」
「タクヤさんも、それを理解してあげてください」
アリシアの言葉は、優しかった。
彼女は、俺とリリーの両方を理解しようとしている。
「分かった」
俺が答える。
「でも、俺も過度に煽ってしまった」
「それも、反省してる」
「それは、良いことです」
アリシアが微笑む。
「お互いに反省すれば、いつか和解できるかもしれません」
「時間はかかるかもしれませんが」
アリシアの言葉に、俺は少し希望を持った。
いつか、リリーと和解できる日が来るかもしれない。
でも、それはまだ遠い未来のことだろう。
今は、お互いに距離を置く。
それが、一番良い選択だ。
俺は、そう心に決めた。
そして、左手首の黒い腕輪を見た。
この腕輪が、俺を守ってくれている。
でも、同時に。
この腕輪が、俺とリリーの関係を決定的に変えてしまった。
永久に効果が外れない、この腕輪。
それは、俺とリリーの関係が、もう元には戻らないことを象徴しているようだった。
俺は深く息を吐いた。
これから、どうなるのだろう。
でも、少なくとも今は。
俺は、リリーの暴力から解放された。
それだけで、十分だった。
俺は、新しい日常を歩み始める。
リリーとの関係は、まだ修復されていない。
でも、いつか。
いつか、お互いに理解し合える日が来るかもしれない。
そう信じて、俺は前を向いて歩き続けることにした。




