第八十二話「ご褒美は…ボクです」
試験から一週間後。
ついに、合否結果が発表される日が来た。
俺は朝早くから緊張して、なかなか寝付けなかった。
もし不合格だったら、強制退学。
魔法大学を去らなければならない。
そんな結果だけは、絶対に避けたかった。
「タクヤくん、一緒に結果を見に行きましょうか」
クロエが俺の部屋を訪ねてきてくれた。
彼女も緊張しているようだが、俺を気遣ってくれている。
「ああ、ありがとう」
俺が答える。
「正直、すごく不安だ」
「大丈夫ですよ」
クロエが優しく微笑む。
「タクヤくんはあれだけ頑張ったんですから」
俺たちは一緒に、結果発表の掲示板がある教務棟に向かった。
廊下には、すでに多くの学生が集まっている。
みんな、緊張した面持ちで結果を待っていた。
レオナルド、ヴァル、アリシア、クロウ、リリー、ルーシーも来ている。
アドバンスクラスのメンバーが、全員揃っていた。
「それでは、前期期末試験の結果を発表します」
マリア教授が現れて、掲示板にクラス別の合格者名簿を貼り出し始める。
俺の心臓が、激しく鳴っている。
「アドバンスクラスの結果です」
マリア教授が、俺たちのクラスの名簿を掲示板に貼った。
俺は恐る恐る、その名簿を見た。
そこには、俺の名前があった。
「合格…」
俺が小さく呟く。
「合格した」
安堵感が、全身を駆け巡る。
強制退学にならずに済んだ。
まだ、魔法大学で学び続けることができる。
「やったね、タクヤくん」
クロエが嬉しそうに言う。
彼女の名前も、もちろん合格者リストにあった。
「おめでとうございます、師匠」
レオナルドも祝福してくれる。
「余も嬉しいよ」
ヴァルが単純に喜んでくれている。
「…良かった」
クロウも、いつものように短く祝福してくれた。
ルーシーもリリーも合格して当然のような顔をしていた。
アリシアは、当然のように合格していた。
彼女にとって、この程度の試験は朝飯前だろう。
でも、俺に向かって上品に微笑みかけてくれる。
「タクヤ、おめでとうございます」
「ありがとう、みんな」
俺が感謝を込めて言う。
「みんなが手伝ってくれなかったら、絶対に合格できなかった」
俺は名簿をもう一度確認した。
アドバンスクラス全員の名前が、そこに記載されている。
つまり、クラス全員が合格したということだ。
「すごいな」
俺が感心する。
「アドバンスクラス、全員合格か」
「さすが、天才クラスね」
他のクラスの学生が、羨ましそうに言っている。
確かに、全員合格というのは珍しいことかもしれない。
でも、俺にとっては、仲間たちと一緒に次の学期を迎えられることが何より嬉しかった。
「これは祝わないといけないな」
俺が提案する。
「みんなで、お祝いしよう」
「いいアイデアですね」
レオナルドが賛成してくれる。
「どこでお祝いしますか?」
「魔法大学の酒場はどうだ?」
俺が提案する。
魔法大学の敷地内には、学生や教職員が利用できる酒場がある。
料理もお酒も美味しいと評判だ。
「いいね」
ヴァルが賛成する。
「余も、みんなでお酒を飲んでみたい」
「ボクも賛成です」
クロエも嬉しそうに言う。
アリシアも、クロウも異論はないようだった。
リリーはぷいっとしてどこかに行ってしまった。
ルーシーもリリーとどこかに行くようだった。
俺たちは、アドバンスクラスの一部で酒場に向かった。
◇◇◇
魔法大学の酒場「賢者の杯」は、夕方になると多くの学生で賑わう。
石造りの重厚な建物で、中世の酒場のような雰囲気がある。
俺たちは大きなテーブルを確保して、全員で座った。
「乾杯」
俺が提案して、全員でジョッキを掲げる。
「アドバンスクラス全員合格に、乾杯」
「乾杯」
みんなで声を揃える。
この世界では、お酒の年齢制限はない。
だから、俺たちも堂々と飲むことができる。
俺は前世では未成年だったから、本格的にお酒を飲み始めたのは二年前だった。
「うまい」
俺がエールを飲んで、感動する。
「こんなに美味しいものだったなんて」
「師匠、飲みすぎないでくださいね」
レオナルドが心配してくれる。
でも、俺はもう止められなかった。
合格の喜びと、お酒の美味しさで、どんどん飲んでしまう。
ヴァルも、初めてのお酒を楽しんでいる。
「これが酒か」
ヴァルが興味深そうに言う。
「人族の文化は面白いね」
「魔族も飲むって言ってたじゃないか」
俺がヴァルに突っ込む。
「でも、余はまだ子供だから、飲ませてもらえなかったの」
ヴァルが答える。
アリシアは、お酒をちびちびと上品に飲んでいる。
16歳なのに、大人びた飲み方だ。
「アリシアは慣れてるのか?」
俺が聞く。
「家では、食事の時に少し飲んでいました」
アリシアが答える。
「でも、こんなにたくさん飲むのは初めてです」
クロウは、相変わらず無口だが、それなりに楽しんでいるようだった。
クロエは、普段よりも少し活発になっている。
お酒が入ると、彼女も少し大胆になるようだ。
時間が経つにつれ、クロエの頬がほんのりと紅潮してきた。
普段は控えめな彼女が、今夜は少し違う。
俺の方をちらちらと見ては、すぐに視線を逸らす。
そんな仕草を何度も繰り返している。
「タクヤくん」
クロエが意を決したように、俺の隣に座り直した。
いつもより近い距離。
彼女の体温が伝わってくるような距離だ。
「試験、本当におつかれさまでした」
「クロエのおかげだよ」
俺が答える。
「君が手伝ってくれなかったら、絶対に合格できなかった」
「そんなことありません」
クロエが首を振る。
その拍子に、彼女の髪が俺の肩に触れた。
ほのかに甘い香りがする。
「タクヤくん自身の力ですよ」
「私は、ちょっとお手伝いしただけです」
クロエの声が、いつもより少し震えている。
緊張しているのか、それともお酒のせいなのか。
「そうだ、クロエ」
俺がお酒の勢いで言う。
「君にも、お礼をしないといけないな」
「何かして欲しいことはあるか?」
クロエが一瞬、息を呑んだ。
彼女のアホ毛が、小刻みに揺れている。
「お礼なんて」
クロエが照れる。
「私は、タクヤくんの役に立てただけで嬉しいです」
「でも、せっかくだから」
俺が続ける。
「何でも言ってくれ」
クロエが俺の顔をじっと見つめた。
その瞳には、決意と不安が入り混じっている。
彼女は何度か口を開きかけては閉じ、深呼吸を繰り返した。
周りの喧騒が、遠くに感じられる。
「それじゃあ…」
クロエが震える声で言った。
「ご褒美を、あげます」
「ご褒美?」
俺が首を傾げる。
「何をくれるの?」
クロエの顔が、真っ赤になった。
耳まで赤く染まっている。
彼女は俺の服の袖を、小さく握りしめた。
「その…ご褒美は…」
クロエが蚊の鳴くような声で続ける。
「ボク、です」
俺は一瞬、言葉を失った。
心臓の音が、やけに大きく聞こえる。
「ボクって、どういう…」
「その、あの」
クロエが俯いたまま、必死に言葉を紡ぐ。
「一緒に、寝ましょう」
彼女の手が、俺の袖を強く握る。
「もちろん、その…そういう、意味で…」
最後の方は、ほとんど聞こえないくらい小さな声だった。
でも、確かに聞こえた。
俺の顔が熱くなった。
お酒のせいもあるが、クロエの言葉に動揺している。
「でも、俺たちはまだ正式に結婚してないし」
「婚約者同士ですから」
クロエが顔を上げて、真っ直ぐ俺を見た。
その目は潤んでいて、でも確かな決意が宿っている。
「それに、私はもうタクヤくんの気持ちを確かめていただきました」
彼女の声が、また小さくなる。
「だから、次は…体も、確かめ合いたいんです」
「ボク、ずっと考えていました」
クロエが続ける。
「タクヤくんと、本当の意味で一つになりたいって」
「怖いです。緊張もします」
彼女の目から、涙が一粒零れた。
「でも、タクヤくんとなら…」
俺は、クロエの真剣な表情を見た。
彼女は、本気で言っている。
お酒の勢いではなく、本当に俺を愛している。
そして、俺と一つになりたいと思っている。
俺は静かに、クロエの手を取った。
「分かった」
俺が答える。
「今夜、俺の部屋に来てくれ」
クロエが目を見開いた。
そして、嬉しそうに、でも恥ずかしそうに微笑んだ。
アホ毛が、いつも以上に激しく跳ねている。
「はい…」
彼女の声は震えていたが、幸せそうだった。
パーティは、その後も続いた。
でも、俺とクロエの間には、目に見えない緊張感が漂っていた。
二人とも、これから起こることを意識している。
クロエは時々、俺の方をちらりと見ては、すぐに視線を逸らす。
その度に、彼女の頬がほんのり赤くなる。
俺も集中力を失っていた。
クロエとの夜のことを考えると、胸がドキドキして仕方がなかった。
レオナルドやヴァルの話も、上の空で聞いている。
やがて、パーティがお開きになった。
俺たちはそれぞれ、自分の部屋に戻ることになった。
「それじゃあ、また明日な」
俺がみんなに言う。
「ええ、おやすみなさい」
クロエも、普通に挨拶する。
でも、俺と目が合うと、彼女の顔がまた赤くなった。
俺は部屋に戻ると、急いで片付けを始めた。
散らかっていた服や本を整理する。
ベッドのシーツも、新しいものに替えた。
クロエを迎える準備をしながら、俺の心臓は激しく鳴り続けていた。
◇◇◇
夜、俺は部屋でクロエを待っていた。
緊張で、手のひらに汗をかいている。
何度も外を見る。
約束の時間が近づいてくる。
本当に来るのだろうか。
それとも、やっぱり怖くなって来ないだろうか。
俺の心は、不安と期待で揺れ動いていた。
俺は、この世界でエリカやルナと関係を持ったことはある。
でも、それでもやはり緊張する。
クロエとは、また違う関係だから。
彼女は、俺のために初めてを捧げようとしている。
その重みが、ずしりと胸に響く。
扉が、小さくノックされた。
俺の心臓が跳ね上がる。
「タクヤくん…クロエです」
か細い声が聞こえた。
「入って」
俺が答える。
ドアがゆっくりと開いた。
クロエが部屋に入ってきた。
制服ではなく、薄いナイトガウンを着ている。
白い生地が、彼女の柔らかな曲線を浮かび上がらせていた。
いつもの地味な印象とは違う、女性らしい魅力を感じた。
クロエは扉を閉めると、その場に立ち尽くしていた。
両手を前で組んで、俯いている。
体が小刻みに震えていた。
「緊張しますね」
クロエが恥ずかしそうに言う。
その声は、今にも泣き出しそうなほど震えていた。
「ボク…初めてなので、うまくできるか分からないです」
「どうすればいいのかも、よく分からなくて…」
彼女の目に、涙が浮かんでいる。
怖いのだろう。
でも、それでも俺の部屋に来てくれた。
「俺も緊張してる」
俺が正直に答える。
クロエに近づいていく。
「でも、君のペースに合わせるから」
「無理はしなくていい」
「怖かったら、いつでも止めていいんだ」
クロエが顔を上げた。
その瞳には、涙と決意が混ざっていた。
「いえ」
クロエが首を振る。
「怖いですけど…でも、タクヤくんとなら」
「ボク、大丈夫です」
彼女が一歩、俺に近づく。
その動作一つ一つが、初々しくて愛おしかった。
「タクヤくん」
クロエが小さな声で言う。
俺の胸に手を置いて、顔を近づけてくる。
「愛してます」
その言葉は、震えていたけれど、真っ直ぐだった。
「俺も、君を愛してる」
俺がクロエを抱きしめる。
彼女の体が、俺の腕の中で小刻みに震えている。
緊張と期待と恐怖で、いっぱいなのだろう。
「クロエ」
俺が彼女の名前を呼ぶ。
「ゆっくりでいいから」
「一つずつ、確かめ合おう」
クロエが小さく頷いた。
俺たちは、ゆっくりとベッドに移動した。
クロエは終始、俺の手を握りしめていた。
その手が、汗で湿っている。
俺は彼女の髪を優しく撫でた。
「大丈夫」
俺が囁く。
「君を傷つけたりしない」
「はい…」
クロエが答える。
彼女の目を見ると、信頼の光が宿っていた。
怖いけれど、俺を信じてくれている。
その気持ちが、俺をさらに優しくさせた。
俺たちは、ゆっくりと愛を確かめ合った。
クロエの優しさ、俺への愛情、そして俺の彼女への想い。
すべてが一つになっていく。
クロエは、時々痛そうな表情を見せた。
涙を流しながらも、俺を受け入れてくれた。
「痛い、かな?」
俺が何度も確認する。
「少し…でも、大丈夫です」
クロエが答える。
「タクヤくんと一つになれて…嬉しいです」
彼女の言葉が、俺の胸を熱くした。
俺も、彼女を傷つけないよう、できる限り優しく愛した。
クロエの反応を一つ一つ確かめながら、ゆっくりと進めていく。
やがて、痛みが和らいだのか、クロエの表情が柔らかくなった。
彼女は俺にしがみついて、小さく囁いた。
「タクヤくん…好きです」
「俺も好きだ、クロエ」
俺たちは、本当の意味で一つになった。
体だけでなく、心も。
クロエが俺の妻になったことを、改めて実感した。
時間が経つのも忘れて、俺たちは愛を確かめ合った。
クロエの初めての夜。
それは、痛みと幸せが混ざり合った、特別な時間だった。
やがて、クロエは疲れ果てて、俺の腕の中で眠りについた。
穏やかな寝顔を見ながら、俺は彼女の額にキスをした。
「ありがとう、クロエ」
俺が囁く。
彼女は小さく微笑んだ気がした。
俺も、クロエを抱きしめたまま、眠りについた。
◇◇◇
翌朝。
柔らかな朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
俺はゆっくりと目を覚ました。
体が重い。
昨夜のことを思い出して、頬が熱くなる。
隣を見ると、クロエが俺の腕枕で眠っていた。
ナイトガウンは乱れて、白い肌が露わになっている。
彼女の髪は乱れ、頬にはまだ涙の痕が残っていた。
でも、その寝顔は穏やかで、幸せそうだった。
俺は、クロエの寝顔をしばらく眺めていた。
昨夜のことを思い出すと、胸が温かくなる。
彼女の初めての夜。
その全てを、俺が受け取った。
その重みと喜びが、胸に広がる。
クロエのまつ毛が小刻みに震えた。
そして、ゆっくりと目を開ける。
焦点の定まらない目で、周りを見回す。
そして、俺の顔を見つけた。
「あ…」
クロエが小さく声を上げた。
そして、一気に顔が真っ赤になる。
「お、おはようございます、タクヤくん」
クロエが慌てて体を起こそうとして、痛みに顔をしかめた。
「あっ…」
彼女が小さく呻く。
「大丈夫か?」
俺が心配して聞く。
「は、はい」
クロエが恥ずかしそうに答える。
「ちょっと…体が、痛くて」
彼女は自分の体の状態に気づいて、さらに顔を赤くした。
乱れたナイトガウン。
シーツに残った赤い痕跡。
昨夜のことが、生々しく思い出される。
「ご、ごめんなさい」
クロエが俯く。
「ボク、きっと変な顔で寝てましたよね」
「そんなことない」
俺が優しく言う。
「すごく可愛かったよ」
クロエの顔が、さらに赤くなった。
アホ毛が、恥ずかしそうに揺れている。
「昨夜は…」
俺が言いかけると、クロエが慌てて遮った。
「あ、あの、昨夜のことは」
彼女が両手で顔を覆う。
「恥ずかしくて、まだ…整理できてなくて」
その仕草が、あまりにも初々しくて愛おしかった。
俺はクロエを優しく抱きしめた。
「ゆっくりでいいよ」
俺が囁く。
「でも、一つだけ言わせてくれ」
「な、なんですか?」
クロエが顔を上げる。
「昨夜、君と一つになれて、本当に幸せだった」
俺が正直に言う。
「ありがとう、クロエ」
クロエの目に、涙が浮かんだ。
でも、それは悲しみの涙ではなかった。
「私も…」
クロエが震える声で言う。
「痛かったし、怖かったけど」
「でも、タクヤくんと一つになれて…」
彼女が俺の胸に顔を埋める。
「とても、幸せでした」
その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。
クロエとの愛は、エリカやルナとは違う特別なものだった。
三人とも、俺にとって大切な妻だ。
でも、それぞれとの愛の形は違う。
クロエとの愛は、静かで深い愛情だった。
そして、彼女の初めてを受け取った責任の重さを、俺は改めて感じた。
「お腹、空いてるだろ?」
俺が聞く。
「朝食、一緒に食べよう」
「はい」
クロエが頷く。
「でも、その前に…シャワーを浴びたいです」
彼女が恥ずかしそうに言う。
「体が、汗でベタベタで」
「一緒に入るか?」
俺が提案すると、クロエの顔が爆発しそうなほど赤くなった。
「そ、そんな!」
彼女が慌てて首を振る。
「まだ、そういうのは恥ずかしいです」
その反応が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。
「分かった、分かった」
俺が言う。
「じゃあ、先にクロエが入ってくれ」
クロエは着替えを取りに、一度自分の部屋に戻った。
その時の歩き方が、少しぎこちなかった。
体が痛むのだろう。
俺は、それを見て申し訳なさと、でも確かな幸福感を覚えた。
クロエがシャワーを浴びている間、俺は部屋を片付けた。
シーツを替えて、散らかった服を整理する。
昨夜の痕跡を消しながら、でも記憶には深く刻まれている。
やがて、クロエが戻ってきた。
いつもの地味な服装に戻っている。
でも、どこか雰囲気が違う。
女性としての柔らかさが、増したような気がした。
「お待たせしました」
クロエが恥ずかしそうに言う。
「それじゃあ、朝食に行こうか」
俺が手を差し伸べる。
クロエが、その手をそっと握った。
彼女の手は温かくて、少し震えていた。
でも、確かに俺の手を握り返してくれた。
俺たちは学食に向かった。
朝早い時間だから、まだ学生は少ない。
俺たちは窓際の席に座って、朝食を注文した。
「昨夜、眠れましたか?」
クロエが聞いてくる。
「ああ、ぐっすり」
俺が答える。
「君は? 体、大丈夫か?」
「少し…痛いですけど」
クロエが恥ずかしそうに答える。
「でも、幸せな痛みです」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
料理が運ばれてきた。
俺たちは、ゆっくりと朝食を食べた。
会話は少なかったが、お互いの存在を感じながら、幸せな時間を過ごした。
クロエは時々、俺の顔を見ては、恥ずかしそうに視線を逸らす。
でも、その目には、愛情が溢れていた。
「あの、タクヤくん」
クロエが食事を終えて、意を決したように言った。
「なんだ?」
「今日から…ボクたちの関係、変わりますよね」
クロエが真剣な表情で言う。
「もう、体も心も繋がりました」
「ボクは、本当の意味でタクヤくんの妻になりました」
その言葉が、俺の心に深く響いた。
「ああ」
俺が答える。
「君は、俺の大切な妻だ」
クロエが嬉しそうに微笑む。
でも、すぐに不安そうな表情になった。
「でも、エリカさんやルナさんに、何て言えばいいか」
クロエが俯く。
「ボク、勝手にタクヤくんと…」
「大丈夫だ」
俺がクロエの手を握る。
「二人とも、君を待ってる」
「家族として、受け入れてくれるさ」
「本当ですか?」
クロエが不安そうに聞く。
「本当だ」
俺が断言する。
「近いうちに、みんなで会おう」
「エリカの妊娠も安定期に入ったし、そろそろ紹介したいと思ってた」
クロエが安心したように、小さく息を吐いた。
「分かりました」
クロエが決意を込めて言う。
「ボク、頑張ります」
「家族として、みんなに認めてもらえるように」
その真剣な表情に、俺は改めてクロエの強さを感じた。
彼女は見た目は地味で控えめだが、心は強い。
だからこそ、昨夜も勇気を出して俺の部屋に来てくれた。
だからこそ、俺はクロエを愛している。
◇◇◇
朝食を終えて、俺たちは教室に向かった。
廊下では、何人かの学生とすれ違う。
でも、誰も俺たちの変化には気づいていないようだった。
それは、俺とクロエだけが共有する秘密だった。
教室に入ると、レオナルドがすでに来ていた。
「おはようございます、師匠」
レオナルドが爽やかに挨拶する。
「クロエさんも、おはようございます」
「おはようございます」
クロエが普通に挨拶を返す。
でも、俺には分かる。
彼女の頬が、ほんの少し紅潮している。
レオナルドは、俺とクロエの関係の変化に気づいているのかもしれない。
でも、何も言わずに微笑んでくれた。
さすが、気の利く弟子だ。
やがて、ヴァルも教室に入ってきた。
「おはよう、タクヤ、クロエ」
ヴァルが無邪気に挨拶する。
彼女は何も気づいていないようだった。
「昨夜は楽しかったね」
「ああ」
俺が答える。
「また機会があったら、みんなで集まろう」
アリシアとクロウも、次々に教室に入ってきた。
みんな、いつも通りに振る舞っている。
でも、俺の中では、大きな変化があった。
クロエとの関係が深まったことで、俺の家族はさらに広がった。
エリカ、ルナ、そしてクロエ。
三人の妻と、息子のリオネル。
俺の家族は、どんどん大きくなっている。
そして、その全員を幸せにするのが、俺の責任だ。
授業が始まった。
でも、俺はなかなか集中できなかった。
時々、隣に座るクロエを見てしまう。
彼女も、俺の視線に気づくと、恥ずかしそうに微笑む。
その度に、昨夜のことを思い出してしまう。
クロエの初々しい反応。
震える声。
涙を流しながらも、俺を受け入れてくれた姿。
すべてが、俺の心に深く刻まれている。
授業の合間、クロエが小さな声で囁いた。
「タクヤくん」
「ん?」
俺が振り向く。
「昨夜のこと…忘れないでくださいね」
クロエが恥ずかしそうに言う。
「ボクの初めて、全部タクヤくんにあげたんですから」
その言葉に、俺の胸が熱くなった。
「もちろんだ」
俺が囁き返す。
「一生、忘れない」
クロエが嬉しそうに微笑んだ。
そのアホ毛が、幸せそうに揺れている。
昼休みになった。
俺とクロエは、二人で中庭のベンチに座った。
他の学生たちから少し離れた、静かな場所だ。
「ねえ、タクヤくん」
クロエが俺の肩に頭を預けてくる。
いつもより甘えた仕草だ。
「なんだ?」
「これから、ボクたち、どうなるんでしょうね」
クロエが遠くを見つめながら言う。
「一緒に卒業して、一緒に生きていくのかな」
「ああ」
俺が答える。
「君が望むなら、ずっと一緒だ」
「ボク、望みます」
クロエが即答する。
「ずっと、タクヤくんと一緒にいたいです」
「家族として、妻として」
その言葉が、俺の決意をさらに強くした。
俺は、クロエを幸せにする。
エリカも、ルナも、みんなを幸せにする。
それが、俺の生きる理由だ。
「クロエ」
俺が彼女の名前を呼ぶ。
「ん?」
「愛してる」
クロエが驚いたように顔を上げた。
そして、満面の笑みを浮かべる。
「ボクも、愛してます」
彼女が答える。
「昨日より、もっと」
俺たちは、静かに抱き合った。
周りの視線は気にならなかった。
今は、ただクロエの温もりを感じていたかった。
合格の喜び。
クロエとの愛の深まり。
そして、これから待っている未来。
すべてが、希望に満ちていた。
でも、俺はまだ知らなかった。
この平和な日常が、やがて新しい試練によって揺さぶられることを。
魔法大学での生活は、まだまだ波乱に満ちている。
でも、クロエが隣にいる。
家族が待っている。
仲間たちがいる。
だから、どんな試練が来ても、俺は乗り越えられる。
そう信じて、俺は新しい一日を歩み始めた。
クロエの手を握りしめながら。
俺たちの新しい物語が、今、始まったばかりだった。
午後の授業も終わり、夕方になった。
俺はクロエと一緒に、図書館で勉強していた。
でも、お互いに集中できていなかった。
時々目が合っては、恥ずかしそうに笑い合う。
「あの、タクヤくん」
クロエが本を閉じて言った。
「今夜も…来てもいいですか?」
その言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。
「もちろんだ」
俺が答える。
「でも、体は大丈夫なのか?」
「少し痛いですけど」
クロエが恥ずかしそうに言う。
「でも、タクヤくんともっと一緒にいたいんです」
その真っ直ぐな言葉に、俺は抗えなかった。
「分かった」
俺が頷く。
「今夜も、待ってる」
クロエが嬉しそうに微笑んだ。
昨夜とは違う、少し余裕のある笑みだった。
でも、その目には、まだ初々しい恥じらいが残っている。
俺は、そんなクロエがたまらなく愛おしかった。
夜が来るのが、待ち遠しかった。
クロエとの新しい日々が、これから始まる。
その第一歩を、俺たちは昨夜踏み出した。
そして今夜、さらに深い絆を結ぼうとしている。
俺は、クロエの手を握りしめた。
彼女も、強く握り返してくれた。
二人の未来は、まだ始まったばかりだった。
でも、確かな愛で結ばれた、幸せな未来が待っている。
そう信じて、俺たちは新しい夜を迎えようとしていた。




