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第八十二話「ご褒美は…ボクです」

 

 試験から一週間後。


 ついに、合否結果が発表される日が来た。

 俺は朝早くから緊張して、なかなか寝付けなかった。

 もし不合格だったら、強制退学。

 魔法大学を去らなければならない。


 そんな結果だけは、絶対に避けたかった。


「タクヤくん、一緒に結果を見に行きましょうか」


 クロエが俺の部屋を訪ねてきてくれた。

 彼女も緊張しているようだが、俺を気遣ってくれている。


「ああ、ありがとう」


 俺が答える。


「正直、すごく不安だ」

「大丈夫ですよ」


 クロエが優しく微笑む。


「タクヤくんはあれだけ頑張ったんですから」


 俺たちは一緒に、結果発表の掲示板がある教務棟に向かった。

 廊下には、すでに多くの学生が集まっている。

 みんな、緊張した面持ちで結果を待っていた。


 レオナルド、ヴァル、アリシア、クロウ、リリー、ルーシーも来ている。


 アドバンスクラスのメンバーが、全員揃っていた。


「それでは、前期期末試験の結果を発表します」


 マリア教授が現れて、掲示板にクラス別の合格者名簿を貼り出し始める。

 俺の心臓が、激しく鳴っている。


「アドバンスクラスの結果です」


 マリア教授が、俺たちのクラスの名簿を掲示板に貼った。

 俺は恐る恐る、その名簿を見た。

 そこには、俺の名前があった。


「合格…」


 俺が小さく呟く。


「合格した」


 安堵感が、全身を駆け巡る。

 強制退学にならずに済んだ。

 まだ、魔法大学で学び続けることができる。


「やったね、タクヤくん」


 クロエが嬉しそうに言う。

 彼女の名前も、もちろん合格者リストにあった。


「おめでとうございます、師匠」


 レオナルドも祝福してくれる。


「余も嬉しいよ」


 ヴァルが単純に喜んでくれている。


「…良かった」


 クロウも、いつものように短く祝福してくれた。

 ルーシーもリリーも合格して当然のような顔をしていた。

 

 アリシアは、当然のように合格していた。

 彼女にとって、この程度の試験は朝飯前だろう。

 でも、俺に向かって上品に微笑みかけてくれる。


「タクヤ、おめでとうございます」

「ありがとう、みんな」


 俺が感謝を込めて言う。


「みんなが手伝ってくれなかったら、絶対に合格できなかった」


 俺は名簿をもう一度確認した。

 アドバンスクラス全員の名前が、そこに記載されている。

 つまり、クラス全員が合格したということだ。


「すごいな」


 俺が感心する。


「アドバンスクラス、全員合格か」

「さすが、天才クラスね」


 他のクラスの学生が、羨ましそうに言っている。

 確かに、全員合格というのは珍しいことかもしれない。

 でも、俺にとっては、仲間たちと一緒に次の学期を迎えられることが何より嬉しかった。


「これは祝わないといけないな」


 俺が提案する。


「みんなで、お祝いしよう」

「いいアイデアですね」


 レオナルドが賛成してくれる。


「どこでお祝いしますか?」

「魔法大学の酒場はどうだ?」


 俺が提案する。

 魔法大学の敷地内には、学生や教職員が利用できる酒場がある。

 料理もお酒も美味しいと評判だ。


「いいね」


 ヴァルが賛成する。


「余も、みんなでお酒を飲んでみたい」

「ボクも賛成です」


 クロエも嬉しそうに言う。

 アリシアも、クロウも異論はないようだった。


 リリーはぷいっとしてどこかに行ってしまった。

 ルーシーもリリーとどこかに行くようだった。


 俺たちは、アドバンスクラスの一部で酒場に向かった。




◇◇◇


 魔法大学の酒場「賢者の杯」は、夕方になると多くの学生で賑わう。

 石造りの重厚な建物で、中世の酒場のような雰囲気がある。

 俺たちは大きなテーブルを確保して、全員で座った。


「乾杯」


 俺が提案して、全員でジョッキを掲げる。


「アドバンスクラス全員合格に、乾杯」

「乾杯」


 みんなで声を揃える。

 この世界では、お酒の年齢制限はない。

 だから、俺たちも堂々と飲むことができる。


 俺は前世では未成年だったから、本格的にお酒を飲み始めたのは二年前だった。


「うまい」


 俺がエールを飲んで、感動する。


「こんなに美味しいものだったなんて」

「師匠、飲みすぎないでくださいね」


 レオナルドが心配してくれる。

 でも、俺はもう止められなかった。

 合格の喜びと、お酒の美味しさで、どんどん飲んでしまう。

 ヴァルも、初めてのお酒を楽しんでいる。


「これが酒か」


 ヴァルが興味深そうに言う。


「人族の文化は面白いね」

「魔族も飲むって言ってたじゃないか」


 俺がヴァルに突っ込む。


「でも、余はまだ子供だから、飲ませてもらえなかったの」


 ヴァルが答える。

 アリシアは、お酒をちびちびと上品に飲んでいる。

 16歳なのに、大人びた飲み方だ。


「アリシアは慣れてるのか?」


 俺が聞く。


「家では、食事の時に少し飲んでいました」


 アリシアが答える。


「でも、こんなにたくさん飲むのは初めてです」


 クロウは、相変わらず無口だが、それなりに楽しんでいるようだった。

 

 クロエは、普段よりも少し活発になっている。

 お酒が入ると、彼女も少し大胆になるようだ。

 時間が経つにつれ、クロエの頬がほんのりと紅潮してきた。


 普段は控えめな彼女が、今夜は少し違う。

 俺の方をちらちらと見ては、すぐに視線を逸らす。

 そんな仕草を何度も繰り返している。


「タクヤくん」


 クロエが意を決したように、俺の隣に座り直した。

 いつもより近い距離。

 彼女の体温が伝わってくるような距離だ。


「試験、本当におつかれさまでした」

「クロエのおかげだよ」


 俺が答える。


「君が手伝ってくれなかったら、絶対に合格できなかった」

「そんなことありません」


 クロエが首を振る。

 その拍子に、彼女の髪が俺の肩に触れた。

 ほのかに甘い香りがする。


「タクヤくん自身の力ですよ」

「私は、ちょっとお手伝いしただけです」


 クロエの声が、いつもより少し震えている。

 緊張しているのか、それともお酒のせいなのか。


「そうだ、クロエ」


 俺がお酒の勢いで言う。


「君にも、お礼をしないといけないな」

「何かして欲しいことはあるか?」


 クロエが一瞬、息を呑んだ。

 彼女のアホ毛が、小刻みに揺れている。


「お礼なんて」


 クロエが照れる。


「私は、タクヤくんの役に立てただけで嬉しいです」

「でも、せっかくだから」


 俺が続ける。


「何でも言ってくれ」


 クロエが俺の顔をじっと見つめた。

 その瞳には、決意と不安が入り混じっている。

 彼女は何度か口を開きかけては閉じ、深呼吸を繰り返した。


 周りの喧騒が、遠くに感じられる。


「それじゃあ…」


 クロエが震える声で言った。


「ご褒美を、あげます」

「ご褒美?」


 俺が首を傾げる。


「何をくれるの?」


 クロエの顔が、真っ赤になった。

 耳まで赤く染まっている。

 彼女は俺の服の袖を、小さく握りしめた。


「その…ご褒美は…」


 クロエが蚊の鳴くような声で続ける。


「ボク、です」


 俺は一瞬、言葉を失った。

 心臓の音が、やけに大きく聞こえる。


「ボクって、どういう…」

「その、あの」


 クロエが俯いたまま、必死に言葉を紡ぐ。


「一緒に、寝ましょう」


 彼女の手が、俺の袖を強く握る。


「もちろん、その…そういう、意味で…」


 最後の方は、ほとんど聞こえないくらい小さな声だった。

 でも、確かに聞こえた。


 俺の顔が熱くなった。

 お酒のせいもあるが、クロエの言葉に動揺している。


「でも、俺たちはまだ正式に結婚してないし」

「婚約者同士ですから」


 クロエが顔を上げて、真っ直ぐ俺を見た。

 その目は潤んでいて、でも確かな決意が宿っている。


「それに、私はもうタクヤくんの気持ちを確かめていただきました」


 彼女の声が、また小さくなる。


「だから、次は…体も、確かめ合いたいんです」

「ボク、ずっと考えていました」


 クロエが続ける。


「タクヤくんと、本当の意味で一つになりたいって」

「怖いです。緊張もします」


 彼女の目から、涙が一粒零れた。


「でも、タクヤくんとなら…」


 俺は、クロエの真剣な表情を見た。

 彼女は、本気で言っている。

 お酒の勢いではなく、本当に俺を愛している。

 そして、俺と一つになりたいと思っている。


 俺は静かに、クロエの手を取った。


「分かった」


 俺が答える。


「今夜、俺の部屋に来てくれ」


 クロエが目を見開いた。

 そして、嬉しそうに、でも恥ずかしそうに微笑んだ。

 アホ毛が、いつも以上に激しく跳ねている。


「はい…」


 彼女の声は震えていたが、幸せそうだった。

 パーティは、その後も続いた。


 でも、俺とクロエの間には、目に見えない緊張感が漂っていた。

 二人とも、これから起こることを意識している。


 クロエは時々、俺の方をちらりと見ては、すぐに視線を逸らす。

 その度に、彼女の頬がほんのり赤くなる。


 俺も集中力を失っていた。

 クロエとの夜のことを考えると、胸がドキドキして仕方がなかった。

 レオナルドやヴァルの話も、上の空で聞いている。


 やがて、パーティがお開きになった。

 俺たちはそれぞれ、自分の部屋に戻ることになった。


「それじゃあ、また明日な」


 俺がみんなに言う。


「ええ、おやすみなさい」


 クロエも、普通に挨拶する。

 でも、俺と目が合うと、彼女の顔がまた赤くなった。


 俺は部屋に戻ると、急いで片付けを始めた。

 散らかっていた服や本を整理する。

 ベッドのシーツも、新しいものに替えた。


 クロエを迎える準備をしながら、俺の心臓は激しく鳴り続けていた。




◇◇◇




 夜、俺は部屋でクロエを待っていた。


 緊張で、手のひらに汗をかいている。

 何度も外を見る。

 約束の時間が近づいてくる。


 本当に来るのだろうか。

 それとも、やっぱり怖くなって来ないだろうか。

 俺の心は、不安と期待で揺れ動いていた。


 俺は、この世界でエリカやルナと関係を持ったことはある。

 でも、それでもやはり緊張する。

 クロエとは、また違う関係だから。


 彼女は、俺のために初めてを捧げようとしている。

 その重みが、ずしりと胸に響く。

 扉が、小さくノックされた。


 俺の心臓が跳ね上がる。


「タクヤくん…クロエです」


 か細い声が聞こえた。


「入って」


 俺が答える。

 ドアがゆっくりと開いた。

 クロエが部屋に入ってきた。


 制服ではなく、薄いナイトガウンを着ている。

 白い生地が、彼女の柔らかな曲線を浮かび上がらせていた。

 いつもの地味な印象とは違う、女性らしい魅力を感じた。


 クロエは扉を閉めると、その場に立ち尽くしていた。

 両手を前で組んで、俯いている。

 体が小刻みに震えていた。


「緊張しますね」


 クロエが恥ずかしそうに言う。

 その声は、今にも泣き出しそうなほど震えていた。


「ボク…初めてなので、うまくできるか分からないです」

「どうすればいいのかも、よく分からなくて…」


 彼女の目に、涙が浮かんでいる。

 怖いのだろう。

 でも、それでも俺の部屋に来てくれた。


「俺も緊張してる」


 俺が正直に答える。

 クロエに近づいていく。


「でも、君のペースに合わせるから」

「無理はしなくていい」

「怖かったら、いつでも止めていいんだ」


 クロエが顔を上げた。

 その瞳には、涙と決意が混ざっていた。


「いえ」


 クロエが首を振る。


「怖いですけど…でも、タクヤくんとなら」

「ボク、大丈夫です」


 彼女が一歩、俺に近づく。

 その動作一つ一つが、初々しくて愛おしかった。


「タクヤくん」


 クロエが小さな声で言う。

 俺の胸に手を置いて、顔を近づけてくる。


「愛してます」


 その言葉は、震えていたけれど、真っ直ぐだった。


「俺も、君を愛してる」


 俺がクロエを抱きしめる。

 彼女の体が、俺の腕の中で小刻みに震えている。

 緊張と期待と恐怖で、いっぱいなのだろう。


「クロエ」


 俺が彼女の名前を呼ぶ。


「ゆっくりでいいから」

「一つずつ、確かめ合おう」


 クロエが小さく頷いた。


 俺たちは、ゆっくりとベッドに移動した。

 クロエは終始、俺の手を握りしめていた。

 その手が、汗で湿っている。

 俺は彼女の髪を優しく撫でた。


「大丈夫」


 俺が囁く。


「君を傷つけたりしない」

「はい…」


 クロエが答える。

 彼女の目を見ると、信頼の光が宿っていた。

 怖いけれど、俺を信じてくれている。

 その気持ちが、俺をさらに優しくさせた。


 俺たちは、ゆっくりと愛を確かめ合った。

 クロエの優しさ、俺への愛情、そして俺の彼女への想い。

 すべてが一つになっていく。


 クロエは、時々痛そうな表情を見せた。

 涙を流しながらも、俺を受け入れてくれた。


「痛い、かな?」


 俺が何度も確認する。


「少し…でも、大丈夫です」


 クロエが答える。


「タクヤくんと一つになれて…嬉しいです」


 彼女の言葉が、俺の胸を熱くした。

 俺も、彼女を傷つけないよう、できる限り優しく愛した。


 クロエの反応を一つ一つ確かめながら、ゆっくりと進めていく。

 やがて、痛みが和らいだのか、クロエの表情が柔らかくなった。

 彼女は俺にしがみついて、小さく囁いた。


「タクヤくん…好きです」


「俺も好きだ、クロエ」


 俺たちは、本当の意味で一つになった。

 体だけでなく、心も。

 クロエが俺の妻になったことを、改めて実感した。


 時間が経つのも忘れて、俺たちは愛を確かめ合った。


 クロエの初めての夜。

 それは、痛みと幸せが混ざり合った、特別な時間だった。


 やがて、クロエは疲れ果てて、俺の腕の中で眠りについた。

 穏やかな寝顔を見ながら、俺は彼女の額にキスをした。


「ありがとう、クロエ」


 俺が囁く。

 彼女は小さく微笑んだ気がした。

 俺も、クロエを抱きしめたまま、眠りについた。




◇◇◇




 翌朝。

 柔らかな朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいた。


 俺はゆっくりと目を覚ました。

 体が重い。

 昨夜のことを思い出して、頬が熱くなる。


 隣を見ると、クロエが俺の腕枕で眠っていた。

 ナイトガウンは乱れて、白い肌が露わになっている。

 彼女の髪は乱れ、頬にはまだ涙の痕が残っていた。

 でも、その寝顔は穏やかで、幸せそうだった。


 俺は、クロエの寝顔をしばらく眺めていた。

 昨夜のことを思い出すと、胸が温かくなる。

 彼女の初めての夜。


 その全てを、俺が受け取った。

 その重みと喜びが、胸に広がる。

 クロエのまつ毛が小刻みに震えた。

 そして、ゆっくりと目を開ける。


 焦点の定まらない目で、周りを見回す。

 そして、俺の顔を見つけた。


「あ…」


 クロエが小さく声を上げた。

 そして、一気に顔が真っ赤になる。


「お、おはようございます、タクヤくん」


 クロエが慌てて体を起こそうとして、痛みに顔をしかめた。


「あっ…」


 彼女が小さく呻く。


「大丈夫か?」


 俺が心配して聞く。


「は、はい」


 クロエが恥ずかしそうに答える。


「ちょっと…体が、痛くて」


 彼女は自分の体の状態に気づいて、さらに顔を赤くした。

 乱れたナイトガウン。

 シーツに残った赤い痕跡。

 昨夜のことが、生々しく思い出される。


「ご、ごめんなさい」


 クロエが俯く。


「ボク、きっと変な顔で寝てましたよね」

「そんなことない」


 俺が優しく言う。


「すごく可愛かったよ」


 クロエの顔が、さらに赤くなった。

 アホ毛が、恥ずかしそうに揺れている。


「昨夜は…」


 俺が言いかけると、クロエが慌てて遮った。


「あ、あの、昨夜のことは」


 彼女が両手で顔を覆う。


「恥ずかしくて、まだ…整理できてなくて」


 その仕草が、あまりにも初々しくて愛おしかった。

 俺はクロエを優しく抱きしめた。


「ゆっくりでいいよ」


 俺が囁く。


「でも、一つだけ言わせてくれ」

「な、なんですか?」


 クロエが顔を上げる。


「昨夜、君と一つになれて、本当に幸せだった」


 俺が正直に言う。


「ありがとう、クロエ」


 クロエの目に、涙が浮かんだ。

 でも、それは悲しみの涙ではなかった。


「私も…」


 クロエが震える声で言う。


「痛かったし、怖かったけど」

「でも、タクヤくんと一つになれて…」


 彼女が俺の胸に顔を埋める。


「とても、幸せでした」


 その言葉が、俺の胸に深く刻まれた。


 クロエとの愛は、エリカやルナとは違う特別なものだった。

 三人とも、俺にとって大切な妻だ。

 でも、それぞれとの愛の形は違う。


 クロエとの愛は、静かで深い愛情だった。

 そして、彼女の初めてを受け取った責任の重さを、俺は改めて感じた。


「お腹、空いてるだろ?」


 俺が聞く。


「朝食、一緒に食べよう」

「はい」


 クロエが頷く。


「でも、その前に…シャワーを浴びたいです」


 彼女が恥ずかしそうに言う。


「体が、汗でベタベタで」

「一緒に入るか?」


 俺が提案すると、クロエの顔が爆発しそうなほど赤くなった。


「そ、そんな!」


 彼女が慌てて首を振る。


「まだ、そういうのは恥ずかしいです」


 その反応が可愛くて、俺は思わず笑ってしまった。


「分かった、分かった」


 俺が言う。


「じゃあ、先にクロエが入ってくれ」


 クロエは着替えを取りに、一度自分の部屋に戻った。

 その時の歩き方が、少しぎこちなかった。

 体が痛むのだろう。


 俺は、それを見て申し訳なさと、でも確かな幸福感を覚えた。

 クロエがシャワーを浴びている間、俺は部屋を片付けた。


 シーツを替えて、散らかった服を整理する。

 昨夜の痕跡を消しながら、でも記憶には深く刻まれている。


 やがて、クロエが戻ってきた。

 いつもの地味な服装に戻っている。


 でも、どこか雰囲気が違う。

 女性としての柔らかさが、増したような気がした。


「お待たせしました」


 クロエが恥ずかしそうに言う。


「それじゃあ、朝食に行こうか」


 俺が手を差し伸べる。

 クロエが、その手をそっと握った。

 彼女の手は温かくて、少し震えていた。

 でも、確かに俺の手を握り返してくれた。


 俺たちは学食に向かった。

 朝早い時間だから、まだ学生は少ない。

 俺たちは窓際の席に座って、朝食を注文した。


「昨夜、眠れましたか?」


 クロエが聞いてくる。


「ああ、ぐっすり」


 俺が答える。


「君は? 体、大丈夫か?」

「少し…痛いですけど」


 クロエが恥ずかしそうに答える。


「でも、幸せな痛みです」


 その言葉に、俺の胸が熱くなった。

 料理が運ばれてきた。

 俺たちは、ゆっくりと朝食を食べた。


 会話は少なかったが、お互いの存在を感じながら、幸せな時間を過ごした。

 クロエは時々、俺の顔を見ては、恥ずかしそうに視線を逸らす。

 でも、その目には、愛情が溢れていた。


「あの、タクヤくん」


 クロエが食事を終えて、意を決したように言った。


「なんだ?」

「今日から…ボクたちの関係、変わりますよね」


 クロエが真剣な表情で言う。


「もう、体も心も繋がりました」

「ボクは、本当の意味でタクヤくんの妻になりました」


 その言葉が、俺の心に深く響いた。


「ああ」


 俺が答える。


「君は、俺の大切な妻だ」


 クロエが嬉しそうに微笑む。

 でも、すぐに不安そうな表情になった。


「でも、エリカさんやルナさんに、何て言えばいいか」


 クロエが俯く。


「ボク、勝手にタクヤくんと…」

「大丈夫だ」


 俺がクロエの手を握る。


「二人とも、君を待ってる」

「家族として、受け入れてくれるさ」

「本当ですか?」


 クロエが不安そうに聞く。


「本当だ」


 俺が断言する。


「近いうちに、みんなで会おう」

「エリカの妊娠も安定期に入ったし、そろそろ紹介したいと思ってた」


 クロエが安心したように、小さく息を吐いた。


「分かりました」


 クロエが決意を込めて言う。


「ボク、頑張ります」

「家族として、みんなに認めてもらえるように」


 その真剣な表情に、俺は改めてクロエの強さを感じた。

 彼女は見た目は地味で控えめだが、心は強い。

 だからこそ、昨夜も勇気を出して俺の部屋に来てくれた。

 だからこそ、俺はクロエを愛している。




◇◇◇




 朝食を終えて、俺たちは教室に向かった。

 廊下では、何人かの学生とすれ違う。

 でも、誰も俺たちの変化には気づいていないようだった。

 それは、俺とクロエだけが共有する秘密だった。


 教室に入ると、レオナルドがすでに来ていた。


「おはようございます、師匠」


 レオナルドが爽やかに挨拶する。


「クロエさんも、おはようございます」

「おはようございます」


 クロエが普通に挨拶を返す。

 でも、俺には分かる。

 彼女の頬が、ほんの少し紅潮している。


 レオナルドは、俺とクロエの関係の変化に気づいているのかもしれない。

 でも、何も言わずに微笑んでくれた。

 さすが、気の利く弟子だ。


 やがて、ヴァルも教室に入ってきた。


「おはよう、タクヤ、クロエ」


 ヴァルが無邪気に挨拶する。

 彼女は何も気づいていないようだった。


「昨夜は楽しかったね」

「ああ」


 俺が答える。


「また機会があったら、みんなで集まろう」


 アリシアとクロウも、次々に教室に入ってきた。

 みんな、いつも通りに振る舞っている。


 でも、俺の中では、大きな変化があった。

 クロエとの関係が深まったことで、俺の家族はさらに広がった。


 エリカ、ルナ、そしてクロエ。

 三人の妻と、息子のリオネル。

 俺の家族は、どんどん大きくなっている。

 そして、その全員を幸せにするのが、俺の責任だ。


 授業が始まった。

 でも、俺はなかなか集中できなかった。

 時々、隣に座るクロエを見てしまう。


 彼女も、俺の視線に気づくと、恥ずかしそうに微笑む。

 その度に、昨夜のことを思い出してしまう。


 クロエの初々しい反応。

 震える声。

 涙を流しながらも、俺を受け入れてくれた姿。

 すべてが、俺の心に深く刻まれている。


 授業の合間、クロエが小さな声で囁いた。


「タクヤくん」

「ん?」


 俺が振り向く。


「昨夜のこと…忘れないでくださいね」


 クロエが恥ずかしそうに言う。


「ボクの初めて、全部タクヤくんにあげたんですから」


 その言葉に、俺の胸が熱くなった。


「もちろんだ」


 俺が囁き返す。


「一生、忘れない」


 クロエが嬉しそうに微笑んだ。

 そのアホ毛が、幸せそうに揺れている。


 昼休みになった。

 俺とクロエは、二人で中庭のベンチに座った。

 他の学生たちから少し離れた、静かな場所だ。


「ねえ、タクヤくん」


 クロエが俺の肩に頭を預けてくる。

 いつもより甘えた仕草だ。


「なんだ?」

「これから、ボクたち、どうなるんでしょうね」


 クロエが遠くを見つめながら言う。


「一緒に卒業して、一緒に生きていくのかな」

「ああ」


 俺が答える。


「君が望むなら、ずっと一緒だ」

「ボク、望みます」


 クロエが即答する。


「ずっと、タクヤくんと一緒にいたいです」

「家族として、妻として」


 その言葉が、俺の決意をさらに強くした。

 俺は、クロエを幸せにする。

 エリカも、ルナも、みんなを幸せにする。

 それが、俺の生きる理由だ。


「クロエ」


 俺が彼女の名前を呼ぶ。


「ん?」

「愛してる」


 クロエが驚いたように顔を上げた。

 そして、満面の笑みを浮かべる。


「ボクも、愛してます」


 彼女が答える。


「昨日より、もっと」


 俺たちは、静かに抱き合った。

 周りの視線は気にならなかった。

 今は、ただクロエの温もりを感じていたかった。


 合格の喜び。

 クロエとの愛の深まり。

 そして、これから待っている未来。

 すべてが、希望に満ちていた。


 でも、俺はまだ知らなかった。

 この平和な日常が、やがて新しい試練によって揺さぶられることを。

 魔法大学での生活は、まだまだ波乱に満ちている。


 でも、クロエが隣にいる。

 家族が待っている。

 仲間たちがいる。


 だから、どんな試練が来ても、俺は乗り越えられる。

 そう信じて、俺は新しい一日を歩み始めた。

 クロエの手を握りしめながら。


 俺たちの新しい物語が、今、始まったばかりだった。


 午後の授業も終わり、夕方になった。

 俺はクロエと一緒に、図書館で勉強していた。


 でも、お互いに集中できていなかった。

 時々目が合っては、恥ずかしそうに笑い合う。


「あの、タクヤくん」


 クロエが本を閉じて言った。


「今夜も…来てもいいですか?」


 その言葉に、俺の心臓が跳ね上がった。


「もちろんだ」


 俺が答える。


「でも、体は大丈夫なのか?」

「少し痛いですけど」


 クロエが恥ずかしそうに言う。


「でも、タクヤくんともっと一緒にいたいんです」


 その真っ直ぐな言葉に、俺は抗えなかった。


「分かった」


 俺が頷く。


「今夜も、待ってる」


 クロエが嬉しそうに微笑んだ。

 昨夜とは違う、少し余裕のある笑みだった。

 でも、その目には、まだ初々しい恥じらいが残っている。


 俺は、そんなクロエがたまらなく愛おしかった。

 夜が来るのが、待ち遠しかった。


 クロエとの新しい日々が、これから始まる。

 その第一歩を、俺たちは昨夜踏み出した。

 そして今夜、さらに深い絆を結ぼうとしている。


 俺は、クロエの手を握りしめた。

 彼女も、強く握り返してくれた。

 二人の未来は、まだ始まったばかりだった。


 でも、確かな愛で結ばれた、幸せな未来が待っている。

 そう信じて、俺たちは新しい夜を迎えようとしていた。



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