第八十一話「期末試験」
魔法大学に入学してから、早いものでもう半年が経った。
古代竜との戦いで自分の実力不足を痛感してから、俺は必死に勉強に取り組んできた。
造形魔法の技術向上、基礎魔法理論の習得、戦闘技術の練習。
できる限りのことはやってきたつもりだ。
でも、もうすぐその成果が試される時が来る。
「みなさん、期末試験についてお知らせします」
マリア教授が教壇に立って、重要な発表をする。
「この魔法大学は前期と後期に分かれており、それぞれの期末に試験があります」
「内容は実技と座学の両方です」
教室内がざわめく。
アドバンスクラスの生徒たちも、さすがに試験となると緊張しているようだ。
「普段の授業は自由参加ですが、この試験は全員強制参加です」
マリア教授が続ける。
「そして、最も重要なことは」
「この試験で半分以上の点数を取れなかった場合、強制退学となります」
教室が静まり返った。
強制退学。
それは、魔法大学生にとって最も恐ろしい言葉だった。
「魔法大学は三年制ですので、計六回の試験があります」
マリア教授がさらに説明する。
「すべてに合格して初めて、魔法大学卒業の資格を得られます」
俺は頭が真っ白になった。
六回も試験がある。
一回でも失敗すれば、すべてが終わりだ。
俺の周りを見回すと、クラスメイトたちの反応は様々だった。
アリシアは相変わらず冷静で、特に動じていない。
彼女は天才だから、こんな試験など朝飯前だろう。
レオナルドも、そこまで心配している様子はない。
彼は何でもそつなくこなすタイプだ。
実技も座学も、平均以上はできるはずだ。
ヴァルは「試験って何だ?」という顔をしている。
でも、魔王の息子である彼の魔力と知識は、人間の基準を遥かに超えている。
問題ないだろう。
クロエは少し緊張している様子だが、彼女の地頭の良さと努力量を考えれば、きっと大丈夫だ。
問題は、俺だ。
魔法理論は苦手だし、実技も他のみんなと比べると劣っている。
造形魔法は得意だが、それだけで試験に合格できるとは限らない。
「やばい…」
俺が小さく呟く。
「本気でやばい」
授業が終わった後、俺は焦りながら図書館に向かった。
とにかく、勉強するしかない。
残り時間は二週間。
この短期間で、どれだけ詰め込めるか。
「タクヤくん」
図書館で勉強していると、クロエが声をかけてきた。
「試験勉強ですか?」
「ああ」
俺が答える。
「正直、かなりやばい状況だ」
「魔法理論が全然頭に入らない」
「ボクで良ければ、一緒に勉強しましょうか?」
クロエが優しく提案してくれる。
「お互いに教え合えば、効率も良くなると思います」
「ありがとう」
俺が感謝する。
「助かる」
クロエと一緒に勉強を始める。
彼女の説明は分かりやすく、俺の理解も少しずつ進んだ。
でも、まだまだ足りない。
俺には、圧倒的に基礎知識が不足していた。
翌日も、俺は朝から図書館にこもって勉強した。
レオナルドも一緒に勉強してくれることになった。
「師匠、基礎魔法理論の第三章は理解できましたか?」
レオナルドが聞く。
「うーん、まだよく分からない」
俺が正直に答える。
「魔力の流れと精霊との契約関係が、うまく頭に入らない」
「では、実際にやってみましょう」
レオナルドが実演してくれる。
「火の精霊よ、我が意志に従い小さき炎を灯せ」
レオナルドの手のひらに、小さな火が灯る。
「この時、魔力はこういう流れになっているんです」
レオナルドの説明で、俺も少しずつ理解できるようになった。
でも、時間が足りない。
覚えることが多すぎる。
◇◇◇
三日目。
俺はアリシアにも助けを求めた。
「アリシア、魔法理論の応用問題を教えてもらえるか?」
「もちろんです」
アリシアが快く応じてくれる。
「この問題は、基本的な魔力計算の応用ですね」
アリシアが丁寧に解説してくれる。
彼女の知識は本当に深く、どんな質問にも的確に答えてくれた。
でも、俺の理解速度が遅すぎる。
アリシアが十分で理解できることを、俺は一時間かかってようやく理解する。
この差は、埋めようがないほど大きかった。
四日目。
ヴァルも手伝ってくれることになった。
「拓也、魔族の視点から説明してあげる」
ヴァルが言う。
「人間の魔法理論とは少し違うけど、本質は同じだよ」
ヴァルの説明は独特だったが、人間とは違う角度からの理解ができて、とても参考になった。
でも、やはり時間が足りない。
一週間が過ぎた。
俺の焦りは限界に達していた。
理論はなんとか基礎レベルまで理解できたが、実技の練習時間が全然取れていない。
実技試験では、実際に魔法を使って課題をこなさなければならない。
造形魔法だけでは、おそらく不十分だろう。
でも、その時。
俺の勉強を妨害する、予想外の事態が発生した。
「キャー、タクヤ様♡」
図書館で勉強していると、突然女子学生が俺に抱きついてきた。
獣人の女子学生だった。
猫の耳と尻尾を持つ、可愛らしい女の子だ。
「ちょっと、何をする」
俺が慌てて彼女を引き離そうとする。
でも、彼女の力は異常に強かった。
「タクヤ様、私と交尾してください」
彼女がはっきりと言った。
「あなたは強いオスです」
「あなたの子供を産ませてください」
俺は困惑した。
交尾って、そんなストレートに言われても。
「君、落ち着いて」
俺が必死に説得しようとする。
「俺には婚約者がいるんだ」
「構いません」
猫獣人の女子学生が食い下がる。
「強いオスなら、複数のメスを持つのは当然です」
「私も、タクヤ様のメスになりたいんです」
図書館が騒然となった。
他の学生たちが、俺たちの様子を見て驚いている。
司書の先生が慌てて駆けつけてきた。
「ミャウ、やめなさい」
司書の先生が猫獣人の女子学生を引き離す。
「今は発情期だから仕方ないけど、もう少し自制しなさい」
「発情期?」
俺が聞く。
「ああ、そうか」
司書の先生が説明してくれる。
「今の時期は、獣人族の発情期なんです」
「年に一回、二ヶ月ほど続きます」
「この期間中は、特に強いオスに対して、メスが積極的になるんです」
俺は頭を抱えた。
まさか、こんなタイミングで発情期が重なるなんて。
「タクヤ様は魔王軍幹部を五体も倒したと噂されています」
司書の先生が続ける。
「獣人たちにとって、あなたは最高ランクの強いオスなんです」
「だから、発情期の間は特に狙われやすいでしょう」
俺の絶望は深まった。
試験勉強をしなければならないのに、発情した獣人の女子学生に追いかけられる。
これでは、勉強どころではない。
◇◇◇
翌日。
俺は別の場所で勉強しようと、魔法大学の屋上に避難した。
ここなら、人も少ないし、集中して勉強できるはずだ。
でも、甘かった。
「タクヤ様、見つけました」
狼の獣人女子学生が現れた。
「こんな所にいたなんて、まるで隠れんぼですね」
「でも、もう逃がしません」
狼獣人の女子学生が、俺に飛びかかってくる。
俺は慌てて瞬間移動で逃げた。
でも、彼女たちの嗅覚は鋭い。
どこに逃げても、すぐに見つけられてしまう。
「くそ」
俺が呟く。
「これじゃあ、勉強できない」
丸一日、俺は発情した獣人女子学生たちから逃げ回っていた。
犬、猫、狼、狐、様々な種族の女子学生が、俺を追いかけてくる。
みんな、「強いオスと交尾したい」という本能に支配されている。
理性的な会話は通じない。
「タクヤ様」
今度は熊の獣人女子学生が現れた。
彼女は他の獣人よりもずっと大きく、迫力がある。
「私と交尾してください」
熊獣人の女子学生が俺に近づいてくる。
その力強さに、俺は本気で恐怖を感じた。
「ちょっと待ってくれ」
俺が必死に言う。
「俺は今、試験勉強をしなければならないんだ」
「試験なんて、どうでもいいじゃないですか」
熊獣人の女子学生が答える。
「強い子供を残すことの方が重要です」
俺は瞬間移動で逃げた。
でも、逃げても逃げても、別の獣人女子学生が現れる。
まるで、俺を狙う包囲網が敷かれているかのようだった。
「師匠、大丈夫ですか?」
レオナルドが心配して声をかけてくれる。
「獣人の女子学生たちに追いかけられているって聞きました」
「ああ、参った」
俺が答える。
「試験勉強ができない」
「このままじゃ、本当に退学になってしまう」
「何か対策を考えましょう」
レオナルドが提案する。
「僕たちで、師匠を守ります」
ルーシーも加わってくれる。
「オレも手伝うじゃん」
「獣人の発情期って面白いじゃん」
「面白くない」
俺がルーシーに突っ込む。
「笑い事じゃないんだ」
「…大変そう」
クロウも同情してくれる。
「でも、発情期は自然現象だから、止められない」
「…二ヶ月続く」
俺は絶望した。
二ヶ月も続くなんて。
試験まで、あと一週間しかないのに。
でも、諦めるわけにはいかない。
俺は作戦を練った。
昼間は獣人女子学生たちが活発に動き回る。
だから、夜中に勉強するしかない。
夜中なら、彼女たちも寝ているはずだ。
俺は夜型の生活に切り替えることにした。
午後十時から午前六時まで、図書館で勉強する。
昼間は部屋で寝る。
これなら、発情した獣人たちと遭遇する可能性を最小限に抑えられる。
作戦は、最初はうまくいった。
夜中の図書館は静かで、集中して勉強できた。
でも、三日もすると、獣人女子学生たちも学習した。
「タクヤ様は夜中に活動するのですね」
夜中の図書館に、狐獣人の女子学生が現れた。
「私たちも夜型に変更しました」
俺は頭を抱えた。
獣人たちの学習能力を甘く見ていた。
彼女たちは、俺の行動パターンを完全に把握していた。
「もうダメだ」
俺が諦めかける。
でも、その時。
「タクヤくん、こちらです」
クロエが手招きしてくれる。
彼女の後について行くと、隠し部屋のような場所があった。
「ここは、図書館の奥にある特別室です」
クロエが説明する。
「許可がないと入れませんが、ボクが司書の先生にお願いしました」
「ここなら、獣人の女子学生たちも見つけられないはずです」
「クロエ、ありがとう」
俺が感謝する。
「君がいてくれて、本当に良かった」
「当然です」
クロエが微笑む。
「ボクも、タクヤくんに試験に合格してもらいたいですから」
隠し部屋で、俺は集中して勉強することができた。
クロエも一緒にいてくれて、分からないところを教えてくれる。
でも、時間はどんどん過ぎていく。
試験まで、あと三日。
俺の理解度は、まだ十分ではなかった。
実技の練習も、ほとんどできていない。
「大丈夫ですよ、タクヤくん」
クロエが励ましてくれる。
「あなたは天才ではないかもしれませんが、努力家です」
「きっと、試験に合格できます」
「そうだといいんだが」
俺が不安そうに答える。
でも、クロエの言葉に、少し勇気をもらった。
確かに、俺は天才ではない。
アリシアのような圧倒的な魔力もないし、レオナルドのような器用さもない。
でも、俺には俺なりの良さがある。
造形魔法の才能、仲間を大切にする心、諦めない精神。
それらを活かせば、何とかなるかもしれない。
「よし」
俺が決意を新たにする。
「最後まで頑張ろう」
試験前日。
俺は一睡もせずに勉強し続けた。
理論の最終確認、実技のイメージトレーニング。
できることは、すべてやった。
◇◇◇
朝になった。
いよいよ、試験当日だ。
「タクヤくん、頑張ってください」
クロエが俺を見送ってくれる。
「ボクも一緒に受けますが、お互いに合格しましょう」
「ああ」
俺が頷く。
「絶対に合格してやる」
俺は試験会場に向かった。
廊下を歩いていると、まだ発情期の獣人女子学生たちが俺を見つけた。
「タクヤ様、試験頑張って」
猫獣人の女子学生が声援を送ってくれる。
「合格したら、ご褒美をあげますから」
俺は複雑な気持ちになった。
彼女たちも、俺を応援してくれているのか。
変な形だが、嬉しくもある。
「ありがとう」
俺が答える。
「頑張る」
試験会場に到着すると、アドバンスクラスの生徒たちが既に集まっていた。
みんな、緊張した面持ちだ。
アリシアだけは、いつもと変わらず冷静だった。
「それでは、期末試験を開始します」
マリア教授が宣言する。
「最初は座学試験から始めます」
「時間は二時間です」
試験問題が配られた。
俺は問題を見て、ほっとした。
勉強した内容が、かなり出題されている。
完璧ではないが、合格点は取れそうだ。
俺は集中して、問題を解き始めた。
これまでの努力を、すべて問題用紙にぶつけるつもりで。
座学試験が終わった。
手応えは、まずまずだった。
次は実技試験だ。
「実技試験の内容を発表します」
マリア教授が説明する。
「各自の得意分野で、指定された課題をこなしてください」
「造形魔法、戦闘魔法、治癒魔法、その他の魔法、どれでも構いません」
「ただし、一定レベル以上の技術を示すことが条件です」
俺は造形魔法を選んだ。
これなら、自信がある。
課題は「生き物の精密な立体造形」だった。
俺は迷わず、クロエの銅像制作に取りかかった。
今まで何度も作っているから、手順は完璧に覚えている。
「『土の精霊よ、我が記憶に従い美しき姿を現せ。造形魔法:愛造美化』」
俺が詠唱しながら、慎重に形を整えていく。
クロエの顔、体型、服装。
すべてを記憶通りに再現していく。
周りの学生たちも、それぞれの実技に取り組んでいる。
アリシアは、信じられないレベルの高等魔法を披露していた。
レオナルドは、造形魔法で複雑な建物を作り上げている。
ヴァルは、魔王級の魔法を軽々と使っている。
リリーは、光魔法であたり一体を消していた。
みんな、それぞれの分野で圧倒的な実力を見せている。
俺も負けていられない。
一時間かけて、クロエの銅像が完成した。
我ながら、今までで最高の出来栄えだった。
細部まで丁寧に作り込み、まるで本物のクロエがそこにいるかのようだった。
「素晴らしい」
マリア教授が俺の作品を見て、感嘆の声を上げる。
「この精密さ、この表現力」
「間違いなく、合格レベルです」
俺はほっとした。
実技試験は、なんとかクリアできたようだ。
試験が終わった。
結果発表は、一週間後だ。
俺は疲労困憊で、部屋に戻った。
でも、やりきった感はあった。
後は、結果を待つだけだ。
俺は、初めての期末試験を、何とか乗り切ることができた。
合格できるかどうかは分からないが、少なくとも全力は尽くした。
あとは、運を天に任せるしかない。
でも、この経験で、俺は一つ学んだ。
天才でなくても、努力すれば何とかなる。
仲間の支えがあれば、困難も乗り越えられる。
俺は、魔法大学での生活に、少しずつ自信を取り戻していた。




