第七十六話「意外な商才」
クロエの銅像制作が成功してから、俺は次の作品に取りかかっていた。
今度は、愛する妻ルナの銅像だ。
彼女の美しさを、できる限り忠実に再現したかった。
一週間かけて、俺は集中して制作に取り組んだ。
ルナの優雅な立ち姿、長い髪、穏やかな微笑み。
すべてを記憶を頼りに、丁寧に形作っていく。
「『造形魔法:千秋創造』」
俺が詠唱しながら、慎重に造形魔法を使う。
特に顔の部分は、何度も修正を重ねた。
ルナの上品で知的な表情を、完璧に再現するために。
そして、俺なりのこだわりも加えた。
エルフの伝統的な衣装のスカートの下に、可愛らしい下着を履かせたのだ。
とても微妙な表現だが、レオナルドに教わった芸術的なバランス感覚を活用している。
見る人が見れば分かるような、絶妙な仕上がりだった。
ついに、等身大のルナの銅像が完成した。
我ながら、最高の出来栄えだった。
「レオナルド、ヴァル、来てくれ」
俺が二人を作業室に呼んだ。
完成した作品を見せるためだ。
「どうだ?」
俺が布を取ると、美しいルナの銅像が現れた。
「うおおおおおっ!」
レオナルドが感動で叫び声を上げる。
「師匠、これは…これは芸術の神髄です!」
レオナルドがその場で土下座を始めた。
彼の芸術への情熱は、師弟関係を結んでから更に加速していた。
俺の技術を学ぶために、毎日のように質問を浴びせてくる熱心さは、時に圧倒されるほどだった。
「この美しさ、この完璧な造形!」
「師匠の技術は、まさに神の領域です!」
レオナルドが銅像に向かって拝んでいる。
彼の師匠への尊敬は、もはや崇拝の域に達していた。
「師匠、どうすればこのような完璧な表現ができるのですか?」
「僕はまだまだ未熟で、師匠の足元にも及びません」
レオナルドの謙虚な姿勢に、俺も身の引き締まる思いがした。
彼の期待に応えるためにも、自分がさらに成長しなければいけない。
「レオナルド、君の情熱があれば必ず上達する」
俺が弟子の肩に手を置く。
「技術は練習で身につくが、芸術への愛情は教えられない」
「君にはそれがある」
レオナルドの目に、感動の涙が浮かんだ。
「師匠…!」
一方、ヴァルは首を傾げていた。
「うーん」
ヴァルが困惑している。
「綺麗は綺麗だけど」
「何がそんなにすごいの?」
ヴァルには、この銅像の魅力が理解できないようだった。
「ヴァル、これがわからないのか?」
俺が驚く。
「魔族って、美的感覚が人間と違うのか?」
「んー、魔族は実用性を重視するからね」
ヴァルが説明する。
「強さや実用性がないと、価値を感じにくいの」
「この銅像、戦えるの?何かの役に立つの?」
魔族らしい発想だった。
彼らにとって価値のあるものは、力や実益に直結するもの。
純粋な美しさや芸術性は、理解しにくいのかもしれない。
「ヴァル、君に女体美の良さを教えてあげよう」
俺が決意する。
「美しさにも、力があるんだ」
「レオナルド、協力してくれ」
「はい、師匠!」
レオナルドが立ち上がる。
師匠の命令とあれば、なんでも協力する姿勢だった。
俺たちは、ヴァルに芸術教育を施すことにした。
「まず、女性の美しさというのはね」
俺が銅像を指しながら説明する。
「プロポーションのバランスが重要なんだ」
「頭身の比率、ウエストのくびれ、胸のライン」
「すべてが調和して、美しさを生み出す」
「そうです!」
レオナルドが師匠の教えに熱弁を振るう。
「さらに、表情の優雅さ、髪の流れる様子」
「すべてが計算され尽くした完璧な造形なのです」
「師匠の技術は、まさに魔法を超えた芸術です!」
レオナルドの師匠への賛美が止まらない。
「それに」
俺が声を潜める。
「よく見ると、スカートの下にも芸術的な工夫が」
「師匠の細やかなこだわりが表現されているのです」
レオナルドが感動で涙を流している。
「でも、それって実用的じゃないよね?」
ヴァルが素朴な疑問を投げかける。
「魔族なら、同じ時間と材料で武器を作るよ」
「あ、でも人間を魅了する効果があるなら、一種の魔法かも?」
さすが魔族、戦略的な思考をしている。
「ヴァル、分かるか?」
「えーっと」
ヴァルが一生懸命考えている。
「つまり、細かいところまで作り込まれてるってこと?」
「人間を幸せにする力があるってこと?」
「そういうこと」
「うーん、なんとなく???」
ヴァルの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいるようだった。
でも、一応納得したらしい。
「わかった」
ヴァルが頷く。
「余も、美しいものを理解できるようになりたい」
「人間の価値観を学ぶのも、魔族の勉強だしね」
「その心意気だ」
俺が満足する。
魔族でも、芸術を理解する心はあるようだった。
◇◇◇
翌日、俺は完成したルナの銅像をクロエに見せることにした。
彼女の技術指導のおかげで作れた作品だから、感想を聞いてみたかったのだ。
「クロエ、少し時間をもらえるか?」
俺がクロエを作業室に呼んだ。
「はい」
クロエがやってくる。
相変わらず地味な印象だが、よく見ると可愛らしい顔立ちをしている。
「新しい作品が完成したんだ」
俺が布を取って、ルナの銅像を見せる。
「どうだ?」
クロエは銅像を見つめて、しばらく無言だった。
そして、頬をぷくっと膨らませた。
「…すごく綺麗ですね」
クロエが少し不機嫌そうに言う。
「技術的には、とても優秀な出来栄えです」
なんだか、素直に褒めてくれていない気がする。
いつものクロエなら、もっと感動してくれるはずなのに。
「どうした?」
俺が聞く。
「何か問題でもあるか?」
「いえ、別に」
クロエが頬を膨らませたまま答える。
明らかに不機嫌だった。
でも、俺には理由が分からない。
技術的には問題ないって言ってくれたのに。
「あの」
クロエが恥ずかしそうに聞いてくる。
「このモデルの方は、タクヤくんにとって大切な人ですか?」
「ああ、もちろん」
俺が当然のように答える。
「俺の妻だからな」
クロエの頬が、さらにぷくっと膨らんだ。
嫉妬しているようだった。
でも、なぜクロエが嫉妬するのか、俺には理解できなかった。
「どうやって出会ったんですか?」
クロエが続けて質問する。
「冒険者ギルドで出会ったんだ」
俺が思い出しながら答える。
「強い冒険者探していた時に、たまたま見かけたのがきっかけだった」
「そうなんですね」
クロエが複雑な表情をする。
「他にも、大切な人はいるんですか?」
「ああ、エリカもいる」
俺が答える。
「エリカ?」
クロエの目つきが鋭くなった。
「その人は誰ですか?」
「もう一人の嫁だ」
俺がさらっと答える。
クロエがポカーンとした表情になった。
「も、もう一人の…嫁?」
「ああ」
俺が頷く。
「俺には二人の妻がいるんだ」
クロエは完全に固まっていた。
口をパクパクと動かしているが、声が出ない。
どうやら、俺が一夫多妻だということを今知ったらしい。
異世界では珍しくないことなのだが、クロエにとっては衝撃的だったようだ。
「あの、それって」
クロエが震え声で聞く。
「両方とも、本当の奥さんなんですか?」
「もちろんだ」
俺が答える。
「ルナもエリカも、俺にとって大切な家族だ」
クロエは何も言わずに、その場から走って行ってしまった。
突然のことで、俺は呆気に取られた。
「どうしたんだろう?」
俺が首を傾げていると、遠くの方からクロエの声が聞こえてきた。
「ボクにもチャンスあるじゃん!」
俺は更にポカーンとした。
チャンス?
何のチャンスだ?
俺には、クロエが何を言っているのか全く理解できなかった。
でも、クロエの心の中では重要な発見があったのだ。
タクヤには既に二人の妻がいる。
それなら、三人目だっていいじゃないか。
一夫多妻制なら、自分にも可能性がある。
クロエは一人で勝手に希望を抱いていたのだった。
◇◇◇
数日後、俺はレオナルドと一緒に新しい事業を始めることにした。
造形魔法の技術を活用した、小さな銅像の制作だ。
「師匠、これは素晴らしいアイデアですね」
レオナルドが興奮している。
「小型の芸術作品を販売するなんて」
「師匠の技術を多くの人に広める、絶好の機会です!」
レオナルドの商業的な嗅覚は鋭かった。
師匠への尊敬だけでなく、実利的な判断力も持ち合わせている。
「ああ」
俺が頷く。
「手のひらサイズなら、一般の人でも買いやすいだろう」
「師匠、僕も販売戦略を考えてみました」
レオナルドが提案してくる。
「まず、希少性を演出しましょう」
「限定数量で、プレミア感を出すんです」
「それと、師匠の署名入りにすれば、さらに価値が上がります」
この弟子、商売の才能もあるようだった。
俺たちが作ったのは、高さ15センチほどの小さな女性の銅像だった。
元の世界でいうフィギュアのようなものだ。
細かい作業は、すべて俺が担当した。
レオナルドは全体的な形作りを手伝ってくれるが、精密な部分は俺でないと無理だった。
「師匠、ここの表情はどうやって作るんですか?」
レオナルドが熱心に質問する。
「まず、全体のバランスを整えてから」
俺が丁寧に指導する。
「細部に入るんだ」
「焦らず、一つずつ完成させていく」
「はい、師匠!」
レオナルドが真剣にメモを取っている。
師匠の技術を一つでも多く学ぼうとする姿勢が伝わってくる。
「師匠の造形技術は、本当に魔法ですね」
レオナルドが感嘆する。
「僕には、まだまだ到達できない領域です」
「君も必ずできるようになる」
俺が励ます。
「技術は継続が全てだ」
師弟の絆が、作業を通してさらに深まっていた。
「表情の細部まで、完璧に仕上げましょう」
俺が集中して作業を続ける。
小さくても、手を抜くつもりはなかった。
髪の一本一本、まつ毛の一本まで、丁寧に造形していく。
そして、俺なりのこだわりも忘れない。
小さくても、芸術的な美しさを追求した。
スカートの下の細部まで、しっかりと作り込んである。
一週間かけて、20体ほどの小型銅像が完成した。
それぞれ微妙に表情や髪型を変えて、バリエーションを付けている。
「師匠、僕が販売計画を立てました」
レオナルドが資料を見せる。
「まず価格設定ですが、10金貨はどうでしょう?」
「高めですが、師匠の技術なら妥当な価格です」
「それと、販売場所は魔法大学の商店街が最適です」
「学生たちは新しいものに敏感ですから」
レオナルドの分析は的確だった。
ターゲット層を明確にして、販売戦略を練っている。
「さすがだな、レオナルド」
俺が感心する。
「君の商業的センスは素晴らしい」
「師匠に褒められるなんて、光栄です!」
レオナルドが嬉しそうに頬を赤らめる。
「さあ、販売してみよう」
俺が決意する。
俺たちは魔法大学の商店街で、小さな販売スペースを借りた。
「師匠、店舗レイアウトも重要です」
レオナルドが商品を並べる。
「銅像が最も美しく見える角度で配置しましょう」
「照明の当たり方も計算して…」
レオナルドの細かい配慮に、俺も感心した。
芸術への理解だけでなく、商売のセンスも抜群だ。
「いらっしゃいませ」
レオナルドが客引きをする。
「限定手作りの芸術的銅像はいかがですか」
「作者のタクヤ師匠が、一つ一つ丁寧に仕上げた逸品です」
レオナルドの販売トークも巧妙だった。
師匠の権威を上手に使って、商品価値を高めている。
最初は、通りがかりの学生たちが興味深そうに見ているだけだった。
10金貨という値段に、躊躇している様子だった。
「お客様、この技術をご覧ください」
レオナルドが一人の男子学生に銅像を手渡す。
「この細密さ、この表現力」
「市場には絶対に出回らない、唯一無二の芸術品です」
ところが、その男子学生が銅像を手に取った瞬間、表情が変わった。
「これ、すごい出来栄えですね」
学生が銅像を手に取る。
「細部まで、信じられないほど精密だ」
「この技術レベルなら、10金貨は安いくらいですよ」
「ありがとうございます」
俺が答える。
「一つ一つ、手作りで仕上げています」
「これください」
学生が即決した。
10金貨を支払って、銅像を大切そうに持って帰る。
それを見ていた他の学生たちも、急に興味を示し始めた。
「私も一つ欲しい」
「これとこれ、両方ください」
「すごい技術だ、作者は誰ですか?」
「師匠の作戦通りです」
レオナルドが小声で俺に言う。
「最初の一人が買えば、あとは連鎖反応が起きるんです」
レオナルドの販売戦略が見事に的中していた。
あっという間に、人だかりができた。
みんな、銅像の精密さと美しさに感動しているようだった。
「売り切れ寸前です」
レオナルドが宣伝する。
「お早めにどうぞ」
「次回入荷は未定です」
希少性を煽る戦術も効果的だった。
結局、その日のうちに20体すべてが完売した。
200金貨の売上だ。
想像以上の大成功だった。
「師匠、すごいです」
レオナルドが興奮している。
「こんなに売れるなんて」
「僕の販売戦略も成功しました」
「俺も驚いた」
俺が正直に答える。
「まさか、こんなに需要があるとは」
「レオナルドの商売のセンスのおかげだ」
「師匠の技術あってこそです」
レオナルドが謙遜する。
「でも、これで僕たちは完璧なコンビですね」
「師匠の芸術と、僕の商売」
どうやら、精密な造形技術への憧れは、この世界でも強いようだった。
手作りの芸術品として、高い評価を受けたのだ。
「これで、しばらくは資金に困らないな」
俺が安堵する。
魔法大学での生活費や、材料費を稼ぐことができた。
「師匠、お疲れ様でした」
レオナルドが提案する。
「今夜は、クラスメイトたちと飲み会をしませんか?」
「成功祝いです」
「いいアイデアだ」
俺が同意する。
「成功を祝おう」
◇◇◇
その夜、俺たちはアドバンスクラスの仲間と一緒に、魔法大学近くの酒場に集まった。
アリシア、クロウ、ルーシー、リリー、そしてクロエも参加してくれた。
「タクヤ、今日は大成功だったそうですね」
アリシアが乾杯の音頭を取る。
「芸術的銅像の販売、おめでとうございます」
「ありがとう」
俺がジョッキを上げる。
「みんなのおかげだ」
「かんぱい」
全員でジョッキを合わせる。
エールの泡が弾けて、楽しい雰囲気が広がった。
「でも、タクヤの技術は本当にすごいじゃん」
ルーシーが感心する。
「あんなに精密な銅像、見たことがないじゃん」
「そうかな」
リリーが黙って同意する。
「私たちも、あんな風に魔法を使えるようになりたいかな」
「練習あるのみだ」
俺が答える。
「俺も、まだまだ勉強中だから」
クロエは少し離れた席に座って、静かにお酒を飲んでいた。
時々、俺の方をちらっと見ては、頬を赤くしている。
アルコールのせいか、それとも別の理由か。
「クロエ、大丈夫か?」
俺が心配して声をかける。
「お酒、強くないなら無理しなくていいぞ」
「だ、大丈夫です」
クロエが慌てて答える。
「ちょっと考え事をしてただけです」
クロウが猫の獣人らしく、魚料理を美味しそうに食べている。
闇魔法の専門家だが、性格は意外と人懐っこい。
「…タクヤ、…俺の銅像も作るべき」
クロウが冗談めかして言う。
「…獣人の銅像…珍しい」
「考えておく」
俺が笑って答える。
実際、獣人の造形も面白そうだった。
毛の質感や、獣の特徴をどう表現するか、技術的な挑戦になるだろう。
「それにしても、10金貨はいい値段だったな」
レオナルドが感慨深げに言う。
「芸術の価値を、正当に評価してもらえました」
「師匠の技術が認められて、本当に嬉しいです」
「技術があれば、食べていけるということだ」
俺が答える。
「魔法も、使い方次第で色々な可能性がある」
アリシアが興味深そうに聞いてくる。
「タクヤは、将来どうするつもりですか?」
「冒険者に戻るのか、それとも芸術家として?」
「まだ分からない」
俺が正直に答える。
「でも、今は学べることを学んでおきたい」
実際、魔法大学での生活は充実していた。
新しい技術を覚え、仲間と過ごす時間も楽しい。
でも、エルフの村で待っているエリカ、ルナ、リオネルのことも忘れられない。
いつかは、家族の元に戻らなければいけない。
そんなことを考えながら、俺たちの飲み会は深夜まで続いた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
でも、クロエだけは最後まで複雑な表情をしていた。
彼女の心の中で、新しい決意が生まれていることを、俺はまだ知らなかった。
三人目の妻になるという、大胆な計画が。
この夜が、クロエにとって人生の転機になるとは、誰も予想していなかった。
魔法大学での日々は、まだまだ続いていく。
新しい出会い、新しい発見、そして新しい恋の予感と共に。




