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第七十四話「秘密の願い」

すみません。予約ミスで1日に3本も投稿されていました。でも、明日も同様に2本投稿するつもりです。


 クロエの母親が完全に回復してから、俺とレオナルドは本格的にクロエから造形魔法を学び始めた。

 彼女の指導は、マリア教授の基礎的な授業とは比べ物にならないほど実践的で詳しかった。


「まず、魔力の流れを意識してください」


 クロエが丁寧に説明してくれる。

 その時、彼女の指先が俺の手に触れた。

 ほんの一瞬だったが、クロエの頬がほんのりと染まる。


「物質の分子構造に働きかけるイメージを持って…あ、あの、タクヤくん」


 クロエが恥ずかしそうにうつむく。


「もし分からないことがあれば、何でも聞いてくださいね。ボク、タクヤくんのためなら…その、どんなことでも」

「『土の精霊よ、我が意志に従い細やかに形を変えよ。造形魔法:自由変化』」


 俺が詠唱すると、粘土が俺の思った通りに変形していく。

 以前とは比べ物にならないほど精密な操作ができるようになっていた。


「素晴らしいです!」


 クロエが目を輝かせる。

 彼女のアホ毛がぴょこぴょこと嬉しそうに跳ねている。


「タクヤくんの魔力制御、とても上手になりましたね。やっぱりタクヤくんは天才です」


 クロエの瞳には、尊敬を超えた何かが宿っていた。恋する乙女の憧憬が。

 クロエから褒められると、なんだか嬉しい。

 彼女は本当に優秀な教師だった。


 一方、レオナルドの方は相変わらず苦戦している。


「『大地の力よ、我が心に応えて美を創造せよ。造形魔法:女美高変』」


 レオナルドが詠唱するが、出来上がった女性の銅像はやはり粗い仕上がりだった。


「うーん」


 レオナルドが困った顔をする。


「どうしても細かい部分がうまくいきません」

「でも、遠くから見れば十分可愛いじゃない」


 クロエが優しく励ます。

 でも、その目は拓也の方をちらりと見ていた。


「魔法での造形には、向き不向きがありますから。タクヤくんみたいに才能のある方は稀なんです」

 

 確かに、レオナルドの作品は荒削りだが、全体的な印象は悪くない。

 特に、女性の体のラインなどは、彼の美意識が反映されている。


「ありがとうございます、クロエさん」


 レオナルドが嬉しそうに答える。


「でも、師匠の技術には到底及びません。あの精密さ、あの表現力…まさに芸術の神髄です」


 レオナルドの目は芸術への狂気に近い情熱で輝いている。




◇◇◇




 三週間ほど集中的に学んだ結果、俺たちの技術は格段に向上した。

 特に俺は、以前の手作業では不可能だった精密な造形ができるようになった。

 

「タクヤくんって、本当に何でもできるんですね」


 クロエが憧れの眼差しで俺を見つめる。


「ボク、タクヤくんにお教えできることがあって、とても嬉しいです。少しでもタクヤくんのお役に立てたなら…」


 彼女の声は小さく震えていた。

 きっと、俺との時間がもうすぐ終わってしまうことを寂しく思っているのだろう。


 そこで、俺は一つの計画を立てた。

 クロエに心配をかけたお詫びとして、特別な作品を作ろうと決めたのだ。


「一週間ほど、個人制作に集中したい」


 俺がクロエとレオナルドに申し出る。


「君たちから学んだ技術を使って、お礼の作品を作りたいんだ」

「お礼の作品?」


 クロエが首を傾げる。

 その時、彼女の心臓が激しく鼓動していた。


 (もしかして、自分のために?

 そんな淡い期待が胸の奥で膨らむ。)


「ボクは別に、そんなものは必要ありませんよ。タクヤくんと一緒にいられるだけで、それだけでボクは…」


 言いかけて、クロエは慌てて口を押さえた。


「いや、俺がやりたいんだ」


 俺が微笑む。


「君には本当にお世話になったから」


 (クロエの頬が薔薇色に染まる。タクヤくんが、ボクのために。その事実だけで、胸が熱くなった。)


 俺は一週間かけて、秘密の作品制作に取り組んだ。

 モデルは、もちろんクロエだ。

 彼女の控えめな美しさを、できる限り正確に再現しようと思った。


 レオナルドは毎日のように制作室を覗きに来る。


「師匠、今日の進捗はいかがですか?」

「お、少し待ってくれ」


 作業に集中する俺を見て、レオナルドは感動で身を震わせる。


「この集中力…この情熱…これが真の芸術家の姿か」


 彼の目に涙が浮かんでいる。


「僕も、いつか師匠のように…」


 まず、全体的なプロポーションから始める。

 クロエは背が低く、華奢な体つきをしている。

 でも、そこがまた彼女らしい可愛らしさでもある。


「『土の精霊よ、我が記憶に従い美しき姿を現せ。造形魔法』」


 俺が詠唱しながら、慎重に形を整えていく。

 顔の輪郭、目の形、鼻の高さ、唇のカーブ。

 すべてをクロエそのままに作り上げる。


「師匠!」


 レオナルドが突然興奮して声を上げる。


「この表現技法…まさに革命的です。細部への執着、美への探求心…僕は今、芸術の真髄を目の当たりにしています」


 髪型も、彼女がいつも流している地味なスタイルを再現した。

 

 でも、一つだけこだわりを加えた。

 魔法大学の制服のブラウスから、わずかに下着のラインが見えるように。

 とても微妙な表現だが、俺なりの芸術的なこだわりだった。


 レオナルドに教わった、絶妙なバランス感覚を活用したのだ。


「師匠、その美しさは…」


 レオナルドが息を呑む。


「芸術と現実の境界を超越した表現です。これぞ、美の極致!」




◇◇◇




 一週間後、ついに作品が完成した。

 等身大のクロエの銅像。

 我ながら、今まで作った中で最高の出来栄えだった。


「クロエ、少し時間をもらえるか?」


 俺がクロエを作業室に呼んだ。

 レオナルドも一緒に来てもらった。


「実は、君にプレゼントがあるんだ」

「プレゼント?」


 クロエが困惑する。

 

 (心臓が今にも飛び出しそうなほど高鳴っていた。

 タクヤくんからのプレゼント。

 それがどんなものでも、一生の宝物になる。)


 俺が布を取ると、クロエの銅像が現れた。

 完璧に再現された彼女自身の姿。


「これは…」


 クロエが息を呑む。


「ボク?」

「ああ」


 俺が頷く。


「君への感謝の気持ちを込めて作った」


 クロエの髪のアホ毛が、ぴょこぴょこと激しく跳ねている。

 彼女が興奮すると、いつもこうなる。

 とても可愛らしい癖だ。


「すごい…すごいです」


 クロエが銅像の周りを回りながら見つめる。涙が頬を伝っていた。


「本物みたい。まさか、タクヤくんがボクを…こんなに丁寧に見てくださっていたなんて」

「いえ、本物より綺麗かもしれません」


 レオナルドが感動で声を震わせる。


「そんなことはない」


 俺が否定する。


「君の方がずっと美しい」


 クロエの顔が真っ赤になる。


 (心の中で、愛の告白のように響いた。タクヤくんが、ボクを美しいと。)


 一方、レオナルドは感動で涙を流していた。


「師匠…これは芸術の極致です」


 レオナルドが震え声で言う。


「この完成度、この表現力。見てください、この繊細の美しさ!服の皺一つ一つに込められた愛情!」

「僕が目指すべき理想そのものです」


 レオナルドの涙が止まらない。彼は膝をついて銅像を見上げている。


「師匠、僕は今日、生まれ変わりました。真の美とは何かを理解したのです」


 彼の芸術への情熱が、俺の作品に共鳴しているようだった。


「本当に、ありがとうございます」


 クロエが深々と頭を下げる。声が震えていた。


「こんな素晴らしいものをいただいて。ボク、この銅像を一生大切にします」


「でも」


 クロエが恥ずかしそうに言う。頬を真っ赤に染めながら。


「あの、お願いがあるんです」

「何だ?」

「この魔法大学の制服も素敵ですが」


 クロエが小さな声で続ける。心の奥で、危険な願いが芽生えていた。


「もしできるなら、ウェディングドレス姿にしていただけませんか?」


 俺は少し驚いた。

 クロエに結婚願望があったのか。

 誰か好きな人でもいるのだろうか。


「もちろんだ」


 俺が答える。


「君がそれを望むなら」


 (クロエの心の中で、危険な妄想が膨らんでいく。 ウェディングドレス姿のボク。そして隣には…。)


「でも、モデルがないと難しいな」

「あ、それなら」


 クロエが慌てる。


「雑誌に載ってるドレスの写真があります」

「それを参考にしてください」


 クロエが持ってきた雑誌を見ると、確かに美しいウェディングドレスの写真があった。

 純白のドレスに、長いベールが付いている。

 とても上品で、クロエに似合いそうなデザインだった。


「これなら作れそうだ」


 俺が答える。




◇◇◇




 再び一週間かけて、俺はクロエのウェディングドレス版を制作した。

 レオナルドは毎日のように差し入れを持ってきて、制作過程を見学する。


「師匠、今日のドレスの皺の表現は昨日よりさらに…」

「レオナルド、集中させてくれ」

「はい!でも、このレースの細工は革命的です!」


 純白のドレスを着た彼女の姿は、想像以上に美しかった。

 普段は地味な印象のクロエだが、ウェディングドレスを着ると別人のように華やかに見える。


「完成したぞ」


 俺がクロエを呼んで、新しい作品を見せた。


「わあ」


 クロエが歓声を上げる。

 アホ毛がさらに激しく跳ねている。涙で視界が滲んでいた。


「綺麗…本当に綺麗です。まるで本当に結婚式みたい」

「気に入ってもらえて良かった」


 俺がほっとする。


「ありがとうございます」


 クロエが銅像を大切そうに抱きしめる。


 (その時、心の中で密かに誓った。

 この銅像は、ボクたちの未来の象徴。

 いつか、本当にこの日が来るように。)


「ボクの部屋に飾らせていただきます。一番大切な場所に」


 クロエは嬉しそうに、ウェディングドレス姿の自分の銅像を持って帰った。


 その夜、クロエの部屋では、銅像が大切に飾られていた。

 ベッドの傍の特等席に置かれた、ウェディングドレスのクロエ。

 彼女は銅像を眺めながら、幸せそうに微笑んでいる。


「素敵」


 クロエが一人で呟く。


「本当に素敵。タクヤくんが作ってくれたボク」


 でも、クロエはすぐに気づいた。


 ウェディングドレス姿の自分だけでは、何か物足りない。

 結婚式には、相手が必要だ。

 新郎が必要だ。


 クロエの心の中で、禁断の欲望が燃え上がる。


「そうよ…結婚式には新郎様が必要」

 

 クロエが決心して、机に向かった。

 そして、造形魔法で新しい作品の制作を始める。


「『土の精霊よ、我が心の想いを形に…』」


 クロエが詠唱しながら、慎重に形を作っていく。

 モデルは、もちろん拓也だった。

 タキシードを着た拓也の銅像。


 クロエは拓也の顔を、記憶を頼りに丁寧に再現していく。

 優しい目、穏やかな表情、少し照れたような微笑み。

 結婚式で、新婦を見つめる新郎の表情。


「タクヤくん…ボクだけを見つめて」


 クロエが銅像に向かって囁く。


「ボクだけのもの。ボクだけのタクヤくん」


 クロエの想像の中で、拓也は自分だけを見つめてくれている。

 優しく、愛しそうに。

 現実では不可能な願いを、銅像に込めて。


 数時間かけて、ついにタキシード姿の拓也の銅像が完成した。

 

 クロエは二つの銅像を並べて置いた。

 ウェディングドレスの自分と、タキシードの拓也。

 まるで本当の結婚式のように、二人が向き合っている。


「こうやって見ると、本当に結婚したみたい」


 クロエがにっこりと笑う。涙が頬を伝っていた。


「ボクたちの結婚式。ボクだけの、秘密の結婚式」


 現実では不可能な夢を、銅像で実現した。

 拓也には奥さんがいるから、自分が割り込む余地はない。


 (でも、せめて夢の中でだけは。

 せめて、この銅像の中でだけは。

 自分も拓也の隣にいることができる。)


「タクヤくん」


 クロエが銅像に向かって話しかける。


「ボクのこと、どう思いますか?友達?それとも…」

 

 もちろん、銅像は答えない。

 でも、クロエの心の中では、拓也が優しく微笑んで答えてくれる。


「君は大切な人だ」と。


 クロエは毎晩、二つの銅像を眺めながら眠りについた。

 幸せな夢を見ながら。


 いつか、本当にこんな日が来るかもしれないという、淡い希望を抱きながら。


「おやすみなさい、タクヤくん」


 クロエが銅像にキスをする。


「また明日も、一緒にいてくださいね」


に でも、それは秘密だった。

 誰にも言えない、クロエだけの秘密だった。

 彼女の心の奥で燃える、危険で儚い恋心だった。)




◇◇◇




 翌日、俺は何も知らずに授業を受けていた。

 クロエが自分の部屋で、俺の銅像まで作っているなんて思いもしなかった。


「師匠」


 レオナルドが興奮して話しかけてくる。


「昨日のクロエさんの銅像、本当に素晴らしかったです」


 彼の目は芸術的興奮で輝いている。


「あれを見て、僕の芸術観が完全に変わりました。美とは何か、愛とは何か、すべてがあの作品に込められていたのです」

「そうか」


 俺が答える。


「君も、きっと素晴らしい作品を作れるようになる」

「はい」


 レオナルドが目を輝かせる。


「師匠に少しでも近づけるよう、努力します。僕も、いつか誰かをあれほど愛情深く表現できる日が来るでしょうか」


 レオナルドは胸に手を当てて、感動に身を震わせている。


「師匠の作品を見て、僕は理解したのです。真の芸術とは、技術ではない。愛なのだと」


 俺は、クロエがあんなに喜んでくれて嬉しかった。

 苦労して作った甲斐があった。


 ウェディングドレス姿の銅像も気に入ってもらえたようだし。

 きっと、彼女の部屋で大切に飾られているだろう。


 俺はただ、友達として彼女の願いを叶えただけのつもりだった。

 でも、クロエにとっては、それ以上の意味があった。


 彼女の心の中で、俺は特別な存在になっていた。

 愛する人に、変わっていた。


 でも、それはまだ俺の知らない秘密だった。

 クロエの心の奥で燃え続ける、危険で美しい炎だった。

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