第六十八話「中庭の謎めいた少女」
魔法大学での二日目、俺とレオナルドは造形魔法の授業を受けていた。
マリア・スノーホワイト教授が黒板に魔法陣を描きながら、基礎理論を説明している。
「造形魔法の基本は、魔力の流れを理解することです」
マリア教授が振り返って説明する。
「物質の分子構造に魔力を作用させて、形を変えるのが造形魔法の原理です」
「まず、簡単な練習として、粘土の形を変えてみましょう」
「詠唱は『土の精霊よ、我が意志に従い形を変えよ。造形魔法:自由変化』です」
俺は手元の粘土に向かって詠唱した。
「『土の精霊よ、我が意志に従い形を変えよ。造形魔法:自由変化』」
微弱な魔力が流れて、粘土がわずかに変形する。
でも、その程度の変化なら手でやった方が早い。
「これって、俺たちが普通にやってることと変わらないな」
俺がレオナルドに小声で呟く。
「そうですね」
レオナルドも同感のようだ。
「魔法を使わなくても、これくらいなら手でできますよね」
マリア教授は基礎の重要性を力説しているが、俺たちには物足りない内容だった。
実際に陶芸をやっている俺たちからすると、魔法を使うメリットがわからない。
「あの、教授」
レオナルドが手を上げる。
「もう少し高度な技術を教えていただけませんか?」
「レオナルドさん、基礎をおろそかにしてはいけません」
マリア教授が厳しい口調で答える。
「魔法は積み重ねが大切なのです」
「でも僕たちは、すでに陶芸の経験があります」
レオナルドが説明する。
「基礎的な造形なら、魔法を使わなくてもできるんです」
「それでも、魔法理論の理解は必要です」
マリア教授が譲らない。
「今日は引き続き、基礎練習を行います」
俺とレオナルドは顔を見合わせた。
このまま授業を受けていても、得られるものは少なそうだ。
「師匠」
レオナルドが俺に小声で提案する。
「少し外の空気を吸いませんか?」
「そうだな」
俺が頷く。
俺たちは手を上げて、マリア教授に申し出た。
「すみません、体調が悪いので少し休憩させてください」
「そうですか」
マリア教授が心配そうな表情を見せる。
「では、保健室で休んでください」
「ありがとうございます」
俺たちは教室を出て、廊下を歩いた。
でも、保健室に向かうのではなく、中庭に向かった。
「あまり授業をサボるのは良くないかもしれませんが」
レオナルドが苦笑いする。
「でも、あの内容では時間の無駄ですよね」
「同感だ」
俺が頷く。
「もっと実践的なことを学びたい」
◇◇◇
中庭は広い芝生の空間で、いくつかのベンチが置かれている。
学生たちがくつろいだり、勉強したりできる憩いの場所だ。
俺たちがベンチに座ろうとした時、芝生の向こうに一人の女子学生がいるのに気づいた。
アドバンスクラスの組章を付けているから、俺たちのクラスメートのはずだ。
でも、授業には出席していなかった。
アメジスト色の髪を肩まで伸ばしたウルフカット、地味な印象の女の子だった。
一人で座り込んで、何かをしている。
「あの子、僕たちのクラスの子ですよね」
レオナルドが首を傾げる。
「でも、授業には来てませんでした」
「話しかけてみようか」
俺が提案する。
「同じクラスなんだし、挨拶くらいはした方がいい」
俺たちはその女の子に近づいた。
近づいて見ると、彼女は地面に向かって何かを呟いている。
詠唱をしているようだった。
「あの、すみません」
俺が声をかけようとした瞬間、地面から何かが飛び出してきた。
石でできた小さな人型の物体だった。
高さは30センチ程度で、粗い造りだが確かに人の形をしている。
「うわっ!」
レオナルドが驚いて後ずさりする。
石の人形は意思を持っているかのように動き回り、俺たちに向かって歩いてくる。
「これは…ゴーレムですか?」
レオナルドが困惑する。
石の人形が俺たちに近づいてくると、レオナルドが反射的に手で押し返した。
軽く触れただけのつもりだったが、石の人形は粉々に砕けてしまった。
「あ」
レオナルドが慌てる。
「軽く触っただけなのに」
でも、女の子は動じていない。
再び詠唱を始める。
「『大地の力よ、我が意志に従い立ち上がれ。造形魔法:変遷躍動』」
今度はより大きな石の人形が地面から現れた。
先ほどの倍ほどの大きさで、より精巧に作られている。
これも俺たちに向かって歩いてくる。
「今度は俺が」
俺が瞬刃ブリンクを抜いた。
「『瞬間移動剣技:叩き落とし』」
俺が瞬間移動で石の人形の上に移動し、剣を振り下ろす。
でも、刃は石の表面で弾かれてしまった。
ほとんど傷がついていない。
「硬い」
俺が驚く。
先ほどレオナルドが触っただけで壊れた石の人形とは、まったく硬度が違う。
石の人形が俺に向かって拳を振り上げる。
俺は瞬間移動で回避した。
「師匠、危険です」
レオナルドが前に出て、石の人形の胴体を掴んだ。
そして、力を込めて握りつぶす。
ボロボロと石が崩れ落ちて、人形は破壊された。
「レオナルド、君の力は本当にすごいな」
俺が感嘆する。
俺の剣では傷もつけられなかった石の人形を、素手で粉砕してしまった。
改めて、レオナルドの異常な腕力を実感した。
「すみません」
女の子がようやく口を開いた。
「びっくりさせてしまって」
彼女は俯いたまま、小さな声で謝る。
「いや、こちらこそ」
俺が近づく。
「急に話しかけて驚かせてしまった」
「僕たち、同じアドバンスクラスの…」
俺が自己紹介しようとすると、女の子が顔を上げた。
「知ってます」
彼女が小声で答える。
「あなたたちのこと、見てました」
「でも、ボクなんかが話しかけても迷惑だと思って」
ボクっ子とはこれまた可愛い。
「迷惑なんてことはない」
俺が否定する。
女の子の顔をよく見ると、意外に整った顔立ちをしている。
地味な印象だったが、実は結構可愛い。
ただ、髪型や服装が地味すぎるのと、自信がなさそうな態度のせいで、印象が薄くなってしまっているのだろう。
「ボク、クロエ・グレイストーンです」
彼女が自己紹介する。
「でも、ボクなんてインキャ底辺ゴミ女だから、覚えなくても大丈夫です」
「そんな言い方をするな」
俺が眉をひそめる。
「君は十分魅力的だと思う」
俺がじっと彼女の顔を見つめる。
確かに、よく見ると美人だ。
少し化粧をして、髪型を変えれば、かなりの美女になるだろう。
「え」
クロエが顔を赤らめる。
「そんな、嘘です」
「本当だ」
俺が断言する。
「君は自分を過小評価しすぎている」
クロエがますます赤くなって、俯いてしまった。
「あの、クロエさん」
レオナルドが口を挟む。
「さっきの魔法、すごかったです」
「あんなに精巧なゴーレムを作れるなんて」
「そんなことありません」
クロエが首を振る。
「ボクの魔法なんて、大したことないです」
「とんでもない」
俺が反論する。
「あれだけの造形魔法ができるなら、相当な実力だ」
「実は、俺たちに造形魔法を教えてもらえないか?」
俺が提案する。
クロエが驚いたような顔をする。
「ボクが、ですか?」
「ああ」
俺が頷く。
「授業の内容は基礎すぎて、俺たちには物足りない」
「君のような実力者に教わった方が、ずっと勉強になると思う」
「でも、ボクなんて…」
「お願いします」
レオナルドも頭を下げる。
「僕たちに造形魔法を教えてください」
クロエがしばらく考え込んだ。
そして、小さな声で答えた。
「ちょっとは応用魔法は教えます。けど、それ以上は条件があります」
「条件?」
俺が尋ねる。
「ボクのお母さんを、救ってください」
クロエの表情が暗くなる。
「お母さんが不治の病にかかって、もう長くないんです」
「医者は諦めるように言うけれど、私は諦めたくない」
「もしも、お母さんを救ってくれるなら、ボクの知ってる魔法は全部教えます」
俺とレオナルドは顔を見合わせた。
不治の病を治すなんて、俺たちにできるのだろうか。
でも、クロエの必死な表情を見ると、断ることはできなかった。
「どんな病気なんだ?」
俺が尋ねる。
「魔力枯渇症候群です」
クロエが答える。
「魔力を使いすぎて、体の中の魔力が枯渇してしまう病気です」
「そのまま放置すると、体の機能が停止してしまいます」
俺は聞いたことがある病気だった。
この世界では、魔力は生命力の一部でもある。
それが枯渇すると、文字通り命に関わる。
「どのくらい前からなんだ?」
「三ヶ月ほど前からです」
クロエが涙ぐみながら答える。
「最初は軽い症状だったんですが、だんだん悪くなって」
「今は、起き上がることもできません」
「医者に相談したか?」
「はい」
クロエが頷く。
「でも、魔力枯渇症候群は現在の医学では治療法がないって」
「せいぜい、痛みを和らげることしかできないって言われました」
俺は考え込んだ。
確かに、魔力枯渇症候群は難しい病気だ。
でも、まったく治療法がないわけではない。
高位の治癒魔法を使えば、ある程度の回復は見込める。
それに、俺には秘密兵器がある。
ルナだ。
彼女はAランクの治癒魔法使いだから、もしかしたら何かできるかもしれない。
「わかった」
俺が決断する。
「君のお母さんを救うために、できる限りのことをしよう」
「本当ですか?」
クロエの目に希望の光が宿る。
「ああ」
俺が頷く。
「ただし、確実に治せるとは約束できない」
「でも、やってみる価値はある」
「ありがとうございます」
クロエが深々と頭を下げる。
「お母さんに会っていただけますか?」
「もちろんだ」
「それでは、今から一緒に来てください」
クロエが立ち上がる。
「お母さんは街外れの家で療養しています」
俺たちはクロエに連れられて、魔法大学を出た。
街外れに向かう道のりで、クロエは母親のことを詳しく話してくれた。
「お母さんは元々、造形魔法の研究者だったんです」
クロエが説明する。
「ボクが小さい頃から、魔法のことを教えてくれました」
「でも、研究に没頭しすぎて、魔力を使いすぎてしまったんです」
「研究者だったのか」
俺が驚く。
「それなら、相当な実力者だったんだな」
「はい」
クロエが誇らしそうに頷く。
「お母さんは天才でした」
「造形魔法では、この国でも五本の指に入る実力だったんです」
「でも、病気になってから、魔法を使うことができなくなりました」
◇◇◇
街外れの小さな家に到着すると、クロエが扉を開けた。
「お母さん、お客様をお連れしました」
家の中は質素だが、清潔に保たれている。
奥の部屋から、弱々しい声が聞こえてきた。
「クロエ、お疲れ様」
俺たちが部屋に入ると、ベッドに横たわった中年の女性がいた。
顔色は悪いが、クロエに似た美しい顔立ちをしている。
「お母さん、この方たちが助けてくださるかもしれません」
クロエが母親に紹介する。
「ボクの同級生の…」
「初めまして」
俺が挨拶する。
「僕たちにできることがあれば、何でも言ってください」
クロエの母親―名前をアンナというらしい―が俺たちを見つめる。
「ありがとうございます」
アンナが微笑む。
「でも、お若い方たちに迷惑をかけるわけには」
「迷惑ではありません」
レオナルドが否定する。
「クロエさんにお世話になる予定なので、こちらこそお礼をさせてください」
俺はアンナの状態を観察した。
確かに、魔力枯渇症候群の典型的な症状が出ている。
顔色の悪さ、体力の低下、魔力の完全な欠如。
かなり進行した状態だった。
「アンナさん、失礼ですが、症状の詳細を教えてもらえませんか?」
俺が尋ねる。
「医学的な知識があるもので」
「そうですね」
アンナが説明し始める。
「最初は軽い倦怠感から始まりました」
「研究で徹夜続きだったので、疲労だと思っていたんです」
「でも、だんだん体力が落ちて、魔法を使うのが辛くなりました」
「そして、三ヶ月前に倒れて、それ以来ベッドから起き上がれません」
俺は症状を聞きながら、治療法を考えた。
魔力枯渇症候群の治療には、外部からの魔力供給が必要だ。
でも、それは非常に高度な技術を要する。
俺一人では無理だが、ルナの協力があれば可能かもしれない。
「アンナさん、希望を捨てないでください」
俺がアンナの手を握る。
「必ず、治療法を見つけます」
「でも…」
「俺には、すごい治癒魔法使いの知り合いがいるんです」
俺が説明する。
「その人に相談すれば、何か方法があるかもしれません」
「本当ですか?」
クロエが期待を込めて尋ねる。
「ああ」
俺が頷く。
「でも、少し時間がかかるかもしれない」
「その人を呼ぶのに、数日必要だ」
「わかりました」
クロエが涙を流しながら答える。
「どんなに時間がかかっても構いません」
「お母さんを救ってください」
俺はクロエの手を握り返した。
「約束する」
「君のお母さんは、必ず治してみせる」
こうして、俺たちは新たな挑戦を引き受けることになった。
造形魔法を学ぶつもりが、命を救う使命を背負うことになった。
でも、クロエの必死な想いを見ていると、断ることはできなかった。
俺たちにできることは限られているが、諦めるわけにはいかない。
アンナの命を救うために、全力を尽くすつもりだった。




