第六十六話「宮殿での気づき」
レオナルドに連れられて、俺はヴィンター伯爵家の屋敷に向かった。
帝都の貴族街にある、立派な宮殿のような建物だ。
正門には門番が立っているが、レオナルドと一緒だったため、すんなりと通してもらえた。
「師匠、こちらです」
レオナルドが俺を案内する。
俺は内心でドキドキしていた。
脱獄犯の俺が、堂々と帝国の貴族の屋敷に入るなんて。
でも、どうやら俺の情報は上の方まで回っていないようだった。
門番も、使用人たちも、俺を普通の客として扱っている。
変装する必要もなく、堂々と歩ける。
これは意外だった。
帝国の治安維持体制は、思っているより杜撰なのかもしれない。
「レオナルド様、お帰りなさい」
使用人たちがレオナルドに挨拶する。
「こちらの方は?」
「僕の芸術の師匠だ」
レオナルドが誇らしげに紹介する。
「天才芸術家の先生をお連れしたんだ」
「それは素晴らしい」
使用人たちが俺に丁寧に頭を下げる。
俺は慣れない扱いに戸惑いながらも、会釈を返した。
屋敷の内部は、想像していた以上に豪華だった。
高い天井、美しいシャンデリア、壁に飾られた絵画。
さすがは帝国の名門貴族の邸宅だ。
「師匠、僕の部屋をお見せします」
レオナルドが階段を上がっていく。
俺も後に続いた。
二階の廊下を歩いていると、様々な美術品が飾られているのが見える。
絵画、彫刻、陶器。
どれも高価そうなものばかりだ。
「ここが僕の部屋です」
レオナルドが扉を開ける。
部屋に入った瞬間、俺は驚いた。
そこには、大小様々な女性の銅像が所狭しと並べられていた。
少なくとも二十体はある。
すべて美しい女性をモデルにした作品だ。
「すごいコレクションだな」
俺が率直に感想を述べる。
「ありがとうございます」
レオナルドが嬉しそうに答える。
「僕は美しい女性の彫刻を集めるのが趣味なんです」
俺は一つ一つの作品を見て回った。
確かに、どれも美しい作品だ。
でも、正直に言うと、俺のエリカの銅像と比べると見劣りしてしまう。
技術的にも、表現力でも、一段階下のレベルだ。
でも、それぞれに魅力がある。
この作品は表情が豊か、あの作品は体のバランスが良い。
作者たちの個性や努力が感じられる。
「どの作品も、それぞれに良さがある」
俺が正直な感想を言う。
「本当ですか?」
レオナルドが目を輝かせる。
「でも、師匠の作品と比べると、どれも見劣りしてしまいます」
「そんなことはない」
俺が首を振る。
「芸術に優劣はない」
「それぞれの作品に、作者の想いが込められている」
「それが一番大切なことだ」
レオナルドが感動したような表情を見せる。
「さすが師匠」
「深い洞察力をお持ちです」
「では、早速指導をお願いします」
レオナルドが作業台の前に立つ。
そこには、粘土や道具が用意されている。
「何を作りたいんだ?」
俺が尋ねる。
「美しい女性の胸像を」
レオナルドが答える。
「師匠のような、リアルで美しい作品を作りたいんです」
「わかった」
俺が頷く。
「まずは基本から始めよう」
「粘土をこねることから」
俺はレオナルドに、粘土の扱い方から教え始めた。
でも、すぐに問題が発覚した。
レオナルドの力が強すぎるのだ。
「もっと優しく」
俺が指導する。
「粘土は生き物だと思って扱うんだ」
「はい、師匠」
レオナルドが力を抜こうとする。
でも、少し形を整えようとするだけで、粘土がグシャッと潰れてしまう。
「あ」
レオナルドが困った表情を見せる。
「やり直します」
再び粘土をこね直して、顔の輪郭を作り始める。
大雑把な形は何とか作れるようだ。
でも、細かい部分に入ると問題が起こる。
目を作ろうとして、粘土に穴を開けすぎる。
鼻を作ろうとして、全体が崩れる。
くびれを作ろうとして、胸の部分がボロボロになる。
「うう…」
レオナルドが涙目になる。
「師匠のようにうまくいきません」
「大丈夫」
俺が励ます。
「最初は誰でもそんなものだ」
でも、内心では困っていた。
レオナルドの力加減は、相当な訓練が必要だろう。
普通の人の何倍もの力を持っているようだ。
これでは、細かい作業は難しい。
「もう一度やってみよう」
俺が提案する。
「今度は、もっとゆっくりと」
三回目の挑戦でも、結果は同じだった。
大まかな形は作れるが、細部で必ず失敗する。
レオナルドの顔が、どんどん暗くなっていく。
「僕には才能がないんでしょうか」
レオナルドが落ち込んで言う。
「いくら頑張っても、うまくいきません」
俺は考え込んだ。
どうすれば、レオナルドが上手く作れるようになるだろうか。
技術的な問題もあるが、それ以上に大切なのは心の持ち方だ。
作品に対する愛情。
それが一番重要なはずだ。
でも、レオナルドの作品愛は俺以上だろう。
彼の部屋にあるコレクションを見れば、それは明らかだ。
愛情が足りないわけじゃない。
では、何が問題なのか。
「レオナルド」
俺が声をかける。
「少し休憩しないか?」
「でも、練習を…」
「焦っても仕方がない」
俺が作業を中断させる。
「まずは、リラックスしよう」
俺たちは椅子に座って、お茶を飲むことにした。
使用人が持ってきてくれた、高級そうな紅茶だ。
「レオナルド」
俺が話題を変える。
「この国のことを教えてくれないか?」
「この国のこと?」
「ああ」
俺が頷く。
「俺は外国から来たから、よくわからないことが多いんだ」
これは半分本当で、半分嘘だった。
確かに俺は転移者だから、よその場所から来たという共通点はあるだろう。
この国について全くわからない。
でも、貴族の視点から見た帝国について聞いてみたかった。
「そうですね」
レオナルドが考え込む。
「何から話しましょうか」
「政治のことでも、文化のことでも、何でもいい」
俺が促す。
「君から見た、この国の特徴を教えてくれ」
「この国は…」
レオナルドが話し始める。
「ヴェルダント帝国は、古くから芸術を重視してきました」
「皇帝陛下も芸術愛好家で、多くの芸術家を庇護しています」
「だから、僕のような芸術好きでも、それなりに認められるんです」
「それは良い国だな」
俺が感想を述べる。
「でも、その分競争も激しいのでは?」
「その通りです」
レオナルドが頷く。
「宮廷には多くの芸術家がいて、皆が皇帝陛下の寵愛を得ようと競っています」
「僕も、いつかは皇帝陛下に認められたいんです」
「なるほど」
俺が理解する。
「それで、俺に弟子入りしたわけか」
「はい」
レオナルドが正直に答える。
「師匠の技術を身に着けて、宮廷で認められたいんです」
俺は少し複雑な気持ちになった。
レオナルドの動機は、純粋な芸術愛だけではないのか。
出世欲も混じっているのだろう。
でも、それも人間らしい感情だ。
誰だって、自分の才能を認めてもらいたい。
「政治的にはどうなんだ?」
俺が別の角度から尋ねる。
「帝国の内政は安定してるのか?」
「うーん」
レオナルドが困った表情を見せる。
「正直、あまり詳しくないんです」
「僕は芸術にしか興味がなくて」
「でも、最近は少し不安定だと聞きます」
「不安定?」
「隣国との関係が悪化しているとか」
レオナルドが小声で言う。
「それに、内部でも派閥争いがあるみたいです」
「派閥争い」
俺が興味を示す。
「どんな?」
「皇帝陛下の後継者を巡る争いです」
レオナルドが説明する。
「第一王子派と第二王子派に分かれているんです」
「僕の父も、どちらかに付かなければならないと悩んでいます」
俺は興味深い情報を得た。
帝国内部にも、色々な問題があるのか。
表面的には安定して見えるが、水面下では様々な駆け引きが行われているのだろう。
「レオナルドは、どちら派なんだ?」
俺が尋ねる。
「僕は政治には関心がありません」
レオナルドがはっきりと答える。
「芸術だけに専念したいんです」
「そうか」
俺が頷く。
レオナルドの性格がよくわかった。
政治や出世には興味があるが、権力争いには関わりたくない。
芸術を通じて認められたいという、純粋な想いを持っている。
少し子供っぽいが、悪い人ではなさそうだ。
「師匠」
レオナルドが俺を見つめる。
「僕、本当に上達できるでしょうか?」
「もちろんだ」
俺が答える。
でも、どうやって指導すればいいのか、まだ答えは見つからなかった。
力加減の問題は、簡単には解決できそうにない。
もっと根本的な解決策が必要だろう。
でも、諦めるわけにはいかない。
俺が師匠になったからには、レオナルドを一人前の芸術家にしてやりたい。
それが、師匠としての責任だ。




