表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/152

第六十五話「予想外の弟子」


 アルバートの一行を追って、俺は帝国美術館に辿り着いた。

 立派な石造りの建物で、帝国の威厳を感じさせる造りだ。


 正面には「帝国国立美術館」という看板が掲げられている。


 俺は変装を確認してから、一般客として美術館に入った。

 入場料を払い、館内マップをもらう。

 係員に怪しまれることもなく、スムーズに入館できた。


「新着作品は二階の特別展示室にございます」


 受付の女性が親切に教えてくれる。


「話題の無名作品も、そちらに展示されております」

「ありがとうございます」


 俺が礼を言って、二階に向かう。

 館内は平日の午後ということもあり、それほど混雑していない。


 何人かの観客が、静かに作品を鑑賞している。

 二階の特別展示室に着くと、すぐにエリカの銅像を見つけることができた。


 部屋の中央、一番目立つ場所に設置されている。

 周りには他の彫刻作品もあるが、エリカの銅像が一番注目を集めているようだ。


「すごい作品ね」

「リアルすぎて、今にも動き出しそう」


 観客たちの声が聞こえてくる。

 俺は内心で誇らしく思いながら、銅像に近づいた。


 でも、その時だった。

 俺より先に、一人の青年が銅像に近づいていく。

 上質な服を着た、いかにも貴族らしい若者だ。

 年齢は二十代前半くらいだろうか。


 顔立ちは整っているが、どこか嫌味な印象を与える。


「ああ、美しい…」


 その青年が銅像を見上げて感嘆する。


「こんな完璧な芸術作品を見たことがない」


 まあ、俺の作品を褒めてくれるのは悪い気はしない。

 でも、次の瞬間、青年が信じられない行動に出た。


「ああ、触れたい…」


 青年が銅像に近づいて、エリカの頬に自分の頬をすりすりと擦り付け始めたのだ。


「なんて滑らかな肌触り…」

「まるで本物みたい…」


 俺の怒りが爆発した。

 何をやってるんだ、このバカは!

 俺の愛するエリカの顔に、勝手に頬を擦り付けるなんて!

 考えるより先に、俺の足が動いていた。


「この野郎!」


 俺が青年の脇腹に蹴りを入れる。


「うぐっ!」


 青年が吹き飛んで、床に転がった。


「何をする…」


 青年が起き上がろうとして、俺の顔を見た瞬間、固まった。


「まさか…」


 俺もその青年の顔をしっかりと見て、驚いた。

 牢獄にいた時、壁に貼られていた肖像画を思い出す。

 帝国の貴族、ヴィンター伯爵家の第二子、レオナルド・フォン・ヴィンターだ。

 確か、芸術愛好家として有名で、変人としても知られている。

 

 俺は冷や汗をかいた。

 帝国の貴族を蹴り飛ばしてしまった。

 これは完全にまずい。

 また牢獄行きになってしまう。


 俺は逃げ出そうとした。

 でも、レオナルドが俺の足を掴む。


「待ってくれ!」


 レオナルドが必死の表情で俺を見上げる。


「君が、君がこの作品の作者だな!」

「え?」


 俺が困惑する。


「何を言って…」

「間違いない」


 レオナルドが確信を込めて言う。


「この作品に対する愛情、そして怒り」

「作者でなければ、そんな感情は生まれない」


 俺はバレてしまったことに愕然とした。

 なぜ、そんなことがわかるのだ。


「君は天才だ!」


 レオナルドが突然、俺の前に土下座し始めた。


「こんな素晴らしい作品を作るなんて」

「僕の人生で見た中で、最高の芸術作品だ!」


 周りの観客たちが、何事かと振り返る。

 俺は慌てた。

 これ以上注目を集めるわけにはいかない。


「ちょっと、立って」


 俺がレオナルドを起こそうとする。


「お願いだ」


 レオナルドが俺の足にしがみつく。


「僕を弟子にしてくれ!」

「弟子?」

「そうだ」


 レオナルドが涙を流しながら懇願する。


「君のような天才に師事したい」

「僕にも、こんな素晴らしい作品を作る技術を教えてくれ!」


 俺は困った。

 こんな展開は予想していなかった。

 帝国の貴族が、俺に弟子入りを志願するなんて。


「あの、俺はそんな大した者じゃ…」

「謙遜はいらない」


 レオナルドが俺の足を握りしめる。

 そして、信じられないことに、俺の靴を舐めようとした。


「やめろ!」


 俺が慌てて足を引っ込める。


「そんなことしなくていい!」

「でも、師匠への敬意を示したい」


 レオナルドが真剣な表情で言う。


「君の足の裏でも舐めさせてもらえれば…」

「絶対にダメだ」


 俺がきっぱりと断る。

 この青年、完全に変人だ。

 芸術に対する情熱は本物のようだが、やり方が極端すぎる。


「それなら、せめて弟子にしてくれ」


 レオナルドがすがるような目で俺を見つめる。


「僕は本気だ」

「財産も地位も惜しまない」


 俺は考え込んだ。

 確かに、レオナルドの情熱は本物のようだ。


 でも、本当に俺の作品を理解しているのだろうか。

 試しに聞いてみることにした。


「君は、この作品のどこが素晴らしいと思うんだ?」


 俺がエリカの銅像を指差す。


「どこって」


 レオナルドが目を輝かせる。


「全部に決まってるじゃないか」

「でも、特にこだわったポイントがあるんじゃないか?」


 俺が探るように尋ねる。


「作者として、一番力を入れた部分は?」


 レオナルドがじっくりと銅像を見つめた。

 そして、ニヤリと笑う。


「ハーフパンツだ」

「ハーフパンツ?」

「そうだ」


 レオナルドが熱弁し始める。


「この絶妙な丈の長さ」

「太ももの美しいラインを強調しながら、品も保っている」

「そして…」


 レオナルドが声を潜める。


「ここから、ちらりと見える下着のライン」


 俺の心臓がドキッとした。


「こんな微妙な表現ができる芸術家は、君だけだ」


 レオナルドが感激して言う。


「このさりげない色気、この絶妙なバランス」

「まさに芸術の極致だ」


 俺は驚いた。


 確かに、俺はそこにこだわった。

 エリカのハーフパンツの裾から、わずかに見える下着のライン。

 それをどう表現するかで、相当悩んだのだ。


 あまりにも露骨では下品になるし、全く見えないのでは面白みに欠ける。

 絶妙なバランスを心がけたのだ。


 それを、レオナルドは見抜いている。


「君、本当にわかってるじゃないか」


 俺が感心する。


「当然だ」


 レオナルドが胸を張る。


「僕は芸術を愛している」

「特に、美しい女性を題材にした作品には目がない」

「君の作品は、僕の理想そのものだ」


 俺は考えた。

 この青年は確かに変人だが、芸術に対する情熱は本物だ。

 そして、俺の作品の良さを理解している。


 弟子にするのも悪くないかもしれない。


「わかった」


 俺が決断する。


「君を弟子にしてやろう」

「本当か!」


 レオナルドが飛び上がって喜ぶ。


「ありがとう、師匠!」

「でも、条件がある」


 俺が釘を刺す。


「俺の正体は絶対に秘密だ」

「それに、変な行動は控えてくれ」

「わかった」


 レオナルドが真剣に頷く。


「師匠の言うことは絶対に守る」

「それと」


 俺がもう一つ条件を出す。


「この銅像を元の場所に戻せるか?」

「元の場所?」

「中央広場だ」


 俺が説明する。


「もともと、あそこに飾るつもりで作ったんだ」

「でも、美術館で展示される方が多くの人に見てもらえるのでは?」


 レオナルドが首を傾げる。


「いや、俺はもっと身近な場所で、普通の人たちに見てもらいたいんだ」


 俺が本音を言う。


「芸術は、特別な場所だけのものじゃない」

「日常の中にあってこそ、価値があるんだ」

「なるほど」


 レオナルドが感動したような表情を見せる。


「さすが師匠」

「深い哲学をお持ちだ」

「わかりました、何とかしてみます」


 レオナルドがヴィンター伯爵家の第二子なら、美術館に対してもある程度の発言権があるはずだ。

 銅像を移動させることも可能だろう。


「師匠」


 レオナルドが改めて俺に向き直る。


「僕に芸術の真髄を教えてください」

「君のような素晴らしい作品を作れるようになりたいんです」


 俺は複雑な気持ちだった。

 まさか、帝国の貴族の息子が俺の弟子になるなんて。

 脱獄犯の俺が、芸術の師匠として慕われるなんて。


 人生、何が起こるかわからないものだ。


「まあ、基本から教えてやるよ」


 俺がレオナルドの肩に手を置く。


「でも、覚悟しておけよ」

「芸術の道は険しいからな」

「はい、師匠」


 レオナルドが目を輝かせる。

 こうして、俺は予想外の弟子を得ることになった。

 しかも、その弟子は帝国の貴族だ。


 これまでの人生で、一番奇妙な展開かもしれない。

 でも、悪い気はしない。

 俺の作品を理解してくれる人がいるのは、素直に嬉しい。

 それに、レオナルドの人脈を使えば、色々と便利かもしれない。


 俺たちは美術館を後にして、陶芸教室に向かった。

 レオナルドに基本から教えるために。

 師匠と弟子という、新しい関係の始まりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ