第六十五話「予想外の弟子」
アルバートの一行を追って、俺は帝国美術館に辿り着いた。
立派な石造りの建物で、帝国の威厳を感じさせる造りだ。
正面には「帝国国立美術館」という看板が掲げられている。
俺は変装を確認してから、一般客として美術館に入った。
入場料を払い、館内マップをもらう。
係員に怪しまれることもなく、スムーズに入館できた。
「新着作品は二階の特別展示室にございます」
受付の女性が親切に教えてくれる。
「話題の無名作品も、そちらに展示されております」
「ありがとうございます」
俺が礼を言って、二階に向かう。
館内は平日の午後ということもあり、それほど混雑していない。
何人かの観客が、静かに作品を鑑賞している。
二階の特別展示室に着くと、すぐにエリカの銅像を見つけることができた。
部屋の中央、一番目立つ場所に設置されている。
周りには他の彫刻作品もあるが、エリカの銅像が一番注目を集めているようだ。
「すごい作品ね」
「リアルすぎて、今にも動き出しそう」
観客たちの声が聞こえてくる。
俺は内心で誇らしく思いながら、銅像に近づいた。
でも、その時だった。
俺より先に、一人の青年が銅像に近づいていく。
上質な服を着た、いかにも貴族らしい若者だ。
年齢は二十代前半くらいだろうか。
顔立ちは整っているが、どこか嫌味な印象を与える。
「ああ、美しい…」
その青年が銅像を見上げて感嘆する。
「こんな完璧な芸術作品を見たことがない」
まあ、俺の作品を褒めてくれるのは悪い気はしない。
でも、次の瞬間、青年が信じられない行動に出た。
「ああ、触れたい…」
青年が銅像に近づいて、エリカの頬に自分の頬をすりすりと擦り付け始めたのだ。
「なんて滑らかな肌触り…」
「まるで本物みたい…」
俺の怒りが爆発した。
何をやってるんだ、このバカは!
俺の愛するエリカの顔に、勝手に頬を擦り付けるなんて!
考えるより先に、俺の足が動いていた。
「この野郎!」
俺が青年の脇腹に蹴りを入れる。
「うぐっ!」
青年が吹き飛んで、床に転がった。
「何をする…」
青年が起き上がろうとして、俺の顔を見た瞬間、固まった。
「まさか…」
俺もその青年の顔をしっかりと見て、驚いた。
牢獄にいた時、壁に貼られていた肖像画を思い出す。
帝国の貴族、ヴィンター伯爵家の第二子、レオナルド・フォン・ヴィンターだ。
確か、芸術愛好家として有名で、変人としても知られている。
俺は冷や汗をかいた。
帝国の貴族を蹴り飛ばしてしまった。
これは完全にまずい。
また牢獄行きになってしまう。
俺は逃げ出そうとした。
でも、レオナルドが俺の足を掴む。
「待ってくれ!」
レオナルドが必死の表情で俺を見上げる。
「君が、君がこの作品の作者だな!」
「え?」
俺が困惑する。
「何を言って…」
「間違いない」
レオナルドが確信を込めて言う。
「この作品に対する愛情、そして怒り」
「作者でなければ、そんな感情は生まれない」
俺はバレてしまったことに愕然とした。
なぜ、そんなことがわかるのだ。
「君は天才だ!」
レオナルドが突然、俺の前に土下座し始めた。
「こんな素晴らしい作品を作るなんて」
「僕の人生で見た中で、最高の芸術作品だ!」
周りの観客たちが、何事かと振り返る。
俺は慌てた。
これ以上注目を集めるわけにはいかない。
「ちょっと、立って」
俺がレオナルドを起こそうとする。
「お願いだ」
レオナルドが俺の足にしがみつく。
「僕を弟子にしてくれ!」
「弟子?」
「そうだ」
レオナルドが涙を流しながら懇願する。
「君のような天才に師事したい」
「僕にも、こんな素晴らしい作品を作る技術を教えてくれ!」
俺は困った。
こんな展開は予想していなかった。
帝国の貴族が、俺に弟子入りを志願するなんて。
「あの、俺はそんな大した者じゃ…」
「謙遜はいらない」
レオナルドが俺の足を握りしめる。
そして、信じられないことに、俺の靴を舐めようとした。
「やめろ!」
俺が慌てて足を引っ込める。
「そんなことしなくていい!」
「でも、師匠への敬意を示したい」
レオナルドが真剣な表情で言う。
「君の足の裏でも舐めさせてもらえれば…」
「絶対にダメだ」
俺がきっぱりと断る。
この青年、完全に変人だ。
芸術に対する情熱は本物のようだが、やり方が極端すぎる。
「それなら、せめて弟子にしてくれ」
レオナルドがすがるような目で俺を見つめる。
「僕は本気だ」
「財産も地位も惜しまない」
俺は考え込んだ。
確かに、レオナルドの情熱は本物のようだ。
でも、本当に俺の作品を理解しているのだろうか。
試しに聞いてみることにした。
「君は、この作品のどこが素晴らしいと思うんだ?」
俺がエリカの銅像を指差す。
「どこって」
レオナルドが目を輝かせる。
「全部に決まってるじゃないか」
「でも、特にこだわったポイントがあるんじゃないか?」
俺が探るように尋ねる。
「作者として、一番力を入れた部分は?」
レオナルドがじっくりと銅像を見つめた。
そして、ニヤリと笑う。
「ハーフパンツだ」
「ハーフパンツ?」
「そうだ」
レオナルドが熱弁し始める。
「この絶妙な丈の長さ」
「太ももの美しいラインを強調しながら、品も保っている」
「そして…」
レオナルドが声を潜める。
「ここから、ちらりと見える下着のライン」
俺の心臓がドキッとした。
「こんな微妙な表現ができる芸術家は、君だけだ」
レオナルドが感激して言う。
「このさりげない色気、この絶妙なバランス」
「まさに芸術の極致だ」
俺は驚いた。
確かに、俺はそこにこだわった。
エリカのハーフパンツの裾から、わずかに見える下着のライン。
それをどう表現するかで、相当悩んだのだ。
あまりにも露骨では下品になるし、全く見えないのでは面白みに欠ける。
絶妙なバランスを心がけたのだ。
それを、レオナルドは見抜いている。
「君、本当にわかってるじゃないか」
俺が感心する。
「当然だ」
レオナルドが胸を張る。
「僕は芸術を愛している」
「特に、美しい女性を題材にした作品には目がない」
「君の作品は、僕の理想そのものだ」
俺は考えた。
この青年は確かに変人だが、芸術に対する情熱は本物だ。
そして、俺の作品の良さを理解している。
弟子にするのも悪くないかもしれない。
「わかった」
俺が決断する。
「君を弟子にしてやろう」
「本当か!」
レオナルドが飛び上がって喜ぶ。
「ありがとう、師匠!」
「でも、条件がある」
俺が釘を刺す。
「俺の正体は絶対に秘密だ」
「それに、変な行動は控えてくれ」
「わかった」
レオナルドが真剣に頷く。
「師匠の言うことは絶対に守る」
「それと」
俺がもう一つ条件を出す。
「この銅像を元の場所に戻せるか?」
「元の場所?」
「中央広場だ」
俺が説明する。
「もともと、あそこに飾るつもりで作ったんだ」
「でも、美術館で展示される方が多くの人に見てもらえるのでは?」
レオナルドが首を傾げる。
「いや、俺はもっと身近な場所で、普通の人たちに見てもらいたいんだ」
俺が本音を言う。
「芸術は、特別な場所だけのものじゃない」
「日常の中にあってこそ、価値があるんだ」
「なるほど」
レオナルドが感動したような表情を見せる。
「さすが師匠」
「深い哲学をお持ちだ」
「わかりました、何とかしてみます」
レオナルドがヴィンター伯爵家の第二子なら、美術館に対してもある程度の発言権があるはずだ。
銅像を移動させることも可能だろう。
「師匠」
レオナルドが改めて俺に向き直る。
「僕に芸術の真髄を教えてください」
「君のような素晴らしい作品を作れるようになりたいんです」
俺は複雑な気持ちだった。
まさか、帝国の貴族の息子が俺の弟子になるなんて。
脱獄犯の俺が、芸術の師匠として慕われるなんて。
人生、何が起こるかわからないものだ。
「まあ、基本から教えてやるよ」
俺がレオナルドの肩に手を置く。
「でも、覚悟しておけよ」
「芸術の道は険しいからな」
「はい、師匠」
レオナルドが目を輝かせる。
こうして、俺は予想外の弟子を得ることになった。
しかも、その弟子は帝国の貴族だ。
これまでの人生で、一番奇妙な展開かもしれない。
でも、悪い気はしない。
俺の作品を理解してくれる人がいるのは、素直に嬉しい。
それに、レオナルドの人脈を使えば、色々と便利かもしれない。
俺たちは美術館を後にして、陶芸教室に向かった。
レオナルドに基本から教えるために。
師匠と弟子という、新しい関係の始まりだった。




