第六十四話「銅像が招いた騒動」
ガルドと別れてから一週間が経った。
俺は一人で陶芸を続けていたが、だんだん物足りなくなってきた。
皿や茶碗ばかりでは、つまらない。
もっと挑戦的なことをやってみたくなった。
「師匠」
俺が陶芸教室の師匠に相談する。
「人の形を作ることはできますか?」
「人の形?」
師匠が首を傾げる。
「人形のようなものですか?」
「いえ、もっと大きなものを」
俺が説明する。
「実物大の人間の像を作ってみたいんです」
「それは大変な作業ですね」
師匠が考え込む。
「技術的には可能ですが、かなりの時間と材料が必要になります」
「構いません」
俺が即答する。
「時間も材料代も、何とかします」
師匠は俺の熱意に押し切られた。
「わかりました」
「でも、失敗しても責任は持てませんよ」
「承知しています」
俺は早速、銅像作りに取りかかった。
モデルはもちろん、俺の愛するエリカだ。
彼女の美しい姿を、永遠に残したかった。
まず、針金で骨組みを作る。
エリカの体型を思い浮かべながら、慎重に形を整えていく。
身長、プロポーション、すべて実物通りに。
そして、その上に粘土を盛り付けていく。
これが一番時間のかかる作業だった。
エリカの顔の輪郭、目の形、鼻の高さ、唇のカーブ。
すべてを記憶に頼って再現していく。
髪の毛一本一本まで、丁寧に彫刻した。
服装は、エリカがいつも着ている冒険者の服装にした。
動きやすいハーフパンツに、しっかりとした上着。
そして腰にはルナライト。
ポーズは、戦闘時の構えにした。
腰を落として、敵を睨みつけるような表情。
ルナライトを構えて、今にも斬りかかりそうな迫力のある姿だ。
二週間かけて、ついに完成した。
焼成を終えて、色付けをする。
肌の色、髪の色、服の色。
すべてを実物通りに塗り上げた。
完成した銅像を見て、俺は満足した。
まるで本物のエリカがそこに立っているかのようだった。
表情も、体つきも、すべてが完璧だ。
そして、こだわりポイントも。
「素晴らしい出来栄えですね」
師匠も感嘆してくれる。
「これほどリアルな人物像は、見たことがありません」
「本当にありがとうございました」
俺が感謝する。
「師匠の指導のおかげです」
でも、これで終わりではない。
せっかく作った傑作を、多くの人に見てもらいたい。
みんなに自慢したい。
俺はある計画を思いついた。
深夜、俺は銅像を帝都の中央広場に運んだ。
重かったが、何とか一人で運ぶことができた。
広場の中央、一番目立つ場所に設置する。
そして、匿名の札を付けた。
「作者不明」とだけ書いて。
◇◇◇
翌朝、俺は変装をして広場に向かった。
どんな反応を見せるか、楽しみでたまらない。
広場に着くと、予想通り大きな人だかりができていた。
「すごい」
「リアルすぎる」
「まるで本物みたい」
群衆の声が聞こえてくる。
みんな、俺の作品に感動してくれている。
「この剣の構え方、プロの戦士みたいね」
ある女性が言う。
「実際にこんな人がいそう」
「美人だな」
男性たちも感嘆している。
「こんな美しい女戦士がいたら、ぜひお近づきになりたい」
俺は群衆に紛れながら、ニマニマしていた。
みんなが俺の作品を褒めてくれている。
エリカの美しさを、多くの人に認めてもらえた。
これほど嬉しいことはない。
「作者は誰なんでしょうね」
誰かが疑問を口にする。
「天才的な芸術家に違いない」
「こんな素晴らしい作品を匿名で発表するなんて」
「きっと、恥ずかしがり屋なのよ」
俺は内心で得意になっていた。
確かに、俺は恥ずかしがり屋だ。
だから匿名にしたのだ。
でも、こんなに評判になるとは思わなかった。
その時、群衆が道を開けた。
誰か重要な人物が来るらしい。
振り返ると、茶髪の美女が歩いてくる。
俺の心臓が止まりそうになった。
エリカだ。
本物のエリカが、自分の銅像を見に来たのだ。
これは面白くなってきた。
エリカがどんな反応を見せるか、この目で確かめてやろう。
エリカは群衆をかき分けて、銅像の前に立った。
そして、自分そっくりの銅像を見上げる。
最初は驚いた表情を見せた。
当然だろう。
自分の銅像が街中に飾られていたら、誰だって驚く。
でも、次の瞬間、エリカの表情が変わった。
怒りの表情に。
「何よ、これ」
エリカが小声で呟く。
「誰が勝手に私の像なんか作って」
エリカがキョロキョロと周りを見回す。
恐らく、作者を探しているのだろう。
でも、俺は群衆に紛れているから、見つからないはずだ。
エリカが銅像に近づいた。
そして、何をするかと思ったら―
「壊してやる」
エリカがルナライトの柄に手をかけた。
「えええええ!」
俺が内心で叫ぶ。
せっかく作った傑作を壊すつもりなのか!
でも、エリカの気持ちも理解できる。
勝手に自分の像を作られて、街中に飾られたら、誰だって怒るだろう。
しかも、作者が誰かもわからない。
不気味に思うのも当然だ。
エリカがルナライトを抜こうとした、その時。
「お待ちください」
威厳のある男性の声が響いた。
群衆が振り返ると、立派な服装をした中年男性が現れた。
貴族らしい風格で、護衛を数人連れている。
「どちら様ですか?」
エリカが警戒する。
「私は、帝国芸術協会の理事長、アルバート・フォン・ヴィンターです」
男性が名乗る。
「この素晴らしい作品を拝見させていただきました」
「作品?」
エリカが首を傾げる。
「これは芸術品として、非常に価値が高い」
アルバートが銅像を見つめる。
「ぜひとも、我々の美術館で展示したいのです」
「ちょっと待ってください」
エリカが慌てる。
「これは私の…」
「モデルになった方ですね」
アルバートがエリカを見つめる。
「確かに、そっくりです」
「素晴らしいモデルをお持ちですね、作者の方は」
「でも、作者が誰かわからないんでしょう?」
エリカが指摘する。
「それが問題なのです」
アルバートが困った表情を見せる。
「作者不明では、正式に買い取ることができない」
「でも、このまま放置しておくのももったいない」
アルバートが部下に指示を出す。
「とりあえず、美術館に運んで保管しよう」
「作者が名乗り出るまでの間、大切に保管する」
「待って!」
エリカが止めようとする。
でも、アルバートの護衛たちが銅像を持ち上げ始めた。
エリカは一瞬、戦おうかと迷ったようだ。
でも、相手は帝国の貴族だし、ここは大勢の人がいる。
下手に騒ぎを起こすわけにはいかない。
結局、エリカは諦めて引き下がった。
「くそ…」
エリカが歯ぎしりしている。
俺の銅像は、アルバートたちによって運び去られていく。
群衆も、その様子を興味深そうに見ている。
「美術館に展示されるのね」
「すごい」
「一躍有名になったわ、この作品」
俺は複雑な気持ちだった。
確かに、作品が評価されるのは嬉しい。
でも、エリカに怒られるのは予想外だった。
それに、勝手に持って行かれるのも困る。
俺は、アルバートたちの後を追うことにした。
変装しているから、怪しまれることはないだろう。
美術館がどこにあるのか、確かめておきたい。
それに、アルバートという男についても調べたい。
なぜ、俺の作品にそんなに興味を示すのか。
単なる芸術愛好家なのか、それとも他に目的があるのか。
俺は群衆に紛れながら、アルバートの一行を尾行した。
帝都の街を歩きながら、俺は考える。
まさか、自分の趣味で作った銅像が、こんな騒動を起こすとは思わなかった。
エリカには後で謝らなければならない。
でも、多くの人に作品を評価してもらえたのは、素直に嬉しかった。
俺には、陶芸の才能があるのかもしれない。
ガルドとは違って、俺にはこの分野での可能性がある。
それが、俺の新しい道になるかもしれない。
アルバートの一行は、帝都の高級街に向かっている。
恐らく、そこに美術館があるのだろう。
俺は距離を保ちながら、慎重に後をつけた。
今日は、色々なことが起こった一日だった。
でも、これで終わりではない。
俺の銅像がどうなるのか、最後まで見届けるつもりだ。
そして、必要なら取り戻すことも考えている。
あの銅像は、俺がエリカへの愛を込めて作った、世界に一つだけの作品なのだから。




