第六十三話「陶芸という新たな道」
夕暮れ時のエルフの村で、俺はガルドと二人で酒を飲んでいた。
ルナの実家の庭に簡単なテーブルを出して、エルフの村で作られた地酒を味わう。
まろやかで、ほのかに花の香りがする美味しい酒だ。
「うまい酒だな」
ガルドが杯を口に運ぶ。
「エルフの酒は、人間の作る酒とは違う風味がある」
「そうだな」
俺も同感だった。
魔法で醸造されているせいか、独特の深みがある。
でも、酒の味よりも気になることがあった。
俺たちの向かい側に、二つの空いた席がある。
つい一年前まで、透がそこに座っていたはずだ。
三人、時には四人で酒を酌み交わしていた。
あの頃は、透もまだ仲間だった。
雪菜に洗脳される前の、普通の転移者だった。
「なんか寂しいな」
俺が呟く。
「空いた席を見てると」
「ああ」
ガルドが頷く。
「トオルのことか」
「まさか、あいつが敵になるなんて思わなかった」
ガルドも杯を見つめて、物思いにふける。
「人間、何があるかわからないものだ」
俺たちはしばらく無言で酒を飲んだ。
お互い、透のことを考えているのだろう。
裏切られたショックは、まだ完全には癒えていない。
「ところで」
俺が話題を変える。
「ガルド、最近どうだ?」
「どうって?」
「体の調子とか、気分とか」
「体は大丈夫だ」
ガルドが自分の体を軽く叩く。
「優秀な医師のおかげで、傷も完全に治った」
「それは良かった」
俺が安堵する。
「でも、気分の方はどうなんだ?」
ガルドが少し考えてから答えた。
「正直に言うと、少し迷ってる」
「迷ってる?」
「これからのことだ」
ガルドが杯を見つめる。
「俺はもう二十代後半だ」
「密輸業からも足を洗った」
「冒険者として活動するには、遅れすぎた」
「でも、他に何ができるのかわからない」
ガルドの言葉に、俺は考えさせられた。
確かに、ガルドは人生の転機にいる。
今まで培ってきた技術や経験を、どう活かしていくか。
それは簡単な問題ではない。
「何か趣味とかないのか?」
俺が提案する。
「冒険以外で、やってみたいこととか」
「趣味か」
ガルドが苦笑いする。
「今まで生きるのに精一杯で、趣味なんて考えたこともなかった」
「でも、これからは違うだろう?」
俺が励ます。
「安定した生活があるんだから、新しいことにチャレンジしてもいいんじゃないか?」
ガルドがしばらく考え込んだ。
「そうだな…でも、何をすればいいのかわからない」
「何か作るのはどうだ?」
俺がアイデアを出す。
「手を使って、形のあるものを作る」
「作る?」
「そうだ、例えば…」
俺が記憶を辿る。
そういえば、以前エリカと帝都を歩いていた時、陶芸教室の看板を見かけた気がする。
「陶芸なんてどうだ?」
「陶芸?」
ガルドが首を傾げる。
「土をこねて、茶碗や壺を作るやつか?」
「そうだ」
俺が頷く。
「確か、ヴェルダント帝都に陶芸教室があったはずだ」
「でも、俺にそんな器用なことができるかな」
ガルドが不安そうに言う。
「やってみないとわからないだろう」
俺が背中を押す。
「それに、俺も一緒に行く」
「お前も?」
「ああ」
俺が微笑む。
「俺も陶芸には興味がある」
「一緒にやれば、楽しいかもしれない」
ガルドの表情が明るくなった。
「それなら、やってみるか」
「お前と一緒なら、なんとかなりそうだ」
「決まりだ」
俺が杯を掲げる。
「新しい挑戦に、乾杯」
「乾杯」
ガルドも杯を掲げる。
久しぶりに、ガルドの笑顔を見ることができた。
◇◇◇
翌週、俺とガルドはヴェルダント帝都に向かった。
もちろん、俺は変装している。
髪を短く切り、髭を生やし、眼鏡をかけた。
服装も庶民的なものに変えて、できるだけ目立たないようにしている。
脱獄犯として指名手配されている身だから、細心の注意が必要だ。
「大丈夫か?」
ガルドが心配そうに尋ねる。
「バレないか?」
「多分大丈夫だ」
俺が答える。
実際、水の反射で見た限りでは別人のようになっている。
よほど注意深く見られない限り、正体はバレないだろう。
陶芸教室は、帝都の職人街にあった。
『土の工房』という名前の、小さな建物だ。
入り口には、色とりどりの陶器が並んでいる。
「綺麗だな」
ガルドが感嘆する。
「こんな美しいものを作れるのか」
「俺たちも、いつかはこんなのを作れるようになるさ」
俺が希望を込めて言う。
工房に入ると、初老の男性が迎えてくれた。
陶芸家らしい、土で汚れたエプロンを身につけている。
「いらっしゃい」
その男性―師匠と呼ばれていた―が笑顔で迎えてくれる。
「陶芸を習いたいとのことですが」
「はい」
俺が答える。
「初心者なんですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろんです」
師匠が頷く。
「最初は皆初心者です」
「大切なのは、やる気と根気ですよ」
師匠に案内されて、工房の奥に進む。
そこには大きなろくろが何台も並び、棚には様々な道具が置かれている。
他にも何人かの生徒がいて、それぞれ作品作りに集中している。
「まずは、土に慣れることから始めましょう」
師匠が粘土の塊を俺たちの前に置く。
「手でこねて、感触を確かめてください」
俺は恐る恐る粘土に触れた。
ひんやりとした感触で、意外に気持ちがいい。
手でこねていると、だんだん温かくなってくる。
「どうですか?」
師匠が尋ねる。
「面白いですね」
俺が正直に答える。
「こんな感触、初めてです」
ガルドも粘土をこねているが、なんだか苦戦している。
「硬いな、これ」
ガルドが困った表情を見せる。
「力を入れすぎないでください」
師匠がアドバイスする。
「優しく、丁寧に扱うのがコツです」
最初の授業では、簡単な皿作りから始めた。
手で粘土を平たく伸ばし、型を使って皿の形にする。
俺は師匠の指導を素直に受け入れて、一つ一つの工程を丁寧にこなした。
すると、思った以上にうまくいく。
「上手ですね」
師匠が俺の作品を見て褒めてくれる。
「初めてとは思えない出来栄えです」
「本当ですか?」
俺が嬉しくなる。
確かに、思っていたより綺麗な皿ができている。
一方、ガルドの作品は…
「うーん」
ガルドが困った表情で自分の皿を見つめている。
形が歪んでいて、厚さもバラバラだ。
「難しいな、これ」
ガルドが苦笑いする。
「不器用な俺には向いてないかもしれない」
「そんなことはありませんよ」
師匠が励ます。
「最初は皆そんなものです」
「続けていれば、必ず上達します」
その後の授業でも、俺とガルドの差は開いていく一方だった。
俺は師匠の指導をすぐに理解し、技術を習得していく。
ろくろを使った茶碗作りも、意外にスムーズにできた。
「才能がありますね」
師匠が感心してくれる。
「このまま続けていけば、すぐに上達しますよ」
俺は純粋に嬉しかった。
陶芸という新しい分野で、自分に才能があると認められるなんて。
でも、ガルドの方は相変わらず苦戦している。
「どうしても、うまくいかない」
ガルドがため息をつく。
彼の茶碗は、形が崩れてしまっている。
「ガルド、焦らないで」
俺が声をかける。
「俺だって、最初はうまくいかなかった」
でも、それは嘘だった。
実際のところ、俺は最初からある程度うまくできていた。
なぜかわからないが、陶芸というものが自分に合っているようだった。
「でも、お前は最初からうまかったじゃないか」
ガルドが指摘する。
俺は何と答えていいかわからなかった。
三週間ほど通った頃、俺の作品は他の生徒たちからも注目されるようになった。
「すごい上達ですね」
他の生徒が俺の茶碗を見て感嘆する。
「まだ始めて間もないのに、この出来栄えは素晴らしい」
「ありがとうございます」
俺が謙遜する。
でも、内心では誇らしく思っていた。
一方、ガルドは隅の方で一人黙々と作業している。
その表情は、明らかに落ち込んでいる。
「ガルド」
授業の後、俺が声をかける。
「今日は調子どうだった?」
「だめだ」
ガルドが首を振る。
「何度やっても、うまくいかない」
「お前を見ていると、自分の不器用さが情けなくなる」
ガルドの言葉に、俺は胸が痛んだ。
俺が陶芸を提案したのは、ガルドに新しい楽しみを見つけてもらいたかったからだ。
それなのに、結果的にガルドを落ち込ませてしまっている。
「でも、ガルドなりに上達してるじゃないか」
俺が慰めようとする。
「最初の頃と比べれば」
「お前と比べると、まるで子供の作品だ」
ガルドが自嘲する。
「俺には才能がないんだ」
「そんなことない」
俺が必死に否定する。
でも、ガルドの表情は晴れなかった。
帰り道、ガルドはずっと無言だった。
俺も何と声をかけていいかわからない。
陶芸を始める前は、あんなに楽しそうだったのに。
今では、逆に劣等感を抱かせてしまっている。
「ガルド」
宿に着いてから、俺が口を開いた。
「もし陶芸が嫌になったら、やめてもいいからな」
「他の趣味を探そう」
「いや」
ガルドが首を振る。
「やめるのは負けみたいで嫌だ」
「でも、お前と一緒だと、どうしても比較してしまう」
ガルドが俺を見つめる。
「しばらく、一人で通わせてもらえないか?」
「一人で?」
「ああ」
ガルドが頷く。
「お前がいると、どうしても焦ってしまう」
「自分のペースで、ゆっくりやりたいんだ」
俺はガルドの気持ちを理解した。
確かに、横で俺がどんどん上達していくのを見るのは、プレッシャーになるだろう。
「わかった」
俺が頷く。
「しばらく、君一人で頑張ってみてくれ」
「ありがとう」
ガルドが安堵の表情を見せる。
「理解してくれて」
その夜、俺は一人で考え込んだ。
善意でやったことが、結果的に友達を傷つけてしまった。
俺に陶芸の才能があったのは、予想外のことだった。
でも、それがガルドの劣等感を刺激してしまった。
これからは、もっと相手の気持ちを考えて行動しなければならない。
友情というものは、思っているより繊細なものなのかもしれない。
俺はベッドに横になりながら、天井を見つめていた。
ガルドが陶芸を楽しめるようになってほしい。
俺の存在が邪魔になるなら、距離を置くのも友情だろう。
それが、本当の思いやりというものなのかもしれない。




