第六十二話「過去からの挑戦者」
脱獄騒動から一週間が経った。
俺の体調もすっかり回復し、エルフの村での平穏な日々を送っている。
ノエル、ローザ、リュミナの三人も村に馴染んで、特にミミとは仲良くなっていた。
「ミミちゃん、その花冠とても似合ってるわ」
ノエルがミミの頭に花冠を乗せてあげている。
「えへへ、ありがとう」
ミミが嬉しそうに笑う。
「ノエルねぇも作ってあげる」
「本当?嬉しい」
ローザも一緒になって花を摘んでいる。
「ミミちゃんって本当に器用ね」
「こんな小さな手なのに、こんなに綺麗に編めるなんて」
「ミミ、がんばってるの」
ミミが胸を張る。
「みんなに喜んでもらいたいから」
リュミナは少し離れたところで、グロムと武器の手入れについて話している。
「へえ、そうやって刃を研ぐのね」
「そうだ」
グロムが説明する。
「角度が重要なんだ」
「勉強になるわ」
三人とも、それぞれに新しい生活を楽しんでいるようだった。
俺は庭の木陰で、その光景を眺めながらほっこりしていた。
こんな平和な時間が、どれほど貴重なものか。
雪菜や透の脅威はまだ去っていないが、今はこの瞬間を大切にしたい。
「タクヤ」
エリカが俺の隣に座る。
「みんな、楽しそうね」
「ああ」
俺が頷く。
「三人とも、すっかり家族の一員だ」
「そうね」
エリカが微笑む。
「でも、彼女たちはこのままでいいのかしら?」
「どういう意味だ?」
「三人とも、まだ若いし、可能性に満ちてる」
エリカが考え深げに言う。
「このまま村でのんびり過ごすより、もっと大きな舞台で活躍した方がいいんじゃない?」
確かに、エリカの言う通りかもしれない。
ノエル、ローザ、リュミナは皆、十代後半の若い女性だ。
人生はこれからだし、もっと色々な経験を積んだ方がいいのかもしれない。
でも、俺としては彼女たちがここにいてくれるのが嬉しい。
新しい家族が増えた実感があるから。
「まあ、本人たちが決めることだろう」
俺がそう答えた時、村の入り口の方から人の気配がした。
見ると、一人の女性が歩いてくる。
桃髪を後ろで結んだ、おとなしそうな女性だ。
剣を腰に帯びているから冒険者だろうか。
でも、どこかで見たことがあるような…
「あの人、誰かしら?」
エリカも首を傾げる。
その女性は真っ直ぐに俺たちの方に向かってくる。
そして、俺の前で立ち止まった。
「タクヤさん」
女性が静かに俺の名前を呼ぶ。
その声を聞いて、俺は思い出した。
「まさか…ミア?」
「はい」
女性が頷く。
「お久しぶりです」
ミア。
セリア大陸で王国騎士団の入団試験を受けた時に出会った、桃髪の剣士だ。
第一試験では一緒にパーティを組み、第二試験で俺と戦って負けた。
そのせいで、彼女は王国騎士団になれなかったはずだ。
「どうして君がここに?」
俺が驚く。
「王国騎士団の任務です」
ミアが胸を張る。
その制服を見て、俺はさらに驚いた。
確かに王国騎士団の紋章が付いている。
「君、騎士団に入ったのか?」
「はい」
ミアが誇らしげに答える。
「あの後、必死に修行して、翌年の試験で合格しました」
そうか、ミアは諦めずに努力を続けていたのか。
俺は素直に嬉しく思った。
「それは良かった」
俺が心から祝福する。
「おめでとう」
「ありがとうございます」
ミアが頭を下げる。
でも、その表情には何か複雑なものがあった。
「ところで」
ミアが俺を見つめる。
「お時間をいただけますか?」
「お話ししたいことがあります」
「もちろん」
俺が立ち上がる。
ミアは俺を村外れの空き地に案内した。
人気のない場所で、話をするには適している。
「それで、何の話だ?」
俺が尋ねる。
ミアは少し間を置いてから口を開いた。
「あの時の決着を」
ミアが真剣な表情で言う。
「もう一度つけさせてください」
「決着?」
俺が首を傾げる。
「騎士団の試験の時の?」
「はい」
ミアが頷く。
「私は、あの時の負けが納得いかないんです」
俺は困った。
確かに、あの時の戦いはギリギリだった。
運良く勝てただけで、実力的には互角だったかもしれない。
でも、今更決着をつける必要があるだろうか。
「ミア、君は騎士団に入れたんだから」
俺が説得しようとする。
「もうあの時のことは忘れて…」
「忘れられません」
ミアがきっぱりと言う。
「あの敗北があったから、私は強くなれた」
「でも、最後まで決着をつけないと、前に進めないんです」
ミアの目には、強い意志が宿っていた。
これは、避けて通れないのかもしれない。
「わかった」
俺が決断する。
「でも、怪我をしない程度にしよう」
「もちろんです」
ミアが微笑む。
そして、髪を結んでいた紐を解いた。
桃髪がさらりと肩に流れる。
その瞬間、ミアの雰囲気が一変した。
おとなしそうな表情から、活発で闘志に満ちた表情に。
まるで別人のようだった。
「髪を解くと性格が変わるのか?」
俺が驚く。
「そんなところです」
ミアが戦闘態勢を取る。
「普段は大人しくしてるんですが」
「戦う時は、本来の自分を出すんです」
ミアが剣を抜いた。
美しい細身の剣が、太陽の光を反射して輝く。
俺も瞬刃ブリンクを構える。
「それじゃあ、始めよう」
俺が宣言した瞬間、ミアが動いた。
その速さは、俺の予想を遥かに超えていた。
一年前とは比べ物にならない。
「速い!」
俺が慌てて瞬間移動で回避する。
ミアの剣が、俺がいた場所の空気を切り裂く。
「逃げてばかりじゃ勝てませんよ」
ミアが追いかけてくる。
その剣技は洗練され、無駄がない。
完全に俺を上回っていた。
俺は瞬間移動を駆使して何とか距離を取るが、ミアの攻撃は止まらない。
「『瞬間移動剣技:斬撃流水』!」
俺が奥の手を使う。
瞬間移動と同時に斬撃を放つ、俺の得意技だ。
でも、ミアはそれを見切っていた。
「読めました」
ミアが俺の攻撃を軽々と受け流す。
そして、カウンターで俺の剣を弾き飛ばした。
「うっ」
俺が膝をつく。
完全に実力の差を見せつけられた。
「参った」
俺が降参を宣言する。
「君の勝ちだ」
「ありがとうございました」
ミアが剣を鞘に納める。
そして、髪を再び結び上げる。
すると、また大人しい表情に戻った。
「これでスッキリしました」
ミアが微笑む。
「長い間、心に引っかかっていたものが取れました」
その時、空き地に駆け足の音が響いた。
振り返ると、ノエル、ローザ、リュミナの三人が息を切らして走ってくる。
「お兄さん!」
ノエルが心配そうに駆け寄る。
「大丈夫?怪我してない?」
「ああ、大丈夫だ」
俺が立ち上がる。
「ちょっと手合わせをしただけだから」
「でも、あの女の人すごかったわ」
ローザがミアを見つめる。
「あんなに強い剣技、初めて見た」
「本当に」
リュミナも感嘆している。
「エリカさんより強いんじゃない?」
三人の視線が、完全にミアに釘付けになっている。
憧れの眼差しで見つめていた。
「あの」
ノエルがミアに話しかける。
「あなた、どちらの方ですか?」
「ミアです」
ミアが丁寧に答える。
「ヴェリアント王国騎士団所属の」
「王国騎士団!」
三人が同時に驚く。
「本物の騎士様なのね」
「すごい…」
ローザが目を輝かせる。
「どうやったら、あんなに強くなれるんですか?」
「努力です」
ミアがシンプルに答える。
「毎日の鍛錬を欠かさず、常に向上心を持つこと」
「私たちも」
リュミナが前に出る。
「強くなりたいんです」
「でも、どこで修行すればいいかわからなくて」
ミアが三人を見つめる。
そして、何かを決めたような表情になった。
「もしよろしければ」
ミアが提案する。
「セリア大陸に来ませんか?」
「セリア大陸?」
ノエルが首を傾げる。
「王国騎士団では、定期的に新人を募集しています」
ミアが説明する。
「あなた方のような、やる気のある若い方を求めています」
「本当ですか?」
三人の表情が一気に明るくなった。
「でも、私たち元囚人なんです」
ローザが不安そうに言う。
「そんな私たちでも?」
「過去は関係ありません」
ミアが断言する。
「大切なのは、これからどうするかです」
三人が顔を見合わせる。
そして、俺の方を振り返った。
「お兄さん」
ノエルが申し訳なさそうに言う。
「私たち…」
「行きたいのか?」
俺が先に尋ねる。
三人が頷いた。
「でも、お兄さんを置いて行くのは…」
「いいんだ」
俺が微笑む。
「君たちの人生だ」
「自分で決めればいい」
俺は本心からそう思っていた。
確かに寂しくはある。
でも、彼女たちにはもっと大きな可能性がある。
俺のそばにいるより、騎士として活躍する方が幸せだろう。
「お兄さん…」
三人が涙ぐんでいる。
「でも、私たち友達でしょう?」
俺が三人の肩に手を置く。
「友達は、お互いの幸せを願うものだ」
「君たちが騎士になって、多くの人を守る」
「それが一番いいことだと思う」
「ありがとう」
ノエルが俺に抱きつく。
「お兄さんは最高の友達よ」
「私たちも」
ローザとリュミナも俺に抱きつく。
束の間の別れを惜しむように。
「必ず立派な騎士になってください」
ミアが三人に約束する。
「私が責任を持って指導します」
こうして、ノエル、ローザ、リュミナの三人は、ミアと一緒にセリア大陸に向かうことになった。
出発の朝、みんなで見送った。
「元気でね」
エリカが三人を抱きしめる。
「たまには手紙をちょうだい」
「はい」
ルナも赤ちゃんを抱きながら見送る。
「みなさんのご活躍をお祈りしています」
「ノエルねぇ、ローザねぇ、リュミナねぇ」
ミミが泣きそうになっている。
「また会えるよね?」
「もちろんよ」
三人が口々に答える。
「今度会う時は、立派な騎士になってるから」
馬車が動き出す。
三人が手を振りながら遠ざかっていく。
「寂しくなるな」
俺が呟く。
「でも、きっと素晴らしい騎士になる」
「そうね」
エリカが俺の手を握る。
「私たちも、負けてられないわね」
「ああ」
俺が頷く。
「俺たちも、もっと強くならないと」
新しい仲間を送り出して、俺は改めて思った。
人との出会いと別れ。
それが人生を豊かにしてくれる。
ノエル、ローザ、リュミナとの出会いも、短いが濃密な時間だった。
きっと彼女たちは、素晴らしい騎士になるだろう。
そして、いつかまた会える日が来ることを、俺は信じている。




