第五話「脱獄って聞いてない!」
王都行きの馬車は思ったより快適だった。
国王直々の招待ということで、特別な馬車を用意してもらったのだ。
「わあ、タクヤ! 見て見て!」
エリカが窓から身を乗り出して指を差す。
遠くに巨大な城壁が見えていた。
「あれが王都の城壁ね! すごく大きい!」
確かに圧倒的な大きさだ。
村とは規模が全然違う。
だが俺の心は重い。
雪菜がこの街のどこかにいるかもしれないのだ。
「タクヤ、大丈夫? さっきからずっと青い顔しているけど」
「あ、ああ…ちょっと緊張してるだけ」
「そうよね。国王陛下様に会うなんて、私も緊張するわ」
緊張の理由が違う。
俺が怖いのは国王じゃなくて雪菜だ。
馬車が王都の門を通過すると、街の喧騒が聞こえてきた。
人の多さ、建物の大きさ、全てが村とは桁違いだ。
「すごい人ね…こんなにたくさんの人がいるなんて」
エリカが興奮している。
宿に案内された俺たちは、まずは部屋に荷物を置いた。
謁見は明日の予定だから、今日は自由に過ごしていいと言われている。
「タクヤ、ちょっと街を見て回らない?」
「そうだね」
俺は内心では街歩きなんてしたくなかった。
人混みの中に雪菜があるかもしれない。
でも、エリカの楽しそうな表情を見ると、断られなかった。
街に出ると、まず物価の違いに驚いた。
「え!? りんごが銀貨2枚!?」
エリカが果物屋の値札を見て目を丸くする。
「村だったら銅貨5枚なのに…」
俺も驚く。王都の物価は村の4倍に近い。
「パンも高いわね…これじゃあ、私たちのお金じゃすぐになくなっちゃう」
そうだった。
俺たちは村の開発援助として、報酬の大部分を寄付してしまったんだ。
手元に残っているのは金貨50枚程度。
「まあ、一日二日なら大丈夫だろう」
「そうね。でも、この街で長期間過ごすのは大変そう」
エリカが心配そうに呟く。
俺たちは歩き回った。
大きな商店、賑やかな酒場、立派な神殿。
全てが村では見られない規模。
「わあ、あそこに大きな広場があるわ!」
エリカが指差す先に、中央広場があった。
多くの人々が行き交い、大道芸人が芸を披露している。
だが俺は、人混みの中に雪菜の姿がいないか、常に警戒していた。
心臓がドキドキと泣き続けている。
その時、宿の使者がやってきた。
「タクヤ様、エリカ様。お疲れ様です」
「あ、どうも」
「明日の謁見の件ですが、予定通り午前10時に謁見の間にお越しください」
「わかりました」
◇◇◇
翌日、俺たちは宿の前で使者を待っていた。
「それでは、王宮までご案内します」
俺たちは使者について王宮に向かった。
巨大な門、美しい庭園、そして壮麗な宮殿。
「まるで…夢見たい」
エリカがうっとり呟く。
だが、王宮に近づくにつれて、俺は妙な違和感を覚えた。
騎士たちが慌ただしく動き回ってる。
普通の警備とは明らかに違う、緊迫した空気が漂っていた。
「あの…」
俺は案内の使者に声をかける。
「王宮の様子がなんだか慌ただしいようですが…」
「ああ、それは…」
使者の表情が曇る。
「実は、昨晩のことなのですが…地下牢に収監されていた重要な囚人が脱獄したのです」
俺は血の気が引いた。
「だ、脱獄!?」
「はい。かなり危険な人物でして…今、王宮の騎士団総出で捜索しているのです」
脱獄した囚人…間違いなく雪菜だ。
「その囚人って…どんな人なんですか?」
「詳しくは申し上げられませんが…美しい女性だったそうです。ただ、非常に危険で…」
もう間違いない。雪菜が脱獄している。
「タ、タクヤ…大丈夫? 顔が真っ青よ?」
エリカが心配そうに俺を見る。
「い、今すぐ帰りましょう!」
俺は慌てて踵を返そうとする。
「え? でも謁見が…」
「謁見なんてどうでもいい! 今すぐここから離れないと…」
「タクヤ、何を言ってるの? せっかく国王陛下様が合ってくださるのよ!」
エリカが俺の腕を組む。
「でも…危険なんだ! 脱獄した囚人が…」
「大丈夫よ。王宮には騎士がたくさんいるもの。それに、私たちには関係ないでしょう?」
関係大ありだ。
脱獄した囚人は俺を狙っている。
「エリカ、お願いだから…」
「ダメよ! こんな機会、2度とないわ!」
エリカが俺の手を引いて王宮の中に入っていく。
俺は必死に抵抗したが、エリカの力の方が強かった。
王宮の内部は、外観以上に豪華だった。
美しい絵画、立派な調度品、磨き上げられた床。
「わあ…本当にお城の中って感じね」
エリカが興奮している。
だが俺は、廊下の陰や柱の影を警戒していた。
いた雪菜が現れるかわからない。
「タクヤ様、エリカ様。こちらが謁見の間です」
使者が巨大な扉の前で止まる。
「国王陛下がお待ちです」
扉が開かれると、黄金に輝く玉座が見えた。
そこに座っていたのは、威厳に満ちた初老の男性。
間違いなく国王だ。
「おお、来られましたか。魔王軍幹部を捕らえた勇者よ」
国王の声は穏やかで温かい。
「恐れ入ります、陛下」
俺とエリカは深く頭を下げる。
「顔を上げなさい。君たちの活躍は既に聞き及んでおります」
俺たちは恐る恐る顔を上げる。
「特にタクヤよ。ダークシャドウの捕らえた功績は計り知らない。多くの村がその村から救われたのだ」
「あ、ありがとうございます…でも、あれは偶然で…」
「謙遜するな。結果こそが全てだ」
国王が立ち上がる。
「その功績を讃え、特別な称号を授けよう」
側近が立派な剣を持ってくる。
「跪きなさい」
俺は慌てて膝をつく。
「タクヤよ。汝の勇気と知恵を讃え、ここに『魔族討伐の英雄』の称号を授ける」
俺は震える足で立ち上がる。
「そして、エリカよ。君もまた勇敢な冒険者だ。『勇敢なる乙女』の称号を授けよう」
エリカも同じように儀式を受ける。
「ありがとうございます、陛下!」
エリカが感動して涙を流している。
「この称号と共に、特別報酬として金貨500枚を授けよう」
「500枚!?」
「国の平和に貢献した者には、それに見合う報酬を」
国王が微笑む。
「さて…実は、もう一つお願いがあるのだが」
「お願いですか?」
「うむ。実は昨夜、重要な囚人が脱獄してな…」
俺の心臓が跳ね上がる。
「その者の探索にも協力してもらえないだろうか?」
「そ、それは…」
「もちろん、危険な任務だ。断っても構わない」
断りたい。絶対に断りたい。
でも、国王の期待に満ちた眼差しを見ると、断り切れない。
「ど、どのような人物なんですか?」
「美しい女性だが、非常に危険だ。殺人未遂と傷害の罪で投獄されていた」
完全に雪菜の説明だ。
「名前は…確か、ユキナとか言ったか」
俺の顔から血の気が引く。
「タクヤ、やりましょう!」
エリカが意気込んでいる。
覚えていないのだろうか?
雪菜がカレン村を襲ったことを…
「私たちなら、きっと見つけられるわ!」
やめてくれ…頼むから…
「そうか! 頼もしい!」
国王が喜ぶ。
「では、改めてお願いしよう。ユキナという女囚の探索を」
俺の運命が、また悪い方向に転がり始めた。
雪菜が脱獄し、今度は俺が彼女を探さなければならない。
これ以上最悪な状況はあるのだろうか?
「頑張ります!」
エリカの元気な返事が、玉座の間に響いた。
俺はその場で倒れそうになった。




