第五十六話「久しぶりの2人きり」
ムーンライト家の屋敷の門をくぐると、庭で花の手入れをしていた女性が顔を上げた。
一年ぶりに見る姿だった。エルフ特有の美しい容姿で、ルナによく似ている。間違いなく、ルナの母親だ。
「あら…?」
その女性―ルナの母エルウィンが、俺たちを見つめて立ち上がった。
「もしかして…ルナ?」
「お母様」
ルナが震え声で答える。
エルウィンが駆け寄ってくると、ルナを抱きしめた。
「ルナ!また帰ってきてくれたのね!」
「はい…ただいま戻りました」
ルナの目に涙が浮かんでいる。
そこに、屋敷の奥から男性が現れた。
威厳のある顔立ちで、これもまたルナに似ている。
ルナの父親のエドワードだ。
「ルナか」
エドワードが静かに言う。
「よく帰ってきた」
「お父様…」
ルナがおずおずと父親に近づく。
エドワードはルナを見つめ、それから俺たちを見回した。
「こちらの方々は?」
「私の…家族です」
ルナが紹介する。
「タクヤさんも、もっとイケメンになりました」
「ん?」
エルウィンが驚く。
「惚気話か?」
「はい」
ルナが頷く。
その時、リオネルが小さく声を上げた。
エルウィンとエドワードの視線が、ルナの腕の中の赤ちゃんに注がれる。
「これは…」
エドワードが息を呑む。
「赤ちゃん?」
「はい」
ルナがビクビクしながら答える。
「リオネル…私たちの息子です」
エルウィンとエドワードが無言でルナに近づいてくる。
ルナの体が小刻みに震え始めた。
きっと、また拒絶されるのではないかと恐れているのだろう。
昔のように「忌み子」と呼ばれ、冷たくあしらわれると思っているのだ。
両親がルナの前に立ち止まる。
ルナは目をぎゅっと閉じて、身を縮こまらせた。
殴られると思っているのかもしれない。
しかし―
「ルナ…」
エルウィンが優しい声で娘の名前を呼んだ。
そして、ルナとリオネルを一緒に抱きしめた。
「ありがとう…ありがとう…」
エルウィンが涙声で繰り返す。
「こんなに美しい孫を…ありがとう」
エドワードも無言でルナの肩に手を置く。
その手は温かく、愛情に満ちていた。
「お母様…お父様…」
ルナが堰を切ったように泣き出した。
「私、怖かったんです…また拒絶されるんじゃないかって」
「バカなことを言うな」
エドワードが優しく叱る。
「お前は私たちの大切な娘だ」
「それに、こんなに可愛い孫まで」
「本当に…本当にありがとう」
エルウィンがリオネルを見つめる。
「ハーフエルフなのね」
「人間の血も入っているけれど、ちゃんとエルフの特徴もある」
俺も思わずもらい泣きしてしまった。
家族の幸せほど美しいものはない。
特に、ルナが長年抱えていた不安が全て解消された瞬間だった。
「タクヤさん」
エドワードが俺に向き直る。
「娘を愛してくれて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
俺が頭を下げる。
「ルナと結婚できて、俺の方が幸せです」
「そう言っていただけて嬉しいです」
エルウィンが微笑む。
「さあ、みなさん中に入って」
「久しぶりの家族団欒をしましょう」
屋敷の中は、前に来たよりも温かな雰囲気だった。
エルフの家らしく、自然の木材と魔法の光で満たされている。
エリカやミミ、グロムたちも紹介すると、エルウィンとエドワードは快く迎えてくれた。
「ルナを支えてくれて、ありがとうございます」
エドワードが仲間たちに感謝する。
「娘は昔から一人で抱え込む癖があって」
「でも、こんなに素晴らしい仲間がいるなら安心です」
その夜、俺たちは久しぶりに豪華な食事を囲んだ。
エルフの料理は野菜が中心だが、魔法で調理されているため驚くほど美味しい。
「ルナ」
エルウィンが娘に声をかける。
「あなたが幸せそうで、母として本当に嬉しいわ」
「昔は辛い思いをさせてしまって…」
「もういいんです、お母様」
ルナが首を振る。
「今の私は幸せです」
「タクヤさんと仲間たちがいるから」
リオネルはエルウィンの膝の上で、気持ちよさそうに眠っている。
本当に平和な光景だった。
「そうそう」
食事の後、エドワードが俺に声をかけてきた。
「タクヤさんは冒険者でいらっしゃいましたよね」
「はい」
俺が頷く。
「それなりに経験は積んでいます」
「それでしたら」
エドワードが提案する。
「ヴェリア大陸の『翠緑の迷宮』はご存知ですか?」
「翠緑の迷宮?」
俺が首を傾げる。
「いえ、初耳です」
「この大陸で最も大きな迷宮です」
エドワードが説明する。
「ランクはAクラス。相当な実力者でなければ攻略は困難ですが」
「その分、貴重な宝物が眠っているとされています」
「Aクラスの迷宮か」
俺が興味を示す。
「どんな宝物が?」
「エルフの秘宝『生命の首飾り』があると言われています」
エドワードが神秘的に語る。
「装備者の生命力を大幅に強化し、回復力も向上させる逸品です」
「それは…」
俺が考える。
生命力強化の装備は、これから雪菜や透との戦いを考えると必要かもしれない。
「ただし」
エドワードが注意を促す。
「非常に危険な迷宮です」
「ルナには絶対に挑戦させたくありません」
「特に、今は子育てもありますし」
「わかります」
俺が頷く。
「でも、俺一人では厳しいかもしれませんね」
「それでしたら」
エリカが手を上げる。
「私が一緒に行くわ」
「エリカ?」
「私もAランク冒険者よ」
エリカが自信を込めて言う。
「二人なら、なんとかなるんじゃない?」
「でも…」
俺が躊躇する。
「危険すぎるかもしれない」
「大丈夫」
エリカが微笑む。
「私たち、今まで散々危険な目に遭ってきたじゃない」
「それに」
エリカがちょっと頬を染める。
「久しぶりに二人だけで冒険してみたいの」
俺の心臓がドキドキした。
確かに、最近は大勢での行動ばかりで、エリカと二人きりになる機会は少なかった。
「わかった」
俺が決断する。
「やってみよう」
「本当?」
エリカが嬉しそうに目を輝かせる。
「でも、無理は禁物よ」
ルナが心配そうに言う。
「危険だと思ったら、すぐに戻ってきてください」
「もちろんだ」
俺がルナを安心させる。
「君とリオネルのためにも、無茶はしない」
「アタシたちはここで待ってるニャン」
ミア先生が言う。
「ルナちゃんの子育てを手伝うニャン」
「ありがとうございます」
ルナが感謝する。
こうして、翌朝俺とエリカは翠緑の迷宮に向かうことになった。
エドワードが地図を描いてくれて、注意点も教えてくれる。
「迷宮の中は魔法の霧が立ち込めています」
「方向感覚を失いやすいので、必ずこのコンパスを持参してください」
「それと、植物系のモンスターが多いので、火属性の攻撃が効果的です」
「わかりました」
俺が地図とコンパスを受け取る。
「気をつけて行ってきます」
「二人とも、無事に帰ってくるのよ」
エルウィンが見送ってくれる。
「義母様、義父様」
エリカがルナの両親に頭を下げる。
「リオネルをお願いします」
「任せなさい」
エルウィンがリオネルを抱き上げる。
「この子は私たちが守るから」
村の外れから、俺とエリカは翠緑の迷宮に向かった。
ヴェリア大陸の森は、他の大陸とは明らかに違う。
木々がより高く、より緑が濃い。
そして空気中に魔力が満ちている。
「すごい森ね」
エリカが感嘆する。
「魔力が濃すぎて、クラクラしそう」
「確かに」
俺も同感だった。
「でも、悪い感じじゃない」
「むしろ、力が湧いてくるような気がする」
二人で並んで森の中を歩いていると、なんだか新婚旅行みたいな気分になってくる。
「ねえ、タクヤ」
エリカが俺の腕を取る。
「久しぶりに二人だけね」
「そうだな」
俺の頬が赤くなる。
「最近は、みんなと一緒の時間ばかりだったから」
「私、嬉しいの」
エリカが上目遣いで俺を見る。
「こうして、あなたと二人だけで歩けるのが」
「エリカ…」
俺の鼓動が早くなる。
エリカの手の温もりが、俺の腕を通して伝わってくる。
「あのね」
エリカが恥ずかしそうに言う。
「この前、リオネルを抱っこしていて思ったの」
「何を?」
「やっぱり私も、早く欲しいなって」
エリカが頬を真っ赤にする。
「タクヤとの赤ちゃん」
俺の顔が熱くなった。
こんな美しい森の中で、エリカにそんなことを言われると…
「エリカ」
俺がエリカの手を握り返す。
「俺も、君との子供が欲しい」
「本当?」
エリカの目が輝く。
「うん」
俺が頷く。
「でも、まずは今の状況を何とかしないと」
「ユキナのことね」
エリカの表情が少し暗くなる。
「あの女を何とかしないと、安心して子育てなんてできないわ」
「そのためにも」
俺が決意を込めて言う。
「この迷宮で、少しでも強くなろう」
「そうね」
エリカが力強く頷く。
「私たちの未来のために」
一時間ほど歩くと、森の奥に巨大な遺跡が見えてきた。
石造りの建物が、苔むした状態で森の中にそびえ立っている。
「あれが翠緑の迷宮ね」
エリカが指差す。
「思っていた以上に大きい」
「本当だ」
俺が見上げる。
「セリア大陸の迷宮よりもずっと巨大だ」
迷宮の入り口には、エルフ文字で何かが刻まれている。
ルナに教わった知識で、なんとか読むことができた。
「『生命の神秘を求める者よ、覚悟を決めて踏み入れよ』」
俺が読み上げる。
「いかにも危険そうな文句ね」
エリカが苦笑いする。
「でも、今更引き返せないわ」
「そうだな」
俺がエリカの手を握る。
「一緒に頑張ろう」
「うん」
エリカが微笑む。
俺たちは手を繋いだまま、翠緑の迷宮に足を踏み入れた。
入り口をくぐると、すぐに霧が立ち込めているのがわかった。
エドワードが言っていた通りだ。
「視界が悪いわね」
エリカが呟く。
「コンパスを確認しながら進もう」
俺がコンパスを取り出す。
「北に向かっていけばいいはずだ」
迷宮の内部は、想像以上に複雑だった。
通路が網の目のように張り巡らされ、上下にも分かれている。
そして至る所に、植物系のモンスターが潜んでいた。
「ツタ・スネーク!」
エリカが警告する。
蔦の化物が俺たちに襲いかかってくる。
「火の魔法だ!」
俺が炎の球を放つ。
植物系のモンスターは、確かに火に弱かった。
ツタ・スネークは燃え上がって消滅する。
「やったね!」
エリカが喜ぶ。
「でも、まだまだ先は長そうよ」
確かに、これはほんの序の口だろう。
俺たちは慎重に迷宮を進んでいく。
途中、様々なトラップや謎解きに遭遇したが、二人で協力して乗り越えていく。
「エリカの剣さばき、ますます上達してるな」
俺が感心する。
「ルナライトを完全に使いこなしてる」
「あなたの瞬間移動も、前より正確になったわ」
エリカが褒めてくれる。
「お互い、成長してるのね」
迷宮の奥に進むにつれて、モンスターも強くなってくる。
しかし、俺とエリカのコンビネーションは抜群だった。
俺が瞬間移動で撹乱し、エリカが確実に仕留める。
息の合った戦闘が続く。
「なんだか」
エリカが戦闘の合間に言う。
「昔を思い出すわ」
「昔?」
「あなたと初めて一緒に戦った時のこと」
エリカが懐かしそうに微笑む。
「あの時も、こんな風に息が合っていたような気がする」
「そうだったかな?」
俺が苦笑いする。
「俺は必死だったから、よく覚えてない」
「私は覚えてる」
エリカが真剣に言う。
「あなたが私を守ろうとしてくれたこと」
「不器用だったけど、一生懸命だったこと」
「その時から、私はあなたに惹かれていたのかもしれない」
俺の胸が熱くなった。
エリカの素直な気持ちを聞くと、改めて彼女への愛情を確認できる。
「俺も、エリカに惹かれていた」
俺が正直に言う。
「強くて、美しくて、でも時々見せる可愛らしさに」
「もう、恥ずかしいじゃない」
エリカが頬を染める。
そんな会話をしながら、俺たちは迷宮の最深部を目指していた。
そして、ついに最後の部屋に辿り着く。
そこには、巨大な植物の化物が待ち受けていた。
「あれがボスモンスターね」
エリカが身構える。
「『古代樹の守護者』」
俺が迷宮の資料で読んだ名前を思い出す。
「相当手強いぞ」
「でも」
エリカが俺の手を握る。
「私たちなら大丈夫」
「ああ」
俺が頷く。
「二人で力を合わせよう」
迷宮最後の戦いが始まろうとしていた。
俺とエリカの、二人だけの特別な冒険の集大成として。
そして、俺たちの未来のために。




