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第五十四話「新しい命と気持ち悪い人間」


 莉央が到着してから三週間が経った。

 彼女の見事な手術でガルドに空いた穴は完全に塞がっていた。


 莉央はルナのお腹を見てしばらくいてくれることになった。

 まさか周産期医学まで幅広く学んでいるとは思いもしなかった。



◇◇◇



 透襲撃事件から半年が経った。

 そして今日―


「うっ…!」


 ルナが突然苦痛の表情を見せた。


「ルナ?」


 俺が慌てて駆け寄る。


「どうした?」

「お腹が…痛いです」


 ルナが俯いて呼吸を荒くする。


「もしかして…」


 エリカが目を見開く。


「ついに?」

「莉央先生!」


 俺が大声で叫ぶ。


「ルナが!」


 莉央が研究道具を放り出して飛んできた。


「どれどれ」


 莉央がルナの様子を見て、即座に判断する。


「間違いないじゃ。陣痛が始まったのう」

「陣痛!」


 俺の頭が真っ白になる。


「え、えーっと、どうすれば…」

「落ち着くニャ!」


 フェリス先生が俺の肩を叩く。


「パパになるんだから、しっかりするニャン!」

「そうよ、タクヤ」


 エリカが俺の手を握る。


「ルナが一番頑張ってるのよ」

「タクヤにぃ、赤ちゃん生まれるの?」


 ミミが嬉しそうに跳ねている。


「ああ、そうだ」


 俺が深呼吸して冷静さを取り戻す。


「みんな、手伝ってくれ」

「当然じゃ」


 莉央が指示を出し始める。


「まず、清潔な布と熱湯を用意するんじゃ」

「グロムは部屋を暖かくしてくれ」

「ガルドとエリカは外で待機じゃ」

「俺も手伝うぜ」


 ガルドが立ち上がろうとするが、莉央が制止する。


「あんたはまだ安静にしとけ」

「出産は女性の仕事じゃ」


 こうして、慌ただしい出産の準備が始まった。

 俺はルナの手を握り、励まし続けた。


「大丈夫、大丈夫だ」

「俺がついてる」

「タクヤさん…」


 ルナが苦痛に顔を歪めながら、それでも微笑んでくれる。


「私、頑張ります」

「ああ、君なら大丈夫だ」


 俺がルナの額の汗を拭う。


「君は強いから」


 それから数時間の激闘が続いた。

 ルナは何度も苦痛にうめいたが、決して弱音を吐かなかった。

 莉央とフェリス先生が的確に指示し、サポートしてくれる。


 そして―


「見えたじゃ!」


 莉央が興奮して叫ぶ。


「頭が見える!」

「もう少しじゃ、ルナ!」

「うっ…!」


 ルナが最後の力を振り絞る。

 そして―


「わあああん!」


 元気な産声が部屋に響いた。


「生まれたニャン!」


 フェリス先生が歓声を上げる。


「赤ちゃん、生まれたニャン!」


 俺は涙が溢れて止まらなかった。


「ルナ…」

「お疲れ様でした」


 ルナが疲れ切った顔で、それでも幸せそうに微笑んでくれる。


「私たちの赤ちゃんですね」


 莉央が赤ちゃんを清潔な布で包んで、俺たちに見せてくれた。

 小さな、小さな命。

 でも、確かに生きている。


「男の子じゃ」


 莉央が報告する。


「とても健康そうな赤ちゃんじゃのう」

「息子か…」


 俺が感動で声を震わせる。


「俺に息子が…」

「おめでとう、タクヤさん」


 ルナが俺の手を握る。


「私たちの息子です」


 俺は慎重に赤ちゃんを抱き上げた。

 軽くて、温かくて、でもとてもしっかりしている。


「よろしくな」


 俺が赤ちゃんに話しかける。


「俺が君のお父さんだ」


 赤ちゃんが小さな手で俺の指を握った。

 その瞬間、俺の中で何かが変わった。


 この子を守らなければならない。

 この子のために、もっと強くならなければならない。


「タクヤ!」


 扉の外からエリカの声が聞こえる。


「どうなったの?」

「生まれたぞ!」


 俺が大声で報告する。


「男の子だ!」


 扉が勢いよく開いて、みんなが駆け込んできた。


「本当に!」


 エリカが目を輝かせる。


「見せて、見せて!」

「可愛い…」


 エリカが赤ちゃんを見つめて、うっとりする。


「本当に可愛いわね」

「おお、小さいな」


 グロムが感動している。


「でも、しっかりした顔をしている」

「元気そうじゃないか」


 ガルドも嬉しそうだ。


「将来が楽しみだな」

「赤ちゃん、赤ちゃん!」


 ミミが興奮して跳ね回っている。


「ミミのおとうとなの?」

「そうだぞ」


 俺がミミの頭を撫でる。


「君の弟だ」

「やったー!」


 ミミが手を叩いて喜ぶ。


「ミミ、お姉ちゃんになるの!」


 みんなで赤ちゃんを囲んで、幸せなひとときを過ごした。


「それにしても」


 莉央が赤ちゃんをよく観察する。


「面白い特徴があるのう」

「どんな?」


 俺が尋ねる。


「耳の形を見てみいや」


 言われて見ると、赤ちゃんの耳は普通の人間より少し尖っている。


「これは…」

「エルフの血を引いとるからじゃ」


 莉央が説明する。


「ハーフエルフというやつじゃのう」

「ハーフエルフ」


 エリカが笑う。


「素敵な響きね」

「人間とエルフのいいとこ取りですね」


 ルナが嬉しそうに言う。


「きっと素晴らしい子に育ってくれます」

「当然じゃ」


 グロムが胸を張る。


「俺たちが育てるんだからな」


 みんなで笑い合った。

 本当に幸せな瞬間だった。


「あ、そうそう」


 グロムが思い出したように言う。


「実は、出産祝いを用意してるんだ」

「出産祝い?」


 ルナが驚く。


「はい」


 グロムが嬉しそうに頷く。


「ルナの杖を新しく作り直したぞ」

「えー!」


 ルナが目を見開く。


「そんな、申し訳ありません」

「いいんだよ」


 グロムが手を振る。


「母になった君に、新しい武器をプレゼントしたいと思ったのは俺だ」


 グロムが持ってきた杖は、以前のものより一回り大きく、美しい装飾が施されている。


「魔力の伝導率を上げて、詠唱時間も短縮できるようにした」


 グロムが説明する。


「それに、守りの魔法も込めてある」

「ありがとうございます」


 ルナが涙ぐんで感謝する。


「大切に使わせていただきます」

「その杖で、息子を守ってやってくれ」


 グロムが優しく言う。

 そんな温かい雰囲気の中、エリカが赤ちゃんを抱っこした。


「あー、可愛い」


 エリカが赤ちゃんをあやしている。


「私も早く欲しいわ」


 エリカが俺を見つめる。


「私たちの赤ちゃんも」


 俺の心臓がドキドキした。

 エリカの視線が、とても真剣だった。


「エリカ…」

「ダメ?」


 エリカが上目遣いで見つめてくる。


「私も、タクヤの赤ちゃんが欲しい」


 俺の顔が真っ赤になった。

 みんながいる前で、そんなことを言われると…


「え、えーっと…」

「まあまあ」


 莉央が苦笑いする。


「まずは、この子の名前を決めんといかんじゃろう」

「そうですね」


 ルナが赤ちゃんを見つめる。


「何という名前がいいでしょう」

「どんな名前にする?」


 俺がルナに尋ねる。


「タクヤさんが決めてください」


 ルナが俺に委ねてくれる。


「私は、あなたが選んでくれた名前なら何でも」


 俺は考え込んだ。

 この子にふさわしい名前。

 人間とエルフの血を引く、特別な子にふさわしい名前。


「リオネル」


 俺が決めた。


「リオネルはどうだ?」

「リオネル…」


 ルナが名前を味わうように繰り返す。


「素敵な名前です」

「勇敢で誰かを守って欲しいという意味でリオとつけた」


 俺が説明する。


「そして、ネルには誰からでも愛されるような優しい子に育って欲しいという願いを込めて」

「リオネルくん」


 エリカが赤ちゃんを見つめる。


「いい名前ね」

「リオネルにぃ!」


 ミミが手を叩く。


「ミミのおとうとの名前だね!」


 こうして、俺たちの家族に新しいメンバーが加わった。

 リオネル。

 俺とルナの息子。

 みんなの弟。


 この子を守るために、俺はもっと強くならなければならない。

 そう決意を新たにした時だった。




◇◇◇




―透視点(半年前)―


 僕は森の奥で、雪菜様の帰りを待っていた。

 三日前に、エリカとルナの暗殺に失敗してから、僕は雪菜様に叱られ続けている。


 でも、それがたまらなく心地良い。


「遅いわね」


 雪菜様の美しい声が森に響く。

 僕の心臓がドキドキする。


「お疲れ様でした、雪菜様」


 僕が丁寧に頭を下げる。


「情報収集の方はいかがでしたか?」

「うるさいです」


 雪菜様が僕を冷たい目で見る。


「あんたなんかに話すことはないです」


 ああ、雪菜様の冷たい視線が僕の心を震わせる。

 まるで氷の刃で切られるような快感だ。


「申し訳ありません」


 僕がさらに深く頭を下げる。


「でも、僕は雪菜様のお役に立ちたいのです」

「役に立つ?」


 雪菜様が鼻で笑う。


「あなたみたいな無能がてすか?」

「笑わっちゃいますよ」


 雪菜様の罵倒が僕の全身を駆け抜ける。

 ああ、なんて素晴らしい言葉なんだ。


「そんなことありません」


 僕が必死に訴える。


「僕は必ず雪菜様のお役に立ってみせます」

「黙りなさい」


 雪菜様が僕を睨みつける。


「あんたの声を聞くだけで気分が悪くなります」

「虫みたいでうるさいです」


 虫。

 雪菜様は僕のことを虫だと言った。

 でも、それがかえって僕を興奮させる。

 雪菜様にとって、僕は虫けら同然なのだ。


 それがたまらない。


「申し訳ございません」


 僕が地面に這いつくばる。


「この虫けらをお許しください」

「気持ち悪い」


 雪菜様が吐き捨てるように言う。


「なんで勝手についてくるの」

「僕は雪菜様に救っていただいた身です」


 僕が感謝を込めて言う。


「一生をかけてお仕えしたいのです」

「迷惑」


 雪菜様がはっきりと言う。


「あなたは、拓也くん以外のゴミと同じなの」

「存在してるだけで不快です。変えてください」


 ああ、雪菜様の残酷な言葉が僕の心を満たしていく。

 こんな扱いを受けられるなんて、僕は幸せ者だ。


「でも、僕にも使い道があるはずです」


 僕が懇願する。


「拓也さんの周りにいる邪魔者を排除するとか」

「あなたごときに何ができるの」


 雪菜様が馬鹿にしたように言う。


「この前だって失敗したくせに」

「それは…」


 僕が言い訳しようとすると、雪菜様の視線がさらに冷たくなった。


「言い訳は聞きたくない」

「結果が全て」

「はい…」


 僕がうつむく。


「でも、次は必ず成功させます」

「次?」


 雪菜様が嘲笑する。


「あなたに次なんてないです」

「え?」


 僕が顔を上げる。


「拓也くんの邪魔者は、私が直接始末する」


 雪菃様の目が危険に光る。


「あんたみたいな無能は邪魔です」

「そんな…」


 僕が愕然とする。


「僕を見捨てるのですか?」

「見捨てる?」


 雪菜様が首を傾げる。


「最初から期待なんてしてないですよ」

「虫けらに期待するバカがどこにいるんですか?」


 雪菜様の言葉が僕の胸に突き刺さる。

 でも、不思議と悲しくない。

 むしろ、雪菜様に虫けら扱いされることが快感なのだ。


「それでも、僕は雪菜様についていきます」


 僕が決意を込めて言う。


「たとえ邪魔だと言われても」

「めんどくさいですね」


 雪菜様が投げやりに言う。


「でも、足手まといになったら容赦なく始末しますよ」

「はい」


 僕が嬉しそうに答える。


「ありがとうございます」


 雪菜様は僕の反応を見て、気味悪そうな表情を見せた。


「本当に気持ち虫」

「普通なら怒るか逃げるかするでしょう」

「僕は雪菜様の奴隷ですから」


 僕が正直に言う。


「雪菜様にどう扱われても幸せなんです」

「変態」


 雪菜様がはっきりと言う。

 でも、その言葉すら僕には褒め言葉に聞こえる。


「ありがとうございます」


 僕が感謝する。


「雪菜様に変態と呼んでいただけるなんて光栄です」

「もうたくさん」


 雪菜様が手を振る。


「あなたの相手をしてると頭がおかしくなりそう」


 雪菜様が歩き始める。

 僕は急いでその後を追いかけた。


「雪菜様、どちらに向かわれるのですか?」

「黙ってついてきて」


 雪菜様が振り返らずに言う。


「いちいち説明するのも面倒」

「はい」


 僕が従順に答える。

 雪菜様の後ろ姿を見つめながら、僕は幸せを噛みしめていた。

 こんな美しく残酷な女性にお仕えできるなんて、僕は本当に幸運だ。


 拓也さんが羨ましい。

 雪菜様はあの人のことを心から愛している。

 でも、あの人は他の女たちに囲まれて、雪菜様の気持ちに気づいていない。


 だから僕が、拓也さんの周りの邪魔者を排除してさしあげるのだ。

 それが、雪菜様への僕なりの愛情表現。

 たとえ雪菜様が僕を虫けら扱いしても、僕の気持ちは変わらない。


 むしろ、そんな雪菜様がもっと愛しい。

 僕は雪菜様の後を追いながら、心の中で誓った。


 必ず、エリカとルナを始末してみせる。

 そして、拓也さんを雪菜様の元に連れて行く。

 それが僕の使命。


 雪菜様に救われた僕の、唯一の存在意義なのだから。


「雪菜様」


 僕が小声で呟く。


「僕は必ずお役に立ってみせます」

「だから、どうかお側に置いてください」


 森の中に、僕の切ない願いだけが響いていた。

 雪菜様は振り返ることなく、ただ冷たく前を見つめて歩き続けている。

 でも、それでいい。


 僕は雪菜様の影でいられるだけで幸せなのだから。

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